まじめにふまじめ『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』
まじめにふまじめ、知的で痴的な一冊。
歴史、医学、宗教、経済学、生物学、文学、テクノロジーなど、あらゆる学問分野から「下半身の知」を掘り下げる。知的好奇心と性的好奇心を同列に扱う。
性欲旺盛な高校男女が手にして、知的探求のあまり学問に目覚めるかもしれぬと思うとニヤニヤが止まらぬ。学校図書館に常備しておきたい。
変な場所で性行為:牛車から宇宙空間まで、カーセックスの1000年史
例えば、カーセックスの歴史。
日本初のカーセックスは平安時代にまで遡る。『和泉式部日記』に「車宿りの一夜」というのがあるそうな。「車宿り」とは牛車の駐車場。
人静まりてぞおはしまして、御車にたてまつりて、よろづのことをのたまはせ契
「みんなが寝静まってから駐車場に来て、牛車に乗って色々な話をしてからまぐわった」になる。昔も今も、クルマの中はプライベート空間になる。透過率が低いスモークフィルムだと車検NGだけれど、牛車なら御簾を下ろせば完全に見えなくなる。
『和泉式部日記』は1008年頃の作品なので、カーセックスの歴史は実に1000年を超える長いものになると考えると感慨深い。
ちなみに、「日本で最初にカーセックスをしたのは、初代内閣総理大臣の伊藤博文」という話があるそうだが、著者に言わせるとこれはガセ雑学だそうな。
変わった場所でのセックスといえば、MRI(磁気共鳴画像法)で撮影した性行為も紹介されている。
1999年、オランダの大学病院で実施され、8組のカップル+3名の女性で、合計13回の実験が行われてている。撮影結果は、エロマンガでおなじみの断面図となっている。
報告によると、興奮すると子宮が(下ではなく)上の方に移動するといった事象が観察されたという。これ信じるなら、「子宮が降りてくる」というのは誤りで、比喩的表現の一種なのかもしれぬ。また、「ペニスがブーメラン状に曲がりながらも挿入を続ける」という事象も報告されているが、いわゆる「中折れ」の前駆症状だろう。
だが、MRIの円筒形の内部は狭く凄まじい轟音が鳴り響く。情欲が湧き立つ環境からは程遠く、被験者の苦労がしのばれる。
他にも、Pornhubの「宇宙でセックスしよう」というクラウドファンディング企画(Sexploration)や、気球や飛行機で性行為する「マル・ハイ・クラブ」、皇居は青姦の聖地だったというネタが紹介されている。ちなみにPornhubのクラウドファンディングは目標額に届かず失敗したが、無重力空間でのセックスは、”The Uranus Experiment 2”で実現しているようだ [URL] 。
寝室とか屋内といったありきたりの場所に飽き足らず、チャレンジングなのは良いな……と一瞬思ったのだが、これは逆で、元々は時や場所にかまわずイタしていたオープンな性が、宗教だのモラルだの文化といった縛りでクローズドになってきたのが、今なのかもしれぬ。
くぱぁの世界史:女陰を見せることはタブーではなく祈り
「くぱぁ」とは、観音サマの開陳であり、御開帳であり、オープンリーチ一発ツモ満願であり、雌蕊を指で開くオノマトペである。
本書では、紀元前5世紀のヘロドトスが目撃したかもしれないくぱぁから、スペインのカタルーニャ地方に語り伝えられる「女陰を出すと海が鎮まる」伝説、ヴァギナを見せて悪魔を追い払うフランスの話、岩戸に隠れた天照大御神を引っ張り出すために御開帳した古事記の話などが紹介されている。
この、女性器を見せつけるヴァギナ・ディスプレイは、キャサリン・ブラックリッジ『ヴァギナ 女性器の文化史』のおさらいになる。概要は [書評(全年齢推奨)] をご覧いただくとして、ヴァギナの歴史は人類の歴史と重なる処が多い。
