難民キャンプ、被災地、スラム街を「観光」する『不謹慎な旅』
不謹慎な観光ガイド。
風光明媚な観光スポットとは言い難い。戦争や天災、公害、差別、事故現場など、大きな悲劇を経験した「負の遺産」となっている場所になる。
さらに、遠い過去ではなく、まだ記憶に生々しい場所をわざわざ選んでいる。そのため、いまだ悲しみの傷が癒えない人が居たりする。そうした人たちの声を拾い上げ、カメラも向けている。
そういう、嫌な記憶となっている所を観光するなんて、失礼で悪趣味だという誹りを免れない。なので、タイトルから先回りして、「これは不謹慎な旅です」と言い切る。
普通の観光地は、旅行ガイドやTV番組等で紹介し尽くされている。GoogleMapを使えば、居ながらにしてそこの景色を見ることだってできる。そんな「普通の」観光地では飽き足らない人のための、不謹慎な観光ガイド。
エジプト・カイロ「豚の場所」
「世界で一番ゴミだらけの首都」とされている、エジプト・カイロを訪れる。
中でもゴミが集中しているのは、マンシェイェト・ナーセル地区だという(通称「豚の場所」)。1日に運び込まれるゴミの量はトラックにして2000台、5000トンとも言われる(※)。
地区の住民6万人の大半は、ゴミ処理業に従事している。収拾し、分別し、再利用できる資源は売り、生ごみはブタの餌にする。ブタの飼育は、豚肉食を禁忌としないコプト教徒が行い、肥やした後、食べたり売ることで生計の足しにしている。
驚くべきは、そのリサイクル率。85%を越えるという(ヨーロッパの平均は32%)。住民は、ゴミの中で暮らし、ゴミによって生計を立てているともいえる。
アラブの春から10年、エジプトの政治は激変し、大規模デモや暴動、クーデター、テロが続いた結果、旅行客は激減し、エジプトの観光業は冷え込むことになる。経済の冷え込みは社会の混乱を招き、回収されないゴミの山に如実に表されるようになる。
行政破綻が表立って見えるのは、ゴミの山だと聞いたことがある。レバノンの首都ベイルートでは、都市機能が麻痺するほどゴミ問題が深刻化している。「観光」として出かけなくても、近い未来、あちこちで見られるようになるのかもしれぬ。
岩手県大槌町役場
東日本大震災の津波被害を受け、ボロボロの姿をさらしている大槌町役場が紹介されている。
鉄筋二階建ての庁舎で、大破して焦げた外壁がむき出しになり、止まった時計が張り付いている。窓ガラスは喪失し、エアコンのダクトやケーブルが垂れ下がっている。
著者が訪れた当時、庁舎の扱いについて、解体派と保存派と、意見が対立していたという。
解体派は、使い物にならない建物を取り壊して更地にし、再利用すれば良いという意見だ。「助けられなかった後悔や、つらい記憶が蘇る」という声もある。
一方、保存派は、災害の脅威や教訓を伝える「震災機構」として残すべきと考える。建物を壊しても、「つらい気持ち」は無くならない。だったらむしろ、後世に伝えるべきだという。
国が支給する復興交付金をどう使うのかについて、「不幸で稼ぐのか?」「どうせ町を出て戻らない連中が言うな」など、町を二分する意見を丹念に拾い集めてゆく。
世界最大の難民キャンプ・ロヒンギャ
100万人が避難生活をする難民キャンプ、ロヒンギャが凄まじい。
2017年のロヒンギャ武装勢力と治安部隊の衝突を機に、周辺の住民がバングラデシュに逃れて作った町だ。丘から眺める場所の全てがバラックやテントに埋め尽くされている。巨大な「都市」と言っていい。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kutupalong_Refugee_Camp_(John_Owens-VOA).jpg
John Owens (VOA), Public domain, via Wikimedia Commons
ただし、これは横へ広がる都市だ。
通常であれば、一つの場所に人が集まってくると、建物は上へ向かう。つまり、2階建やビルのように縦方向に伸びてゆく。だが、難民キャンプではそうはゆかず、人々は横へ横へと広がっている。
難民相手に商売をする露店や出店も出現しているという。援助物資を売って得た資金を元手にして、嗜好品等を外部から調達し、難民どうしで経済をまわす。祖国の情報を求める人々がインターネットカフェに集うし、難民キャンプを案内するツアーまである。
著者は難民商店で「ショッピング」をし、そこでミネラルウォーターを「グルメ」と称して飲み干す(中身は井戸水だそうだ)。いささか露悪的な表現だが、そうでもしないと正視すらままならないのかもしれぬ。
見世物としてのミゼットプロレス
いわゆる見世物小屋を巡る旅もある。
見世物小屋とは、珍奇さや禍々しさを売りにして、普通では見られない芸や獣、人間を見せる興行のことだ。海外だと「フリークショー(Freak show)」と呼ばれている。
