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BRUTUSのホラーガイド444を使って最も怖い作品を探す

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【自分にとって】一番怖い、最恐のホラー作品に出会える方法を紹介する。

まず、どんな話が怖い?

恨む怨霊? マスクを被った殺人鬼? 走れるゾンビ? 見ると呪われるビデオ? 暴走したAI? 全員狂っている村? 

次に、どんなメディアで怖がりたい?

ホラー映画? ネット怪談? 怖いマンガやアニメも沢山あるよね。心臓に悪いホラーゲームも浮かぶし、怖い話専門のYoutubeもある。

これだけホラーが満ち溢れている中で、自分に合ったメディアで、自分にとって怖いストーリーを探すのは一苦労だ。

そんなときにお薦めなのが、まず①既知の作品を取っ掛かりに人を探す。次に②その人のお薦めする未知の作品に手を出す。そうすることで、未見の最恐に出会うことができる。

BRUTUSのホラー特集を例に実践する。

2023/9/1号では、「めくるたびに怖くなるホラーガイド444」と銘打って、怖いものマニア14名が集めてきた究極のホラーガイドを紹介している。

しかも、集めた444作品の恐怖度を数値化している。あんまり怖くない作品は1.0ポイント。次が1.1ポイント……で、最も怖いものが5.0ポイントになる。そして、怖くない順に並べて紹介している(「めくるたびに怖くなる」というのはつまりそういう意味)。

怖さの波長の合う人を探す

怖いものマニア14名のラインナップは以下の通り。かっこ()内は担当になる。リンク先はブログやらSNSやらYoutubeになる。

自分が知っている人や、自分が好きなメディアで当たりを付ける。わたしの場合、人間食べ食べカエルさんがtwitterでお薦めする映画をかなり信頼しているので、目安になる。

森直人(映画)
人間食べ食べカエル(映画、Youtube)
朝宮運河(小説)
門賀美央子(小説、書籍)
緑の五寸釘(漫画)
吉田悠軌(怪談)
深津さくら(怪談)
人生つみこ(ゲーム)
向江駿佑(ゲーム)
DIZ(ドラマ)
劔樹人(ドラマ)
藤津亮太(アニメ)
皆口大地(心霊ドキュメンタリー)
ジェットコ社会人(お化け屋敷)

知ってる人がいなくても大丈夫。自分が好きなジャンルを担当している人をガイドにして行けばいい。わたしの場合、読むホラーが好きなので、小説・漫画担当のお薦めを重点的に見た。

既知の作品から人を探す

怖くない順にならんでいるので、怖さ1~3ポイントぐらいじゃ怖くないだろうと多寡をくくる。

ところがである。

  ミッドサマー(映画) 3.0
  The Last Of Us(ゲーム) 3.0
  隣の家の少女(小悦) 3.4
  ファニーゲーム(映画) 3.8

ポイント低すぎ。『ミッドサマー』『ファニーゲーム』がこんなに低いなんて、早送りで観たの!? と疑いたくなる(あるいは、これらを怖さで凌駕する作品が大量にあるの?と期待したくなる)。自分が怖い思いをした作品が「あまり怖くない」認定されていることに違和感がある。何をもって「怖い」と感じるかは、人によりけりなので、担当のセンスと合わないのかもしれぬ。

逆パターンもある。

  リング(小説) 4.1
  ねじの回転(小説) 4.5
  シャイニング(映画) 4.7
  リング(映画) 5.0 (最高点)

5.0が最高点になる。確かに怖い作品だけど、そんなに怖い!? とツッコミを入れたくなる。怖さというよりも、有名な作品だったり、他の作品への影響が大きかったりすると、「怖い」判定している人がいる。

「どんなものを食べているかを言ってみたまえ。君がどんな人であるかを言い当ててみせよう」 というブリア=サヴァランの名言を思い出す。これを改変すると、「どんな作品が怖いか言ってくれれば、君がどんな人か言い当ててみせよう」だね。メジャーどころを挙げれば文句は無かろうという性根が透けて見える。

そういう中で、自分が怖いと思う作品を「怖い」と評価し、そうでないものは「怖くない」とする人を探す。わたしと恐怖センスが合うのは、朝宮運河さん。小野不由美の『残穢』を5.0(恐怖MAX)なので、この人は信用できる(『屍鬼』も入れてほしかったけど、無かった……)