例えば、言語学的に見て面白いのは、洋の東西でイメージが対照的なところ。
vaginaに代表される西洋語(ラテン系)では、剣の鞘(≒男性器を受け入れる器)を意味する。一方、インド・東南アジア圏では、生命の源といった意味がある(サンスクリット語のyoni:宇宙の源、日本語の「ほと」:火処)。あの場所を、入口として見るか、出口として見るかの違いなのかもしれぬ。
『下ネタ大全』は、そうした、古今東西のくぱぁの事例を解説しながら、女性器を見せつける文化は特殊でもなんでもなく、地球上あらゆる場所で独立に発生している素朴で自然な行為だという。
突拍子もなく感じてしまうのは、我々が近代化の過程で発達させた感覚にすぎず、むしろ女性器を見せつけない文化の方が珍しいとさえ言えるだろう。我々は極めて偏った価値観の中を生きている。
これ、まさにその通りなんだけど、令和よりも昭和の方が偏っているように思える。
というのも、昭和の時代では、出版界の規制により、陰毛や性器の露出は厳しく禁止されていた。当時のヌード写真では、陰部はボカシや黒塗りが普通だった。印刷時に加工できない輸入版のPLAYBOYやPENTHOUSEだと、コンパスの針で削ったかのような「消し」が入っていた。たとえ苦労して裏本や裏ビデオを手に入れても、モザイクが入っていないというだけで、あくまでボヤっとしていた。
昭和では、「見えないこと」が、逆に想像力と欲望を喚起した。「見ることはできないが、確かに存在する」ものとして、神聖視され、神秘的な存在だった。「なんとしてでも見たい」という強い思いは男を衝き動かし、恋愛や結婚へドライブする欲望となっていた。畏れと憧れを込め、「観音様」「御本尊」と呼んでいたのは、「ありがたい」「ひれ伏したい」「拝みたい」といった祈るような感覚がベースにあったからかもしれぬ。
平成は、この希少性が薄れてゆく時代だと考える。象徴的な例として、宮沢りえのヌード写真集『Santa Fe』がある。平成3年(1991)に発売された写真集で、当時18歳だった宮沢りえを篠山紀信が撮影したものだ。人気絶頂の宮沢の、ヘアヌード写真集だったということもあり、165万部という写真集の世界記録を達成した(Wikipediaより)。これがヘアヌード解禁のトリガーとなったことを記憶している。
令和では、お手元のスマホや、PCの大画面で、大量に手軽に鑑賞できる。内視鏡や胃カメラで撮影した内部映像のみならず、CT断面図、サーマルイメージングといった人の眼では不可視の領域まで暴かれている。あれほど見たいと希ったそれは、神秘性や希少性を剥ぎ取られた内臓になる。600年前に世阿弥が言った「秘すれば花」の重みは、時代を経るごとに増すばかりだ。
こういうネタ、[なぜスタバのセイレーンは股を広げているのか] を書いた骨しゃぶりさんが好きだろうと思ってたら、既に乗っかっててワロタ [くぱぁ彫刻] 。
他にも、こんな感じで、徹頭徹尾下ネタを延々と語り続ける。
- 規制当局とのイタチゴッコとなる局部修正の歴史は、ミケランジェロの『最後の審判』に弟子が加筆した腰巻から始まる
- 急性心筋梗塞に用いる血栓溶解剤「ウロキナーゼ」の原材料は女性のおしっこで、大量の尿を集めるために修道院の女性が選ばれた
- アダムの「あばら骨」からイヴが作られたというが、肋骨の数は男女同一のため矛盾。むしろ陰茎骨を使ったのでヒトのペニスには骨が無い説
- 2024年にFANZAが発表したビッグデータ分析によると、ここ5年間で急上昇した検索ワードは「乳首」
世界を下半身から眺めると、タブーや恥じらいに隠されてきた文化の構造が、驚くほどクリアに見えてくる。性とは、最も人間的で知的で痴的なテーマなのだ。
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