「おいしい」を伝える技術『おいしい味の表現術』
「おいしい」としか言えないのがくやしい。
食べたときの、その「おいしさ」をどう伝えるか?
- ふわとろ
- 肉汁がジューシー
- コクがあるのにキレがある
陳腐すぎて、何のコマーシャルだよ? とツッコミたくなる。
私のアタマが染まってしまっているのだろう。宣伝に洗脳されすぎて、自分が感じたことを言葉にする代わりに、グルメ番組の定番セリフをあてはめるだけのような気がしてくる(肉料理ならジューシー、麺類ならコクとか)。
それはクリシェ、常套句みたいなものなんだから、あまり考えず、手垢にまみれた言葉を使えばいいんだよ、という声も聞こえてきそうだ。あるいは、「筆舌に尽くしがたい」に逃げるとか。
だが、くやしいのだ。
「おいしい!」と感動したのなら、その感動をなんとかして伝えたい。具体的に想像できるような言葉で、同じ感覚を追体験できるような表現で伝えたい。
そんな人にとって、福音となる一冊が、『おいしい味の表現術』だ。
「おいしい」を体系化する
「おいしい」に関わる膨大なデータを分析して、その表現を体系化している。味覚や食感といった感覚的な側面だけでなく、食材や調理プロセスなど、「おいしさの情報」も含めて掘り下げる。
例えば、「おいしい」を表現する言葉は、こんな風に体系化される。
- 味評価:うまい、ヤバい、舌鼓を打つ、甘露、ほっぺたが落ちる
- 味覚:甘、酸、塩、苦、旨、辛、渋
- 共感覚:視覚(こんがりキツネ色)、嗅覚(こうばしい、芳醇)、聴覚(じゅうじゅう)、触覚(コリコリ、アツアツ)
- 味まわり:揚げたて、炭火焼き、三ツ星レストランの味、国産小麦100%の手打ち
食をめぐるエッセイや小説、マンガを例に、たくさんの表現技法が紹介されているが、特に参考になるのが、「共感覚」と「味まわり」だ。
まず、ジュージューといった音で期待値を上げ、たちのぼる香ばしさと温かさを顔面で感じ、こんがりついた焼き目を目で味わう。箸で崩せる柔らかさに感動しながら一口をほおばる。旨味を舌で受け止めるだけでなく、歯ぐきや口蓋でテクスチャ―を感じとる。
そして、噛むとともに変化する味わいと食感を惜しみながら、香りが鼻へ抜ける広がりに自然と笑顔になり、喉ごしを堪能する。さらに、素材やスパイス、調理プロセスを知り、「情報を食べる」ことで、より深く味を理解することができる。
以上、「おいしい」という言葉を使わずに書いてみた。これに、味のメタファー(広がる、閉じ込める、駆け抜ける、奥行きがある)を交えると、膨大な組み合わせになる。食べる場所の雰囲気や、合わせる飲み物との相乗効果も考えると、「おいしい」は好きなだけ再生産できそうだ(文章生成は、AI と相性がよさそうな気がする)。
「おいしい」をマンガで伝える
なるほどなぁ、と唸ったのは、マンガにおける「おいしさ」の表現方法について。
文章もそうなのだが、マンガは味もしないし、香りもない。でも確かに、マンガを読んで「おいしそう!」と思ったり、その味を想像することができる。
本書では、マンガの表現技法は3つに分類できるとする。
- 説明ゼリフ
- モノローグ
- 心象風景
説明ゼリフは、会話(フキダシ)の中で、おいしさを伝える方法になる。実際に食べたり飲んだりしながら、感じたものを説明する。代表例が『美味しんぼ』で、数多くのグルメ漫画で踏襲されている。オーソドックスな手法ながら、どうしても解説チックになってしまい、情報量が多く、わざとらしく不自然なセリフになる傾向があるという。
これを改良したのが、モノローグになる。マンガ手法だと、白枠の中で表現したり、フキダシを雲状にすることで、「心の中」を伝える。『孤独のグルメ』や『ワカコ酒』のように、ひとりで食べる/呑む設定に見られ、食べた感想を、思考の形で伝えることができる。
説明であれ、モノローグであれ、どちらの場合も、言葉=文字で「おいしさ」を伝えるしかない。この限界を、マンガならではの手法で打ち破るのが、心象風景だ。
料理そのものではなく、それを感じ取った内面を比喩的な絵で表現する。極上のワインを飲んだ瞬間、森の奥に古城が見えたり、おいしさが全身を駆け巡るあまり、全裸になったりするあれだ。『神の雫』や『食戟のソーマ』が思い浮かぶ。読者の視覚そのものに訴えることができる。
実際のところ、料理をテーマにした漫画は、これらの組み合わせで「おいしい」が表現されている。第5章「マンガな味」を読むと、グルメ漫画がよりいっそう「おいしく」感じるだろう。
他にも、おいしさにまつわる様々なテーマについて掘り下げている。どれも、それだけで一冊の本になりそうなほどの濃厚で味わい深いネタばかりだ。
- よく使う割によく分かっていない「コク」と「キレ」の正体は、どんな味なのか
- 男は「うまい」、女は「おいしい」といったジェンダー差異はあるか
- 生ビール、生チョコレート、生醤油、生味噌などの「生」をめぐる表現
各章の末尾には大量の参考文献が紹介されており、それらを押さえるだけでも、おいしそうなグルメレポートが出来上がることを請け合う。
特に、「『おいしい』を感じる言葉Sizzle Word」レポートと、『おいしさの表現辞典』は有用だろう。AI に学習させて、画像からレポートを出力させるようにすれば、食べずに「おいしさ」を伝えることができる(本末転倒だが)。
最後に注意する点を一つ。
カレーについての第6章と、ラーメンについての第7章だ。1章を丸々使って、おいしさの表現技法を徹底的に解説する。普通、「飯テロ」は画像だが、これは読む「飯テロ」である。くれぐれも、深夜に開かぬよう、忠告する。
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