ボルヘス、ブッツァーティ、コルタサル、モラヴィア、澁澤龍彦、三島由紀夫に反応した人向け『構造と美文 山尾悠子偏愛アンソロジー』
精密な悪夢を描く小説家・山尾悠子が、趣味全開で編んだアンソロジー。
ボルヘス、澁澤龍彦、シュオッブ、ラヴクラフト、ブッツァーティ、マンディアルグ、モラヴィア、コルタサル、三島由紀夫あたりに反応する人にお薦め。
逆に、お行儀の良いストーリーや、感情移入しやすい話、伏線回収を期待する人には向いていない。そういう親切な物語ではなく、読者を、由来も目的も分からない構造や状況に置き去りにする作品が集められている。
ジャンルとしては「幻想文学」なんだろうが、この枠で語ろうとすると諸々こぼれ落ちる。迷宮、塔、仮面、庭、夢、鏡、死者といったモチーフが、異様に美しく・禍々しく描かれる。その構造に見とれているうちに自分を見失う―――そういう、醒めたままトリップするのが好きな人に向いている。
変な喩えだが、フロム・ソフトウェアのゲーム(エルデンでもブラボでもダクソでも)を、ストーリーそっちのけで探索するのに似ている。世界のあちこちに死の気配が埋め込まれており、それらを拾い集めて、「この世界とは何なのか」を想像する―――そういう遊び方が好きな人向け。
読んで堪能してくれ、というしかないのだが、ひとつ面白い遊び方を紹介する。
まず普通に読む。文章から立ちあがる塔や建物の構造、配置、カメラ(視線)の位置と向きと動き、空間の気配の不穏さを、脳内で再現する。
次に、自分が組み立てる元となった該当箇所を抜き書きして、GPTに描画させる。そして、自分の脳内にあった構造物と、AIが描いたものが、どこまで似ており、どう違っているのかを比べてみるのだ。
ボルヘス「バベルの図書館」
真ん中に大きな換気孔があり、きわめて低い手すりで囲まれた、不定数の、おそらく無限数の六角形の回廊で成り立っている。どの六角形からも、それこそ際限なく、上の階と下の階が眺められる。 回廊の配置は変化がない。一辺につき長い本棚が五段で、計二十段。 それらが二辺 をのぞいたすべてを埋めている……
ブッツァーティ「落ちる娘」
まだ沈みきっていない太陽は、マルタの素朴な服装を映えさせようと精一杯頑張ってくれた。質素で安価な、つるしで買ったスプリング・ドレスを彼女は着ていたが、日没の叙情的な光がそれをいくぶん高級に、シックに仕立てていた。百万長者たちのバルコニーから、求愛の手がいくつもさし出された。「お嬢さん、 お飲み物でもいかがです? 可憐な蝶よ、ちょっとお寄りになりませんか?」 漂う彼女は、笑い、喜んで言った(だがその間もやはり落ちていた)。「いいえ、 ご遠慮しますわ。せっかくですけど、急いでるんです」
AIが描く世界が、まるで違っている場合がある。ある言葉に引きずられて、全体のイメージが歪んでしまったり、幾何学的な構造を読み違えたり、勝手な装飾を付け加えたりする。
だが、それもまた面白い。
プロンプトを投げる前に、作品のタイトルと作者を伝えておき、その作品がどのようなイメージを持っているかを、予めネットで調べておくように指示しておく。結果、生成されるイメージは、ネットに散らばる作品・作者に付随した諸々の要素を纏っていることになる。
自分の脳内で再生する世界と、AIが立ち上げた世界のズレを見比べていると、まるで、同じ異界を別の目で眺めているような気がしてくる。
読書とは、私の頭に一つの世界を作り上げる営みだと思っていたが、AIに描かせてみると、その世界がいかに「私好み」になっていたかが見えてくる。現実世界でも、同じ対象を違う目で見ることは多々ある。それと同じだ。
これは、正解の絵を出す遊びではない。
本書のあとがきで、山尾悠子は「頭蓋骨に咲く花々」と呼んだ。頭蓋骨にどんな世界が立ち上がるのか、その可能性を覗き込む遊びだといえる。
収録作品は以下の通り。異界の入口へようこそ。
- バベルの図書館 J・L・ボルヘス
- 時間の庭 J・G・バラード
- アウトサイダー H・P・ラヴクラフト
- 落ちる娘 ディーノ・ブッツァーティ
- 燠火 A・P・ド・マンディアルグ
- 血まみれマリー 金井美恵子
- 壮麗館 アルベルト・モラヴィア
- 占拠された屋敷 フリオ・コルタサル
- 冥府燦爛 塚本邦雄
- 蘭房 澁澤龍彦
- 中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃 三島由紀夫
- 斬首されたカーリ女神 マルグリット・ユルスナール
- 悲劇詩人 シリル・ターナー マルセル・シュオッブ
- 第九の欠落を含む十の詩篇 高橋睦郎
- 幻術の塔 多田智満子
- 非在の樹 時里二郎
- 『鉱石譜』より 高柳誠
- 室内 山尾悠子
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