花園神社酉の市(東京都新宿区)、神宮例祭(札幌市中島公園)、筥崎宮放生会(福岡県福岡市)を巡りながら、悪食、珍獣、危険な曲芸など、奇怪でグロテスクな芸を紹介する。
しかし、最近では世間の風当たりは強く、世間が許容しない・風紀を乱すといった理由で、興行場所を確保しづらくなっている。生きた蛇を食べるヘビ女などは、動物愛護団体の猛反発を受け、虫に代わってしまったという。
そんな中、ミゼットプロレスの歴史にライトが当てられている。
ミゼットプロレスは、その名の通り、小人どうしのプロレスになる。小さな体から繰り出される高度な技や、コミカルな動きに、プロレスファンのみならず魅了された人も多かったらしい。女子プロレスの興行に組み込まれ、広く人気を博したという。
特に、スター選手のミスターボーンは、「8時だヨ! 全員集合」にも出演し、お茶の間の爆笑をかっさらう。
脈絡もなく登場し、舞台を駆け抜ける小人を、わたしも見た記憶がある。今ならその役割が分かる。デウス・エクス・マキナ(お芝居が混乱したとき降臨して、物語を収束させる役)だね。
しかし、同時に非難も殺到する。曰く「かわいそう」「身体障碍者を笑いものにするな」等など。「善意の」投書にメディアは自主規制を始め、女子プロレスの中継があっても、「小人たちの闘い」は存在しないことになる。
負の遺産を巡るダークツーリズム
他にも、女人禁制の山(大峰山)、国産アヘン・ケシ畑(小平市)、牛久入管収容所など、普通ではない場所を観光する。
最近では、アウシュビッツ強制収容所や原爆ドームなど、人類の負の遺産を訪れることは「ダークツーリズム」と呼ばれ、新しい旅行のスタイルとして注目されている。
悲劇の現場へ物見遊山に行くことに、危うさ・ミスマッチを感じる。「不謹慎な旅」という言葉に、一種の開き直りを感じるが、近所でない限り、そういう場所の必要性が語られるのだろう。
※本書では5000トンだが、National Geographic の動画では9000トンと紹介されていた。いずれにせよ、膨大な量になる。
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コメント
ダーク・ツーリズム関連では、以下もお勧めです。未読なら是非。
チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド
https://genron.co.jp/shop/products/detail/71
東日本震災からわずか2年後の2013年出版で、不謹慎と非難されることを覚悟の上でよく思い切って出版したな、と当時思いました。
災害の悲劇と向かい合いあいつつ、それしたたかに利用する不屈の精神が必要では、という、著者らの問いかけだと解釈しました。
投稿: txdiv | 2022.07.18 14:39
>>txdiv さん
ご紹介ありがとうございます! 手に取ってみます。メッセージ性が強そうな感じです。
ダーク・ツーリズムとしてのチェルノブイリは、かなり消費され尽くしているという印象があります(安全な「観光ツアー」として成立しています)。
チェルノブイリの旅としてお薦めしたいのが「エレナのチェルノブイリ旅行記」です。
2004年、チェルノブイリ・エリアと呼ばれるゴーストタウンをバイクで駆け抜けた旅行記で、石棺を始め、大量のスナップが、事故当時の報道写真と共に紹介されています。
エレナのチェルノブイリ旅行記(日本語訳)
http://www.kiddofspeed.com/japanese/01.htm
2004年からほぼリアルタイムで読んでいました。彼女の勇気を褒め称える人、「不謹慎な旅」としてバッシングする人、毀誉褒貶が様々でした。
以下、このブログでの紹介記事です。
チェルノブイリ旅行記
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2004/08/post_6.html
オオカミの大地(続編)
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2006/04/post_0330.html
「チェルノブイリ旅行記」と「廃墟チェルノブイリ」
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2008/06/post_dbce.html
過去なのに今、遠いのにここにある感覚「ゴーストタウン―――チェルノブイリを走る」(書籍版の紹介)
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/12/post-5eb0.html
投稿: Dain | 2022.07.18 18:18