セックスロボットは「悪」なのか
白いシャツと眼鏡だけの、女性の人形がある。
肌の質感は生きている人そのもので、温かい。シャツを脱がすと、透き通るような白い肌(色は選べる)と、豊満な胸があらわれる(大きさは選べる)。
瞳を見つめると、視線を合わせてくる(オプション)。話しかけると反応し、見事なクイーンズ・イングリッシュで返事をする(オプション)。20種類の基本人格を元に、利用者との会話を記憶し、学習して応答するAIが組み込まれている(オプション)。
ボディに埋め込まれたセンサーにより、自身の体勢や利用者との位置関係、動きを把握する。把握した内容により、体温を上げたり、適切なタイミングで声を上げることができる。重要なパーツはボディから取り外し可能で、水洗いができる。
ロボット工学と人工知能を集大成した特注品で、5万ドル(650万円)になる。
セックスロボットと人造肉
『セックスロボットと人造肉』の著者ジェニー・クリーマンは、開発元の ABYSS(リンク先アダルト注意) を訪れ、インタビューする。もとはセックス・トイ(大人のおもちゃ)を製造販売していた業者だったが、顧客の様々な声に応えるため、私財を投入して研究所を作り上げたという。
ロボットは女性型・男性型と両方ある。人形はオーダーメイドであり、体形、顔、肌・瞳・唇・髪の色などの他項目にわたって選択可能で、ひとつずつ手作りされる。医療用シリコン素材を用いており、現役のストリップ・ダンサーの全身を型取りして作られている。
著者は、実際に型取りする現場を取材し、ダンサーに質問を投げかける。
Q:あなたの体で作られた人形がどう使われるのか、ご存じですか? あなたはいまここで、まさにセックスの道具にされようとしているんですよ。
A:別にかまわない。ストリップじゃ、男たちが私の体を見て楽しむでしょ。ロボットを買った人が何をしようと、私がそこにいるわけじゃない。誰かの愛情行為のお手伝いをするんだと思っている。
著者が問題とする焦点が、ダンサーと噛み合っていないのが興味深い。
著者は強い問題意識を持っている。
テクノロジーの進展により、ラブドールはセックスロボットになった。相手は人間ではなく、ロボットなのだから、男性は完全な支配権を持つことができる。自主性のない奴隷を手に入れた男性は、自分の欲望を好きなだけ、一方的に発散することができる。
愛情を深め合うコミュニケーション手段としてのセックスが蔑ろにされ、人間感情を深めることができなくなる。その結果、人間の女性とのパートナーシップが損なわれ、女性蔑視や暴力へつながる―――そういう問題意識だ。
一方でダンサーは、別の方向を見ている。ストリップに出演するよりギャラがいいというのもあるけれど、この流行は、きっと大人気になる。触れ合ったり、話をしたりできるロボットがある未来が、もう実現している。「未来の一部になれるなんて、悪くない」という締めが印象的なり。
セックスロボットがもたらす未来
人工的なパートナーの歴史は古い。
ピュグマリオンが彫ったガラテアを始め、SF映画の原点にして頂点と名高い『メトロポリス』に登場するマリア、スティーブン・スピルバーグ『Aー1』、『ブレードランナー』のレプリカント、ドラマなら『ウェストワールド』、ゲームなら『デトロイト』など、未来SF作品の傑作が並ぶ。
しかし、これはSFではなく現実だ。
人間の欲望は、昔も今も変わらない。ただ、欲望を満たし、思いのままに実現する方法、すなわちテクノロジーが発展してきたのが現在になる。テクノロジーの進展スピードがあまりにも速いため、時代の常識や人の認識を追い越し、予想外の問題をもたらしている。セックスロボットはその焦点といっていい。
セックスロボットがもたらす影響は小さくない。
人間そっくりとはいえ、モノなのだから何をしてもいい。公言できない願望を叶えてくれる人形に慣れてしまうことで、人間とのパートナー関係が疎かになり、相手のことを思いやる気持ちが失われるかもしれない。『セックスロボットと人造肉』は、この「問題」に焦点を当て、自らの欲望の赴くままテクノロジーに身をゆだねることで、「自分自身の一部を失ってしまう」と警鐘を鳴らす。
一方、これを読んでいる私は、むしろダンサーの方が近い。小説や映画で想像上だったものが、現実に製品として存在することを知ってぞくぞくする。モノであるのだから、向こうからは何もしてこないし、感染症の心配もない。人に向けると引かれるくらいの愛情であっても、受けとめてくれる。TENGAのおかげで救われた男性がいるように、ドールのおかげで救われる人も増えていくに違いない。
もちろん、本書が指摘する社会的・倫理的な問題にも取り組む必要がある。だが、セックスロボットを拒絶すべき「悪」と見なすのは早計だと考える。
セックスロボットに限らず、テクノロジーが問題をもたらすのはいつものことだ。そして、人はその度に解決を導くために努力してきた。さらに技術革新をして乗り越えたり、法や制度を更新して対応したり、認識や常識をアップデートしてきた。
テクノロジーは未来を増やす
本書では、他にもヴィーガンミート(人造肉)、子宮を再現したバイオバッグ、完全にコントロールされた安楽死装置など、様々な問題の焦点となる「モノ」をテーマに、生命倫理と資本主義、フェミニズムとウェルビーイングといった論点から斬り込んでゆく。
テクノロジーに頼りきりになるのではなく、問題を解決するための社会変革を起こせという主張になるほどと思いつつ、テクノロジーがもたらす未来を心待ちにしている自分がいる。
人に欲望がある限り、テクノロジーが後押しするのは避けられない。では、本書が示す暗い運命は避けられないかというと、それは違う。
テクノロジーの良い点は、選択肢が増えることだ。よくない選択肢は、たいていSF作品になっており、私たちは物語の形で履修済みだ(バイオバックは『マトリックス』、安楽死装置は『ブラックジャック』にあった)。未来を知ったうえで、選択肢を吟味しよう。
なお、冒頭で紹介した5万ドルのドールは、プロトタイプの特注品のお値段だ。技術革新により、スタンダードタイプだと6千ドル(90万円)になる。
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コメント
アイボの飼い主たちの多くがその後に本物の犬猫を虐待するようになったなんて話は聞かないですよね
みたいなこと言うと人間と動物を同列に語るなとかって怒られるんでしょうね
投稿: | 2023.01.24 04:00
>>名無しさん@2023.01.24 04:00
>アイボの飼い主たちの多くがその後に本物の犬猫を虐待するようになったなんて話は聞かないですよね
確かにそうですね。アイボを「虐待」したという話も聞かないし(そういう人はいたかもしれませんが……)。
投稿: Dain | 2023.01.28 09:32