寄生獣、鋼錬、攻殻、進撃、火の鳥…SF×倫理学で現代を理解する『SFマンガで倫理学』
- かけがえのない自然を守るため、人を減らすのは悪か?
- 合成獣の生成と命の再生は「命を弄ぶ」観点からどんな違いがあるのか?
- みんなの健康のためなら「何をしても」許されるのか?
マンガを読んでいて、こうしたテーマにぶつかることがある。たいていは主人公に問いの形で突きつけられ、何らかの「選択」が迫られる。信念に則り選ぶこともあれば、状況に追われやむをえず選ばされることもある。物語は進む一方で、読者のわたしは「もやもや」に襲われる。
「ほんとうにそれで良かったのか?」という問いだ。
わたし個人が、この問いに答えようとすると、ああでもない、こうでもないとグルグルとあてもなく考え、思考は深まりも広がりもしない。考える道具立てが無いからだ。
何が善くて、何が悪いのか?こうした問いに、真正面から取り組むのが、倫理学だ。倫理学の歴史は古く、それこそ人類が「考える」ことを始めたときから誕生したといっていい。考えるにあたるフレームワークも、義務論、功利主義、徳倫理学、倫理的相対主義など、様々だ。
現役の倫理学者が、この問題に取り組んだのが、『SFマンガで倫理学』だ。わたしの「もやもや」に真正面から取り組み、倫理学の思考ツールを駆使して論点をクリアにし、現時点でどこまで議論が詰められているかが解説されている。
そして、理解を深めるための参考図書を解説し、同じテーマの作品も合わせて紹介してくれる。まさに至れり尽くせりの一冊なり。
ただし、本書の性質上、物語の核心にまで踏み込んでいるため、いわゆるネタバレをしまくっている。各節ごとに俎上に載せる作品が限定されているため、未読の作品があれば、節ごと飛ばすのが吉かも。
なぜ自然を守らなければならないのか?を『寄生獣』で考える
例えば、『寄生獣』を例に、「なぜ自然を守らなければならないのか?」という問いを深掘りする。
面白いのは、一歩引いて考えている点だ。「自然保護」というお題目を盾に、破壊的な抗議活動を行っている人がいる。そうした人々を前に、「そもそもその『自然』とは何か?」と問いかける。
「生態系が破壊され、人間が暮らしづらくなってしまうから、自然を守るべき」というのであれば、その『自然』とは、人間が暮らしていくために利用する、人間のための道具としての存在だろう(人間中心主義)。
一方で、人間という一つの種の繫栄よりも、生物全体を考える立場もある。「万物の霊長」と名乗るからには、人間のためだけでは正義は成り立たない。人間を中心に考えるのではなく、生物全体のバランスや生態系そのものに価値があると考え、これを尊重するアプローチがある(エコセントリズム)。
岩明均『寄生獣』第9巻、講談社、1994、p.119より
『寄生獣』のタイトル回収で、寄生獣の定義を、「人を捕食する」から「自然を蝕む」ことへ逆転させたのは面白い。立場が違えば「自然」の定義すら変わってしまう。本書ではさらに、人間中心主義 vs. エコセントリズムの対立だけに着目すると、見落とすものが出てくるという。
それは、自然という概念そのものが持つ多様性だ。
一口に「自然」といっても、様々な種類がある。人の手によって部分的に管理され、特有の生物多様性が保たれている半自然がある。日本の里山、イギリスならコモンズ、アルプス地方のアルムが有名で、風防や治水の役割も果たしている。あるいは、野生動物保護区や自然公園といった、一定の目的の下、コントロールされた自然環境も存在する。自然とは、人の手の入り具合によって、ある程度のグラデーションを持った存在なのだ。
「自然」環境の破壊を悪と見なすなら、史上最大の環境破壊である「農耕」こそが悪になる。では人類は農耕を捨てるべきか?そうはならない。善と悪がはっきりしていれば白黒つけやすいが、そうは問屋が卸さない(人間=善、寄生獣=悪という構図になっていない点に似てて面白い)。
章末には、読書案内として吉永明弘・寺本剛『環境倫理学』や宮崎駿『風の谷のナウシカ』などが紹介されている(ミギーとナウシカを並べて読みたくなる)。
こんな感じで21作品が並んでいる(以下例)。既読の作品が多ければ多いほど、倫理学からの深掘りが面白い。読書案内、参考文献リストから、さらに広げて読むことも可能だ。
- 人のクローンをつくることは許されるのか?
手塚治虫『火の鳥 生命編』 - なぜ自然を守らなければならないのか?
岩明均『寄生獣』 - 人と動物のキメラをつくることは許されるのか?
五十嵐大介『ディザインズ』 - どの生命をどこまで配慮すればよいのか?
荒川弘『鋼の錬金術師』 - 記憶能力を拡張することは許されるのか?
山田胡瓜『AI(アイ)の遺電子』 - 文明崩壊後の世界で生きる意味があるのか?
つくみず『少女終末旅行』 - 変容的経験に人生は翻弄されるのか?
諫山創『進撃の巨人』 - ロボットはどうあるべきか?
石ノ森章太郎『人造人間キカイダー』
環境保護、人のクローン、人生の意味、人工知能など、物語の形で埋め込まれた現代の問題に、倫理学のアプローチから応える。SFマンガ×倫理学で考える一冊。

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