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未来を既読にする一冊『SF超入門』

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治療法がない疫病の感染者に、人は、どれだけ残酷になれるか。脅威を恐怖として煽るマスコミのせいで、防疫と差別を取り違える輩が登場し、およそ人とは思えないような残酷なことを平気で実行する。

「健康」が義務化され、不健康であることが罪となる社会では、自分の体を自分で自由にすることすらできない。健康が強制される管理社会において、最終的に支配する対象は「心」になる。

現代日本の話ではなく、サイエンス・フィクションの話をしている。

物語であるにも関わらず、恐ろしいほど「いま」「ここ」を示している。コロナ差別や、背番号で健康管理をする時代のずっと前に、作品は世に問われ、エンタメの形で消費されてきた。

だから、物語が現実の形で登場するとき、「ああ、これは読んだことがある」と気づくことができる。目の前で進行する出来事に対し、「これは履修済み」として受け止めた上で、その物語を比較対象にしながら、是非を検討できる。おっさん用語で言うなら「これ進研ゼミでやった」というやつ。

SFが見せる現実

SFは現実の問題と接続している。これから起きることを、最悪(もしくは最良?)の形にするなら、どういうリアルになるのか? 緻密に、生々しく、切迫した形で教えてくれる。

では、どんな現実を見せてくれるのか?

現在進行中の現実から、10年後のリアルまで、SFを通して紹介するのが、本書だ。

管理社会、仮想世界、AI、感染症、戦争など、17のテーマで、古典から最新まで56作品を俎上に載せて、現実をダシに語り尽くしている。

著者は冬木糸一さん、基本読書ブログの中の人だ。SFやノンフィクションを中心にした書評ブログで、うっかり覗くとSF沼にハマることを請け合う。

『SF超入門』が素晴らしいのは、現実とSFが掛け合わされているところ。「サイエンス・フィクション」は、「サイエンス・ノンフィクション」と表裏一体であることを、きちんと示している点にある。

『ジュラシック・パーク』が変えた現実

たとえば、マイケル・クライトン『ジュラシック・パーク』。

遺伝子工学により恐竜を復活させる話だ。琥珀に閉じ込められた蚊から恐竜の遺伝子を抽出するというアイデアは、元ネタとなった論文があり、科学界を大いに賑わせたという。当時は否定的で、有機成分が残っていることはありえないし、DNAを抽出したところで復元は不可能だと反論されたという。

ところが、『ジュラシック・パーク』が大ヒットした後は、そうした固定観念が覆されていく。絶滅種からのDNAの抽出が可能となり、断片化されている遺伝情報を増幅させる技術、さらには、DNA分子を配列決定する技術(次世代シーケンシング)が誕生し、『ジュラシック・パーク』は手が届くリアルになる。

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そこで紹介されるのが、エリザベス・ジョーンズ『こうして絶滅種復活は現実になる』になる。

生物の遺骸からDNAを抽出する学問的なアイデアが、ベストセラー小説やハリウッド映画となり、メディアが飛びつくネタになった。おかげで認知度が高まり、一流の科学雑誌に掲載される論文も増えるにつれ、割り当てられる研究予算も増えていく。こうした正のフィードバックにより、古代DNA研究は、質量ともに向上されていったという。

『一九八四』の実装方法

あるいは、ジョージ・オーウェル『一九八四』。

個人の自由が制限され、徹底的に管理されたディストピアを描いた警告の書として有名だ。2017年のアメリカ大統領顧問が「オルタナ・ファクト」(alternative facts、もう一つの事実)と強弁したとき、「ダブル・シンク」を想起した方も多いだろう。あるいは、政治家が折に触れて「平和省」の設立を提言するとき、本書が引き合いに出される。

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この『一九八四』が実現した社会として、『AI監獄ウイグル』を紹介する。

新疆ウイグル自治区に作られた、最新最悪のデジタル監獄になる。各家庭の玄関には個人情報が詰まったQRコードが貼られ、DNA採取、監視カメラによる顔認証、銀行取引や購買記録をAIがチェックして「通常とは異なる行動」を取ったと判断されると、プッシュ通知により警察と当局の捜査対象になるという。

オーウェルが警告した監視社会を、そのままシステム化したような現実になる。洗脳部屋である「101号室」が実装されているかどうかは分からないが、『AI監獄ウイグル』で確かめてみたい。

他にも、壊滅的な状況において、政府や自衛隊はどう判断し、いかに動くかを『死都日本』を用いて語り、『戦闘妖精雪風』を傍らに「戦争に人間は必要なのか?」という根源的な問いかけをする。あるいは、『ソラリス』を俎上に生命に対する固定観念を揺さぶってくる。

こんな風に、ニュースやノンフィクションやとリンクしながらSFを紹介し、SFを読み解きながら現実の問題を炙り出す。

未来がどうなるかなんて分からない。けれど、その未来にどう向き合うかは、SFから学べる。現実に起きた出来事は、SFでシミュレート済みだ。

現実とSFを接続し、未来を既読にする一冊。

一点だけ、注意点を。

レビューの関係上、ストーリーの中身に触れている。そのため、全くのSF初心者だと、ネタバレを食らうかもしれない。展開が分かっても作品の価値を損なわないよう、めちゃくちゃ気をつけて書かれているものの、その点は留意して手にしてほしい。

でも、これを言い換えるなら、未来のネタバレをSFで語る一冊とも言える。

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