人事制度の脆弱性を衝いて給料UPする『人事制度の基本』
「年収を上げる」と検索すると、ずらり転職サイトが並ぶ。ライフハック記事の体裁だが、最終的には転職サイトに誘導する広告記事だ。
しかも見事なまでに中身がない。転職しないなら、「副業を始める」とか「スキルアップする」といった誰でも思いつきそうなトピックを、薄ーく書きのばしている。
ここでは、もう少し有益な書籍を紹介する。想定読者はこんな感じ。
- スキルアップはしてるけど、給料UPにつながらない
- 転職も考えたが、今の場所で評価されたい
- 自分をプレゼンして「良く見せる」のがヘタ
そんな人に、2つのアプローチで給料を上げる方法を紹介する。
- 人事制度の脆弱性をハッキングする
- 上司のバイアスを逆に利用させてもらう
この記事は1のアプローチから攻める。
紹介する本はこれだ、『この1冊ですべてわかる 人事制度の基本』(西尾太、日本実業出版社)。
著者は人材コンサルタント。400社、1万人以上をコンサルティングしてきた人事のプロフェッショナルというべき人で、豊富な実例とともに人事制度の設計から運用の仕方を紹介している。「汎用的で、普遍性があり、長持ちする」制度設計を目指したという。
ここで解説されている人事制度をモチーフに脆弱性を探し、そこから攻略する。もちろん本書の制度がそのまま今の勤務先に当てはまるとは限らない。だが、多かれ少なかれ、オーバーラップするところはあるはずだ。
人事制度の構造
ハッキング対象となる、人事制度の構造はどうなっているのだろうか?
本書によると、うまくいっている企業の人事制度の構造は、ほぼ同じ形をしているという。まとめると、以下の通りになる。
まず、「会社が社員に求めるもの」があり、それに対し、社員の個々人がどのような状態にあるのかを確認する、「評価とフィードバック」があり、その結果が「報酬や昇格」に反映される。「会社が社員に求めるもの」と「評価」で明らかになったギャップを埋めるものが「教育施策・育成」になる。
この「会社が社員に求めるもの」とは何か?これは様々な要素で構成されているが、機能している人事制度においては、全て開示されているはずだ。
- 行動指針:会社の価値観(ビジョン・ミッション・バリュー)が示されている「経営理念」に共感し、会社と共に目指してもらうことを求めるために明文化したもの
- 階層別に求められる行動:新人レベル、課長クラス、部長クラスなど、それぞれの階層で求められる行動を示した等級要件(キャリアステップ)のこと
- 職種別に求められる知識・スキル:「営業職」「技術職」など、職種別に必要な能力的要素
そして、これらの要素を実装しているものが「目標達成」になる。会社としての経営目標や事業計画があり、最終的には売上げや利益が全社目標になる。だが、そこへ至るために組織としての目標があり、個々人の目標がある。
さらにざっくり言ってしまうと、「会社が社員に求めるもの」があり、会社の価値観が行動指針に示される。それが2つの方向―――「階層別に求められる行動」と「職種別に求められる知識・スキル」に具体化される。具体化されたものができているか、できていないかは、会社の目標からカスケードされた「目標達成」度合いによって測定される。
「行動指針は」は天から降ってくるものなので、こちとらどうしようもない。また、技術職などで求められる知識は、各自スキルアップをしているだろう(それ用の教本もある)。なのでここでは語らない。
ここでは、人事システムの構造の中から、自分でなんとかできる「階層別に求められる行動」と「目標達成」に焦点を絞って説明する。
何ができれば評価されるか
英検準一級に合格したら1万円アップとか、課長になるにはオラクルマスターゴールド必須など、評価基準が明確になっていれば分かりやすい。
だが、給料そのものをアップしたり、特定の職位の必須条件にする企業は少ない(資格を取ったら金一封を出すかもしれないが)。
資格でないのなら、何が評価の基準となるのか?
それが、「階層別に求められる行動」になる。例えば、新人の仕事と課長の仕事は違う。これを明記したもので、「等級要件」と呼ばれる。会社によって呼び方が異なり、「グレード要件」「資格要件」という場合もあるようだ。
本書によると、等級要件が課長クラスのものはこれ。
- 目標に対する進捗管理を怠らず、問題の本質を捉え、適切に対処する
- 新しい価値創造に敏感で、数値的背景を持ちつつ、現状を改革するアイデアを具現化する
- 傾聴とフィードバックを行い、メンバーの能力向上を図り・教え・育てる
- 社外の有力なネットワークを持ち、会社の価値向上を図る
ただし、これでも抽象的すぎる。「問題に適切に対処する」とか「メンバーの能力向上を図る」とはどういうことか?
