『世界の歴史教科書を読み比べてみた』を読んで分かった、世界で一番公平な歴史教科書
「嘘は書かないが、不都合な事実は省略する」という手法は、多くの国が自国の歴史を語る際に用いる典型的なアプローチだ。
あからさまな嘘だと客観的な批判を浴びるが、特定の事実を書かない(省略する)ことで、自国に都合の良い歴史<物語>を自然に作ることができる(マスメディアの「報道しない自由」と一緒)。
だから、「報道しない自由」に対処するときと同じように、「何が書かれているか」だけでなく「省略されたものは何か」に注目し、その物語にしようとしている動機も含めて、メタに眺める。
このメタ視点で、「イギリスの歴史の教科書に嘘は書いていないが大事な事も省かれている」を書いた。セポイの虐殺は書かれている一方、清国のアヘン漬けは省略されている。今の中近東の混乱要因の一つである「三枚舌外交」は、一人の行政官の「物語」として書かれているため、他人事のように感じられる。まともに書くと、罪悪感に耐えられないため、ストーリー形式になっているのかもしれぬ。
『世界の歴史教科書を読み比べてみた』は、このメタ視点をさらに拡張したものだ。
- イギリス:帝国主義の「負の歴史」
- ロシア:ウクライナ侵攻後の大幅な改訂
- スイス:被害者と加害者が共存
- ブラジル:植民地としての被虐史観
- 韓国:日本との「しこり」
- チベットと中国:中国を「赦す」姿勢
- デンマーク:欧州中心主義
- オーストリア:被害者神話から加害責任
- バルカン半島諸国:教科書ではなく史料集
教科書は「鏡」
本書の姿勢が好きだ。
まず教科書を「その国の自己像を映す鏡」として扱う。
何を大きく扱い、何を省略し、どこから始めるかに着目することで、その国が次の世代に渡したい価値観が浮かび上がってくる。ロシアの愛国主義、韓国の被害者意識、デンマークの欧州中心的な考え方は、そのまま国家が何を重視するかにつながっている。
次に、同じ出来事を、異なる視点で炙り出そうとしている。
フランス・ドイツ共同教科書が好例だ。例えば普仏戦争は、フランスにとっては「屈辱」、ドイツにとっては「統一の栄光」となっているが、見開きの左ページはフランス視点、右ページではドイツ視点で書かれているという。「正しい歴史」があるのではなく、「それぞれの見方」があるという姿勢だ。
バルカン半島の諸国では、そもそも「教科書」が作れない。国家・言語・宗教・民族が複雑に絡み合い、一つの歴史物語にまとめられないからだ。そのため、教科書ではなく「史料集」という形で工夫している。とはいえ、まだ記憶に生々しいユーゴスラヴィア内戦は、その史料集からも省かれている(書けば火種になる)。
さらに、「書かれていること」と、「省かれていること」の指摘も鋭い。
被害者としての歴史を重視する一方で、加害者としての立場がどう書かれるか(省かれているか)が対照的だ。
例えば、韓国は日本による植民地支配の被害を強調し、慰安婦問題や強制労働を詳述しているが、ベトナム戦争における韓国軍の加害行為についてはほとんど触れられていないと指摘する。
対照的なのがオーストリアだ。かつて「ヒトラーの最初の犠牲者」という被害者神話を維持してきた。だが、1980年代以降、自らのナチス協力の歴史と向き合い、加害者責任を認める記述に転換している。
「どこかに正しい歴史がある」という視点ではなく、「それぞれの価値観を残していくために歴史物語が語られる」というメタ観点で読み解いていく。
「史実はこうだ」と教えるのではなく、「考えさせる教科書」の仕組みも興味深い。韓国の竹島、米国の原爆、イギリスのアボリジニなど、仮想の論敵を相手に、何を根拠にどう主張するかを「考えさせる」。相手の主張を検討させる点では高度な教育だが、(その国にとっての)結論は埋め込まれている。歴史そのものよりも、「公式の過去」が再生産される現場を垣間見ることができる。
山川の『世界史B』は世界最高?
それぞれの国の事情で、どこかしら「こだわり」「しがらみ」が付いてくる。
そういうものだと思っていたが、本書を読み進めていくうちに、本書で語られていない歴史の教科書が浮かび上がってくる。
それは、日本の高校生が学んできた『世界史B』だ。
もちろん、教科書検定や学習指導要領といったチェックが入るし、紙幅や入試の難度といった制約もある。だから、完全に中立というわけにはいかない。領土問題では政府見解に添う必要があるし、植民地支配や戦争責任をどこまで書くかは議論が絶えない。
それでも、愛国主義や、被害者意識、欧州中心主義をできるだけ避け、加害の歴史も描き、世界の各地域をまんべんなく取り上げようとする。この視点から見ると、世界で最も優れているのは、山川『世界史B』ではないのか、と思えてくる。
国家を代弁している歴史教科書を横断的に眺めていくと、山川のフラットさ、バランス感覚が際立ってくる。偏りにまみれた各国の歴史と比較すると、偏りを薄くしようとする編集原理が浮かび上がってくる。
だが、デメリットもある。
ものすごくつまらない。
国家が歴史を利用したくなる誘惑を、意図的に抑制した結果が、あの乾いた、網羅的な羅列になる。教科書「だけ」を読んだら、間違いなく眠くなる。それは、「物語」が無いからだ。
「悪い奴らのせいで酷い目にあったけれど、やっつけた」といった勧善懲悪や、「私たちがこんなんなのは、あんな過去があったからだ」などの理由を説明するような物語が存在しない。
もし、山川世界史Bを、各国の教科書と、正確さ、偏りの無さ、網羅性で測定したら、おそらく世界最強だろう。
でも「面白さ」を入れた瞬間、ワーストになる可能性大だ。それは物語を排した欠陥というよりも、むしろ国家の物語に奉仕しないために支払った代償なのかもしれぬ。
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コメント
「面白さ」を入れた瞬間、ワーストになる可能性大だ。というくだりはツッコミ不足じゃないですかね。敵だって、いまや「面白さ」を求め始めている時代に見えます。
投稿: itエキスパート | 2026.07.21 11:02
>>itエキスパート さん
「敵」って誰だろう?とは思いつつも、人が「面白い」と感じるための要素としての物語構造(勧善懲悪とか主人公)が無いのが山川なので仕方がないと思います。
強いて言えば、山川世界史のテーマは、「なぜ、この世界が今のような"まとまり"をもっているか」で、主人公は(コスモポリタンな)人として書いているため、そこに「面白さ」を感じるためには、読者は、ひと皮剥ける必要があるかもしれませんね。
投稿: Dain | 2026.07.23 22:02