« 「加齢臭」はいつから臭い始めたか―――流行語は音もなく世界を変える | トップページ | ChatGPTをドラえもんに進化させる6ステップ »

ルーク・スカイウォーカーの初登場までに17分もかかった理由『脚本の科学』

面白い物語の法則として「主役はできるだけ早く登場させて印象づけろ」というものがある。

にも関わらず、最初の『スター・ウォーズ』はこのルールを破っている。小さな宇宙船を追跡する超大型戦艦から始まり、悪の親玉に捕まるお姫様を描き、辛くも脱出するロボットのコンビを描く。

メイン・キャラクターであるルーク・スカイウォーカーが出てくるのは、映画が開始して17分が経過してからになる。

一方、『スター・ウォーズ』のオリジナルの脚本では、4ページ目からルークが紹介されるシーンがある。ほぼ冒頭から登場するのだが、このシーンは映画に入っていない。脚本家のジョージ・ルーカスは慣習に従ってルークを冒頭で出しているが、監督のジョージ・ルーカスはそうしなかった。

なぜか?

様々な説が考えられるが、『脚本の科学』によると、「その必然性が無かったから」になる。

いきなり始まる怒涛のバトル&追跡劇で息つく暇もない観客は「逃げ切れるだろうか?」とハラハラするし、窮地に陥ったお姫様を見て「彼女の運命やいかに」と宙づりにされるだろう。そして暗黒卿が探し出せと命令する「設計図」とは何だろうとフックに掛かるはず。

仮にこれを、ルークの日常から始めたなら、まだるっこしい出だしになるはずだ。彼の生い立ちや普段の生活を描き、帝国軍の襲撃を描き、家族を失った悲しみを描き、旅立ちを描かなければならない。舞台が宇宙になり、レイア姫やダースベイダーが登場するのはずっと先になるだろう。

監督のルーカスは、まず「スター・ウォーズ」というジェットコースターに乗ってもらい、手に汗握らせたかった。ルークの生い立ちや動機付けは重要だが、それは追々やればいい。そのために彼を冒頭に持ってこなくても、観客を十分に面白がらせることはできると踏んだのだろう。

面白いと感じるとき、観客に何が起きているのか

では、どういう時に観客は面白いと感じるのだろう?言い換えるなら、面白いと感じるとき、観客には何が起きているのだろう?

この問いに対し、映画の脚本を紐解きながら解説したものが、『脚本の科学』になる。ヒトの認知プロセスから映画の面白さをリバースエンジニアリングしたものだ。

例えば、因果関係を探そうとする傾向について。

人は、因果関係によって世界を理解したいという止みがたい衝動を持っているという。

だから脚本家は、主人公のゴールを設定し、その達成に向けて奮闘する様子を描く。キャラクターが自分の「欲しいもの」を口にするとき、観客はそれが手に入るのか入らないのかを待ち受けることになる。あるいは、ゴールへの障害となるもの(ライバルやトラブル)が立ちはだかるとき、観客はどうやって解決するかを虎視眈々と期待する。

そのゴールが遠大であればあるほど、ライバルやトラブルが強大であればあるほど、観客は「主人公はどうやって手に入れるのだろう?」という期待あるいは不安を抱きながら、絶えず予測し続ける状態に陥る。

展開する物語から、キャラクターや状況に関する情報がアップデートされていく。同時進行で観客は、自分が立てた予想を更新してゆく。ゴールであれ、トラブルであれ、その成り行きが明らかになるまで、自分の予想を持ち続けることになる。

優れた脚本家は、この宙吊り状態を上手く作り出し、観客が物語の将来を見通すように促す。物語を咀嚼しつつ、自分の見立てと結果を答え合わせするとき、観客は面白いと感じるのだ。

生(き)のままの現実世界では、「これがゴールだ」と印象付けられることはないし、「これがトラブルだ」と曰くありげにクローズアップされることもない。ゴールが達成されるときに音楽も鳴り響かないし、失敗したときの原因は終わってから判明する。因果関係が見えにくい現実とは異なり、編集された世界では観客に分かるように強調されている。

脳波がN400のとき「面白い」手がかりを感じている?

『脚本の科学』というタイトル通り、脳科学の知見による指摘もあった。いわゆる「脳科学」なので、どこまで確からしいかは保留にしても、興味深い主張だ。

つまりこうだ。

映画においてキャラクターの意図が破綻するとき、観客はN400の脳波を生じているという。例えば、そのキャラなら言わないようなセリフを述べたり、物語が一貫していないとき、あるいは登場人物が葛藤するとき、観客にN400が生じる。

脚本を読んでいるのなら読者はそこで立ち止まり、少し戻って意図を確認しようとするし、動画を見ているのであれば巻き戻して確認しようとする。劇場で映画を見ているのであればより身を乗り出して、先を知ろうとする。

因果関係を知ろうとする観客は、物語についての理解を刻々とアップデートする必要がある。自分の中にある「制作中の物語」と、目の前で進行する物語との辻褄合わせを行い、ズレが生じそうなときに、理解を再構築するのだ。

それぞれの観客が持っている嗜好や期待、社会的規範も含めた「こうなるだろう」「こうあるべきだ」と突き合わせ、眼や耳から入ってくる情報と一貫性を保つべく、理解を軌道修正していく。その契機となるものが、N400だというのである。

Wikipediaによると、N400(神経科学)は、刺激が提示されてから約400ミリ秒でピークを持つ負の方向の振れとして命名されている。視覚や聴覚による単語や写真、顔、音、言葉において、意味のある刺激に対する脳の反応だと考えられている。予測できない単語に遭遇し、意味的な間違いや不自然さがあると、より大きく反応するという。

「エラーを見つけること=面白い」?

