世界史の教科書を逆に読む
教養ビジネスに騙されずに、世界史をやり直したい。
ビジネス書コーナーに行くと、「教養のための世界史」とか「〇時間で分かる世界史」といった教養本が積んである。試しに手にすると、雑学を身につけるには最適だが、それを読むことで、手垢まみれの「教養」とやらが身につくかどうかは疑問だ。
むかし流行した、自己啓発本と同じである。
「自分の付加価値を高める」みたいな動機付けで誘引し、お財布から出しやすい2千円ぐらい、週末にサクっと読める程度に簡単で、即効で賢くなった気にさせる。知識をひけらかしてマウンティングするぐらいにはなれる。
ただし、すぐ効く本はすぐ効かなくなる。結果、似たような本を継続的に買い続けることになる。
そういう教養商人のカモにならず、世界史を学びなおす上で、「軸」となる本が読みたい。それも、研究者の監修を受けた信頼できるもので、かつ、包括的でバランスのとれた内容のものが読みたい。定期的に改訂があり、新しい情報でアップデートされている必要がある。
テレビや雑誌で有名な「知識人」が書いたものは、裏付けが取れているか分からない。また、歴史家が書いたといっても、ある時点での個人の知識になるため、限定的で古びてくる。特定のテーマで歴史を見るならばそれでも良いが、個別のテーマのハブとなる、確かな軸を手に入れておきたいのだ。
となると一択で、世界史の教科書になる。
帝国書院を勧める理由
高校世界史の教科書として、山川出版社、東京書籍、帝国書院と手を出してきたが、最適解は帝国書院の『新詳世界史B』だった。
理由はずばり構成だ。これを見てほしい。
本文となる「歴史の記述」の周りに、史料や図説やキーワードが囲むように配置されている。それらは、歴史記述がなぜそう言えるのかを示すエビデンスだったり、理解を補う解説だったりする。
全体がこのような構成となっており、歴史記述とは単独で存在するのではなく、様々な史料や図説との関連性のなかで書かれるものだというメッセージが伝わってくる。また、この構成のおかげで、無味乾燥になりがちな本文が、図説と連動して読めるようになっている。
さらに、各見出しの直下にはリード文が記されている。画像では、薄いオレンジで着色された箇所だ。本文で述べているものを要約した文章になる。これは帝国書院の特色で、リード文を読むだけで概観できる。
もっと視点を上げて、世界全体を俯瞰する形でも読めるようになっている。ここだ。
これは、縦軸が時間軸で、横軸が空間軸として描かれた、世界全体史の表だ。主な出来事や概念、資源、テクノロジーが、どのように地域を伝播して広がっていったかが俯瞰できるようになっている。
風土や環境ごとに地域としてまとまっていたのが、文化や社会という別のまとまりで再構成されていく有様が、手に取るように見える。
そもそも、なぜ世界史をやり直しているのかというと、今目の前に見えているまとまりや分断は、どのように生じていったかを把握するためだ。地政学的な要素もあるし、政治・経済的な影響もあるだろう。
しかも、そうした要素が時間的にも空間的にも一様に影響を及ぼしているのではなく、ある時代や地域の流行のようなものがあった。「革命」や「民主主義」がまさにそうで、そうしたうねりが、一時的に特定の地域を席巻したことがあった。それが一過性のものなのか、今でも形を変えて残っているのか、それはなぜかを伺い知ることができる。
歴史において、気候や風土の要素を重視している点も素晴らしい。
ある国が強大な力を持ったとしても、巨大な山脈や、大きな気候の変化といった壁が存在したが故に、領土を拡張できなかったという事実がある。あるいは、季節風や海流のおかげで、より低コストで人や情報を伝播させることができたという事実がある。民衆の反乱や戦争、王家の栄枯盛衰の遠因として、地球寒冷化や大規模な環境の変化があったことも、きちんと語られている。
歴史にはそうした制約条件が存在する。言い換えるなら、そうした外部条件の下で、社会は発展していったといえる。気候や風土は、歴史の制約条件となる。
世界全体の自然環境を示すこのページは、教科書を開いた1頁目にある。さらに、各地域史のイントロダクションには、もっと詳細な地図が記されている。歴史を学ぶ上で、それだけ重要な要素なのだ。
歴史を逆さに読む
帝国書院の『新詳世界史B』を2回通読した。初回は普通に、2回目は逆順(現代→過去)に読んだ。
というのも、「どうしてこうなった」の理由を探す読み方にしたかったからだ。
一連の出来事を時系列に沿って、どのような因果になっているかを追いかけるのが順読みだ。これを反転させるのだ。いまある状態がなぜ起きているのかを、歴史記述から拾い上げるように読む。すると、手持ちの視点をさらに増やすことができる。
例えば、ロシア・ウクライナ危機について。
2022年のロシア軍の侵攻が「今」だとして、教科書を遡上していくと2014年のロシアによるクリミア編入が出てくる。ウクライナ政府はこれを認めず、クリミア半島は係争状態にあるという。
もっと遡っていくと、1991年のソ連解体に行き当たる。ロシア住民主導によりクリミア自治共和国が再建されたのだが、同じ場所に住むウクライナ人、クリミア=タタール人との軋轢が高まることになる(これがクリミア編入の原因)。
もっと遡っていくと、1917年のロシア革命の混乱に当たる。革命勢力の支配地域が後に「ソヴィエト社会主義共和国連邦」で塗りつぶされることになるのだが、その中で、ごくわずかに反革命勢力を展開していたのは、ウクライナのエリアになる。元々「ソ連」を牛耳っていた革命勢力と、ウクライナにいた勢力は対立していたのだ。
もっと遡ると、クリミア戦争、南下政策、クリム=ハン国、モンゴルによる支配へと繋がっていく。「クリミア」の元は、モンゴル大帝国のハーンの末裔からとったことに気づく。私は、「あの辺り」として一緒くたにソ連とくくっていたが、その見方は雑すぎていたことが分かる。
こんな感じで、「今」の問題意識を持ちながら、時の流れを遡るように読んでいく。チベット・中国の問題や、パレスチナ問題の根の深さが、よりクリアに見えてくる。
次に読むときに取り組みたいのは、財政軍事国家の視点だ。17世紀イギリスが嚆矢となった制度で、「戦争をするための軍事費をどのように調達するか」という課題に対し、国ぐるみで引き受けた国債で賄うシステムだ。
それまでは、国王の財布と国家の財政は明確な線引きがされておらず、国債を発行したとしても、十分な信頼を得ることができなかった。だが、イギリスの場合、徴税権を持つ議会が元利保証をしたため、国債の信用は高まり、多額の軍事費を集めることができた。
イギリスのやり方を踏襲して、各国はより多額の資金を集め、よりカネをかけた装備で、より多数の損害を与える軍事力を持てるようになったと言えるだろう。
戦争にはカネ(資源)がかかる。そのカネをどのように調達するかという視点で、世界史を読み直したい。そして、教科書を手がかりに、長年積んであるジョン=ブリュア『財政=軍事国家の衝撃』に挑戦するつもりだ。
いまの世界のまとまりが、どのようにできあがってきたのか、その正当性、妥当性も含めて俯瞰していきたい。そのための確かな軸となるものが、教科書になる。
新詳世界史Bは335ページと薄い。一気に読んでもいいが、気になるトピックを調べながら寄り道しながら読み進めるのが楽しい。私の場合、読んだページを記録することで、ラーニングログをとりながら読んだ。参考にしてほしい。

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