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物語を書く人・楽しむ人のバイブル『面白い物語の法則』

面白い物語には法則がある。

剣と魔法の冒険譚であれ、銀河帝国の逆襲であれ、身分違いの恋物語であれ、面白いとされる物語に共通する法則だ。

そんな魔法みたいなものがあるのか? もし面白さを形式化できるなら、AIに学ばせることだってできるだろう。眉唾しつつ読んだら腑に落ちた。確かに、面白い物語には法則がある。

『面白い物語の法則』は、ハリウッドの第一線の脚本家による、実践的な指南書だ。『美女と野獣』『ライオンキング』の一流のストーリーテラーが使っている手法が惜しげもなく解説されている。

物語やシナリオ、ネームを書く人のみならず、出来上がった映画やドラマ、小説作品を味わう人にとっても役に立つ。なぜなら、「その作品がなぜ面白いのか」を言語化することで、作品をより深く味わい尽くすことができるから。

テーマとログライン

最も私に刺さったのは、テーマとログラインだ。

テーマを決める、なんて当たり前のことに見えるが、本書はもっと徹底的だ。自分が書こうとしている物語について、3ページのシノプシス(あらすじ)、短い文のログライン、最終的には、人間の衝動や性質を言い表す一つの言葉にまで突き詰めよという。

たとえばマクベス。「大勢の人を殺して王になろうとしたスコットランドの領主のお話」なんて説明ではない。物語の感情を、たった一言で定義するなら何になるか。本書では、「野心」すなわち支配への衝動だと説明する。

『マクベス 』で「野心」は三回出てくる。まず、マクベス夫人が焚きつける「野心はあるが毒気がない」、そしてマクベス自身の「野心はないが野望はある」、最後は「おのれの命を食いつぶす愚かを極めた野心」の三回だ。

野心は避けがたい破滅を招くのだが、マクベス自身にはそう見えない。見えたときには手遅れになる。「無情になるための野心」ではなく「慈悲に抑制された野心」だって選べたはずだ。だがマクベスは、最後の人間性も切り離し、破滅への道をひた走ることになる。

では、なぜテーマが最重要なのか。

テーマは、物語を統一し、首尾一貫した感覚を与える要素だという。言い換えるなら、テーマさえはっきりしていれば、どんな雰囲気や感情を生み出せばいいのかが分かる。セットの基調色が何になるか、どんな音楽を使うかも考えやすくなる。

テーマに合わない部分はバッサリ斬ったり改変する必要も出てくるし、物語が複雑化したとき、テーマを頼りに本線に戻すこともできる。

テーマを抽出するトレーニング

自分が扱う作品のテーマは何か、徹底的に突き詰める。そして考え抜いたテーマを、様々な試練にさらすのが、物語作家の役割になる。

しかしテーマというもの、腕組みして考えると浮かんでくるものでもないし、口開けていると、空から降ってくるわけでもない。どうすれば突き詰めることができるのか? 

本書では、単純だが厳しいトレーニングが課されている。

100日で100本の脚本を読めという。そして、読み終えるごとに、シノプシス3ページ、ログラインを一文、そしてテーマを書くトレーニングだ。実際、やろうとすると、細部は大幅に割愛され、中心となるキャラクター、主眼となる対立とアクションなど、物語の根幹を見つけ出す作業になる。

ほとんどのテーマは、第一幕の早い段階で、示される場合が多い。登場人物が声高に口にする願いや主張に隠されており、それを受け容れるか否かはともかく、物語全体に反響し続ける。

テーマが響く箇所が物語の根幹であり、それを手繰っていくとシノプシスが出来上がる。そして、シノプシスを削いでゆけば、ログラインになる。著者はシェイクスピアを全て読んで実践したというが、四大悲劇だけでもやってみたい。

ログラインの重要性は、『SAVE THE CAT の法則』で何度も繰り返されていた。多くの人を巻き込み、商業的に成功するためには、一行でその気にさせなければならない。ログラインやテーマは、物語の背骨だと言っていい。そのトレーニング方法が詳述されている分、『面白い物語の法則』は実践的だと言えるだろう。

キャラクターの方程式

キャラクターの作り方は、方程式が紹介されている。これだ。

キャラクター=求めるもの+動き+障害+選択

言い換えるなら、キャラクターとは、何かを求めて物語に現れ、それを求めるために動きまわり、何らかの障害によって阻まれ、それを乗り越えるために選択を迫られる存在になる。

求めるものを手に入れて早く満足したいという欲求とは裏腹に、開始2ページで終わらせるわけにはいかない。物語作家はあらゆる障害を放り込み、同じものを求めるライバルを登場させ、第二の求めるものを出現させる。物語が「動く」とは、キャラクターが求めるものを手に入れようとすることと同義なのだ。

