知の全体像が描けるか?『万物の理論としての圏論』
圏論によって世界を統一する試み。めちゃくちゃ面白い。
かつて、知のランドスケープを夢想したことがあった。人が発見・発明・発展させてきたあらゆる知を、その関係性のネットワークでつないで視覚化する。
知は単独で成り立っておらず、隣接する他の知と結びついている。さらに、異なる分野の知とも連関しているものも合わせると、膨大な構造体になっているはずだ。
イメージ的には、巨大な図書館になる。
それも、書籍が単独であるのではなく、本どうしが見えない糸で繋がっている。その結びつきは様々で、関連書籍、引用文献、この本が好きな人はこの本も読んでいます的な繋がりもある。
数学ならこれ。
ただし、これは人が手で描いた、連想や依存関係の図になる。概念的な近さ/遠さや、歴史的順序性、応用関係が混ざっており、あくまでイメージで、厳密なものではない。
あるいは、ConnectedPapersが近い。以下はグレゴリー・ベイトソンで検索した論文の関連図だが、全ての論文の表示させたものが、構造化・視覚化された知の全体像になるだろう。
ConnectedPapers:Gregory Bateson
ただしこれは、引用/被引用と類似性、時代が可視化されているだけになる。各論文のテーマの依存関係や前提知識、構造やモデルは見えてこない。
こうした人の手による限界を超えて、より厳密かつビジュアルに、知の全体を描くことはできないだろうか?
圏論ならできるかも?と期待し、学んでいる途中なのだが、私の想像の斜め上を突破し、「万物の理論としての圏論」をぶち上げているのが本書になる。
圏論とは何か?
ざっくり言うなら、圏論とは「ものとものとの関係」を見る数学になる。ある対象があり、その対象どうしを結ぶ矢印(射)があり、その矢印を合成できる。
重要なのは、その対象そのものではなく、その対象が他の対象とどう関係し、変換され、合成されるかにある。
例えば、代数の計算とデカルト平面で考えてみる。
「x + y = 1」を方程式として見るならば、xに0を入れるとyは1になり、解を求める代数の世界になる。一方、「x + y = 1」をデカルト平面に描けば、一本の直線になる幾何の世界だ。
「代数・幾何」とセットで学んでいるものの、両者は別の世界になる。片方は数と式の操作であり、もう片方は空間図形だ。だが、両者は対応している。変数zを入れるなど、式の変形は図の変形になり、図の交点は方程式の解になる。代数の問題は幾何の問題に翻訳できるし、逆もできる。
圏論の入口はここになる。個々の式や図そのものよりも、「一方の世界の構造が、もう一方の世界でどのように保たれるのか」を見る。異なる世界どうしの対応関係を扱う数学が、圏論になる。
この視点を広げ、集合と関数、空間と写像、命題と証明といったさまざまな体系も、同じように対象と矢印と合成の体系として見ていく。そこに共通する構造を見出せるなら、同じ土俵に乗せることができる。
これらは私が齧った範囲だが、著者はオックスフォード大学の計算機科学科(量子情報Lab)でゴリゴリの専門家になる。応用事例が凄まじく知的興奮を揺さぶってくる。
圏は「なんでもあり」
ここで言う「なんでもあり」とは、雑に何でも圏論で語れるという意味ではない。
むしろ逆で、何かを圏として見るためには、「対象」や「射」を明確にする必要がある。言い換えるなら、対象や射さえ明確化できれば、異なる領域を同じように扱うことができる。
本書によると、圏とは純然たる抽象構造で、「対象」や「射」はプレイスホルダーに過ぎないという。このプレイスホルダーを埋めるところは厳密にする。そうすることで、多様な領域の多様な圏構造を見出すことができるという。
- 論理学には命題と証明(命題から命題への演繹)の圏
- 物理学には物理システム(系)と物理プロセスの圏
- 計算機科学にはデータ型とプログラムの圏
- 言語学には言葉と意味フローの圏
- 経済学には対象物と理由付き選好関係の圏
諸科学の領域を圏論的に定式化することにより、異なる科学の異なる領域を「圏」という共通の土俵に乗せ、異分野間の知のネットワーキングと変換が可能になる。
例えば、論理学の命題と証明の構造が、物理学の系のロジックに適用され、その推論や計算を形式的に扱えるように推論システムにする。
もちろん、これらは圏論以前からやってきた営みだ。論理と計算の対応や、物理現象と数値計算は、それぞれの分野で発展してきた。しかし、証明、プログラム、物理システムに共通する構造を同じ形式で記述し、比較できるメタ言語が圏論になる。
圏論は対立をつなぎなおす
本書では、様々な事例を用いて、圏論のパワーを見せつけてくれる。
なかでも分かりやすく面白かったのが、対立する論争を「対立したまま構造的に見る」という方法だ。
例えば、量子力学と言語学で有名な論争がある。
アインシュタイン vs ボーアの論争
- アインシュタイン:量子現象の背後には、因果律をもつ実在的な構造があるはず
- ボーア:量子論の統計性こそが本質であり、観測行為が結果を決定するはず