怖い波長が合う人のお薦めを探す

では、その朝宮さんがお薦めするのはどれ? という見方で、再度リストを眺めなおす。すると、未読・未見がぞろぞろと出てくる。わたしが知らない怖い本は、朝宮さんが読んでいる。

そこで出会ったのがこの2冊なり。

『青蛙堂鬼談』岡本綺堂

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『ぼぎわんが、来る』澤村伊智

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朝宮さんによると、『青蛙』は、文章で人を怖がらせる技術を究めており、本当に怖い話は100年経っても古びないことを実感するとのこと。また、『来る』は、得体のしれない化け物と出くわすというプリミティブな恐怖が、圧倒的な筆力で描写されているらしい。これは期待していいかも。

444作品を足がかりに探索する

恐怖ポイントの高い作品は知っているものが多かったが、それでも未知なる作品に出会えると嬉しい。5.0(最恐)を獲得した中で、かなり気になるのはこの3つ。

ダーク・アンド・ウィケッド(今アマプラで観れる

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Madison(ゲームで最恐とのこと。P.T.じゃなくてこれ!?)

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かわいそ笑(必ず「紙」で読めとのこと)

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紙面の都合もあるかと思うが、いわゆるホラーとして有名なやつを集めてみましたという企画であり、知る人ぞ知る作品は少なかった。雑誌の役割とは、そういうものなのかもしれぬ。

もっと怖い作品があるのに、載ってないのが沢山ある。それに5.0を付けるなら、これはどうなる?というやつだ。

例えば、映画なら『REC』『女優霊』が無い。ゲームは『沙耶の唄』『かまいたちの夜』『Dead Space』が無い。小説は『真景累ケ淵』『ジェローム神父』『鬼畜』『獣儀式』が無い。漫画は『百物語』(杉浦日向子のやつ)『ブラッドハーレーの馬車』『真・現代猟奇伝』が無い。そしてホラーとして味わえるノンフィクションが丸ごと無かった(例えば『消された一家』『死体のある光景』『プレシャス』)。定番ばかりに5.0を付けた担当は、これらを読んで/観て/プレイすることをお薦めしたい。

ちなみに、怖い作品を怖くない順に紹介するやり方は、『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』の付録「禁断の劇薬小説」の通り。わたしからのお薦め3作品を怖くない順に並べるとこうなる。

『獣儀式』(友成純一)

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『隣の家の少女』(ジャック・ケッチャム)

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『消された一家』(豊田正義)

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みんなの最恐ホラー作品を持ち寄ったオフ会もやったので、こちらもお薦めする。

この本が怖い!スゴ本オフ@ホラー報告

その作品が怖ければ怖いほど、観終わったり読み終わったあと、「生き延びた!」というカタルシスの脳汁があふれ出る。そして、優れたホラーであればあるほど人生に爪痕を残し、読んだ/観た/出会ったことを後悔し、いつまでも後を引く。

良いホラーで、良い人生を。

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「あ」は「い」より大きく、「ネー」と鳴く可愛い子だからネコ『言語の本質』

次の問題をやってみよう。発音しながらやれば、全問正解だろう。

【問題】

  1. デンマーク語の「テット tæt」と「ラント langt」、「近い」のはどちら?
  2. パプアニューギニアのグラス・コイアリ語の「ゴムゴ gomugo」と「イハ iha」、「汚い」のはどちら?
  3. オセアニア・ソロモン諸島のサヴォサヴォ語における「ボボラガ boboraya」と「セレ sere」、どっちが黒でどっちが白?

