問いの質を底上げする『問いの技法』
問いの感度を上げると、的を射たコミュニケーションができる。
太郎 『あのプロジェクトは失敗だ』
花子 『それはなぜ?』
一見シンプルなやり取りだが、この「なぜ」には二つの意味がある。
1.なぜプロジェクトは失敗したのか(原因を問う)
例:要件追加や人員不足が影響したのか
2.なぜ失敗だと判断したのか(根拠を問う)
例:納期遅延やコスト超過など、どの指標を根拠にしたのか
前者は「失敗」を事実として深掘りする問い。後者は「失敗」かどうかを確定させるための問いだ。
これを区別しないと、誤解を招く。例えば偉い人が「なぜ失敗したのか」と問うた場合、その背後には「どの指標を根拠に失敗と見なしたか」が隠れている。根拠を確認せずに原因を語れば、相手の意図とズレることになる。
偉い人がコスト超過を問題視しているのに「人員不足のせいです」と答えれば、「不足なのにコスト増?」と、しなくてもいい説明責任を背負わされるハメになる。
問いへの感度を上げ、問いの背後を明確にすることは、余計な誤解や責任を避ける最初の一歩になる。「ご質問の主旨を腹落ちさせるため、ご判断の根拠を教えてください」のように的を絞り込むことも可能になる。
質の良い問いができるようになるのが、『問いの技法』だ。「問い」とは何かを明確化し、多様な問いを分類・整理して理論化したものになる。
問いの理論を学ぶことで、「問い」の形をしていないものの、暗黙のうちに問われていることに気づけるようになる。あるいは、「問い」の形をした巧妙な説得術も見抜けるようになる。
「問い」とは何か
本書で示される定義は、次の通り。
問いとは条件に合う答えをある範囲のなかから選択することである
上記を分解すると、問いとは、①予め何かしらの前提条件が与えられており、②ある範囲の中から答えを選ぶことで、なおかつ、③その答えは何らかの基準(価値判断)に沿って選ぶことになる。つまり問いとは、前提、選択、基準の3要素によって構成されるという。
ただし「選ぶ」という言葉に違和感を覚えるかもしれない。例えば「方程式の解を求めよ」は「求める」であり、「犯人は誰だ?」は「探す」が自然だろう。
ここで注目すべきは、答えを導く方法(計算や捜査)ではなく、「答えがどの範囲に属するのか」という点だ。数式なら「数値」、犯人探しなら「人物」という範囲が決まっている。
「問い」と「答え」とセットであり、その答えは文脈や意図に依存する。一意に定まるもの(1+1は?)、人によって変わるもの(ここのラーメンは好き?)、状況で変わるもの(面接と職務質問での「あなたは誰?」)がある。
したがって、「問いとは、前提のもとで基準に沿って選ぶこと」と考えると、その性質を整理しやすくなる。
誰かから問いを投げかけられたとき、あるいは、自ら問いが生まれたとき、「その問いとは何か?」と、問いそのものに目を向ける時に役に立つ。そして、「問いの前提、選ぶ基準と範囲は何か?」に置き換えることで、焦点がハッキリとするだろう。
「事実の問い」と「評価の問い」
本書では、様々な問いの分類がなされているが、最も重要なものは「事実の問い」と「評価の問い」だろう。
太郎 『あの店のラーメン、どうだった?』
花子 『豚骨スープに細麺で、けっこう美味しかった』
一見シンプルなやり取りだが、この「どうだった?」には「事実の問い」と「評価の問い」がある。
事実の問いは、基本的に答えが一つに定まる客観的なもので、「豚骨スープ」や「ストレート細麺」がその答えになる。一方、評価の問いは、答えは人それぞれのもので、「美味しかった」という主観が答えになる。
事実か評価か、どちらを想定した問いなのかを念頭に置くと、どんな回答が適切か見えてくる。どちらか分からないような問いなら、両方を示すのが良いだろう。ITプロジェクトでよくある問いだと、こんな風になる。
この機能追加に、なぜこんなにコストがかかるの?
→見積もり工数は90時間ですが(事実)、他の要件と並べると割高に感じるかもしれません(評価)この画面のバグがなんで残っているの?
→再現条件が複雑だからですが(事実)、テスト設計が甘かったせいでもあります(評価)この状況でリリースしても大丈夫?