この辺り、カート・ヴォネガットの小説家の心得で聞いたことがある。「たとえコップ一杯の水でもいいから、どのキャラクターにも何かを欲しがらせること」というやつ。ポイントは、「たとえコップ一杯の水でも」だね。物語に出てくる人それぞれに、運命の重荷やあり得たかもしれない人生を背負わせる必要はない。たとえコップ一杯の水でも、それを求めることで動きが生まれる。

あるいは、『キャラクター小説の作り方』で知った、物語の原則を思い出す。この本によると、あらゆる物語には原理原則があり、それは、「主人公は何かが『欠け』ていてそれを『回復』しようという『目的』を持っている」になる。主人公が満ち足りてて、何も求めるものが無かったら、そもそも物語が始まらないからね。

しかし、「求めるもの」って何だろう? 大丈夫、本書には膨大なリストがある。「金」や「セックス」、「正義」といった分かりやすいものから、「記憶の再生」「アイデンティティ」「孤独」など、それだけで面白い物語になりそうなものまで、大量に並んでいる。

キャラクターは道具箱のようなものだから、沢山用意しておけという。ポピュラーソングは求めるものの宝庫だし、テオプラストス『人さまざま』には典型的なリストが網羅されているという。

ヒーローズジャーニー

本書の目玉の一つが、ヒーローズジャーニーだ。

慣れ親しんだ日常から離れ、冒険へ召喚される。賢者のアドバイスに従い、試練を乗り越え境界を超越し、力の源泉を得て、再び日常へと戻ってゆく。賜物を手にした後は、対決/チェイス/バトルがある。

メドゥーサの首級を持つペルセウスから、冥界に降りるイザナギ、フォースを使うルーク・スカイウォーカーなど、地域や時代によって異なるが、伝承で示される英雄像は、驚くほど似通っている。

本書では、『千の顔をもつ英雄』を俎上に、このヒーローズジャーニーを徹底的にしゃぶりつくす。この円環構造こそが、面白い物語の法則になるとして、ヒーローズジャーニーを12のパターンに分け、様々な映画への応用例と共に紹介する。

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重要なのは、アイテムやキャラや世界ではなく、この構造そのものだという。魔法の剣を手に入れる英雄、洞窟に潜むドラゴンとの戦いなどは、単なる象徴なのだ。

たとえば、年老いた賢者は、面倒見のいい上司やセラピストにしてもいいし、現代のヒーローは洞窟ではなく、宇宙や海底、自分自身の心を探索してもいい。自分の書く物語に合わせていくらでも差し替えることができる。

さらに、特定のキャラに機能を固定させる必要すらないとまで言う。賢者、ライバル、助言者は、キャラクターたちが交代で身につけてもいいという。人の根源的な感情を掻き立てる役目を果たしてくれれば、同じキャラが演じ分けるようにしてもいいのだ。

プロップの物語カタログ

本書のもう一つの目玉がこれ。ウラジミール・プロップの「物語のカタログ」だ。

誰でも直感的に理解できるお昔話・伽話を体系的に捉え、共通する機能や構造を30あまりに分類したのが、プロップだ。個々の機能から、物語の普遍的手法を読み取ることができる。

「主人公にあることを禁じるが、禁が破られてしまい、痛手を負う」とか、「難題を課された主人公が、見事に解き明かし、資格を得る」なんて、どこかで聞いたことがあるだろう。時代や場所を問わず、物語の原型が紹介されている。

 1. 家族の一人が家を留守にする
 2. 主人公にあることを禁じる
 3. 禁が破られる
 4. 敵が探りをいれる
 ……

『面白い物語の法則』が優れているのは、前述のヒーローズジャーニーの12パターンと、プロップの物語のカタログとを照らし合わせ、物語に共通する「機能」を炙り出す点にある。

極端なことを言うと、このカタログから適当にピックアップして組み合わせるだけで、誰にでも伝わる物語の骨格が出来てしまうのだ。順列組み合わせならコンピュータの得意とするところ。「それっぽい」お話なら、AI に書けてしまうだろう。

本書では、さらにプロップの応用を解説する。プロップは、登場人物の行動、すなわち「動詞」に着目する。動詞は行動を呼ぶ。強くて機能的な動詞は、そのまま良いシナリオにつながる。キャラクターを表現する動詞を吟味することで、そのキャラを定義しやすくなるという。

テーマを構造的に隠す仕掛け=環境的事実

私が一番学んだのは、環境的事実というやつ。ストーリーから手がかりを読み取り、結論を引き出す方法だ。自分の脚本について、それぞれの環境的事実を短文で書けという。6パターンある。

 ・日付
 ・場所
 ・社会的環境
 ・宗教的環境
 ・政治的環境
 ・経済的環境

例えば「日付」。

よりによって、なぜ「その日」を描いた脚本なのかを考える。サメが大海を泳ぐだけでは何も起きないが、独立記念日に海沿いの街を襲ってくるとなると話が違ってくる。植物採集にやってきた異星人と「その日」に出会わなければ、エリオット少年の人生は平凡なままだっただろう。

