« 良い記事を書く3つのコツ『誰よりも、うまく書く』 | トップページ | 科学は人間にとっての約束事にすぎない『科学と仮説』 »

原書と翻訳で読む The English Patient / イギリス人の患者



  • 砂漠で燃え上がる飛行機から助けられた「イギリス人の患者」
  • たった一人で「イギリス人の患者」を看病するハナ
  • 拷問で親指を失った泥棒のカラバッジョ
  • インドで生まれイギリスで訓練された工兵キップ

時代は第二次大戦の末期、舞台はイタリア北部の廃教会。この四人を軸に、折りたたまれた過去が少しずつ開かれるように、物語は進んでゆく。

歴代ブッカー賞の中でも最も優れた傑作として名高い『イギリス人の患者』なのだが、これ、かなり難しい。

というのも、視点が頻繁に切り替わり、時間が直線的に進まない。主語が曖昧なまま進み、比喩が多用され、何が起きているのか、非常に分かりにくい。

ある一文がハナの内面の語りに見えても、読み進めると作者の声のようにも響く。同じパラグラフに砂漠の回想と廃教会の描写が重なり、回想というよりもむしろ、イギリス人の記憶の断片が現在に侵入してくるような感覚に陥る。

一つの物語として読むならば、「イギリス人の患者とは誰か?」というミステリが解き明かされるにつれて浮かび上がる美しくも悲惨なラブストーリーになる(実際、映画『イングリッシュ・ペイシェント』はそういう<枠>に押し込んだ)。

だがこれを、一人のヨーロッパ人と三人の非ヨーロッパ人の話として読むならば、別物になる。ヨーロッパが引き起こした大戦争に巻き込まれた者たちの物語になる。ただし、彼らは単なる被害者ではなく、ヨーロッパ的価値観を内面化しているが故に苦悩する。

あるいはこれを、二人の若者と二人の年配者の物語として読むならば、別の旋律が重なる。ハナとキップは、これからの時間を生きる存在でありながら、既に戦争によって決定的な傷を負っている。一方、中年を過ぎた二人は、過去の選択と記憶に縛られ、その重力に囚われている。

音と言葉が喚起する感覚を愉しむ

このように物語を解体して読むこともできる。だが、細かいことは脇に置いて、イメージが喚起させる美しさと心地よさに身を任せてもいい。

作者のマイケル・オンダーチェは詩人でもある。今回(ようやく)英語で読めたのだが、ふんだんに音韻を踏まえている文章は、音とイメージの両方が湧き上がってくる。

 I’ll be looking at the moon, 
 but I’ll be seeing you.

That old Herodotus classic. Humming and singing that song again and again, beating the lines thinner to bend them into one’s own life.

月を見る。
見えるのは君。
これこそ、ヘロドトスの本質だ。私は節をつけて何度も口ずさんだ。そのたびに、自分のことだと思った。

歌詞からすると、ビリーホリディの I'll Be Seeing Youだろう(女と別れたバーで飲んだくれたときのセリフだし)。ヘロドトスの言葉として語られるこの言葉、実際には古典ではなく、20世紀のポピュラーソングに由来する。

'They declare war, they have honour, and they can’t leave. But you tw . We three. We’re free. How many sappers die? Why aren’t you dead yet? Be irresponsible. Luck runs out. '

「あいつらは戦争を宣言して、名誉を重んじて、だから立ち去ることができん。だが、おまえたち二人は……おれたち三人はちがう。自由だ。いったい何人の工兵が死ねば気がすむんだ。おまえはなぜまだ死んでいない。もっと無責任になれ。運がいつまでもつづくとはかぎらんのだぞ」

不発弾の処理で部下を死なせてしまったキップに向かって、カラバッジョが言ったセリフだ。ヨーロッパの金持ち連中が始めた戦争に、律儀につき合う必要はないという。律儀につき合った挙句、両手の親指を失うことになったカラバッジョが言うセリフだから、重い。

この作品は、意味を理解する前に、まず音として受け取るべきなのかもしれぬ。むしろ音読することで、言葉の響きとイメージの連なりが、鮮やかに立ち上がってくる。

He wants the minute and secret reflection between them , the depth of field minimal , their foreignness intimate like two pages of a closed book .

