キング、ロメロ、アリ・アスターの王道ホラーを洋上で『ブラッド・クルーズ』
バルティック・カリスマ号は、定員2,000名の大型クルーズ船だ。
レストラン、バーラウンジ、ジャグジー、カジノがあり、24時間かけてスウェーデンとフィンランドを往復する。船そのものが巨大なリゾート施設といっていい。
11月の初めに、さまざまな事情を抱えた人たちが乗り合わせる。
落ち目になりつつある往年の大スター、サプライズでプロポーズをするつもりのゲイ、バラバラになりそうな家族の絆を取り戻そうとしている父、一晩のアバンチュールを求める老婦人、乱痴気婚活パーティーに参加する独身者など、1200名の乗客が船旅に出る。
そこで、集団感染が発生する。
初期症状は、激しい頭痛と悪寒、高熱になる。食欲が減退し、吐き気と共に食事を受け付けなくなる。
次の段階になると、歯が全て抜ける。口内に違和感があり、指を入れると砕けた歯が落ちてくる。歯があった箇所からは大量の出血が生じ、患者は自分の血をごくごくと飲み下す。
症状の進行とともに「におい」に敏感になる。火照った肌や濡れた髪のにおい、乾いた精液の金属的なにおいや、生理による経血やおりもののにおいを感じやすくなる。
最後の段階では、心臓が停止し、人間としては死に至る。さらに、歯が抜けた場所から新たに生えてくる。真っ白で鋭い犬歯が生えそろう頃には、動き出し、立ち上がり、走り出し、血肉を求めるようになる。体格や性差にもよるが、生まれ変わりは数十分で完了する。
久々に、寝かせてくれない王道ホラーである。
親しい友人や家族が、変わり果てた姿になって襲ってくる悲劇や、クルーズ船という巨大な閉鎖環境で逃げ惑う人々、絶望的な状況での対決といったお約束のストーリーに加え、生々しい残虐描写が畳みかけてくると、否が応でも昔観た作品を思い出す。
まず、豪華客船でのパニックものとして『ポセイドン・アドベンチャー』が真っ先に浮かぶし、群衆の狂乱が招く大惨事は『タワーリング・インフェルノ』の屋上の場面を思い出す。
さらに、「奴ら」との肉弾戦は『死霊のはらわた』の一番汚いシーンと重なるし、血と臓物でぬるぬる滑る床は『ブレインデッド』か『ゴーストシップ』で観たものだ。ゴアの演出やカメラワークは『ヘレデタリー』の蟻がたかるところを思い出した。
うつろな目は『ゾンビ』(Dawn of the Dead)だけど、妙にすばしこいので『アイ・アム・レジェンド』の奴らが浮かぶかもしれぬ。とにかく、過去に観た嫌な作品やエグいシーンの特に酷いところを切り取って煮詰めたコラージュでありオマージュである。気分が悪くなると同時に、「この気持ちの悪さ、懐かしい」と感じるかもしれない。
そして何よりも、前半で描かれる群像ドラマが、後半の阿鼻叫喚で伏線回収されていく構成は、ずばりスティーブン・キング『呪われた町』になる。「海上のスティーブン・キング」と評される理由はここにあるが、怒涛のスピードが半端ない。
ジェットコースターホラーとでも言うべきで、最初はゆっくりと坂を上っていき、もどかしいほど丁寧に人々を描く。ひとたび頂点に達すると、後は真っ逆さまに狂乱へ落ちてゆく。
物語の加速度はどんどん増してゆき、振り落とされないようについていくのが精いっぱいである。読むスピードが遅いと奴らに追いつかれるのでは無いかとハラハラしっぱなしで、後ろを振り返り振り返りさせられる読書と相成った。
ホラー好き、パニックもの好き、ゴア好きな方に、力づくでお薦めしたい徹夜小説。
| 固定リンク
コメント