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『後味が悪すぎる49本の映画』を読んだら、なぜファニーゲームが大嫌いなのか理解できた

後味が悪すぎる49本の映画

精神的ダメージがありすぎて、読んだことを後悔する小説のことを、劇薬小説という。生涯消えないほど深く心を傷つけるマンガのことを、トラウマンガと呼ぶ。

劇薬小説とトラウマンガは、このブログで追いかけているテーマだ。

最近なら、[BRUTUSのホラーガイド444] あたりが参考になるだろうし、最高傑作は、[スゴ本の本] の別冊付録で紹介している。許容範囲オーバーの激辛料理を食べると、自分の胃の形が分かるように、琴線を焼き切る作品を読むと、自分の心の形が分かるはず(痛みを感じたところが、あなたの心の在処だ)。

『後味が悪すぎる49本の映画』は、この映画版だ。観ている人の気分をザワつかせ、逃げ道を一つ一つ塞ぎ、果てしない絶望に突き落とし、胸糞の悪さを煮詰める―――そんな作品が紹介されている(49は主に紹介される作品であり関連する他の胸糞も合わせると100を超える)。

ハッピーエンド糞くらえとばかりに、嫌な映画をこれでもかと並べてみせてくれる。下品だったり悪趣味だったり、観た後、確実に気分が落ち込むような作品だ。

いわゆる、恐怖をテーマとしたホラーに限らない。ゾンビや殺人鬼がいなくても、おぞましく理不尽な映画は沢山ある。むしろ、モンスターが普通の人間に見える方が、何倍もおそろしく、リアルだ。

そんな胸糞作品を、なぜわざわざ観るのか?観るとダメージを食らうのに、時折、無性に食べたくなるのはなぜか?私の理由は、[なぜイヤな映画をわざわざ観るのか] で語った。

わたしが知らない胸糞映画

そして観るべき映画は本書から選ぼう。

なぜ本書が信頼できるのか?

それは、私にとって胸糞最悪の作品を、高く評価しつつ、かつ、私の知らないエグそうなのを紹介しているから。私の悪趣味にジャストフィットしながらも、未見の作品を先回りしてくれる、理想的な先達だからだ。

本書で紹介されている、ワースト10からも分かる。

もちろんワースト1が最悪中の最悪で、超有名な「ぜったいに観てはいけない」やつだ。私が観たのは3作品しかないが、正直、『ファニーゲーム』を凌駕する後味の悪さを堪能できるなら、ぜひ観たい。

  ワースト10 ミスト

  ワースト9 ファニーゲーム

  ワースト8 子宮に沈める(本書の紹介で観た。現実の方がエグい)

  ワースト7 未見

  ワースト6 未見

  ワースト5 未見

  ワースト4 ダンサー・イン・ザ・ダーク

  ワースト3 未見

  ワースト2 縞模様のパジャマの少年(本書の紹介で観た。唯一無二の絶望感)

  ワースト1 未見

ネタバレに配慮しつつ、読ませる批評も面白い。その作品が、どのように作用して、どんなダメージをどれくらい食らったかを、詳細にレポートしてくれる。著者自身のダメージのみならず、映画業界から社会現象への影響もまとめてくれており、ありがたい。

  • 史上最強の薬物防止啓蒙映画(レクイエム・フォー・ドリーム)
  • 2日くらい食事が喉を通らなくなった(バイオレンス・レイク)
  • 現実の顛末は検索してはいけない(子宮に沈める)
  • 唯一無二の絶望感(縞模様のパジャマの少年)
  • 最恐(ヘレディタリー/継承)
  • 鑑賞が拷問(ソドムの市)

おかげで、スタンリー・キューブリックが「全ての映画の中で最も恐ろしい」と評した作品や、映倫がR-18指定すら審理拒否した作品、裁判のやり直しまで引き起こした作品を知ることができた。

