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狂気で片づけるにはあまりにも人間的な物語『花びらとその他の不穏な物語』

N/A

すべての人間はモンスターであり、
人間を美しくしているのは、
私たちのモンスター性、
他人の目から隠そうとしている部分なのです
(グアダルーペ・ネッテル)

この著者の言葉どおりの短編集。すごく好き。人間の不穏当な部分に光を当て、そこで育まれる狂気を静かに描き出す。人の持つモンスター性から、一切の暴力を削ぎ落すと、こんな人生になるのかしら?と考えると愉しい。

例えば、夜な夜なパリのトイレを探し回る男を描いた「花びら」。男が探しているのは、ある女性が残した痕跡だ。

並々ならぬ嗅覚へのこだわりがある男は、人目にさらされない唯一の場所に残された印(しるし)を匂いのかたちで思い出にしていた。白い便器についた一筋の液体に心身の不調を嗅ぎ取ったり、鴨のマンゴーソースといった料理がどのように「解釈」されたかを分析していた。

女性用トイレを探索するたび、新しい解釈を見出し、刺激的な発見に心をときめかせていたのだが、ある日、独特の香りと出会う。第一印象は控えめなものの、生命深部から湧き出る生々しさに虜になる。「フロール(花)」と名づけ、その痕跡の主を探そうとする。

見咎められるリスクを慎重に回避しつつ、毎晩毎晩、フロールを探し求める―――読者は、その異常性を目の当たりにしつつ、これは極めて自然に描かれるラブストーリーであると考えざるを得ない。

果たして男はフロールを見つけられるのか?出会った二人に何が起きるのか?

不穏な雰囲気のまま、読者はラストにたどり着く。これも一つの愛の物語なのだろうと自身を納得させるしかない。そんなストーリーが6つ、用意されている。「まぶた」の写真を撮り続けるうち、理想のまぶたを追い求める男や、男の私生活を、道一つ隔てた部屋から覗き見する女など、歪んだ、でもひたむきな執着心と向き合う。

なぜ、こんなに不安にさせられるのだろう?

すぐに気づくのは、「理由」がないことだ。

どの物語でも、誰が何を求めているのかが詳細に説明される。全てのストーリーは一人称で語られているため、隠されるものは無い―――にも関わらず、「なぜ」については、塗りつぶされたように現れてこない。

主人公の目を通して、読者は、物語の目撃者となるのだが、何が起きているのかクリアなのに、どうしてそうなったかは自分で考える他ない。もちろん「こいつは狂ってる」と一言で片づけることだってできる。でも、そんな風に考える人は、そもそもラストまでたどり着けないだろう。それほど、ひたむきで、執拗で、自然な想いなのだ。

小説好きなら、他の作家のオマージュのようなものを嗅ぎ取って、嬉しくなるかもしれない。

例えばこれ、「盆栽」の冒頭だ。

結婚して以来、ぼくは日曜日の午後、青山植物園を散歩する習慣があった。仕事を家事―――週末に家にいれば必然的に、妻のミドリにあれこれ用事を頼まれる―――から解放され、のんびり羽を伸ばすひとつの手段だ。ブランチをすますと、何か本を手に近所をぶらぶらし、新宿通りに出て東門から園内に入った。

名前のない「ぼく」が語り手で、感情を抑制させ、淡々とした日常から入るやり方、読みやすさと軽やかさを兼ね備えた翻訳調……と言えばあの人を思い浮かべる人も多いだろう。『ノルウェイの森』を読んだ人なら、「妻のミドリ」に反応するかもしれない。

これが村上春樹の小説なら、「ぼく」はこの後、謎めいた女と出会って深い仲になるのが定番だ。だが、「ぼく」は謎めいたお爺さんに出会うことになる(お爺さんの名前は「ムラカミ」だ)。ハルキ風味を醸しつつ、まるで違う未来へ連れていかれる(これが二重に愉しい)。

あるいは、ある男の生活をひたすら覗き見する女を描いた「ブラインド越しに」もそうだ。男を「あなた」と呼び、その行動を観察し、見えない部分は妄想し、反応する女の様子はエロスよりも執念じみたものを感じる。

なぜ女がそのような行動をするのか、理由は一切説明されない。一方、覗き見される男も不可解な行動をとるのだが、その理由は分からないままだ。

読んでるときは気づかなかったのだが、これ、ホーソーンの「ウェイクフィールド」のオマージュのように見える。

「ウェイクフィールド」とは、妻子ある身でありながら、ある日、「ちょっと出てくる」と家を出て、そのまま帰ってこなくなった男の名前だ。彼は、自分が家出した家の通りを挟んだ向かい側に部屋を借り、妻の暮らしを観察しながら、何年もひっそりと暮らす―――のだが、この男女を逆転すると、「ブラインド越しに」が成立するように見える。

「なぜ、そんなことをするのか?」が説明されない宙吊りの状態が続くと、読み手は、無理にでも理由を持ってこようとする。不穏さを楽しむにはちょうどいい。

作者は、「もともと人はそういうモンスター性を秘めた存在だ」という動機があり、それをどういうモチーフにすると面白いか?といった設計で、これらを書いているように見える。

そこで描かれる登場人物のモンスター性は、読み手が内に秘めたモンスター性とは異なっている。そのため読者は、自分の習癖(性癖・手癖・執着)に気づくことなく、安全な場所から読んでいられる。

安全に狂気を楽しめるものの、読み終えると、それは、狂気ですらないことに気づかされるかもしれない。

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