土木が好きになる22の物語『DISCOVER DOBOKU』
高速道路の立体交差を見上げるときや、建築途中で剥き出しの構造物を眺めるときに、胸の奥で何かが滾る―――そんな経験がないだろうか。
実物でなくて画像でもいい。スーパーカミオカンデの静謐な空間や、首都圏外郭放水路の神殿じみた威容を見て、ぞっとするような畏怖と共に、一種の構造美を感じたことはないだろうか。
本書は、そんな人が築いた巨大構造物を愛でるための一冊だ。著者は東京都市大学(旧 武蔵工業大学)工学部教授で専門は鉄筋コンクリート・耐震設計で、ガチの土木オタクだ。
というのも、本書で紹介されている構造物の一部がこれなのだが、どのページを開いても、土木のロマンに溢れており、土木エンジニアへの尊敬で一杯だから。
例えば、表紙にもなっている首都圏外郭放水路。
洪水時に荒川の水を一時的に溜め、江戸川へと逃す地下施設だ。6.3キロにおよぶトンネル空間と、59本の巨大な柱列が立ち並ぶ、地下神殿のような放水路なのだが、「見えない」防災インフラになっている。
本書で知ったのだが、あの巨大空間は調圧水槽であり、そこへ至るために5つの巨大立杭がつながっているという。もちろん構造システムの全体は目で見ることはできないものの、人類の叡智を結集した地下建築の芸術といっていい。
あるいは、黒部ダム。
北アルプス3000m級の山に囲まれた地形で、もろくて崩れやすく地下水だらけの破砕帯を突破し、多くの犠牲者の上に作られた巨大ダムのカリスマだという。建築当時の写真も紹介されているが、(人は映っていないものの)難工事であることを伺い知ることができる。
黒部ダムは、水力発電や治水としての構造物だけでなく、「見せるインフラ」としての文化の始まりとしても有名だという。映画『黒部の太陽』でドキュメンタリードラマとして知られ、ダムそのものが観光地となったという。NHK紅白において、中島みゆきが黒部第四発電所で歌い、「リアル地上の星」としても話題になったという。
他にも、横浜ベイブリッジ、京極揚水発電所、東京湾アクアライン、瀬戸大橋、羽田空港D滑走路、高尾山インターチェンジ、ユーロトンネルなど、土木遺産という名に相応しい作品が、豊富な図版や画像と共に紹介されている。著者の早口オタクトークの熱気に当てられて、思わず知らず引き込まれてしまう。
すごいと思ったのは、アンダーパス。
道路や鉄道など既存の交通施設の直下に構築する地下道路や共同溝のことだという。道路や鉄道の直下に潜り込む地下立体交差は、「非開削工法」で施工するという(要するに、地面を掘り返さずに構造物を敷設する工法)。
交通量が多く、上下水道やガス・通信などのライフラインが密集している都市部では、工事のために止めるわけにいかない。あるいは、止めるにしても最低期間に留め、周囲への影響を最小限にするため、様々な工法があるという。
本書では、「東京外郭環状道路京成菅野駅アンダーパス」が紹介されている。京成菅野駅の真下に高速道路を通すのだが、完全にブッ飛んでて頭おかしい。
日本建設連合会より引用 [引用元]
- 駅直下に6階建てのビルが入る空間を作り、そこに2階建て高速トンネルを作る
- 駅も鉄道も稼働中のままで、一本たりとも止めない、揺らさない、漏らさない
- 普通に掘ったら崩れるので、駅の地盤に薬剤を注入してガチガチに固める
- さらにシールド鉄板を差し込んで駅全体を固定する
- 総重量7000トンのコンクリの箱を作り、ピアノ線と油圧ジャッキの力で少しずつ押し込んでいく(押し込む空間も少しずつ掘っていく)
都市の血管の下を通す、外科手術のような土木工事なのだが、この作品、今では目にすることができない。車で通るだけの空間なのだが、土木の狂気的な美しさを感じる。
横浜や品川、渋谷でも駅の改良工事をずっとやっている。特に渋谷駅は、銀座線ホームの移設や通路の再構築で動線が複雑怪奇になっているが、考えてみると、あれだけの工事を、列車の運行を止めずにやっていることが驚異だ。
新南口近辺からのJR渋谷駅(筆者撮影)
水が流れ、道路を通り、列車が走る。
私はこれを、当たり前のように思っている。
だが、その「当たり前」を支えるのが、土木技術という人類の叡智なのだ。『DISCOVER DOBOKU』は、構築ガイドというより、巨大建築に宿る人間の情熱と機能の美を描いた、土木賛歌の書といえる。
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