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17人で5時間かけたピンチョン『重力の虹』読書会で分かったこと(ネタバレ全開)

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現代文学の金字塔とも呼ばれるピンチョンの『重力の虹』は、その難解さでも有名だ。

「3回読めば分かる」とか「何回読んでも難解だ」とも言われている。上下巻1450ページの鈍器本に1万円出して3ヶ月かけてヒーヒー言いながら読んだ(こうなることが分かってて読むのを、ピンチョン・マゾヒズムという)。

しかし、最後のページにたどり着いたが、果たして私は本当に「読んだ」と言えるのか?

意味を解体し、理解を拒む展開について、「分かった」とは、とてもじゃないが言えないものの、「面白かった」と言い切れるのか。どんなに頑張っても1時間に20ページの遅々としたスピードだったが、これは普通なのか。百科全書的に編みこまれた知識の断片には深い意味があるのか、あるいは衒学的な目くらましに過ぎないのか。

作品に仕込まれた謎よりも、そもそもこの読書体験って何だったんだろうね?

そんな疑問を抱きつつ、読書会に参加した。

偶然か陰謀か、『重力の虹』が同じ日に2つ開催されたため、両方とも参加した(主催者・参加された方、ありがとうございました!大変楽しく&濃密な時間を過ごせました)。

みなとシェア読書会@川崎 7人で2時間
東京ガイブン読書会@新宿 11人で3時間

主に川崎編で出たトピックには【川】、新宿編で挙げられたネタには【新】と表記する。また、「上巻p.063」は「上63」と表記する。

考えるな、感じろ【川】

まず、異様なまでの読みづらさ。

通常の描写から始まったと思いきや、知らず知らずのうちに、誰が誰に向けているか不明瞭になり、トピックの焦点がどんどんズレてゆき、そもそも何を語っているのか分からなくなる。置いてけぼりになった論点や伏線(?)は回収されないどころか、因←→果が逆転されるのは、慣れるまで(慣れてからも)分かったとはとてもいえぬ。

これ、単純に「難しい」というよりも、情報の入ってくるその「入り方」が普通の小説と違うからだ。背景と前景が安定せず、文脈(コンテクスト)が勝手に切り替わり、読み手が想定する順序で因果が接続されない。

じゃあ「普通の小説」とは?読者を迷子にさせないための暗黙の了解がある。例えばこんなん。

  • 地の文は状況を説明する:「状況が混乱している」ということを説明する地の文はあるが、それは「状況が混乱している」ことを整理して伝えている
  • 会話の宛先が明示される:会話は「」で括られ、誰宛か判別できるようになっている。「」が無くても文脈で推定できるようになっている
  • 伏線→回収、原因→結果の順序がある:記載の順番が逆転し、結果から描かれることもあるが、結果には原因があることが前提となっている

こうした「普通」を破壊して、自動運転で読める部分が、全てマニュアルドライブになっている。暗黙の了解が無い、いわば「話が通じない」場に投げ込まれる。書いてある言葉は分かるが、その意味が伝わらず、目が滑るのは、こうした理由による。

では、どうすればよい?

一つは、再読を前提とした読みになる。因果の回収はひとまず置いといて、ひたすら人物相関に着目して、何が起きたかは2回目以降の謎解きとする。その手がかりは、 [122人の相関図を作ってみた] に書いた。

もう一つは、筋が通る意味の解釈を諦める。自分に引き寄せる読みを、いったん手放す。「読もう」と構えると意味や道理が逃げていくから、「読むという行為」に身を投じる。意味化しようとする衝動を抑える、一種のデトックス読書やね。

タルベーラ監督の『サタンタンゴ』という映画がある。ひたすら美しく、かつ、意味のない光景が7時間、延々と続くそうだ。そこに意味を求めず、ひたすら「観るという行為」を続けると、意外と読めるそうな。