→致命的なバグはありませんが(事実)、サポートの工数が増える可能性はあるので不安ですね(評価)
「事実の問いは一つに定まるもの」とはいえ、実際には定めるのが難しい場合がある。あるいは、一度定めても後に変わることもある。例えば「どの政策を採択するか」や「どんな刑罰を科すか」といった問いだ。
この答えは、人によって評価が分かれるが、最終的な結論は所定の手続きで決まる。問題は、「なぜこの政策を選ぶのか」「なぜ死刑にしないのか」のように、あたかも事実の問いであるかのように評価を押し付ける場合である。
これらの問いの背後に、「この政策は現状にそぐわない」「この犯罪には厳罰が妥当だ」といった主観的な評価が隠れている。それを明示しないまま「事実の問い」の形式で突きつければ、相手に説明責任を押し付けることになる(SNSで炎上する「問い」はたいていこれ)。
問いの類型モデルの全体を表にしたものがこちら。上段は事実の問いで、下段は評価の問いとなっている。
もちろん、厳密に分けられないものもあるし、重なるものもある。だが、「問われているもの」はどれに相当するか?という観点で見ると、問いの解像度が上がるだろう。
| 問いのモデル | 説明 | 例 |
|---|---|---|
| 記述の問い | 事実の問い(答えは一つ) | 関ケ原は何年? |
| 評価の問い(人それぞれ) | そのラーメン美味しい? | |
| 推論の問い | 根拠の問い(エビデンス) | なぜこの政策が有効なの? |
| 理由の問い(動機や判断の根拠) | その本を選んだのは? | |
| 説明の問い | 原因の問い(客観的な根拠) | なぜ雷が発生する? |
| 理由の問い(心の意思) | なぜ会社を辞めたのか? | |
| 討論の問い | 主張の問い(合意形成を目指す) | この法案を通すべきか? |
| 意見の問い(多様な立場を表明) | この法案をどう思うか? |
暗黙の問い
問いは必ずしも「質問」という分かりやすい形になっているとは限らない。
相手が答えを返すとき、その背後には暗黙の形で「問われていること」が存在する場合がある。本書ではこれを「問いの先取り」と呼ぶ。問いの先取りは2種類ある。
一つ目は、「予想による先取り」だ。新しい職場に配属されたとき、あいさつとともに簡単な自己紹介をするだろう。誰も「あなたの役割や意気込みは?」などと尋ねてはいないが、そう問われるだろうと予想して答える。
二つ目は、「要請による先取り」だ。会議が4時から始まるのだが、Aさんは作業に没頭して時間に気づいていないとする。その時「もう4時ですよ」と声をかける。
普通なら、これは「今何時?」の答えだが、Aさんが時刻を尋ねていないのに答えだけが返ってくる。Aさんが尋ねるべき「今何時?」という問いを先取りしているからだ。
「相手が何を問うてくるのか?」を見越した上でその問いへの回答もすることは、かなり重要なコミュニケーションスキルになる。ITの現場だとこうなる。
- 先ほどDBアクセスでエラーログを検知しました。原因とユーザ影響は調査中です(「原因と影響は?」という問いを先取り)
- 先ほど追加要件のレビューが終わりました。納期とコストへは響きません(「追加要件がプロジェクトに与える影響は?という問いを先取り」
問いに気づく
「何が問題か?」とか「どのようにすべきか?」といった問いなら分かりやすい。だが、問いは質問文の形を伴っているわけではない。暗黙の問いや、5W1Hすら伴わない問いだってある。
そうした問いをキャッチするためにはどうすればよいか?
すぐに使えるのは、語彙に「は?」「か?」をつける方法だろう。「影響は?」「リスクは?」「可能か?」「甚大か?」など、名詞、形容詞、形容動詞につけるのだ。
もう一つは、選択肢を見つける。
問いの定義を思い出そう「問いとは条件に合う答えをある範囲のなかから選択すること」。選択肢が提示されているとき、そこに問いが隠れている。
私が当選した暁には、高齢者福祉に力を入れてい参ります
隠れた問いは「限られた任期の中で、最も力を入れるべき施策は何か?」である。候補者の施策を並べて比較すれば、「子育て支援や経済活性化は?」といった他の選択肢が浮かび上がる。
さらに、「否定」を探すと良いという。普通なら肯定文で伝えられるところを、あえて否定文にしているということは、そこに何かしらの「問い」が示唆されている可能性が高いという。
太郎 『今日は晴れているね』
花子 『今日は雨が降っていないね』
花子の場合「雨が降っているかどうか」に何かしらの含みがあることが分かる。わざわざ否定形で述べていることは、「傘を持っていく?」「植木鉢の水やりいる?」といった問いが隠れている可能性がある。ITプロジェクトだとこういうのがある(カッコ内は隠れた問い)
- 今回のリリースは遅れていない(前は遅れたけれど今回は納期守れる?)
- 予算はまだオーバーしていない(予算内だけど、予算超過の可能性はあるの?)
否定形は聞き手の想定するリスクを前提にした、「隠れた問い」への返答であることが分かる。そこから隠れた問いを炙り出し、ストレートに答えることで安心させることができるだろう(「納期は守れます」とか「予算内で収まりそうです」)。
問いの感度を上げることは、相手の意図を正しく読み取り、自分の思考をクリアにするための技法だ。知的営みを支える、思考の筋トレといってもいいだろう。
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