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「あ」は「い」より大きく、「ネー」と鳴く可愛い子だからネコ『言語の本質』

次の問題をやってみよう。発音しながらやれば、全問正解だろう。

【問題】

  1. デンマーク語の「テット tæt」と「ラント langt」、「近い」のはどちら?
  2. パプアニューギニアのグラス・コイアリ語の「ゴムゴ gomugo」と「イハ iha」、「汚い」のはどちら?
  3. オセアニア・ソロモン諸島のサヴォサヴォ語における「ボボラガ boboraya」と「セレ sere」、どっちが黒でどっちが白?

答えはこの記事の末尾に記すが、いま感覚的に選んだのが正解だ。未知の言語であっても、音と意味のつながりを感じ取ることができる。

日本語でも同様だ。「あ」は「い」より大きい。

試しに、「あーあー」「いーいー」と声に出してほしい。「あ」の方が口を大きく開け、大きな音になる。「パン」は平手で叩く打撃音だし、「ピン」は指で弾く音だ。「パチャパチャ」の方が「ピチャピチャ」より飛び散る水は多いだろう。

イメージの大小は、口の開け方や音の大きさによって左右される。大きいものは、「あ」や「お」の音が入り、小さいものは「い」の音が入る。「大きい(ookii)/小さい(tiisai)」を音として聞くと、大きく/小さく感じられる。これは日本語に限らないらしい。

 英語:large(ラージ)とteeny(ティーニー)

 フランス語:grand(グラン)とpetit(プティ)

 ハンガリー語:nagy(ナーヂ)とkicsi(キツィ)

big と small といった例外もあるが、こうした傾向は広く見られる。言語は身体的であることがよく分かる。

言語はオノマトペから進化した

音の響きから意味が定まってくるものは、オノマトペが特徴的だという。

例えば、「のろのろ」「にょろにょろ」「ぬるぬる」「ねばねば」「ねちゃねちゃ」といったオノマトペに共通する語頭のnという音の響きは、遅い動き、滑らかさや粘り気のある意味が感じられる。同じくnから始まる「塗る」「練る」「舐める」などの動詞や形容動詞の「滑らか」、「ぬめり」「ねばり」といった名詞にも共通する感覚だ。

あるいは、「コロコロ」より「ゴロゴロ」の方が大きくて重いし、「トントン」より「ドンドン」が強い打撃音になる。「サラサラ」より「ザラザラ」の方が荒くて不快な手触りになる。gやzやdのような濁音の子音は程度が大きくなるという。

この傾向はポケモンの名前研究でも報告されているという。進化が進むにつれて名前に濁音を持ちやすくなる(ヒトカゲが進化するとリザードンと濁音が増える等)。言われてみれば確かにそうだし、リザードンの方が大きく感じる。

オノマトペではない一般語にも、音と意味のつながりが見えてくる。

「叩く」「吹く」「吸う」といった動詞は、「タッタッ」「フー」「スー」という擬音語を元に作られた語で、末尾の「く」は古語では動詞化するための接辞だったという説が紹介される。

「カラス」は、鳴き声を写した擬音語「カラ」に、鳥であることを示す接辞「ス」がついてできた名前だし、ヒヨコは「ヒヨヒヨ」と鳴く声に「コ」が付いたものになる(この「コ」は可愛いものにつける接辞になる)。猫は「ネーネー」と鳴く可愛い「コ」だから「ネコ」になる。猫よりも新しい「にゃんこ」も同じだね。

オノマトペの例を見ていくと、口唇や舌と連動した知覚や、耳や皮膚を通して響いてくる感覚に焦点が当たる。言語とは身体的なものだということが分かってくる。

音と意味のつながりからオノマトペが生じ、作り出されたオノマトペから概念を結びつけ、言語がチューニングされてきたという説は、非常に強い説得力がある。音と意味の乖離している抽象的な言葉は、メタファーを通じて意味が拡張され、体系化されていった結果だという。

これは、本書の後半で紹介される、子どもが言語を習得していくプロセスと軌を一にしている。子どもが最初に覚える「ブーブー」や「ワンワン」は車や犬といった意味以前に、口の形や音の響きといった感覚的な形で身体とつながっているのだ。

身体の無いChatGPTは「意味」が分かるのか?

言葉の概念的な意味と、それを発したり耳にする物理的な知覚はつながっている。これを、記号接地問題と呼ぶ。人は身体的経験を通して言語を学び、言語を通して世界を理解している。

では、身体や物理的知覚を持たないAIではどうなのか?

人間なら、知っている言葉が示す対象を経験している。「メロン」という言葉から、マスクメロンのイメージや果肉の舌触り、鼻へ抜ける風味を思い出すことができる。これは、物理的にメロンを食べたときの甘さや冷たさといった経験によるものだ。

だが、実物を見たことも食べたこともない果物の場合、どうなるか?