チョムスキー vs ノーヴィグの論争
- チョムスキー:言語の背後には、普遍文法のような深層構造があるはず
- ノーヴィグ:言語は歴史的・経験的に変化するもので、統計モデルで扱えるはず
異なる学問分野の論争なのだが、圏論的に見ると、同じ構造を持つ対立と見なせる。
基本姿勢 |
隠れた構造を求める |
統計性を受け入れる |
量子論 |
アインシュタイン |
ボーア |
言語 |
チョムスキー |
ノーヴィグ |
世界観 |
因果的・合理論的 |
統計的・経験論的 |
問い |
背後に本当の仕組みが |
観測される統計性こそが |
圏論が面白いのは、論争する両者のどちらが正しいかを判定するところではない点にある。むしろ、両者の対立そのものの構造がどこにあるのかをメタ的に炙り出している。
アインシュタインとチョムスキーは、現象の背後に隠れた構造を求める。ボーアとノーヴィグは、現象の観測結果として現れる統計性を受け入れる。どちらかが正しい/誤っているという関係ではなく、同じ量子/言語という現象を、異なる側から記述していると見なせる。
圏論は、対立する2つの世界観を、同じ現象に対する異なる見方として並べ、つなぎ直してくれる言語なのかもしれぬ(本書では、双対性と呼んでいる)。
「世界を構造的に見る」という観点から、人工知能、AI、自由意思、メタバースといったテーマを圏論的に論じる。そして、サイエンスとしての圏論的統一科学の可能性を検討し、万物の理論としての圏論を描き出そうと試みる。
「知の圧縮=万物の理論」なのか?
圏論を用いて、構造を解析することで、対立する知や、異種の知の間にある相同性をシステマティックに解明できるという。「知の構造」という本質のみを抽出することで、知の圧縮が可能になるという。
仮にこれが、人が知り得た領域の全てに適用し、可視化できるならば、冒頭で私が夢想した知のランドスケープが、より精密に描かれることだろう。対立する構造は対立するままに描写し、異なる学問領域であっても相同となる構造だけを見える化する。
昨今の分断され、氾濫する知を、統一的につなぎ直す―――圏論の射程はすさまじい。
だが、タイトルの「万物の理論としての圏論」にまで至るのかというと、私には分からない。
もちろん、私の勉強不足のせいかもしれないが、圏論で描いた世界が、世界の全てかというと、違うような気がする。「圏論で記述できる」ことと「圏論で理解できる」ことは違うという予感があるからだ。
例えば、恋愛はベクトルで記述できる。恋愛関係となっている対象は、射で表現できる。だが、それで恋愛を理解したことになるだろうか?恋愛という現象の中で形式化できる部分を圏論で描き、それを他の領域とつなぎ直すことはできる。だが、それは現象の核心を掴んだこととは別だ。
さらに、圏論的に同じ構造が見出されたとしても、それが実際に重要なものとして扱ってよいかは別だろう。
例えば、ペンローズの量子認知科学の説明で、「心の統計性」と「量子の統計性」に同じ構造が見出されたからといって、「脳は量子である」と考えるのは拙速だろう(本書では、「脳内に量子効果があり、それが意識を生む」といった主張からは、慎重に線を引いている)。あるいは、株価変動にブラウン運動モデルが使えるからといって、株式市場の中で物理的なブラウン運動が起きているわけではない。
それでも、熱く語られる圏論の大風呂敷に包まれたい。
圏論は、世界を丸ごと説明できる魔法の理論ではない。だが、分断され、氾濫する知のあいだに橋を架け、対立する見方を並べ直し、散らばっていた構造を見えるようにする。その意味で、圏論は「万物の理論」というより、「万物についての諸理論をつなぐ理論」なのだと思う。
かつて私が夢想した知のランドスケープは、引用/被引用ネットワークでも、連想マップでも足りなかった。そこには、知どうしがどのように関係し、どのような構造となっているかまで描かれる必要がある。
圏論は、そのための言葉を与えてくれる。
だから本書は、圏論の解説書であると同時に、「知の全体像は描けるか?」という問いへの、大胆で、無謀で、途方もなく野心的な返答でもある一冊になる。
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コメント
面白いです
圏論はそういう切り方なんですね。目が滑って本が暫く読めてませんが、新しい認知の仕方、新しい繋がり方から別のものが産まれそうです
投稿: 茶釜 | 2026.07.02 19:50
>> 茶釜さん
ありがとうございます。難しい概念を説明なくぶっこんでくるので、目が滑りますよね。「圏論スゲー」という興奮に煽られて、読者を置き去りにしていることに気づいていないのか、あるいは単なる衒学趣味なのか分かりませんでしたが、気にせず「ここは圏論スゲーといいたいんだな」と流しました(それでも気になる箇所は写真に撮ってAIに読ませると、いい感じにツッコミを入れてくれるのでお薦めです)。
投稿: Dain | 2026.07.04 09:22