『死ぬまでに読みたい1000冊 人生を豊かにする世界の名著』をネットワーク化した
カリスマ書店員が14年かけて選び抜いた究極のブックリスト。
まず、圧倒的な物量で殴ってくる。
「1000」は書評の数で、冊数ではない(プルースト『失われた時を求めて』も1冊とカウント)。主要の1000作品に加えて、言及された関連書籍も含めると、著者3000人以上、作品数6000以上になる。
紀元前2100年のギルガメシュ叙事詩から2016年のホワイトヘッド『地下鉄道』まで、古今東西の作品をまんべんなく配置して、小説、戯曲、エッセイ、歴史・哲学、自然科学、社会科学、コミック、児童文学など、ジャンル総なめで、狂気のリストと言ってよい。
いわゆる古典・名著に限らず、ベストセラーやロングセラー、ミステリ、ホラー、映画化されて有名になった作品など、著者のお眼鏡に適った「面白い本」「読むべき本」が一堂に集まっている。
紹介されている本は、小説が多めなのは分かるが、メモワールや自伝・伝記がかなり多い印象だった。代わりに自然科学系が少なめで、サイエンス好きな方には物足りなく感じるかもしれぬ(下図はGPTに分析してもらった)。
ハードカバーで、デカくてゴツくて重い(2.3kg)ので、両手持ち鈍器本として有用なり。意地でも寝っ転がって読んだのだが、腕のトレーニングにもなった。
フルカラーで、作品に関連するイラストや写真・図録が大量に揃っている。細部の書評に入る前に、良質な本のカタログとして、百科事典のように眺めて楽しんでもいい。
これが好きなら次はこれ
最大の特徴は、「これ好きなら次はこれ」とお薦めをつなげている点だ。例えばこんな感じ。
- エーコ『薔薇の名前』→→ボルヘス『伝奇集』
- 村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』→→ヴォネガット『スローターハウス5』
- マクニール『世界史』→→ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』
- ボルヘス『伝奇集』→→カサーレス『モレルの発明』
- カミュ『ペスト』→→サラマーゴ『白の闇』
- バルザック『ゴリオ爺さん』→→シェイクスピア『リア王』
本は単品ではなく、つながりを持っている。テーマ、モチーフ、時代性、描写、構成など、似た匂い・味をする作品をレコメンドしてくれる。この嗅覚がすばらしい。
エーコとボルヘスは迷宮(=メタフィクション)での遊戯だろうし、村上春樹とヴォネガットは現実の裂け目(井戸と別世界)、カミュとサラマーゴは災厄により社会の底が抜けた状況、マクニールとダイアモンドは、「この順で文明史を読め」というメッセージなんだろうね。
ほら、飲み屋でお試しセットで3杯ぐらいを飲んで、好みの銘柄を言うと、それを手がかりに、もっと合うやつを見繕ってくれるやつ。あのノリで、自分の知ってる(好きな)本を手がかりに、知らない本をお薦めしてくれる。
このブログのテーマでもある、「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」を地で行っており、本を手がかりに別の本へ通じる扉としても使える。
死ぬまでに読みたい1000冊のネットワーク
このつながり、本と作家のネットワークを、インタラクティブなものにしてみた。
- 「これが好きなら次はこれ」とお薦めされたり、書評で他の本や作家に言及されている「つながり」の数をカウント
- 「つながり」が5つ以上のものだけをリストアップ
- 「つながり」数が多い作家・作品は大きいノード
- ノードをクリックすると、そのノードにつながっているノードのみを表示
- 「つながり」の線をマウスオーバーすると、本書の該当ページを表示
- 好きな作家や作品を検索する
- そのノードをクリックする
- そのノードとつながっているノードを探索する
例えば、「村上春樹」を検索してクリックするとこうなる。
本書の中で、村上春樹の書評の中で言及している作家・作品や、他の作家や作品で村上春樹に言及していると、それらが「つながり」として見える。ハルキストからすると、フィッツジェラルドやヴォネガットが出てくるのは納得だろうが、トレヴァーやオコナーが現れるのは意外かもしれぬ。そして、本書で紹介されているオコナー短篇集に手が伸びるという寸法だ。
あと、左上の「物理:OFF」をONにするとキモくなるので、絶対にクリックしないように。