答えはこの記事の末尾に記すが、いま感覚的に選んだのが正解だ。未知の言語であっても、音と意味のつながりを感じ取ることができる。

日本語でも同様だ。「あ」は「い」より大きい。

試しに、「あーあー」「いーいー」と声に出してほしい。「あ」の方が口を大きく開け、大きな音になる。「パン」は平手で叩く打撃音だし、「ピン」は指で弾く音だ。「パチャパチャ」の方が「ピチャピチャ」より飛び散る水は多いだろう。

イメージの大小は、口の開け方や音の大きさによって左右される。大きいものは、「あ」や「お」の音が入り、小さいものは「い」の音が入る。「大きい(ookii)/小さい(tiisai)」を音として聞くと、大きく/小さく感じられる。これは日本語に限らないらしい。

 英語:large(ラージ)とteeny(ティーニー)

 フランス語:grand(グラン)とpetit(プティ)

 ハンガリー語:nagy(ナーヂ)とkicsi(キツィ)

big と small といった例外もあるが、こうした傾向は広く見られる。言語は身体的であることがよく分かる。

言語はオノマトペから進化した

音の響きから意味が定まってくるものは、オノマトペが特徴的だという。

例えば、「のろのろ」「にょろにょろ」「ぬるぬる」「ねばねば」「ねちゃねちゃ」といったオノマトペに共通する語頭のnという音の響きは、遅い動き、滑らかさや粘り気のある意味が感じられる。同じくnから始まる「塗る」「練る」「舐める」などの動詞や形容動詞の「滑らか」、「ぬめり」「ねばり」といった名詞にも共通する感覚だ。

あるいは、「コロコロ」より「ゴロゴロ」の方が大きくて重いし、「トントン」より「ドンドン」が強い打撃音になる。「サラサラ」より「ザラザラ」の方が荒くて不快な手触りになる。gやzやdのような濁音の子音は程度が大きくなるという。

この傾向はポケモンの名前研究でも報告されているという。進化が進むにつれて名前に濁音を持ちやすくなる(ヒトカゲが進化するとリザードンと濁音が増える等)。言われてみれば確かにそうだし、リザードンの方が大きく感じる。

オノマトペではない一般語にも、音と意味のつながりが見えてくる。

「叩く」「吹く」「吸う」といった動詞は、「タッタッ」「フー」「スー」という擬音語を元に作られた語で、末尾の「く」は古語では動詞化するための接辞だったという説が紹介される。

「カラス」は、鳴き声を写した擬音語「カラ」に、鳥であることを示す接辞「ス」がついてできた名前だし、ヒヨコは「ヒヨヒヨ」と鳴く声に「コ」が付いたものになる(この「コ」は可愛いものにつける接辞になる)。猫は「ネーネー」と鳴く可愛い「コ」だから「ネコ」になる。猫よりも新しい「にゃんこ」も同じだね。

オノマトペの例を見ていくと、口唇や舌と連動した知覚や、耳や皮膚を通して響いてくる感覚に焦点が当たる。言語とは身体的なものだということが分かってくる。

音と意味のつながりからオノマトペが生じ、作り出されたオノマトペから概念を結びつけ、言語がチューニングされてきたという説は、非常に強い説得力がある。音と意味の乖離している抽象的な言葉は、メタファーを通じて意味が拡張され、体系化されていった結果だという。

これは、本書の後半で紹介される、子どもが言語を習得していくプロセスと軌を一にしている。子どもが最初に覚える「ブーブー」や「ワンワン」は車や犬といった意味以前に、口の形や音の響きといった感覚的な形で身体とつながっているのだ。

身体の無いChatGPTは「意味」が分かるのか?

言葉の概念的な意味と、それを発したり耳にする物理的な知覚はつながっている。これを、記号接地問題と呼ぶ。人は身体的経験を通して言語を学び、言語を通して世界を理解している。

では、身体や物理的知覚を持たないAIではどうなのか?

人間なら、知っている言葉が示す対象を経験している。「メロン」という言葉から、マスクメロンのイメージや果肉の舌触り、鼻へ抜ける風味を思い出すことができる。これは、物理的にメロンを食べたときの甘さや冷たさといった経験によるものだ。

だが、実物を見たことも食べたこともない果物の場合、どうなるか?