これをさらに落とし込んだものを、「コンピテンシー」と呼ぶ。そのクラスとして成果を上げるために欠かせない行動の「型/モデル」のことを指す。課長クラスだとこれ。
理念浸透 |
会社の理念に共感し、理念に則った行動を行い、周囲に理念を浸透させる |
変革力 |
現状への危機意識を持ち、これまでの慣例に囚われない新たな取り組みを行う |
目標設定 |
業績を向上させ、組織効率を高める適切な目標を、達成基準を明確にした上で、設定する。組織目標を明示し、個人目標にブレイクダウンし、個々の適切な目標を設定させる |
計画立案 |
リスクを想定した現実的な計画を立案する。リスク発生別のプランも用意する |
進捗管理 |
目標達成に向け、計画の進捗管理を行う。マイルストーン時点での達成状況を確認し、実行の優先順位を明確にする。進捗に問題があるときは修正を行い、達成に向けて管理する |
計数管理 |
組織のPLやBSを把握・活用し、売上げを伸ばし経費を抑える施策を行う |
人材育成 |
メンバーそれぞれの能力向上を行う。個別の目標・課題設定を促し、評価し、よい点・改善点のフィードバックを行い、気づきを与え、成長させる |
解決案の提示 |
適切な状況判断を行い、解決のための複数の選択肢を案出する。各案のメリ・デメリをを整理し、合理的な決断を促す |
傾聴力 |
相手が「分かってくれた」と思うまで話をよく聞き、理解する。相手に理解していることを示し、信頼を得る |
人的ネットワーキング |
社内外の人的ネットワークを構築・活用する。企画を通すための根回しや理解を得て、実現への組織的合意を形成する。多面的な人材ネットワークを持ち、協力・協業することで、新しいビジネスの可能性を高める |
スペシャリティ |
業務に必要な専門知識や技術を有し、実際の業務において活かす。自らの専門性を常にブラッシュアップし、他の専門性との連携を行う |
「コンピテンシーモデルの基づく等級要件書:課長クラス」(p.286)より一部改変
本書では、さらに各コンピテンシーモデルが掘り下げられて解説されている。同じ「目標設定」でも、課長と部長では違っていたり、役員だけに求められるコンピテンシーモデルが記載されている(コンピテンシーモデルは、全部で45ある)。ここでは割愛する。
つまり、上の表の行動が取れているのであれば、課長クラスに相応しいということになる。あなたの知っている課長像とは違うかもしれないが、あくまでも参考だ。自分の会社の等級要件書をチェックしてみよう。もし、等級要件書が無い、またはアバウトなやつなら、本書の巻末の付録が参考になる。
これは、いわば採点表だ。
フィギュアスケートにおいてジャンプの種類や難度で得点が決まる採点表のようなものだ。それほど厳密ではないものの、コンピテンシーモデルにおいて、「こういう行動を取って結果を出している」と示すことができれば、それは等級ポイントとして加算される。
もちろん、「ウチはそんな厳密にやってない」というツッコミはその通りだ。本書はある意味、あるべき人事システムを目指した解説書なので、現場はそう回っていないのが実情だ。
それでも、こうは言えないだろうか、「このコンピテンシーモデルを実現できる人なら、どの会社でも課長をやっていける」と。そういう意味で汎用的なモデルだと言っていい。だからこれは、出世のチートシートとして扱ってみよう。
どうすれば評価されるか
人事の採点表が手に入った。どのように行動すればよいかも分かった。
でも、評価されなければ意味ないじゃん?
その通り。あなたは能力があり、十分に上位をやっていけるコンピテンシーがあるとしても、認められなければ評価されない。
上司に恵まれ、いい仕事をしたらちゃんと見て、きちんと報いるなら問題ない。だが、そういう上司は少ない。ゼロとは言わないが、とても少ない。「いい仕事をしたら自動的にいい評価が得られる」というのは幻想だ。
ではどうすればよいか?