意味を得るために読んだり観たりするのではなく、読書や鑑賞という体験そのものに身を置くことが目的となる―――『重力の虹』は、そういう滞在型の読書なのかもしれぬ。

仕掛けを解除しろ【新】

一方、ピンチョンはモチーフに意味を重ねてきているから、そのモチーフを拾い上げるという攻略法が提案された。

例えば、冒頭のここ。

一筋の叫びが空を裂いて飛んでくる。前にもあった、だが今のは何とも比べようがない。いまさら手遅れだ。〈疎開〉は続くが、ただの見てくれでしかない。列車の中は真っ暗。わずかなもない、どこにもだ。頭上に組み上がった鋼材は鉄の女王と同じくらい古び、そのはるか上にガラス屋根。昼間なら光を通すだろうが今は闇だ。ガラスが落ちてきたらどんなことになるだろうかと不安になる――もうすぐ―――壮観だろう。水晶宮の崩落。漆黒の中にかすかなキラメキもないまま起こる、巨大な不可視のクラッシュ。
(『重力の虹』上13より)

太字化は私。小説の中には、不自然なくらい多用されている言葉があり、それは「光」「ゼロ」「不可視」だという。言われてみればあちこちどころか、畳みかけるように頻出している。そして、同じ「光」でも、そのシニフィエが様々に重ねられる。爆発する閃光だったり、ドラッグでキマった脳内物質の輝きだったり、しゃべる電球だったりする。

要所要所の重要なシーンで「不可視(invisible)」が使われている。降霊会では「不可視の手」が登場し(上63)術に登場する幽霊はもちろん「見えない」し、鍵となる合成化学物質イミポレックスGは「透明性」を持つ(下579)。虐殺され、歴史から抹殺された人々は「不可視の王国」(下72)と呼ばれる。

「重なり」を解除するのであれば、ビアンカとイルゼの二重写し(下66)が指摘されていた。どちらも「映画を見て興奮した男が女に言い寄ってできた子」としては共通している。

ただ、「この世は常に二重の照明に照らされていて(下67)」の表現からすると、似たような境遇という意味だけでなく、異なる映画で同じ人が出演しているとも読み取れるという。さらに、ビアンカの代わりに肌の色が透けそうに白い(下66)青年ゴットフリートが仄めかされている。

これはラストの00000号の贄とされた男性verがゴットフリートなので、女性verがビアンカとも読めるのでは、という指摘が面白かった。つまり、読者が男性なら、同性のゴットフリート、女性ならビアンカが、読者の代わりの贄になるという「読み」だ。

モチーフやキャラクターの重なりを解くような読み方が提案された。いわばナボコフの仕掛けを解除するような読みなり。また、「糞便」が出てくるのは、「これから重要な出来事になりますよ」というフラグとして読む。1回目を読んだいま、確かにそうだといえる。これは再読の楽しみとしよう。

ハリウッド映画との親和性【川】

主人公のスロースロップは、ハリウッド向けという意見があった。

追われて、逃げて、勝手に巻き込まれる。でもなぜ追われるのか、どうして巻き込まれるのか状況を理解していない。でもなぜか重要人物として狙われるという意味で、完全にハリウッド向きだといえる。

本人は「世界の謎を解こう」などと思っていないのに、世界の方が勝手に追いかけてくるというドタバタ展開は、めちゃくちゃ作りやすい。

謎の組織に追われるし、敵か味方か分からずに、陰謀に巻き込まれる。全部がつながっていそうで、でも証拠が無い。秘密エージェントとか軍産複合体といった「黒幕」は、ハリウッドが100年ぐらいコスり続けてきたネタになる。

実際、読書会で知ったのだが、デカプリオ主演の『ワン・バトル・アフター・アナザー』の原作が、ピンチョン『ヴァインランド』だそうな。映画は予告編しか見ていないが、ヴァインランドってそんな話だったかな……そのうちアマプラで観れそうなので楽しみに待つ。

ただ、ハリウッドとの決定的な違いは、「ピンチョンは意味を回収させない」に尽きる。ハリウッド映画のラストは、巨悪の正体が暴かれ、陰謀は潰える。あるいはそうした状況から主人公は脱出し、自由を勝ち取る。敵は誰で、何が起きていたか、主人公はどう変わったかといった、物語をドライブさせていた因果が明確に回収される。