普段とは違うある特定の日に、たまたまそこにいたせいで、がらりと人生が変わってしまう。これを自覚するために、自分の脚本が「その日」をどう位置付けているかを、できるだけ沢山の短文で表現せよという。

そうすることで、なぜ「その日」にしたのかを考え抜くことになる。そして、「その日」をどのように描けば面白くなるかを、自分自身に問いかけることになる。独立記念日はアメリカ人にとって特別な日だ。しかも、海水浴客でにぎわう日でもある。だから海開きを強行する他なかったという確執が生まれる。確執は物語を面白くする。

他にも、それぞれの観点から「なぜその場所か」「なぜその社会か」を考える。すると、「その場所」「その社会」ならではの理由が見えてくる。そして、その理由をテーマやログラインと結びつけることで、物語の中にテーマを隠すことができる(本書では、手がかりを脚本に埋め込むことで、構造を三次元化せよと説いている)。

物語作家のバイブル

面白い物語に共通する法則を理解し、身につけ、実現する方法が、大量の映画の紹介とともに解説されている。

ひょっとすると、これは手品のネタばらしのように見えるかもしれない。いや、それは大丈夫。本書を理解するほど、自分がどのように夢中になっているか、なぜそんなに面白いのかを、より深く知ることができるから。

そう、本書は、物語を書く人だけでなく、物語を楽しむ人にも役に立つ。

これ読みながら、アマプラの『SUIT/スーツ』を観ているのだが、本当に教科書通りに作ってある。

面白いかって?

もちろん! ニューヨークの法律事務所を舞台にした痛快なドラマなのだが、本書のおかげで一層楽しめるようになった。

なんとなく感じてた面白さの味が、ハッキリと自覚できるようになったから。セリフ回しやBGMに潜んでいるテーマに気づきやすくなっただけでなく、立ち位置やカメラアングルにまで、ログラインが徹底されていることが容易く分かるようになった。

それは、プロの料理を食べる前に、そのレシピを読むことで、料理の表現や奥行きが理解しやすくなるようなもの。

物語やシナリオ、ネームを書く人のみならず、出来上がった映画やドラマ、小説作品を味わう人にとっても役立つバイブルになる。

一点ご注意を。本書は『物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術』の新書版で中身は同じになる。

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コメント

こんにちは いつもわくわく拝読しています!

『物語の法則』わたしもたのしく読みました。それで思いだしたのがエレアザール・メレチンスキーの『神話の詩学』という本です。

 この本、とくに八章の「カオスとコスモス――宇宙起源」がとても印象的で、プロップの「欠如」と「回復」にも似た話をしています。宇宙の起源を語るありとあらゆる神話は、無秩序状態である「カオス」から秩序ある「コスモス」への改造を意識しているというのです。

たとえば、<闇>から<光>へとか、<水>から<陸>へとか、<破壊>から<創造>へとかいった状態への移行がそれに該当します。

 その改造は主に、「カオス」を象徴する暴虐な怪物や魔物と、英雄との戦闘という形で示されます。たとえば、水の「略奪者」(つまり水を「欠如」させ)たる蛇とか竜が悪役です。これ、まるっきりヒーローズ・ジャーニーですね。物語の原型と言われるのもうなずけます。

 また、筒井康隆が『乱れ撃ち瀆書ノート』のなかで『シャドー81』を評する際に語った「娯楽性の極限」についても思いだされます。小説における娯楽性の極限とは、「読者の“かくあれかし”と思う心を裏切らず」「その上でさらに読者の心理を自由に操作している小説」だというのです。

 まさに「コスモス」というのが“かくあれかし”と思える状況であり、“かくあるべきではない”と不協和を覚える「カオス」すなわち「欠如」状態が「回復」されることに人間が物語の快を感じるのも、無意味と混沌に満ちた世界を必死に理解できるようにしようとする神話時代からの性向がはたらいているからかもしれません。

 人類は太古の神話から最新のハリウッド映画やなろう系小説にいたるまで、ずーっと同じような物語を喜んでしまうサガなのですね。

 ま、「カオス」→「コスモス」への移行なんてもの、読みとろうと思えばあらゆる物語に読みとれてしまうので、あんまり分析の役には立ちませんけどね(笑)。
 

投稿: owen | 2023.02.27 21:14

>>owenさん

ありがとうございます!

『神話の詩学』は何度も借りては読めずに返している本なので、教えていただいた八章だけでも読んでみます。
物語の基本形は、地域や歴史を問わず似ていると思います。そのため、物語そのものを扱った解説も、同じような切り口になるのかな、と思いました。

また、『みだれ撃ち瀆書ノート』は面白そうですね!紹介本を読みたくなるだけでなく、書評そのものが面白い、「読ませる書評」みたいですね。ぜひお手本にします。『シャドー81』の書評が楽しみです!。

投稿: Dain | 2023.03.02 08:51

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