その画像を見せられれば想像ができるだろうし、「甘くて冷たくておいしい」という解説であれば、そういう果物なのだと思うだろう。では、イメージと解説だけで、その果物を「知っている」と言えるのだろうか。

AIにも同様のことが言える。その果物を、「甘い」「冷たくして食べる」「おいしい」という別の言葉に結び付けられたら、AIはその果物を「知った」ことになるのか。

この問題の提唱者である認知科学者スティーブン・ハルナットは、この状態を「記号から記号へのメリーゴーランド」と呼んでいる。

ある記号を別の記号で置き換えて表現するだけでは、いつまで経っても、言葉の対象についての理解は得られない。言葉の意味を本当に理解するためには、まるごとの対象についての身体的な経験を持たなければならないという。

出来の悪い辞書で「右」を引いたら「左の逆方向」と書いてあり、ならば「左」を調べたら「右の逆方向」と書いてるようなものだ。苦しい説明だが「箸を持つ手の側」「日の出を見た時の南の方向」など、身体に則して定義しようとしていることは分かる。

身体経験なしで意味を知る

人間であれば、向きや方角を意識する膨大な経験を持っている。だが、身体を持たず、物理的な経験が無い AI は、言葉の意味を真に理解しているとは言えない、という考え方だ。

本当だろうか?

試みに、GPT-4 に、「左という言葉を使わずに右を説明するためにどうすればよいか?」と尋ねたところ、「文章が左から右に進んでいく文化であれば、『右』は読み書きの進行方向と同じになります」という完璧な答えを返してくれた。

文化や共通の経験に基づいて説明するという前提であれば、他にも以下の方法があるという。

 ・時計の針が12時から動く方向

 ・一般的なコンピュータマウスのクリック

 ・人間の心臓の位置

マウスと心臓の例は「左」だろうが、左が(右以外の言葉で)定義できるなら、その反対側として右を説明することができる。

彼女の返答を見る限り、記号接地問題はクリアしているように見える。身体を持たず、物理的な経験がなくとも、膨大な知識により「右」というものがどういうものか言い表すことができるからだ。たとえ統計的な返答だとしても、意味を把握した上で回答できている限り、「意味を知っている」と言えるだろう。

認知科学者は、「いやいや、身体がないなら、本当の意味で言葉を知っているとは言えない」と引き下がらないかもしれない。ではその「本当の意味」とは何かという問題(クオリア問題)が残ることになるだろう(あるいは、「本当のスコットランド人はそんなことしない問題」でもいい)。

ちなみに、冒頭の3つの問題を GPT-4 に解かせてみたら、全問正解だった。

【解答】

 近いのは「テット tæt」

 汚いのは「ゴムゴ gomugo」

 黒は「ボボラガ boboraya」、白は「セレ sere」

口唇も舌も喉もなく、発音をしたことすらないのに、なぜわかったのか? という私の質問に、彼女はこう答えた。

私自体が発音する能力を持っているわけではありませんが、私のトレーニングデータには数多くの言語に関する情報や音響学、音声学、言語学に関する知識が含まれています。

私は、言語の音響的な特性や文化・歴史的背景、人間の生物学的特性を元に、特定の音が持つ可能性のある意味や感覚を予測することができます。

ただし、これはあくまで統計的な推測であり、常に正しいわけではありません。




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ITスキルを「本」で高める『技術書の読書術』

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ネットがあるでしょ?

わたしもそう思っていた。

ITスキルに限らず、新しい技術や分野を学ぶとき、最初にすることは検索だ。ネットで紹介されている記事やノウハウを読むことで、どんなものか把握できる。無料で最新の情報が手軽に手に入る。お金をかけずに学習できるメリットは大きい。

一方で、ネットで検索するためには適切なキーワードを入れる必要がある。

知りたいことがピンポイントで言語化できるなら、かなり便利だろう。だが、そもそもどんな用語を入れたらよいのか、その言葉すら分からない段階では、ネットを使いこなすのは難しい。自分に何が足りないのかは、自分には見えにくい。知らない知識は検索すらできない。

いわゆる探求のパラドクスだ。知らないことが何であるのか分からないのなら、「それ」を学ぶことすらできない。行き当たりばったりに学んで、「それ」に行き当たったとしても、「それ」が何であるか分からないのだから、行き当たったことに気づかない。ネットの海に「それ」の正確な情報が無いとしても、無いということすら分からない。

なぜ「本」なのか

そんなとき、「本」が役に立つ。紙媒体であれKindleであれ、本というパッケージに体系的にまとまっているのだから。ある分野について、知っておくべき用語や技術が整理されており、適切な一冊を読むだけで、ある程度押さえることができる。その本を取っ掛かりにして、検索のためのキーワードを手に入れることができる。

では、その「適切な一冊」をどうやって選べばよいのか? その一冊をどう読めば効率的に身につけられるか? さらにはどうすればそのスキルを自分の武器として扱えるのか?