しかし『重力の虹』では、スロースロップは分解し、物語の焦点は奪われ、意味は霧散し、読者を置き去りにしたまま、ロケットは飛んでいく(あるいは飛んで来る)。小難しい話を取っ払えばハリウッド映画向きだが、ハリウッド映画を成立させるための因果を殺しにかかるのがピンチョンだといえよう。

「選ばれし者」と「見捨てられし者」【新】

くり返し出てくるテーマとして、カルバン派の予定説にがある。「選ばれし者」と「見捨てられし者」が「上13」を皮切りに、何度も姿かたちを変えて採りあげられる。

神に選ばれ、救済が約束されている者と、そこから切り捨てられている者がいる。努力や行為でどうなるものでもなく、ただ、最初からそう二分されている。エリート/排除された存在、白人/有色人種、帝国/植民地といった形で登場する。

面白いのは、アメリカ合衆国の開拓における西への移動は、自己正当化として「選ばれし者」が量産されている点にある。「フロンティア精神」「約束の地」「自由への移動」として語られているが、先住民たちは最初から居なかったことにされている。

一見したところ、ピンチョンはそうした抑圧や暴力を「批判」しているのではないか?

だが、ちょっと待てよ。そんな見え見えの批判なんぞするか?するはずがない。抑圧されていた側のエンツィアンは、脱植民地化の闘争の中で00001号を手に入れることで、「選ばれし者」と同じ行動・同じ発言をしているのではないか?

これ、カルバン派の話に閉じず、そういう認知になってしまうという人間のバグを示しているのかもしれぬ(批判というよりも諦念に近い)。

「重力の虹」とは【川】【新】

タイトルにはどんな意味があるのか?いろいろな意見が出てきて愉しい。

というよりも、『重力の虹』というタイトル自体が、ひとつの意味に収束しないよう(させないよう)に設計されているから、様々な象徴の束としてあれこれ言い合うのが楽しい。

  • ロケットが打ち上げられ、一時的に抗った後、重力に囚われ落下する弧を指し、多様な色あいは、ロケットを追い求める国家・組織・人種の多様さを喩えている
  • 重力は迫害されている人を捕えているメタファーで、そこからの開放を指す。
  • 「虹が見える」とはその弧から離れていること=ロケットの発射・着弾の場所から離れて他人事のようだという暗喩

虹は希望や祝福の象徴なのに、落下する爆弾の軌跡として描かれる反転の皮肉が効いている。ナチスも連合国も科学者も軍も企業も、それぞれの違う目的を目指しているのに、同じ重力に囚われた軌跡を描くところも面白い。

「重力の虹」について、序盤でケネディとマルコムXとの会話で種明かしされているという指摘があったが、場所が探せず(上131にハープが「重力に逆らって」というシーンがあったが、違うみたい)。再読の楽しみとしよう。

他にも、様々なヒント・ネタ・再読の手がかりをもらったので、並べておく。

  • 円城塔の書評が読み解きに役立ちそう→虹には向こう側がない : トマス・ピンチョン『重力の虹』をめぐって(新潮2015年1月)
  • 早川文庫のオーウェル『一九八四年』のピンチョンの書評を読むと、ピンチョンがなぜあんな小説を書いたのかの手がかりになる
  • 科学+歴史+神話をストーリーに落としむといえば、リチャード・パワーズが似ているかも
  • 大規模で複雑な世界をそのまま描くポストモダン作家として、ドン・デリーロも似ている
  • 面白さで言えば『重力』よりも『競売ナンバー49の叫び』が上(未読なので読む!)
  • 読むスピードは20頁/1時間という回答が多かった
  • お薦めしていた「磯崎憲一郎・寺尾隆吉とガルシア・マルケスを読む」会は [ここ] (1/22@早稲田大学)、無料・予約不要やで

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実は、もう再読を始めている。読書会という期限が無いので、気楽に時間をかけて読み解いていくつもり。と同時に、人物相関図も充実させていこう。

あるいは『V.』か。



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