なぜファニーゲームが胸糞No.1なのか

本書のおかげで、嫌な気分の出所も分かった。

カンヌを騒然とさせ、発禁運動まで引き起こした問題作『ファニーゲーム』は、胸糞映画史上ぶっちぎりのNo.1だ。湖畔でバカンスを楽しむ親子3人と、そこを訪問する2人組の男の話なのだが、なぜこんなに大嫌いな作品なのか、2回観ても分からなかった。

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いや、おぞましさ、不快指数、いやらしさ、苦痛は分かりやすく伝染する(シナリオもカメラも、そういう風に仕込んでいる)。大ダメージを食らって立ち直れなくなるけれど、もう一度味わいたくなる。治りかけのカサブタを触って破って出血するように、また観たくなる(嫌いなのに!)。

なぜこんなに嫌いなのか?嫌いなのに観たくなるのか?

本書では、主人公補正というキーワードで解説してくれる。

脚本・監督のミヒャエル・ハネケは、ウィーン大学で心理学や演劇を学んだエリートであり、批評家から監督へ転身した経歴を持つ。そして、本作の中核にあるテーマは、ハリウッド映画への批判だという。

ハリウッド映画の主人公は、悪役に追い詰められ、窮地に陥っても、なんとか状況を打開しようとする。決してあきらめず、努力や工夫や運に助けられ、事態を好転させる(か、あるいは、そうでなくても何らかの決着に落ち着く)。

その展開は、観客が期待している「お約束」を満足させるために、主人公の行動が最終的に上手くいくように仕向けられている―――この主人公補正を見抜き、ことごとく潰していく。そして、絶対にやってはいけない「補正」を分かりやすく実行した後、どう考えても異常な展開に突き落とす。監督の悪意を、こう解説する。

これで観客の気分が悪くならないはずがないのだが、そんな観客に「あれれ、あなたは人が死ぬスリリングな映画が好きなんじゃないのかなナ?」と問いかけてくるのが本作なのだ。つくづく、性格の悪いインテリのおっさんの悪意が爆発したような映画である。

そうなんだ、映画が嫌いなんじゃなくて、監督の悪意が100%伝わってくるんだ。分かった上でやっているのだ、監督は。間違った意味でのカクシンハンなのだ。「映画でしょ!これは!最悪の!」と、こっちを指さしながらゲタゲタ笑っている監督が嫌いなのだ。計算されつくしたシナリオとセリフとカメラワークに、完全に手玉に取られ、かつ、映画を観て胸糞になっている自分も含めて計算されている展開が、とてつもなく嫌なのだ。

というわけで、本書のおかげで3回目が観たくなった(「役に立たないシナリオ」という前代未聞の展開が分かっていないので、確認してみる)。

こんな風に、未見の胸糞は観たくなり、二度と観たくない胸糞はもう一度観たくなるという、不思議なチカラを秘めた一冊。

あなたの胸糞をぜひ教えて欲しい。きっと本書で紹介されているはず。もしなければ著者である宮岡太郎さん( @kyofu_movie) に伝えると喜ばれるだろう。

 

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コメント

映画館にあまりいきませんでした。でも映画を知ってます。それは映画の評論本を読んでたからです。
「別に見なくていいだろ。いつでも見れるし」という映画はあります。起承転結、使われた映画技術、知ってます。
この中にもありました。映画評論家がご丁寧に解説してくれてます。
私は学生時代、見てない映画を見たように話しました。大好評でした。ネット普及の前です。
でも、最近はDVDで見てます。いつでも見れるものを観れるからです。
「黒部の太陽」がテレビ放送とソフト化NGでなくなったときに見ましたが、良い時代になったと思いました。

投稿: 関西人 | 2024.02.17 22:03

>>関西人さん

確かにいい時代になったと思います。居ながらにして観たかった作品を指先一つで呼び出せるようになりましたから。

なのですが、あのデカい画面とデカい音量に叩きつけられる体験は、映画館ならではかなぁ……と思うようになりました(特に、映画を「一時停止」して細切れに観るようになったので、より映画館の体験が貴重になるように感じています)。

投稿: Dain | 2024.02.17 23:02

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