こうした疑問に答えたのが、『「技術書」の読書術』である。

本書は、コンピュータ書やIT技術書と呼ばれている分野に絞り、探し方と読み方、血肉化のノウハウを惜しみなく開陳する。いわゆる読書術を紹介する本は多々あるが、技術書に特化している点がユニークだ。プログラミングや開発技法の習得や、IT資格試験の対策にお悩みの方に効いてくる指南本である。

どう探すか? ⇒ 2台目の掃除機

どう探せばよいのか? これから学ぼうとしている不案内な分野だから、「適切な一冊」にたどり着くのも一苦労だろう。

そんな初学者にとって「2台目の掃除機」という考え方が役に立つという。

家電量販店に行って「掃除機が欲しい」と言ったところで、自分が欲しいものが出てくるとは限らない。店員さんが売りたい掃除機になるかもしれないし、売れ筋のやつになるかもしれない。だが、「2台目の掃除機が欲しい」というと、対応が変わってくる。

1台目の掃除機で不満な部分があり、それを解消したいのか、あるいは、1台目では扱いにくい箇所を補うのか等、ニーズがはっきりしてくるだろう。

この考え方で探せという。今まで読んできた本では解決できなかった点を、2冊目の本を探す目的にする。単純に「Pythonの本が欲しい」よりも、「やりたいことから逆引きできる」「既存の業務(Excelやメール)を自動化するための」「画像処理を特に詳しく」といった目的が出てくる。

次の1冊を読む目的をはっきりさせることで、より「適切な一冊」に近づくことができる。

それを読むのは「いま」なのか?

「手を動かしながら読め」「再読せよ」といった鉄則が並んでいるが、特に良いなと思ったのは、サンクコストの考え方だ。

一般書と比べると、技術書は高価だ。翻訳書が多く、4千円、5千円はザラだ。そのため、自分の身の丈に合っていなかったとしても、なんとか読み通そうとしがちだ。せっかく高いお金を出して買ったのだから、勿体ないという考え方だ。

本書は、そうした考え方に対し、「それを読むのは『いま』なのか?」と疑問を突きつける。合わない本に時間をかけることの方が、より勿体ないという。

いわゆる「サンクコスト」(sunk cost、埋没費用)のことだ。〇万円も費やして育成してきたソシャゲが止められないとか、これまでの投資額が勿体なくて損切りできないとか、様々なパターンがあるけれど、読書の場合も同じことが言える。

本書は、その本を最後まで読むのにかかる時間も含めて考えよと説く。無理して読んでも身につかないことが見えているなら、そこにかける時間を別の方に費やしたほうがお得でないか、と考える。

著者は、合わないと思った時点で「いま」読まなくてもよいと判断し、残りは読み流してしまうという。技術書に限らず、これは私も実践している(懐を痛めた本だと難しいが、勿体ないのはお金よりも時間だからと割り切る)。

論文の相関をビジュアライズ「Connected Papers」

本書に教えてもらった一番うれしい情報は、Connected Papers の存在。

Google Scholar で論文を検索しても、その論文と関連する論文が見えにくい。もちろん並んだ順番にクリックして概要を読んでいけば関連は掴めるが、どこまでリンクを辿っていけばよいかキリがないし、関連の太さも類推するしかない。

これを一目でわかるように解決したのが、Connected Papers になる。

論文名を入れると、その論文を引用した論文、さらにそこから引用した論文の関連性を、ネットワークグラフで視覚化してくれる。関連性の高さが円の大きさと距離で表現されており、どれくらいの近さ(遠さ)なのかが見えてくる。

さらに、引用/被引用の連鎖のみならず、共通の引用物や参照物があるかも反映してくれる。先行研究を集めるとき、どの順番で手を付ければよいか分かるので重宝するだろう。そして、自分の研究がこの図のどこに位置することになるのかの指針にもなってくれるだろう。

“Metaphors We Live by”の検索結果

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他にも、「自分に近い技術者の書評から本を探せ」「単一の技術のナンバーワンは難しいが、複数の技術のANDのナンバーワンは目指しやすい」など、学び続ける技術者にとって力になりそうなノウハウが紹介されている。

ただ漫然と読むのではなく、自分の技術を高める読み方、血肉化の仕方を探している人にはうってつけの一冊。



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人は簡単だがAIには解けない問題『教養としてのAI講義』

次の問題をAIは正答できるだろうか?

