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見えるのに見えていない最大の臓器『皮膚、人間のすべてを語る』

私たちの顔には、ニキビダニが寄生している。

0.2ミリぐらいのダニで、肉眼では見えない。ポケモンで言うなら、8本足のヤドランみたいな姿をしている。分類だと昆虫ではなく、節足動物になる(画像検索しないほうがいい)。

主な生息地は鼻や頬。眉毛やまつ毛、皮脂腺の奥深くに潜んでおり、にじみ出る脂質や微生物を食べて暮らしている。8本の太くて短い足で時速16ミリ移動し、つがいを求めてたまに出てくる。

名前からしてニキビの原因になりそうだが、むしろ逆。脂質や微生物を分解する酵素を持ち、皮膚の常在菌を一定に保ってくれる、共存共栄の関係とも言える。睡眠不足やストレスによるニキビが出そうな場所で、脂や細菌を食べに集まるので、ニキビダニと呼ばれているのかもしれない。

授乳や抱っこで人から人へ伝染し、家族に特有な系統は、何世代にも渡って受け継がれる。たとえ海を渡り、別の大陸に移住しても、そのダニの系統は代々受け継がれ、宿主の乗り換えは滅多にないという。

ヒトと何千年も共存してきたニキビダニのDNAは、一種のタイムカプセルとも言える。つまり、このダニのDNAを解析することで、海を越えた祖先の足跡を追うことも可能だからだ。近い将来、私たちが何者であるかは、ニキビダニの研究によって明らかになるかもしれない。

『皮膚、人間のすべてを語る』の魅力

ニキビダニの研究は、『皮膚、人間のすべてを語る』で知った。読むと痒くなってくる本である。鼻のあたまを鏡に写したり、目を近づけて指紋を眺めたり、脇の下をクンクン嗅いだり、ち〇ち〇をマジマジと観察しながら読んだ。

そして、同じ皮膚なのに全然違うこと、何十年も付き合ってきた「わたし」の皮膚が、実に精妙に出来ていることを、改めて思い知る。皮膚は「わたし」の表面を覆い、外側の環境から守る一方で、赤くなったり青くなることで、心身の調子を外側へ知らせてくれる。皮膚は、最大の臓器なのだ。

著者はオックスフォード大学の皮膚科医なので、皮膚の精妙なメカニズムを平易に語ってくれる。本書が素晴らしいのは、それだけではなく、哲学や宗教、歴史や言語にまで、単なる物質的なあり方をはるかに超えた影響力を語ろうとする点にある。

ワニの崇拝者が身体に刻むタトゥーの話や、マイアミビーチでする日焼の悪影響、あるいは肌色の濃度と緯度/風土の文化人類学的な考察など、皮膚を通じて人を見ると、実に面白い側面が見えてくる。

アポクリン汗腺は「惚れ薬」

例えば、アポクリン汗腺と性的魅力について。

腋の下や乳首の周り、性器の周辺に分布するアポクリン汗腺には、性機能との関りがあるという。他の汗腺と異なり、アポクリン腺からは皮脂成分が分泌される。汗そのものは無臭だが、皮膚表面にいる細菌には、特別なごちそうになる。細菌によって分解されたものが、体臭となる。

2010年にフロリダ州立大学で行われた「におい」の実験が紹介されている(※1)。

女性が着ていたTシャツの「におい」(あえて漢字にしない)を、男性のグループに嗅いでもらう実験だ。すると排卵期の女性が着ていたTシャツを嗅いだ男性は、高いレベルのテストステロンを示したという。

テストステロンとは、男性の主要な性ホルモンであり、生殖組織の発達に深くかかわっているホルモンになる。女性の生殖能力は、「におい」によって、男性のホルモン分泌に影響を与えているといえる。

この「におい」が放出されるメカニズムについては、キャサリン・ブラックリッジ『ヴァギナ 女性器の文化史』で学んだことがある。ココナッツや白桃を想起させる、豊かで甘く深みのある香りだ。あからさまな「におい」というよりも、むしろ「圧」という感じで気づくことが多い。

「人は見た目が10割」という輩がいるが、見る以前に、においによって魅力が形作られていると考えると興味深い。

感動したときの「ゾクゾク感」を測定する

クラシック音楽のクライマックスに引き込まれたり、懐かしいポップソングを耳にすると、背中がゾクゾクしてきたり、首や顔、二の腕にトリハダが立つのを感じることがある。

これはゾクゾク感、鳥肌感と呼ばれている(tingling sensations)。

感動的な映画のラストや、美しい絵画を見た時にも生じるが、特に音楽による刺激が効果的に引き起こすことができるという。皮膚における電気活動(EDA:Electro Dermal Activity)によって測定され、心と皮膚の関係を研究する要となっている(※2)。

音楽と鳥肌感の研究は、たいへん「おもしろい」結果が得られている。

音楽を聞いてゾクゾクする人というのは、いわゆる情に篤い人と思われるかもしれないが、その人の性格とは関係が薄いらしい。

その代わりに、ゾクゾク感を引き起こすのは、音楽への認知的エンゲージメント(没頭、集中度)によるという。聴き手が予期していなかった方向へメロディやピッチが変化し、その後収束するとき、ゾクゾク感が生まれやすくなる(※3)。

さらに、不協和音がすぐに解消されると、聴き手の期待をよい意味で裏切り、ゾクゾク感が増す効果があることが明らかになっている(※4)。著者はこれを、「脳のくすぐりを皮膚で感じ取る」と述べているが、言い得て妙なり。

皮膚は、わたしたちを覆い、日光や微生物から守るためのバリアだけなく、感情を表し、シワや傷痕、入れ墨などにより、わたしたちが何者であるかを表現するスクリーンのようなものでもあるという。

皮膚を通じ、ヒトという存在を改めて知ることができる一冊。


※1 Miller, S. L. and Maner, J. K., 'Scent of a woman: Men's testosterone responses to olfactory ovula pilaris: tion cues', Psychological Science, 21 (2), 2010, pp. 276-83.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20424057/

※2 Goldstein, A., 'Thrills in response to music and other stimuli', Physiological Psychology, 8 (1), 1980, pp. 126-9.

https://link.springer.com/article/10.3758/BF03326460

※3 Timmers, R. and Loui, P., 'Music and Emotion', 32) L Foundations in Music Psychology, eds. Rentfrow, P. J. and Levitin, D. J., MIT Press, 2019, pp. 783 826.

※4 Blood, A. J. and Zatorre, R. J., 'Intensely pleasurable responses to music correlate with activity in brain regions implicated in reward and emotion', Proceedings of the National Academy of Sciences, 98 (20), 2001, pp. 11818-23. 25) 

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