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「加齢臭」はいつから臭い始めたか―――流行語は音もなく世界を変える

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あなたは「加齢臭」があるだろうか?

脂っぽく、傷んだチーズのような臭いだ。若いころにはなくても、齢をとるとしはじめる、おじさん臭、オヤジ臭と呼ばれることもあるが、男性に限らない。

面白いのは、加齢臭という言葉が生まれる前から、中年期の男女には独特のニオイがあった。この言葉が広まってから、急に臭うようになったわけではない。

「加齢臭」という言葉を遡ると、コラムニストの泉麻人氏に至る。朝日新聞1999.6.12夕刊でこう書いている。

飲み会の席に若い女性などが混じっていると、「通勤電車のオヤジの体臭がたまらない!」なんて話題がよくもち出される。三十代の頃は「わかる、わかる」と一緒になって笑いとばしていたものだが、自分も四十過ぎの年代に入ると、穏やかではない。オレもニオッているのではないだろうか。(中略)「加齢臭」を消す中高年向けのエチケット商品が、秋に発売されるという。熱心な研究開発意欲には脱帽するが、ニオイ消しを怠ったオヤジがノケ者にされる社会を想像すると、それは”臭う通勤電車”以上に息苦しいような気もする。

本書によると、加齢臭という”病気”を命名したのは資生堂になる。研究開発センターの調香師が、中高年者の独特のニオイが気になり分析したところ、「ノネナール」という物質が原因であることを突き止め、1999年に発表した。

「加齢臭」がメディアで喧伝されるようになり、人口に膾炙するにつれ、ニオイを気に病む人が増えるようになった。加齢臭対策のデオドラントやボディソープ、サプリメント、ダイエット療法が売れるようになった(Amazonで検索したら、これらに加えて、シャツやパンツ、インソール、枕カバー、メガネのつるなど約6,000商品が並んでいた)。いまや「加齢臭」は立派なマーケットと化している。

「サーチライト」としての概念

それまで、あまり認知されていなかったものが、ある言葉が与えられることによって実体を得、広く喧伝されるようになる。

生まれたときには辞書にないのに、広く知られるようになると、普通の会話でも当たり前のように使われるようになる。流行語の一種だが、一時的なものではなく、社会的に定着するようになった言葉になる。こうした言葉のことを、本書では、社会記号と呼んでいる。

社会記号には、「加齢臭」の他に、「草食男子」「おひとりさま」「できちゃった婚」などが挙げられる。本書は、さまざまな社会記号を取り上げながら、なぜある言葉は定着し、なぜ別の言葉は一過性で消えていくのかを分析する。さらに、こうした言葉の浮き沈みの背後にある、私たちが抱いている欲望を解説する。

興味深いのは、本書で紹介されるタルコット・パーソンズの説明だ。概念とは「サーチライト」のようなもので、このライトに照らされて、経験的世界という暗闇の中で対象を認識する。真っ暗な舞台に机や椅子があっても、私たちはそれを認識できない。だが、サーチライトが当たることによって、初めて「ある」ことが分かる。

同じように、ある言葉が与えられることによって、それまで見過ごされてきた事物に光が当たり、初めて認知される。「オヤジから漂う脂じみたニオイ」「ガツガツ異性を求めない男子」「一人で行動する」「結婚前の妊娠」も昔からあった。だが、新語が与えられて初めて認識されるようになったのだ。

ハリトシス・マーケティング

これを応用したのが広告業界だ。

  1. 白衣を着た人が、ネガティブな用語を紹介する
  2. 「それ」があたかも病気で、は解決不能なことをPRする
  3. でもご安心を、「これ」さえ買えば解決すると紹介する

「あなたに自覚はなくとも、あなたの周囲の人は気づいています、見ています」という宣伝の仕方で、自分では確かめようもない。恐怖を煽ることで買わせるやり方だ。

その最も成功した例はリステリンになる。20世紀初頭の、若い女性に向けた広告で、

Often a bridesmaid, but never a bride.
介添え人には選ばれるが、結婚相手には選ばれない

なぜなら、あなたの口臭(ハトリシス)が酷いから。あなたは自分の口臭に気づかないし、周囲の人は教えてくれない……でもリステリンなら口臭予防になる、という寸法だ。

当時のアメリカ人は、ハトリシス(halitosis)という言葉を知らなかった。だが、広告会社が、古い医学事典からこの用語を掘り出してきて、病名として大々的なキャンペーンを行って広めたという。