"The city council refused the demonstrators a permit because they feared violence."
(市議会はデモ隊に許可を与えなかった。なぜなら、彼らは暴動を恐れたからだ)

Who feared violence?
(暴動を恐れたのは誰ですか?)

 1. The city council (市議会)
 2. The demonstrators (デモ隊)

留意してほしいのは、「AIが正答できるか」という点だ。なぜなら、人にとっては簡単だから。もちろん、あなたが 1 を選ぶことは分かっている。デモ隊が暴動を怖れるなんて普通ないからね。

他にもこんな問題がある。人なら閃くが、AIには無理とされる問題だ。

ロウソク、マッチ、画鋲があります。これらを用いて、壁にロウソクを取り付けて明るくしなさい

細いロウソクなら、画鋲で貫いて壁に刺すことができるかもしれないが、炎が壁に当たるので危険だ。では、ロウソクを横向きにして壁に画鋲で止めるのはどうか。画鋲を斜めに刺す必要があり、不安定で落ちそうだ。

様々なアイデアが浮かぶが、閃く人なら、マッチ箱を使うだろう(「マッチ」という言葉から、マッチ「棒」とマッチ「箱」が導き出せる)。画鋲でマッチ箱を壁に取り付け、その上にロウソクを置くのだ(なんなら、箱の内側から画鋲を上向きに貫いて、飛び出た針にロウソクを刺せば安定するだろう)。

しかし、本書によると、人工知能はこうした常識が苦手らしい。

they が何を指しているのかは、単純に文法だけで判別をつけるのは難しく、市議会やデモ隊の「意味」を知らないと、正答に辿り着けない。また、「マッチは普通マッチ箱の中に入っている」ことを知らないし、たとえ教えていたとしても、「箱=マッチを格納し、擦って火をつけるもの」という知識から外れて考えることはできない。

1950年、人とAIを区別するためにチューリングテストが発案された。だが、オウム返しするだけで意味を知らなくても人っぽく返答できてしまう課題があった。2011年、この課題をクリアするため、一般常識を知らないと解けないテストとして、「ウィノグラードスキーマ」が開発された。上述の1つめがそれだ。また、2つめのテストは、AIが苦手とする「フレーム問題」を扱うものとして有名な問題だ。

AIの強さと脆さ

『教養としてのAI』は、この「意味の壁」こそがAIにとっての最後の、そして最大の障壁だという。

本書は、AIの歴史を振り返りつつ、その仕組みや未解決問題、潜在的なリスクを解説する。畳み込みニューラルネットワークや自然言語処理、深層学習といった技術の原理を噛み砕いてくれる。数式を使わず、概念図だけで説明してくれるため、取っつきやすい。

特に、こうした技術を応用した知能ゲームの説明がスリリングだ。囲碁やチェスのトップクラスと対戦するAlphaGo(アルファ碁)やディープ・ブルーがどのように作られ、どうやって人を打ち負かしたかの解説は、結果を既に知っているとはいえ、胸アツになるだろう。

一方で、AIの脆さも裏付けてくれる。よくAIは「学習」するというが、何をどのように学習しているか、学習したものを「理解」しているのかについては、人と同じように考えることは危険だという。

例えば、AIに動物という概念を教えるべく、動物が写っている画像を与えて「学習」させるエピソードが紹介されている。様々な動物の画像を大量に与えられたのだが、正答率にかなりのバラつきがあった。調べてみたところ、「背景がピンボケしている=動物が写っている」と判断していたことが分かったという。

あるいは、学習させるデータに誤りがあったり、バイアスが混じっている場合、適切でない判断をすることがある。Googleの画像AIが黒人を「ゴリラ」と分類した事件や、アジア系の顔つきを「目を細めてまばたきしている」と判定した事例が挙げられている。