閉じた本の隣り合う二ページのように、反射の距離を最小にし、異質のものどうし親密に寄り添うこと……

minute、minimal、intimateと踏む m 音はエロティックであるだけでなく、隣り合う二ページの本は、ヘロドトスの『歴史』を指す。男がいつも携帯し、メモや備忘録代わりにしている一冊だ。

男は考古学者でもあり、ヘロドトスが記した遺跡を見つけ出そうとする探検家でもある。そしてこの一冊をきっかけとして彼女と結びつき、裏切り、そこに記されたエピソードをなぞるような出来事が起こる。

『イギリス人の患者』は何度も読んできたが、ヘロドトスが、一種の予言の書のようにも読めることに、今更ながら気づいた。

死姦の含意に気づく

他にも、原書で読むことによる気づきがあった。慣れない英語なので、どうしてもスローペースで読むことになり、代わりに、引っ掛かった一つの語を緻密に掘り下げるような読みをしたからだ。

最も強烈なのはここ。

We forgive selfishness, desire, guile. As long as we are the motive for it. You can make love to a woman with a broken arm, or a woman with fever. She once sucked blood from a cut on my hand as I had tasted and swallowed her menstrual blood. There are some European words you can never translate properly into another language. Félhomály. The dusk of graves. With the connotation of intimacy there between the dead and the living.

恋人にはすべてが許されるのではないのか。身勝手も、欲望も、策略も。恋する心から出たことなら、すべてが許されるのではないか。女が腕を折っていても愛せる。女に熱があっても愛せる。ならば、なぜ……私が手を切ったとき、女は傷口から流れる血を吸った。私も女の月経の血を含み、飲んだ。ヨーロッパの言語には、他の言語に翻訳しきれない言葉がいくつかある。たとえば、フェルホマリ。墓場の夕暮れ。死者と生者の親しい交わりをいう言葉。

何かがおかしい。

愛の言葉として語られているはずのものが、どこかで倫理の境界を踏み越えている。

いままで、普通にスルーして読み流してきたが、ゆっくり読むと、改めて異様さに気づく。傷ついた女を洞窟に残してから、既に三年の月日が経過している。女の身体は蜘蛛の巣で覆われている。このとき男は裸で、横たわる女に近づき、かつてしたように、女の服を脱がせ、愛したかったと語る。

彼は、生と死の境界すら無効化しようとしたのではないか。

félhomályという言葉が示すように、生者と死者のあいだの曖昧な領域に踏み込み、その危うさを強く意識させる。そこには、死姦を想起させるほどの過激な含意が漂っている。この後、三年前の腕を折った彼女と言葉を交わし、愛し合うシーンが混じりあう。深く読めば読むほど、何が起きていたのか分からないように描かれている。

そもそも、「イギリス人の患者」はイギリス人でもなんでもない。

フェルホマリ/félhomályはハンガリー語である。この物語を紡ぎ、登場する他の三人を言葉ひとつで引き込んできたのは、彼自身だ。だとすれば、彼こそがこの物語の語り手であり、同時に、最も信頼できない語り手でもある。

今回は、日本語訳を傍らに原書に挑戦したわけだが、英文を読めば読むほど、翻訳の絶妙さに惚れ惚れした。「ヨコのものをタテにする」と謗る人がいるけれど、とんでもない、ものすごく苦労して訳している。作者がどの情報をどこまでコントロールしようとしているかを見積もり、それに応じた明瞭さ(不明瞭さ)で訳出していく。機械的な翻訳ではムリだろう。

次回は、音読して沼るつもりだ。



このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« 良い記事を書く3つのコツ『誰よりも、うまく書く』 | トップページ | 科学は人間にとっての約束事にすぎない『科学と仮説』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 良い記事を書く3つのコツ『誰よりも、うまく書く』 | トップページ | 科学は人間にとっての約束事にすぎない『科学と仮説』 »