効果は絶大で、リステリンで口をゆすぐことが、アメリカ人の習慣として定着することになる。「リステリン」という商品を売る前に、それが解決するという「病気」を売ることで、不安に訴えかける。

「健康」(という名の商品)を売るために、まず「病気」を作り出す手法は、[健康をモラル化する社会『不健康は悪なのか』] で詳述したが、その「病気」をうまく命名することで、音もなく社会を変えてゆくことができる。

社会記号は欲求が込められている

次々と現れては消えていく社会記号は、人々の生き方や社会構造が変化していく予兆のようなものになる。その中でも定着するものは、人々の暗黙の欲求が反映されているという。

例えば、「おひとりさま」が定着したのは、他人に気を遣うより、自分が好きなように気ままに行動しても良いではないか、という欲求が芽生えている証左になる。これまでカップルやグループで訪れるような場所やイベントを、一人で巡っていた人はいた。だが、「おひとりさま」という語が欲求に形を与え、後ろ盾となってくれる。

暗黙の欲求に対して言葉がお墨付きを与えてくれる。言語化されて初めて、「そうそう、それだったんだ」と気づかされ、動機付けを呼び覚まし、行動を促す。言い換えると、言葉によって私の欲求はコントロールされているのかもしれない。

本書によると、「優れた社会記号は最終的には風俗店の名前になる」という。風俗店の名前はオヤジギャグの極致みたいなものだから、むべなるかな、真理なのかもしれぬ。風俗店名のテキストマニングをして、その年の流行語と突き合わせると面白いかも。



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コメント

いつもコメントに返信ありがとうございます。Dainさんの優しさに触れていつもうれしい気分になります。
さて、また的外れなことを言うのですが、加齢臭と言えば00年代前半に「カオスだもんね!」というレポート漫画がありました。作者が電車の中で異様な臭さを放つ中年サラリーマンと遭遇し、あまりの臭さの体験から「加齢臭について今回は語る」と、それを漫画の題材にされました。
そしてレポート先のお医者様に「そんなに匂うなら、それは加齢臭じゃなくてワキガですよね」と先制パンチをくらって、1ページ目で問題解決してしまいました。そこから加齢臭の説明となります。

その漫画を読んでもう10年以上たちますけど、それを読んで思ったのは加齢臭というのは確かに存在するかもしれない。しかし作者は、ワキガを加齢臭と思ったんですよね。
「中年男性が臭い→加齢臭」と作者は思ったんですが
お医者様は「中年男性が臭い→(そんなに臭いなら)→ワキガ」と。
漫画家とお医者様の認識の違いというのが、なぜかいまだに覚えてます。私の解釈がおかしいのかもしれませんが。
この記事で書かれてる通り、加齢臭と言うのはつくられたものかしれません。つくられたものによって、ワキガが加齢臭とされてるんでしょうか?

投稿: 関西人 | 2023.05.27 20:35

>>関西人さん

コメントありがとうございます。
「カオスだもんね!」のその回は未読ですが、関西人さんの推察が正しいような気がします。
加齢臭の原因はノネナールという成分だとされています。
ですが、広告業界が「加齢臭=中年男性の臭い」としてマーケティング戦略をした結果、「中年男性の臭い=加齢臭」という認識が社会に定着してしまったのだと思います。

中年男性に限らず、人は、様々な臭いを発しています。ノネナールもあれば、ワキガが臭う人もいます。
ですが、「中年男性の臭い=加齢臭」が一般化したため、マンガのようなネタになってしまったのだと思います。

投稿: Dain | 2023.05.28 09:03

いつもありがとうございます。
検索しましたら、以下の記事がありましたので投稿いたします。
今回のDainさんの紹介、よかったです。マーケティングという視点で加齢臭を考えれてよかったです。

『カオスだもんね!』単行本15巻に収録されている“加齢臭”の回。
あの取材からさらに年月を経た今、この回を読みなおすと加齢臭との上手なつきあいかたが身に染み、“あまり気にしすぎないことが大事”というのが心に響きました。
https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/633/2633974/

投稿: 関西人 | 2023.05.28 14:41

>>関西人さん

「気にし過ぎないこと」は大事ですね。
リンクのご紹介ありがとうございます。「紙の」週刊アスキー、懐かしいです。昔、「私のハマった3冊」に寄稿していたことを思い出しました。

https://weekly.ascii.jp/elem/000/002/616/2616732/

投稿: Dain | 2023.05.28 18:19

Dainさん
紙のアスキー時代に寄港されていたとは知りませんでした!ご紹介ありがとうございます&びっくりしました

投稿: 関西人 | 2023.05.28 19:47

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