徹夜小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』
読み始めたら最後、徹夜を覚悟する。あまりの面白さに、結末まで何も手につかなくなることを請け合う(私がそうだった)。
サイエンス・フィクションの「フィクション」に当たる嘘は2つだけ。あとは科学的に徹底的に考え抜かれ、エンターテインメントに全振りされた小説だ。
最新の科学ネタが満載で、これまでのSF小説や映画のいちばん美味しいところを、これでもかと詰め込んでいる。読み手の予想をことごとく裏切り、暴上げした期待を一切裏切らない、ごほうびみたいな作品となっている。
できればストーリーの予備知識ゼロで(帯やamazonの紹介文すら読まずに)いきなり読むほうがよいので、あらすじには触れない。
代わりに、「ヘイル・メアリー号」について書く。そうすることで、この作品がどれほど考え抜かれているかが伝わるだろう。「めちゃくちゃ面白い」だけでなく「めちゃくちゃリアル」な作品なのだ。
「ヘイル・メアリー号」は船の名だ。下巻の表紙に描かれている。Hail Mary の意味はアヴェ・マリア(Ave Maria)、天使の祝詞やね。アメフトの終盤で負けてる方が運を天に任せて投げるロングパスの意味もある。
宇宙船にしては奇妙な形をしているが、これは合理的な構造だ。もし、この物語のような状況になれば、人類はきっと、この形の宇宙船を作るに違いない。
以下に、ヘイル・メアリー号のロケット図①②を引用する。
左の図①を見てほしい。
いわゆる「ロケット」としてお馴染みの形をしている。下半分が燃料タンクでエンジンを駆動すると、推進力がかかり、下の方に人工的な重力が生じることになる。図では「推進モード」と説明されている。
面白いのは、図②だ。
ロケットの上半分が分離して、クルリと反転する。下半分とはケーブルでつながれており、互いにぐるぐる回ることで、遠心力により、人工重力が生じる。
なぜこんな構造なのか?
それは、行った先で「重力」が必要だからだ。
なぜ重力が必要なのか?そもそも宇宙を旅する船なのだから、全て無重力で動作が完結するように、全ての装置を開発すればいい。
ダメだ。単純に、「行く」だけではなく、そこで様々な調査や実験を行う必要がある。調査や実験をする装置や機材は、十分な実績があり、間違いなく動作する必要がある。
そうした、いわば「枯れた技術」が使われてきたのは、地球上、1Gの環境になる。
もちろん、無重力でも動くよう、実験設備を開発するプランもあった。だが、開発には時間がかかり、それだと間に合わない。さらに、無重力でも動く「かもしれない」というリスクに掛けるくらいなら、最初から回避しておいたほうがよい。
あるいは、行先の近辺に星があり、その重力を利用できるかもしれない。だが、そうした星を確認できる距離ではない(目的地は、うんと遠いところだ)。そんな不確かな期待に掛けるわけにはいかない。
限られた時間で、合理的な決断をした結果、ヘイル・メアリー号はこのような構造となっている。迫りくる危機から導かれた必然だが、この構造だからこそ成し遂げたことは、科学的運命と言ってもいい。
もちろん、この物語の主人公は、最初に目が覚め、記憶を失った男である。だが、私はヘイル・メアリー号と、これを飛ばすためのプロジェクトそのものにも、強く惹かれる。男がまきこまれる運命は偶然かもしれない。だが、ヘイル・メアリー号は人類の必然になる。
人類は、その気になれば、なんでもできる。
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