どんなにボンクラ上司であっても、会社としてあなたの成果や行動を評価するタイミングがある。年に数回、1 on 1 という形で面談があり、掲げた目標がどれくらい実現できたかをレポートする場があるはずだ。
そのレポートは「目標管理シート」とか「MBOシート」などと呼ばれているだろう。他にもBSC(Balanced Score Card)とか OKR(OKRはObjectives and Key Results)などあるが、本質は一緒。
この目標管理シートをハックする。
目標設定のキモはSMARTだ。
Specific 具体的で、
Measurable 測定可能で、
Attainable 実現可能で、
Relevant 組織目標にリンクしており、
Time limited 期限が明確である
書き方としては、「何を、いつまでに、どのようにして」を明記する。「今年度の全社目標」→「事業部や部門の目標」→「部課の目標」とカスケードダウンされた目標に対して、自分の目標を設定する。
例えば、組織目標が、「2024年12月リリース予定のプロジェクトの完遂」だったら、それに貢献するために自分がどんな役割を果たすのかを、数値目標込みで書く。
めんどう臭い?その通り。私も面倒くさいと思っている。だからAIに任せよう。
プロンプト例
「目標管理シート(MBOシート)の記述例を考えてください。「MBO」とは、Management by Objectives and Self Control のことです。
以下の条件で考えてください。
・ITエンジニアのMBOシート
・中堅レベル
・複数のプロジェクトを掛け持ちしている
・そのうちの一つは、2024年12月にリリース予定(組織目標)MBOの例は、箇条書きで、文章にしてください。
・具体的であること
・測定可能な目標であること
・実現可能な目標であること
・組織目標にリンクしていること(2024年12月リリースを堅守)
・期限が明確であること書き方としては、「何を、いつまでに、どのようにして」を明記してください。
GPT-4o回答
目標3まで例示してくれたが、ここでは割愛。各自、自分のプロフィールで試して欲しい。
そして、出てきた目標について、味付けをする。
どのような味付けかというと、先の表の「コンピテンシーモデル」から拝借する。会社に対し、アピールしたいコンピテンシーモデルを、目標の中にまぶすのだ。
例えば、特定の技術の勉強会を開いているのなら、それを「チームメンバーへの技術指導を行う」「メンバーの育成を図る」といった表現にする。「人材育成」というキーワードを、どのように具体化しているかを語るのだ。
「そんな細かいところ、うちの上司は見やしないよ」というツッコミが出てくるかもしれない。その通りだと思う。本来であれば、部下と一緒に頭を悩まし、目標設定シートを見直し、部下の成長とともに、部下の評価を高める努力をすべきだろう。だが、そういう上司は少ない。ゼロとは言わないが、とても少ない。
それにも関わらず、目標管理シートに力をかけるべきだ。なぜなら、そのうち人事部でAIが導入されるだろうから。
例えば、1人の人間が1000人を公平に評価することは難しいが、AIなら可能だ。全方位的に見ることは困難だとしても、ある基準に則ってスキミングしたりフィルタリングするのはお手の物だろう。
そんなとき、人事部は最初に何をするだろうか?
目標管理シートをAIに喰わせて「結局この社員は、目標を達成できたのか、できなかったのか」と問わせるはずだ。そんな未来は、もうすぐ来るだろう(というか、もう始めている企業もある)。
今年書いたシートが期末に判定されるだけでなく、今まで書いてきたシートをAIに全部喰わせて、「結局この社員は、どのクラスなのか」を判別し、その中から適切なものを人手で選別するのが普通になるだろう。
つまり、期末評価判定をしたり、昇級試験の候補を選別するための予備として、目標管理シートをAIに喰わせることが当たり前になる。人事のメガネに適う以前に、AIに選んでもらう必要があるのだ。
だから、AIに選ばれやすいワードを散りばめる必要がある。あれだ、Googleなどの検索エンジンに引っ掛かりやすくするSEO(Search Engine Optimization)対策のAI版だ。
SEOでは、サイトにキーワードを散りばめたり、上位の外部リンクを貼るといった対策が一般的だが、AIに選ばれやすくするためには、AIの判定基準に合致するキーワードを混ぜ込んでおく。
では、AIに判定基準として学習させるモデルは何だろうか?
ここまで読まれた方には、もうお分かりだろう。階層別に求められる行動を示した「等級要件」と、それを達成するための行動モデルである「コンピテンシーモデル」である。
ここで紹介したやり方は、実際に現れるまで数年かかる(最短でも半期)。だが、そのために何か特別な資格を取るとか、新しい勉強を始めるといったことは不要だ。いまの仕事を着実に進めていけばいい。ただ「自分の仕事の評価のされ方」を変えるのだ。
チートシートも手に入ったし、AI任せるキモも分かったと思う。あなたが頑張るのは、期首の「目標管理シート」を書く時だけ。仕事に負担をかけず、評価を上げる具体的なやり方が実践できると思う。
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