誰もいない空間が、なぜこんなに怖くて惹かれるのか『リミナルスペース 新しい恐怖の美学』
この場所に見覚えがあるだろうか?
「あの部屋」とか「黄色い空間」と呼ばれ、ネットで有名なのだが、実際には「どこでもない場所」になる。友達と映画を撮影していたら、突然、見知らぬ場所に迷い込む。
不気味な迷路空間を彷徨ううちに、異形の存在に見つかり、逃げ惑う。(よせばいいのに)振り返って撮ろうとしたり、(やってはいけない)暗がりに隠れたりする―――その結果、残された映像が発見されたという体(てい)のyoutube作品だ。Found Footage形式とも呼ばれ、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』風のホラーになる。
The Backrooms (Found Footage)
現実の裏側に、無限に続く無人の空間がある。ひとたび迷い込んだら、理由も目的も分からないまま彷徨う―――こうした空間をリミナルスペースと呼び、人の恐怖心を掻き立てると言われている。
長く続くコンコースや、映画館のホールといった、ありふれた場所でもいい。ただし、人が全くいないところがポイントだ。普通なら大勢の人が行き交い、活気あふれる場所なのに、人の気配が無い。そういう「場所」だ。
ある人は、映画『シャイニング』の舞台となるホテルの長い長い廊下や、『8番出口』の白くて清潔で無機質な空間を思い出すかもしれない(デヴィッド・リンチは室内で夢の空間を、アンドレイ・タルコフスキーは現実の風景を異界として撮っていた)。あるいは弐瓶勉『BLAME!』の敵意に満ちた迷宮のような巨大構造体が浮かんでくる人もいるかもしれぬ。
そういう場所が、なぜ不安を掻き立てるのか。その一方で、美しいと感じ惹かれてしまうのはなぜか。膨大な映像作品を駆使し、そんな不安と恐怖の美学を探求するのが『リミナルスペース』になる。読むと、一番手軽な方法―――夢―――でリミナルスペースに迷い込むことができるぞ(本人談)。
リミナルスペース=非場所
このリミナル(liminal)とは、元々はラテン語のlīmen(リーメン)で、「境界」や「戸口」という意味だという。
なので、リミナルとかリミナリティというのは、境界にある状態で、中途半端で確定していない状態のことになる。戸口に立っているということは、家の中でも外でもない、どっちつかずの位置になる。
そこは、具体的な「場所」にはならない。
ホテルの廊下や駅のコンコース、ショッピングモール、映画館のロビーは、具体的な「場所」というよりも、どこかへ行くために通過するエリアになる。このようなエリアは人類学の用語で「非場所」と呼ばれており、歴史や文化的背景と結びつかないものとされている。
なぜ怖いのか
普通、こうした場所には「人」がいる。
廊下も壁紙も階段も、人のためにあるのに、肝心の人がいない。あるべき存在がいない、その空っぽさが薄っすらと不安を掻き立てる。
そして、そんな状況が続くと、人の脳は「説明」を求めはじめる。
- なぜここに居るのか?
- 皆はどこへ行ったのか?
- どうすれば出られるのか?
普通の物語だと、そうしたホラー的状況では「敵」が現れる。幽霊だったり殺人鬼だったり、あるいはパンデミックでアポカリプスだったり、いない「理由」が明かされる。いつまで経っても説明が無いと、人の認知は暴走を始める(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、このパニックがめちゃくちゃリアルだった)。
安全であるはずの場所は、何の理由もなく意味を失っている。これは足元が失せるくらいの恐怖なり。
一方で、現実のリミナルスペースに迷い込むと、認知を歪ませることができる。
私は自覚的にこれが好きで、でかいデパートに行くと、エレベーターやエスカレーターではなく、「階段」を探す。たいていはトイレの近くにひっそりとたたずみ、当然、利用する人は誰もいない。
この、無気配の空間への不安感は、昨年堪能した「恐怖心展」にも確かにあった。日常の非日常性からしか得られない養分がある。
ゴチャッとした雑居感と、外部から隔絶された仄暗い吹き抜けがリミナルスペースっぽい。そんな閉ざされた空間のビルが渋谷駅すぐ近くにあるのも不思議。 pic.twitter.com/5xIDyCY6mv
— HOLOGRAM HOUR (@funtaryuji) December 19, 2025
好きな人は結構いるもので、「リミナルスペース」や「liminalspaces」でtwitterを探すと、「廃墟ではないけど人の気配が無い空間」を愉しむことができる。同士からの情報によると、東成田駅が生ける廃墟として名高いらしい。
ポイントは、新しい廃墟なんだろう。
悪夢を探索するような(現実の)路地裏なら、例えば飛騨金山の筋骨めぐりとか、豊浜町の小野浦あたりが有名だが、昭和レトロの雰囲気なので、ここにリミナル性を感じる人は世代が違ってくるかもしれない。
そうではなく、新しくて人がいるはずなのに、無人―――そういう空間がリミナル性を掻き立てるのだろう。
東京メトロの四ツ谷三丁目駅にある地下通路がサイバーパンク過ぎる。 pic.twitter.com/ZaoYSfJ4hU
— Saho. (@urbex_34) January 11, 2026
書籍の『リミナルスペース』からは、絵画から映画や漫画や小説、youtube、ネットコンテンツなど、大量の作品が引き合いに出されている。ネットを参照しつつリミナルスペースのぞわぞわ感を堪能する。
本書で強力にお薦めされており、かつ、私が惹かれているのは、ダニエレブスキー著『紙葉の家』とジョーダン・ピール監督『アス』だ。
『紙葉』はレイアウトや構成に仕掛けが施してあり、入れ子状になった物語を読み解く行為そのものがリミナルだというし、『アス』には 『The Backrooms』を彷彿とさせるシーンがいくつも登場するという。どちらも見たい見たいと言っているうちに絶版になりアマプラから外れていた。なんとかして、リミナル感を味わいたい。
また、この記事を書くにあたり知ったのだが、『The Backrooms』は映画化されるらしい。しかも、あのA24で(!)
youtubeシリーズが世界的にヒットしたことにより、A24制作し、2026年(今年じゃん!)公開予定だという。
THE BACKROOMS (2026) Trailer
ただ、トレイラー見る限り、より「異形」っぽくなっているのが気になる。『サイレントヒル』や『バイオハザード』で見慣れた姿形だったり、『クーロンズ・ゲート』のオマージュ形態(?)なので、「異形」なのに懐かしさを感じる。
しかも、映画というメディアなので、何かしらのストーリーが求められるはず。それはリミナルスペースの魅力である「説明の無い恐怖」とは反りが合わないかもしれぬ。「変な空間に入り込んで逃げ惑う」という話は、エンタメ映画でめちゃくちゃコスられてきたネタなので、一歩間違えると陳腐の沼にハマる。とはいえ、A24ならヤってくれるはず……観ている人を惑わせる映画になるはず。
本書は、リミナルスペースに取り憑かれた人が、そのゾクゾク感・不安感・恐怖心をおすそ分けする一冊。日常に潜む非日常性に触れたい人には、最高の手引きとなるだろう。
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コメント
こんにちは。
そちらのThe BackroomsトレイラーはAIによるファンメイド動画です。
公式のトレイラーはまだ出ていないと思います。
私も楽しみにしている映画なので、もうトレイラーが出たのか!とびっくりしました(笑)
投稿: | 2026.02.07 12:05
>>名無しさん@2026.02.07 12:05
ファンメイドのトレイラーだったのですね、教えていただきありがとうございます!
「異形らしい」異形ではないことを願いつつ、楽しみに待ちます。
投稿: | 2026.02.08 23:10