一貫性のないところや、違和感を抱き、普通でない点に反応する。エラーを見出すことに報酬を感じて、「愉快だ」という快感を得る。この情動は、適応的な働きがあると述べているのが、ダニエル・デネット『ヒトはなぜ笑うのか』である。

たとえば、私たちは果糖がもたらす感覚を「甘い」として心地よく味わう。それは、エネルギーたっぷりであるが故に、グルコースの摂取を求めるよう、「甘さ」が動機づけられている。甘い・美味しいという感覚は、グルコースを摂取した報酬になる。

同様に、「可笑しい」という感覚は、今まで当然だと思っていた知識や信念の中に、首尾よくエラー(おかしさ)を見つけた報酬だという。私たちがチョコやケーキを求めるように、ジョークやユーモアを求めているのは、こうした理由によるというのだ。

では、なぜエラーを見つけることが報酬になるのか?

『ヒトはなぜ笑うのか』では、このユーモアの報酬システムを、「メンタルスペース」を用いて説明している。

頭の中で活性化する概念や記憶、耳や目などから入ってくる情報や感覚などは、粒度も精度も種々雑多だ。だから、トピックごとに一定のまとまりを持って、ワーキング領域を割り当て、その中で理解しようとする(この概念的な領域のことを、メンタルスペースと呼ぶ)。

時間に追われながら、リアルタイムでヒューリスティックな検索をしている脳が、入ってくる言葉や概念を完璧にチェックできるわけではない。だからこそ、エラー発見に報酬を与えるのだ。

検証されないままであれば、メンタルスペースで生じるエラーは、最終的には世界に関するぼくらの知識を汚染し続けることになる。そのため、信念と推量の候補たちを再点検する方策が欠かせない。エラーを猛スピードで発見・解消する作業は、強力な報酬システムにより維持されねばならない。
『ヒトはなぜ笑うのか』(ダニエル・デネット、勁草書房、2017)p.37

この強力な報酬システムこそが、ユーモアの情動となる。ジョークを聞いて「愉快だ」と笑う情動と、映画を観て「面白い」と夢中になる感情は、似て非なるものかもしれぬ。だが、それぞれの契機となるものが「エラーを見つけること」にある点で一致していることは、興味深い。

「面白い」は科学的に説明できるか?

『脚本の科学』は、映画に夢中になっている観客の脳内で進行している認知プロセスに焦点を当て、ストーリーテリングの原則を明らかにしようとする。

このテの本は、スナイダー『SAVE THE CATの法則』やシド・フィールド『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと』など、既に名著と呼ばれるものが出ている。本書はこれらに向こうを張るべく、脳科学からのアプローチを採用している。

様々な作品が俎上に載せられているが、中でも第10章を丸々使って「神経科学で読み解くスター・ウォーズ」が圧巻だ。今でこそ伝説級の超大作だが、その最初に公開された作品(エピソード4)を俎上に、「どのように面白くしているのか」を丸裸にしている。

ただし、「脳科学」という怪しげな手垢が付き始めている以上、鵜呑みにしないようにする必要はある。それでも、本書を通じて興味深い論文や書籍に出会えた。以下、私のためのメモ。「面白い」を科学的に説明するための手がかりとしていきたい。

『フィルム・アート 映画芸術入門』(D.ボードウェル&K.トンプソン、名古屋大学出版会、2007):物語の「語り方」のパターンと観客の理解への影響について解説しているらしい。物語の設定やキャラの説明の密度と「面白さ」の相関を考察する際に役に立ちそう(いわゆる「情報密度」の話)。

“Enlarging the scope: grasping brain complexity”(Emmanuelle Tognoli , J A Scott Kelso,2017):映画を鑑賞する人のニューロンの活動パターンと、ストーリーの理解との同期を研究した論文とのこと。

「面白い」はなぜ面白いのか、これからも追及していきたい。



このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« 「加齢臭」はいつから臭い始めたか―――流行語は音もなく世界を変える | トップページ | ChatGPTをドラえもんに進化させる6ステップ »

コメント

スター・ウォーズの主役はR2-D2とC-3POという説も。(出典忘れました)
全てのエピソードに登場している。
ハナシの本筋と違うネタですんません。

投稿: ts | 2023.05.30 22:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「加齢臭」はいつから臭い始めたか―――流行語は音もなく世界を変える | トップページ | ChatGPTをドラえもんに進化させる6ステップ »