「STEINS;GATE」がスゴい
涙腺弱いんよ、エエトシこいたオッサンなのに。痛勤電車でプレイしたのが失敗だった。もうね、後半ぼろぼろなんよ、涙が止まらない。バカじゃないですか、オッサンが朝から泣いてるんよ、PSP握り締めて、満員電車で。周囲はさぞかしキモかったことだろう。
前半コメディ、後半シリアス、終盤ドラマティック、急展開するラストに吸い込まれるように読む。すべての伏線が収束する快感に、感情を焼き尽くされる。どんなに足掻いても運命からは逃れられない"あきらめ"に似た感覚を原体験させられる。犯した過ちを「なかったこと」にしてはいけない、「意味なんてない」ことなんて無いんだと叫びたくなる。「失敗も含めて今の自分がある」―――陳腐なセリフが、妙にリアルに後を引く。
現代科学をベースとしたSF「想定科学」の設定にしっかりとバインドされたストーリーは中毒性がある。PSPでプレイするノベルゲームなので、読む・聴く・感じるを一体化した読書になる。主人公の絶叫はわたしの咆哮であり、彼の慟哭はわたしの心にそのまま流れ込む。ハマりゲーだね。
基本は文章を追うだけだから、「本」というメディアでもできる。だがこれは、ケータイが鍵となる。メールする/しない、電話に出る/出ない、といった諸々の選択ができ、そのタイミングによってストーリーが変化する。このダイナミズムがいい。最初は偶然、次第に必然、そして運命に抵抗するために、試行錯誤をくり返す。
しかも、メール返信の際、「どのキーワードに反応するか」によって、相手との関係・距離が変わってくる(そしてストーリー変化の伏線となる)。ちと古いが、「Noel(ノエル)」を思い出す。あのテレビ電話で、画面に流れてくる会話ボールみたいなもの。何に食いつくかによって、相手の真意を測ったり引き寄せたりするトコは、恋愛シミュレーション(死語)だね。
ファーストプレイは、「猿の手」パターンかなぁという印象(ジェイコブズのあれだ)。過ぎた力を手に入れてしまった悲劇というやつ。だが面白いのは、その力に押しつぶされることなく、逆手に取ろうとするところ。いわば、「猿の手」で「猿の手」を回避しようとするのだ。それは、願い事を叶えるマジックアイテムではない―――強いて言うなら、「記憶」に関するものになる。かなり古いが、「YU-NO」を思い出す(並列世界の宝玉ジャンプ、懐かしぃねぇ)。もし、経過を視覚化してたら、A.D.M.S.(アダムス)そっくりになっていただろうが、ケータイの小さな液晶画面では現実味が薄い。2010年の話だから携帯電話だろうが、今だとiPhoneがケータイガジェットになりそう(A.D.M.S.は可能だぞw)。
主人公の厨二病っぷりに辟易させられるが、彼の立ち位置はそのまま厨二的命題―――「世界は、なぜ在るのか」への解となっている。ハイデガーやシュレーディンガーが引用されているが、デカルトのコギトほうが馴染んでいるように見えた。「世界は、観測しているから在る」という主張は、自動的に「CROSS†CHANNEL」につながる。そして、「すべての価値観は、生きている上になりたつ」というメッセージは、素直に胸に染みこむだろう。
どんな結果になろうとも、それを引き受けるのは自分だ。不本意なら、変えてやればいい。観測した瞬間、世界は確定してしまっているのだから無意味だって? 観測者は人だ、人は誤りを犯す、だから観測が誤りであったという世界を再構築してやればいい。世界が思い通りにならないのなら、世界を観測する自分を騙してやればいいのだ!フゥーハハハ!
……Σ(゜ロ゜;)!! やべ感染(うつ)った。わたしの中の厨二病を呼び覚ます効果もあるな。
引き受けた結果―――ストーリーラインは複数ある。背徳のシナリオに踏み込んだり、ファイナルディスティネーションな鬱展開に怖気をふるったり、かなり楽しませてくれる。"運命に抗わない"という選択肢もある。立ち向かうのでなく、先送りするのだ。閉じた環をくり返す"日常"は、セガサターンでプレイした「DESIRE」の物語構造そのまま。あの最後の語り手が引き受けた運命と同じやね。これは一種の地獄といってもいいが、トゥルーエンドの次に惹かれたエンディング。
最後にオススメを。ノベルゲームの中で、「シュタゲ」はかなり秀逸な域に入るが、このテのループ+SF+ラブストーリー(反転表示)の最高傑作は、「Ever17」だ(断言)。これほど物語の中に「没入する」───文字通りの意味で!───作品はない。「STEINS;GATE」にハマった方は間違いなく楽しめるだろう。
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