米国人にとって最高のブックリスト
じゃぁこれ、最強&最高の一冊かというと、話はそう簡単じゃない。
私の好みに合わないところ、価値観のズレ、明らかな誤りが散見される。
まず、書評されている内容が、よくあるヤツであること。
基本的に、引用+あらすじ+誉め言葉で構成されている普通のやつ。その本を読んで何を受け取ったかとか、どう感じたかといった個人的な経験はほぼ無い。代わりに、どこかで聞いた美辞麗句が並んでいる。例えばこれ。
- アメリカの小説の中で最もオリジナルで影響力がある一冊(重力の虹/ピンチョン)
- きわめて読みやすい文章で描き出す壮大な歴史ドラマ(疫病と世界史/マクニール)
- 独特の世界を貫いてゆく特異な想像力の呪縛(ねじまき鳥クロニクル/村上春樹)
私の好みは、評者の嗜好が滲み出るような好みなのだが、そんなものは脱臭された、ニューヨークタイムズの日曜版の書評みたいなものになる。松岡正剛『千夜千冊』の、どろり濃厚なヤツを期待して読むと肩透かしを食らうかもしれぬ。あと、ネタバレに一切配慮していないのでご注意を。
次に選書。
いわゆる古典・名著に、ピューリッツァー、ノーベル、ブッカーで賞を取った奴、あと著者が個人的に好きな本が選ばれている。
最後の「著者が個人的に好きな本」が、私の好みに合わなかった。メジャーリーガーの立志伝、上院議員の自伝、アメリカ建国の歴史本が大量にあり、”善きアメリカ市民”にとって「人生を豊かにする本」なんだろうな、という印象だ。
パワーズやデネットの書評が無いことにマジかよと呟いたり、キングを推すならクーンツも出せよと思ったり。特にマンガが壊滅的で、『マウス』や『ウォッチメン』ぐらいしかなく、英語圏のグラフィック・ノベルの域に収まっている。
手塚『ブッダ』『火の鳥』はかすりもせず(ブッダはアイズナー賞を受賞)、エルジェ『タンタンの冒険』、メビウス『アンカル』、ムーア『フロム・ヘル』、サトラピ『ペルセポリス』、大友『AKIRA』、宮崎『風の谷のナウシカ』、ペータース『闇の国々』、ブリッグズ『風が吹くとき』など、「人生で読むべき」大上段で構えるなら、もっとこう、あるだろ!ともどかしい思いもした。
おそらく、英語圏に留まっているため、欧米文学+アルファという観点だけで選ばれており、マンガの射程や池澤夏樹の世界文学全集といった「世界文学」の視点が無いのだろう。なので残雪もカプシチンスキもいない。
アメリカ合衆国の強みといえばSTEMなのに、自然科学系が追いやられている。
ファラデーやファインマンはあるのに、ファーブルもホーキングもいない。
シュレーディンガー『生命とは何か』、ガモフ『不思議の国のトムキンズ』、ポリア『いかにして問題をとくか』、グリーン『エレガントな宇宙』、エンツェンスベルガー『数の悪魔』、スチュアート『もっとも美しい対称性』、ソートイ『素数の音楽』、ハフ『統計でウソをつく方法』、ストール『カッコウはコンピュータに卵を産む』など、影響力でも、ロングセラーでも、物語性でも、本書の選書基準に適うはずの数学・物理学・テクノロジーの名著がごっそり抜けている。
また、誤記(誤訳?)と思われるのがちらほら。
『百年の孤独』でp.308「都市全体の記憶を脅かす伝染性の不眠症」とあるが、その頃のマコンドは「村」やで(せいぜい、大きくなっても「町」ぐらい)。
あと、『カラマーゾフの兄弟』のイワン・カラマーゾフは、p.232「合理主義、無神論、ニヒリズムといった流行中のすべてのイズムを信奉している」とあるけど、真逆だぞ。イワンは、全てのイズムを知り尽くした上で、イズムそのものに絶望していたはず(大審問官を読んだなら、絶対にこの説明にはならないので、誤記と考える)。
この1000冊は、いわゆるカノンとしての1000冊ではない。
何かしらの「答え」を求めて手に取ると、粗と偏りが目につく。でもそういうものかもしれない。
本について語るときに私が語るのは、偏愛であり思い込みであり情熱になる。だから、私が満足するような1000のリストは、私が作り上げるもので、それとこの1000冊との交錯こそが愉しいのかもしれぬ。
そして、交わったノードから、次の「わたしの知らないスゴ本」かもしれない一冊への扉を開けるために、本書は使い続ける本なのだ。
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