古事記は音読すると面白い『口訳 古事記』(町田康)
「音読」をテーマにしたオフ会でお薦めされたのがこれ。
日本最古の歴史書であり、神話と伝承の源泉である古事記。とっつきにくいイメージがあったが、河内弁でしゃべりまくったのが町田康の『口訳 古事記』になる。
町田康の文体って、リズム感があって、言葉に勢いがある。大量殺人事件「河内十人斬り」を一人称で描いた『告白』には独特のグルーヴ感があり、ハマると止められない中毒性の高い徹夜小説だった。
だから彼の小説は、音読すると面白さマシマシになる。漫才のようなノリツッコミや、寄席のような口上は、声に出して読みたい物語なり。例えばこれ、日本最凶の問題児・スサノオノミコトがスーパーサイヤ人よろしく空を飛んでくるシーンだ。
なにしろ泣くだけで山の木が枯れ海が干上がるほどのパワーの持ち主がもの凄いスピードで昇っていくのだから、コップが落ちた、茶碗がこけたみたいで済む訳がなく、震度千の地震が揺すぶったみたいな感じになって、山も川もまるでアホがヘドバンしてるみたいに振動、国土全体が動揺してムチャクチャになった。
このことがすぐに天照大御神(アマテラスオオミカミ)のところに報告された。
「ご注進、ご注進」
「何事です、騒騒しい」
「えらいこってす、芦野原中国(アシハラノナカツクニ)が動揺してムチャクチャになってます」
「マジですか」
「マジです」
一つ一つの行動が災害級の大迷惑で、読んでる方が「どうすんだよこれ」と呆れていると、「マジですか」「マジです」とすっとぼけた会話でシメる(これ、狙ってやってるリフレインだな)。なお、カミサマの名前の読みはルビがふってあるので安心して音読できる。
声に出すのも憚られるような、糞尿・ゲロ・おっぱい・女陰・エログロ描写が丸だしで、ゲラゲラ笑いながら音読する。ギャグ漫画よりもマンガ的で、神話だから規制無しで、しかもカミサマだからなんでもあり。
ぶっ飛んだストーリーなのだが、さすが神話、どこかで聞いた話と繋がるのが面白い。
例えば、お供えのために、オオゲツヒメという女神が料理を任される。オオゲツヒメは、自分の鼻や口や尻穴からひり出したもので食事をこしらえるのだが、どう見ても鼻汁・ゲロ・糞尿なので、スサノオノミコトが激怒して殺してしまう。
すると不思議なことに、女神の屍骸から穀物が生えてくる。具体的には、眼から稲、女陰から麦、尻穴から大豆が生えてくるのだが、これ、インドネシアのハイヌウェレ神話と酷似している。
ハイヌウェレは尻から大便ではなく食べものをひり出す少女で、彼女を気味悪がった村人から殺されることになる。少女の死体からは多種多様なイモが生えてきて、その地域の主食となったという。
生命を生み出すのは女性。その死体から食べものが生えてくるという食物起源神話は、赤坂憲雄の『性食考』で知った。生きることと食べることの源を女に求めるのは、考えているよりも普遍性を持つのかもしれぬ。
By Xavier Romero-Frias (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
また、女陰を見せつけて大騒ぎするシーンがある。天岩戸に隠れたアマテラスを呼び出す宴会の件だ。天宇受売命という女神が踊り狂ってトランス状態となる。
踊るうちに、玉やら鏡やら神聖な御幣やら、後は祝詞の力、天の香山の木や草の力やら、後は桶の律動的な拍子、踊りそのものなどが合わさって、天宇受売命(アマノウズメ)は神がかって、思考がなくなり神の力そのものとなって、のけぞって衣服の前を両手で左右に引っ張って乳を丸出しにし、それから、下半身に巻いた裳を結んだ紐を押し下げ、腰を前に突き出した。
その結果、女陰が丸出しになった。
その乳と女陰が丸出しになった状態で、首を振り、頭につけた蔓草を振り乱し、手に結んだ笹を振り回し、なお踊り狂った。
神々が集い、天地を揺るがすほどの大爆笑の騒ぎに、「なんだろう?」と気になるのは仕方ない。気になったアマテラスが岩戸を少し開けた後のお話はご存知の通り。問題はヴァギナ・ディスプレイになる。
女性器の世界史とも言えるブラックリッジの『ヴァギナ』で知ったのだが、古今東西、女陰には、魔物を祓い、幸運を呼び込むパワーがあると信じられていた。
ヨーロッパやアジアの神話において、女性がスカートをたくし上げることで、敵を威嚇したり、荒ぶる海を鎮めたり、戦争において士気を高めたという伝承が多々ある。クールベの『世界の起源』の通り、お釈迦様を除いた人類の源なのだから、そこに神秘性を見出すのは、普遍的なものなのかもしれぬ。
こんな風に、破茶滅茶で奇天烈なのだが、どこか懐かしさを覚えつつ読み上げる。アタマで読むのではなく、ボディで味わう感じ。詩のような歌のような呪文のような神々の名が、最終的には地名や言葉の由来となる。自らの正統性のエビデンスとするために編まれた物語が、これほどのエンタメになるなんて。
まさに音読するための一冊なり。
なお、ビジュアルで古事記を攻めたいという方には、こうの史代『ぼおるぺん古事記』をお薦め。ボールペンだけで書かれた絵物語とでもいうべき古事記。エロもグロもエッチなところも余さず丁寧に描かれているのがいい。

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