私たちが学習するようには、「学習」してくれないことがあるのだ。

どう扱うとAIは危険になるのか

AIに世界を教えようとしても、その世界が歪んでいる場合、歪んだ通りに「学習」する。プログラマの格言「プログラムは、思った通りには動かずに、書いた通りに動く」は21世紀も現役だ。

プログラムならどんなに複雑化したスパゲッティになっていても、人が読み下すことができるが、深層学習の層が多重になればなるほど、AIの透明性は失われてゆく。学習が深くなればなるほど、AIが何を「学んだ」のかを説明することが困難になるというのだ。

そのため、AIが賢いように見えたとしても、システムを擬人化し、そこに高い自律性を与えてしまうことは危険だと警鐘を鳴らす。

その理由として、AIには「概念」や「メタファー」に相当するものが紐づいていないという。認知言語学の大家ジョージ・レイコフを紹介しつつ、私たちが世界を把握する仕組みは、身体的な知識に基づいたメタファーに支えられているという。

例えば、「時間」といった抽象概念は、「使う」「節約する」「無駄にする」「足りない」といったメタファーによって日常的に表現される。その結果、私たちの「時間」に対する概念として、「価値がある(時は金)」「一度きりの戻せない(覆水盆)」という要素が、知らず知らずのうちに身についている。というよりも、むしろそうした概念なしに「時間」を考えることすらできない。

そして、こうした概念メタファーを辿っていくと、私たちの身体―――物質的な重さがあり、見て、聞いて、歩くことができ、暑がったり寒がったりお腹を空かしたりするこの身体―――に繋がっている。言い換えるなら、世界を認知する仕組みの基礎として、私という身体があり、それを拡張したものが概念メタファーになる。AIにはこれが無いというのだ。

AIは狭い領域では成果を出すことができ、「知的に」振舞うことができるかもしれない。だがそれは、物質的な時空間を伴う世界で、常識的な推論を行うに程遠いとする。その結果、人間なら絶対にやらないような常識外れのことをする可能性があるというのだ。

「AIには解けない問題」をChatGPT-4に聞いてみた

本書の立場からすると、AIが「知的」に見えるのは幻想であり、過大な期待は禁物だという。深層学習や画像認識もそれなりの結果を出しているものの、バブルの徒花になる可能性はあるという。AIが一般常識を理解して、「意味の壁」を乗り越えるのはとてつもなく困難だという。

本当だろうか?

本書が世に出たのは2019年、日本語版が出たのは2021年だ。ChatGPTも Stable diffusion も膾炙していない頃の話だ。

せっかくなので、GPT-4に解いてもらった。以下が回答。

Q1 : 市議会とデモ隊

  1. The city council (市議会)

即答だった。ただこれだと意味を理解した上で回答しているかどうか分からないので、これを選んだ理由を聞いてみたところ、こんな返答が得られた。

テキストからは、市議会がなぜ暴力を恐れたのか具体的な理由は明らかにされていません。しかし、一般的に、市議会はデモによる人々への潜在的な危害、財産への損害、または公の秩序の混乱について懸念するため、暴力を恐れることがあります。これらの恐怖は、過去のデモが暴力的になった例、計画された暴力の報告、または争点となる問題に基づいている可能性があります。これは仮定に基づいた説明であり、提供されたテキストから直接導き出されたものではありません。

Q2 : ロウソクとマッチと画鋲

これもあっさり正答。しかもご丁寧に、火災や換気の心配までしてくれている。

画鋲を使って壁に燭台を取り付ける方法について、以下の手順を示します。ただし、この方法は一時的なものであり、ロウソクが溶けると、壁や床を汚す可能性がありますので、注意が必要です。また、火災のリスクもあるため、火を使う際には常に安全を最優先にすることが重要です。

  1. まず、画鋲をマッチ箱に挿し、マッチ箱を壁に固定します。画鋲がしっかりと壁に刺さり、マッチ箱が落ちないことを確認します。マッチ箱はこの場合、燭台の代わりになります。
  1. 次に、ロウソクの底を少し溶かして、ロウソクをマッチ箱の上に固定します。マッチでロウソクの底部を短時間照らし、溶かすことができます。その後、ロウソクをマッチ箱の上に置き、ロウソクが固まるまで待ちます。
  1. ロウソクが固まったら、再度マッチでロウソクに火をつけます。

