「ぼくの考える最強パスタ」に足りないもの『料理は知識が9割』
これが、ぼくのかんがえたさいきょうのパスタだ。
カットトマト1缶を煮詰め、隠し味に悪魔のトマトソース(ロピア)とKiriのクリーミーポーションを溶かしている。バジルの葉と鷹の爪とニンニクとウスターソースとコンソメと、とにかく美味しそうな要素を全部ぶちこんだ、私の、私による、私のための料理だ。
美味しいものを入れれば入れるほど、料理は美味しくなる。料理とは足し算であり、脂と塩と糖と旨味の合計だ。最強の料理とは、寿司とラーメンと焼肉を合体させたものだ。
少なくとも『料理は知識が9割』を読むまではそう思っていた。
ところが、料理とは足し算だけでは無いみたいだ。引き算もできるし、それがむしろ味の深みにつながるという。さらに、料理の方程式は掛け算であり、料理の最終形を念頭におきながら、逆算して美味しさを再構成していくことが重要だと説く。
著者はシェフクリエイト、料理教育のエキスパート集団だ。レシピを提供するだけでなく、料理の理論と実践を体系的に学べるカリキュラムを展開している。「なぜ美味しいのか」「どうしてこの手順なのか」といった、分量やプロセスの背景を言語化してくれる。レシピではなく、知識を伝えてくれるのだ。
例えば、煮込むという工程。レシピだと「ビーフシチューを90分間煮込む」とあるが、その背景をこう解説する。
- 「煮込む」とは、肉を柔らかくすることが目的
- 肉の固さの原因はコラーゲン
- 加熱によりコラーゲンはゼラチン化する
- 加熱時間は温度との兼ね合いで決まる
コラーゲンがゼラチン化するのは80度以上だけど、グツグツ煮立たせる(100度)と肉が縮んで硬くなるので、煮込みの温度は95度前後を目安にする。一般的に95度前後で煮込む場合は少なくとも90分の加熱が必要―――だから「90分間煮込む」というのだ。
旨さの方程式
料理を美味しくする要素とは、脂と塩と糖の足し算だと思っていた(要するにラーメン)。しかし、本書では、要素は5つあり、それぞれの要素の掛け算で決まるという(旨さの「量」に相当するのは旨味+塩味だけ)。
『料理は知識が9割』(シェフクリエイト)p.45より
レシピ通りに作っても「なんかおいしくない」と感じる時がある。その場合は、これを振り返ればいい。私は「旨さの量」だけを気にしていたが、他の要素は「掛け算」なのだから、ケアするほど美味しくなるし、蔑ろにすると、それこそゼロになってしまう。
分かりやすい例なら「温度」だろう。ラーメンのスープがぬるいと、他のすべての要素が優れていても、台無しになってしまう。
甘味で「引き算」する
私が参考にしたのは「味の特徴」の箇所だ。
味の特徴である、辛味、酸味、苦味、渋みは、原則として甘味で和らげることができるという。逆に、甘味が前面に出てきた場合、それ以外の味で和らげることができる。
例えばこんなの。
- 甘味は味を和らげる(レモンジュースに砂糖、マスタードに蜂蜜など、酸味や辛味を和らげる)
- 甘味を和らげる(角煮が甘いときの酢やレモン汁の酸味、和からしの辛味で、甘味を和らげる)
要するに、味には「引き算」ができるのだ。
でも「塩」は引き算できないでしょ?と思うだろう。その通りで、方程式では、引き算の要素ではなく、旨味とのセットである「旨さの量」の要素となっている。
人の味覚は、相対的なものだ。味を単独で知覚しているのではなく、他の味と比較しながら判断している。だから、甘味が強くてくどいとき、酸味が加わることによって、「甘い・酸っぱい」のバランスを取ろうとして、甘さが穏やかに感じられる。
こんな風に、「おいしくする知識」が体系的に説明されている。この知識があることで、レシピからもっと自由に美味しい料理を作ることができる。
ちなみに、本書にレシピは1つだけある。それは、第10章「世界一長いハンバーグのレシピ」で、17ページに渡り文字だけでびっしりと説明されている。これ全部やったら面倒くさいことこの上ないが、絶対に美味しいハンバーグになる確信しかない(というより、プロはここまで気を配って作っているのか!と驚く)。
本書を読んで、「ぼくのかんがえたさいきょうのパスタ」の改善点は以下の通り。
- トマトパック400gを煮詰めた後、塩を加える(煮詰めると水分が飛んで250gぐらいになるので、塩は小さじ1/2弱を入れる)
- バジルを入れたら煮込まない(香りが飛ぶ)
- ベーコン(イノシン酸)を増やす(カツオ節で代替できるか?は課題)
- 香味野菜、キノコ類(複数)を入れる
- パスタの茹で時間を減らして、その分ソースと一緒に煮込む
美味しいものを足せばよいのではなく、「できあがり」をイメージした掛け算で料理する。引き味でバランスを整える、レシピ通りでOKではなく、レシピの背景を理解する。
私に足りなかったのは、隠し味でもKiriでもなく、知識だったことが分かる一冊。

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