その画像を見せられれば想像ができるだろうし、「甘くて冷たくておいしい」という解説であれば、そういう果物なのだと思うだろう。では、イメージと解説だけで、その果物を「知っている」と言えるのだろうか。

AIにも同様のことが言える。その果物を、「甘い」「冷たくして食べる」「おいしい」という別の言葉に結び付けられたら、AIはその果物を「知った」ことになるのか。

この問題の提唱者である認知科学者スティーブン・ハルナットは、この状態を「記号から記号へのメリーゴーランド」と呼んでいる。

ある記号を別の記号で置き換えて表現するだけでは、いつまで経っても、言葉の対象についての理解は得られない。言葉の意味を本当に理解するためには、まるごとの対象についての身体的な経験を持たなければならないという。

出来の悪い辞書で「右」を引いたら「左の逆方向」と書いてあり、ならば「左」を調べたら「右の逆方向」と書いてるようなものだ。苦しい説明だが「箸を持つ手の側」「日の出を見た時の南の方向」など、身体に則して定義しようとしていることは分かる。

身体経験なしで意味を知る

人間であれば、向きや方角を意識する膨大な経験を持っている。だが、身体を持たず、物理的な経験が無い AI は、言葉の意味を真に理解しているとは言えない、という考え方だ。

本当だろうか?

試みに、GPT-4 に、「左という言葉を使わずに右を説明するためにどうすればよいか?」と尋ねたところ、「文章が左から右に進んでいく文化であれば、『右』は読み書きの進行方向と同じになります」という完璧な答えを返してくれた。

文化や共通の経験に基づいて説明するという前提であれば、他にも以下の方法があるという。

 ・時計の針が12時から動く方向

 ・一般的なコンピュータマウスのクリック

 ・人間の心臓の位置

マウスと心臓の例は「左」だろうが、左が(右以外の言葉で)定義できるなら、その反対側として右を説明することができる。

彼女の返答を見る限り、記号接地問題はクリアしているように見える。身体を持たず、物理的な経験がなくとも、膨大な知識により「右」というものがどういうものか言い表すことができるからだ。たとえ統計的な返答だとしても、意味を把握した上で回答できている限り、「意味を知っている」と言えるだろう。

認知科学者は、「いやいや、身体がないなら、本当の意味で言葉を知っているとは言えない」と引き下がらないかもしれない。ではその「本当の意味」とは何かという問題(クオリア問題)が残ることになるだろう(あるいは、「本当のスコットランド人はそんなことしない問題」でもいい)。

ちなみに、冒頭の3つの問題を GPT-4 に解かせてみたら、全問正解だった。

【解答】

 近いのは「テット tæt」

 汚いのは「ゴムゴ gomugo」

 黒は「ボボラガ boboraya」、白は「セレ sere」

口唇も舌も喉もなく、発音をしたことすらないのに、なぜわかったのか? という私の質問に、彼女はこう答えた。

私自体が発音する能力を持っているわけではありませんが、私のトレーニングデータには数多くの言語に関する情報や音響学、音声学、言語学に関する知識が含まれています。

私は、言語の音響的な特性や文化・歴史的背景、人間の生物学的特性を元に、特定の音が持つ可能性のある意味や感覚を予測することができます。

ただし、これはあくまで統計的な推測であり、常に正しいわけではありません。




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コメント

 ≪…言語はオノマトペから進化した…≫を、数の言葉ヒフミヨ(1234)についての記事あり・・・

≪…キラキラキラ…≫のようなオノマトペは、「言語の本質」と身体性(魂)を生む。
 オノマトペで数の言葉ヒフミヨ(1234)を探るに、モノへのコン(根)のつぶやき(呼びかけ)で、カタチは、円(〇)か正方形(□)に向かう言語の本質を捉えたい。そこに、すうの[根]として十進法の基における西洋数学の成果の符号(i e π)が、ひふみよに内在化させているとしたい・・・
 神話の[根の国]の夢想から、モノ(円環)に、言葉の世界へは、
[コン]       [円環 中心]
[コンコン]     [半円](2等分の弧と2等分の線分(半径2つ)) 
[コンコンコン]   [3等分の扇形](3等分の弧と弦 √3正三角形)
[コンコンコンコン] [4等分の扇形](4等分の弧と弦 √2正四角形)
           に生る。

 ≪…人間であれば、向きや方角を意識する膨大な経験を持っている。…≫は、数の言葉の世界の普遍の原動力に観える・・・

投稿: 「アマテラスの暗号」 | 2023.10.02 03:57

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