ただし、このセットアップは非常に不安定で、ロウソクが完全に燃え尽きる前に監視を絶対に止めてはならないことを強調します。また、この方法は換気が良く、火災報知器がある場所でのみ行ってください。安全にロウソクを使うための適切な燭台を購入することを強くお勧めします。

本書で断言されていた「意味の壁」を乗り越えているように見える。続けて会話していくと、「市議会とは秩序の混乱を怖れるもの」「デモは暴動になる可能性がある」といった意味も把握していたし、「マッチ箱を燭台代わりに利用できる」アイデアも持っていた。これらは、教わってできるものではないだろう。

大量のデータを元に、それらしい文章を作り出しているというよりも、概念と概念に付随するメタファーも含めて、「理解」した上で回答しているように見える。ジョン・サールの思考実験「中国語の部屋」で喩えるなら、「十分に整備されたマニュアルがある中国語の部屋は、中国人と見分けがつかない」だね。

本書では、他にもボンガード問題を紹介している。2つのグルーピングされた図形から、どのようなルールでグルーピンしているかを類推するという問題だ。

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引用元:Solving Bongard Problems With Deep Learning,2018

https://k10v.github.io/2018/02/25/Solving-Bongard-problems-with-deep-learning/#perfundo-untarget

左の6つのブロックの中は三角形で、右のは四角形というルールであることが分かる。このパターンを認識するというのは人には簡単でもAIには困難だという。『教養としてのAI』の著者の師匠であるダラス・ホフスタッターはこう述べる。

もし「純粋な」知能があるとすれば、ボンガルド問題を解く技能にこそその核心にきわめて近いところにある、と私は信ずる。したがって、パタンあるいはメッセージに「固有の意味」を発見する研究をしたければ、これはそれを始めるに相応しい場所である。
『ゲーデル、エッシャー、バッハ』ダグラス・ホフスタッター、白揚社 p.652

パターンを認識し、固有の意味を発見すること―――茂みのイメージから猛獣が潜んでいるのか果実が実っているのかを判別したり、星辰の運動パターンから洪水の季節を導き出したり―――は、生き延びるために不可欠なものだ。

人が「知識」と呼んでいるあらゆるものは、その抽象度を上げるなら結局のところ、「世界に固有の意味を見出す」ことだ。そして、その取捨判別ができることが「知性」となる。

テキスト文で会話をする限り、GPT-4は、2021年までの知識があり、知性を持っているように振舞っている。画像認識については、2023年7月に公開が始まった「コードインタプリタ機能」が利用できるようになった。

この問題もあっさり解いてしまうかもしれない。




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ITエンジニアこそ持ってほしい「自分を信頼する技術」

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自信満々のITエンジニアって、あんまり見かけない。

凄い技術を持っているだけでなく、日々切磋琢磨して高水準を保ち続けているにも関わらず、「ちょっとできます」という。優秀なエンジニアであればあるほど、謙虚に振舞う人が多く、自分に足りないものを常に意識し、努力している。

ただ、自分の不足分を意識するあまり、自信を失っている人がいることも事実だ。

どんどん新しい技術が生み出されるだけでなく、それまでの体系を一変させるようなアーキテクチャが導入され、自分が積み上げてきたものの隣に別の山脈があることに気づかされることもある。吸収するスピードが追いつかず、自信喪失している人もいる。

この自信喪失の罠は、エンジニアとして優秀で、技術習得に貪欲な人ほど陥りがちだと思う。そうでない人は、営業や、マネジメントに重心を移して、「ITエンジニア」ではない存在になる傾向がある。

そんな人の力になる言葉を紹介し、自分を信じる技術が身に着く書籍を解説する。

 1. お前が信じる、お前を信じろ『自己信頼』
 2. 落ち込む自分に寄り添ってくれる『絶望名言』
 3. 弱った心がラクになる『後ろ向き名言』
 4. 悩みを手放す技術『考えない練習』
 5. 自分を支える言葉を見つける『自省録』

詳細はレバテックLABの以下からどうぞ。

技術習得に貪欲な人ほど陥る「自信喪失の罠」。ITエンジニアに持ってほしい自分を信頼する技術

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