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一生ものの痛みとなる読後感『帰りたい/Home Fire』

最後の頁を読んだとき、頭に入ってこなかった。

何が起こったのか、一読して分からなかった(分かりたくなかった)。

ありえない、嘘であってほしいと願い、読み直す。目に力を入れて、一字一句を読み直すことで、この悲劇を免れる別の解釈が得られるかもしれないと願う。

しかし、いくら読んでも変わらない。どんなに読んでもラストは変わらないことに気づいた時、ざっくりと胸が抉られていた。

この痛みは一生もの。

悲劇は沢山読んできたが、これは苦しい。人並み以上に耐性はあり、たいていの物語は飲み込めるが、これはダメだ、辛い、辛すぎる。毒が血液にのって隅々にまで行き渡るように、苦しみが全身を這いまわる。この作品から被った痛みは、最高レベルになる。

これは、イギリスのムスリムの家族の物語だ。

「ムスリム」とはイスラム教徒のこと。イギリスでムスリムとして生きる人々は、およそ300万人、総人口の5%になる。豚食やアルコールを禁忌とし、公共の場所では女性は髪を覆うことが義務付けられ、その生活は戒律で細かく定められている。

2005年に起きたロンドン同時爆破事件を始めとし、IS(イスラム国)のテロ活動が記憶に生々しい。過激派の活動と宗教が結び付けられて報道されることがあり、当局の監視や圧力を感じ取ることができる。

こうした背景から、イスラム系イギリス人として暮らしていく生きづらさを描いた物語だと感じていた。実際、空港の取調室で延々と待たされるシーンから始まり、会話や言葉の端々に、当局の監視の目が意識されている。

だが、これは家族の物語だ。

姉、妹、弟が、お互いを思いやり、いたわる感情は、国も宗教も関係ない。イスマ、アニーカ、パーヴェイズ……それぞれの名前が各章のタイトルとなっており、その人物に焦点を当てて物語が進められる。

そのため、すれ違う気持ちをもどかしく感じたり、何気なくつぶやかれた言葉の重みを後になって知ることになる。

父はジハード(イスラム戦士)として活躍した後、グアンタナモ収容所で虐待死に至ったとされている。亡き父に憧れてイスラム国に向かった弟を救うため、姉と妹は手を差し伸べるのだが―――というイントロが帯に書かれている。

そこから思いもよらない状況になり、運命の辛辣さと愛を感じさせる強烈な静寂が(一瞬だけ)訪れる。映画化の話は未だなさそうだが、このラストの静寂は、映画映えする。観た人はきっと、観たことを後悔しながら大切な思い出になってしまうだろう。

本書は、ふくろう(@0wl_man)さんのオススメで手にした(ありがとうございます!)。「万人には勧めづらい」のご指摘の通り、気軽にお薦めできないし、読む人を選ぶけれど、間違いなく傑作。

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