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面白い世界史の本を3人で2時間お薦めしあった中から厳選した12冊(前編)

お薦めの世界史の本について、3人で2時間語り合った。

世界史を学びなおす最適な入門書や、ニュースの見方が変わってしまうような一冊、さらには、歴史を語る意味や方法といったメタ歴史まで、脚本家タケハルさん、文学系Youtuberスケザネさん、そして私ことDainが、熱く語り合った。

全文はyoutubeで公開しているが、2時間超となんせ長い。なのでここでは、そこから厳選して紹介する。


因果関係を補完する『詳説 世界史研究』

スケザネ:大学生、あるいは社会人の方々にも、世界史を学ぶには、まず真っ先に「高校世界史」をオススメしたいです。世界の歴史を幅広く知るという観点から、高校世界史はベストだと思います。

代表的な高校世界史の教科書は、山川出版社の『詳説 世界史B』。世界史の概観が400ページぐらいにまとめられてて良い本なんですが、これだけだと記述が簡素で、理解するには少ししんどい。

実際、自分が高校生の頃にこれで初めて勉強したとき、マジで意味が分かんなかった(ちなみに最終的に、教科書は東京書籍の『世界史B』を使用していました。)。

そんなとき、世界史ができる同級生にお薦めされたのが『詳説 世界史研究』です。これは、『詳説 世界史』を何倍にも詳しくしたもので、字も細かいし、ページもぶ厚くなっています。

ボリュームがあるからちょっと怯むんですが、めちゃくちゃ良いです。『詳説 世界史』では語られていない(省略されていたり、簡素化されていたりする)因果関係や背景が書いてあって、なぜそれが起きたのか、その出来事がどうつながっていくのかが、詳しく説明されている。確かに分厚いけれど、説明が詳しいので気合いさえあれば読み通せる。

高校生の頃は、学校の授業や実況中継シリーズのような通史解説を読んでいって、特に分からないところは『詳説 世界史研究』で補うようにしていました。今でも辞書的に手元において重宝している一冊です。お薦めです。

Dain:以前、スケザネさんにお薦めされ、『詳説 世界史B』と『詳説 世界史研究』を並行で読み切りました。ありがとうございます。

そこで気づいた最大のものが、歴史をアップデートする必要があること。私が知ってる世界史は、米ソ冷戦の雪解けまで。それ以降は、テレビやネットで知った「ニュース」になります。ニュースの蓄積で、現代を知ったつもりでいるけれど、歴史としての検証を経ていない。だから、私の思い込みの可能性もある。

たとえば貧困問題。ネットニュースで「貧困問題は大きく解消に向かっている」と知り、それが事実だと思い込んでいました。ですがそれは、都合の良い情報を切り取っただけであることが、『詳説 世界史B』分かりました(※1)。世界の食糧問題は、依然深刻なままです。

あるいは紛争問題。とある学者が「戦争は大幅に減少している」というの耳にしたことがあります。ですが、国家同士が宣戦布告する従来の戦争が減っているだけのこと。代わりに、内乱、紛争、武力介入、軍事制圧になっています。これは、『詳説 世界史研究』に記されています(※2)

ニュースに敏感になるのも大事ですが、ニュースは検証をしません。なので、歴史としてどう記されているかを知るために、教科書は重要だと思います。

ボリュームもあり、一気に読めないのですが、コツがあります。「今日、ここまで読んだ」とツイートするんです。みんなが見ているから、引っ込みがつかない。読書猿さんの『独学大全』で教わったやりかたです。

そして、「全部読んだぞ!」とツイートしたら、読書猿さんから「次はこれなんてどう?」と教わったのが、私のお薦めの1冊目になります。

プーチン大統領が怒った理由を『新詳 世界史B』で知る

それは、帝国書院『新詳 世界史B』。300ページと薄くて、図版が多いのが嬉しい。真ん中に本文があって、周囲に史料や写真が囲むような構成になっている。本文、つまり史実は、その周りの史料によって支えられていることが伝わってきます。

嬉しいのが、見出しと本文の間に2~3行ぐらいのリード文があることです。いわゆる、トピックセンテンスですね。本文の予告みたいになっていて、おかげで、そこで何を扱うかが素早く押さえられる。

Dain:今日の対談のために、『新詳 世界史B』を見直してたら、最近のニュースにつながる話題がありました(※3)。ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ問題について語ったコメントです。ウクライナ国境にロシア軍を集結させていることへの批判に対し、「NATOがウクライナを取り込もうとしているのが原因だ」と怒りをあらわにしたとあります。数か月前、住民投票が行われ、ロシアへの編入を望んでいるという結果があり、それも受けたコメントです。

でも、『新詳 世界史B』のp.204「現代につながる諸問題:ロシアによるクリミア編入」を見ると、問題はもっと複雑なことが分かります。

ウクライナのあるクリミアは、ちょうどロシアと黒海の間に挟まる地政学的な要衝です。もともとクリム=ハーン、つまりモンゴル由来で、ロシアの南下政策の対象となった国です。古くからいるクリミア=タタール人、ウクライナ人に、ロシア人が入り混じっているのです。

そんな状態で、一部地域の住民投票だけで、ウクライナ全土がロシアへの編入を求めているというロジックは成り立ちにくいことが分かります。こうしたクリミアの歴史的背景から目を逸らせるために、外交戦術の一環として、プーチン大統領は怒ったんじゃないかと

世界史の図鑑『タペストリー』

スケザネ:世界史を学ぶことで昔のことがわかるだけじゃなく、それを通じて現代のことをより深く知ることができます。特に教科書にはコラムという形であちこちにあるトピックがまさにそれで、例えば中東問題とか、アフリカの国境の問題というのが、記述試験の論述問題に役立つ、なんて受験界隈で囁かれていました。

実際、受験勉強で学んだことが、現代の国際情勢を考える上で、ダイレクトに役に立っています

Dainさんの帝国書院の紹介で「図版が多い」というお話がありましたが、図版はめちゃめちゃ大事。なので、もう1冊推しを紹介させてください。

それは、帝国書院の『最新世界史図説 タペストリー』です。

やっぱり教科書の文章だけではしんどい。言葉や文章は確かに大事ですが、理解を助けるために、写真と史料、あと年表や地図といった視覚情報がとても役に立つ。『タペストリー』は、いわば世界史の図鑑とでもいうもので、必携ですし、とりあえずその手の内容であればこれ一冊で十分といってもいい。

地理から歴史を見る『恐怖の地政学』

タケハル:自分の本棚をざっと見たのですが、私の場合、いわゆる世界史の通史というものは少ないです。受験は地理だったし。

なので、私の推しはT.マーシャル『恐怖の地政学』です。

地政学とは、地理から歴史を見るものです。世界各国の地政学的な状況を分析することで、地理が世界史にどうかかわっているかを知ることができます。

Dainさんが言ってた、ロシアとウクライナの位置関係がまさにそれ。こんな話があります―――プーチン大統領はロシア正教徒のはずだから、毎晩熱心にこう祈るはず。

「神よ、なぜあなたはウクライナに山岳地帯をお作りにならなかったのですか」

スケザネ&Dain:www

タケハル:どういうことかというと、平地でつながっちゃっていると、人の行き来が簡単で、戦争もすぐ起こせちゃう。さっきのクリミア問題なんてまさにそう。

でももし(神の思し召しで)山岳地帯があれば、人の行き来が難しくて、そこで文化が分断される。すると、統治のために大軍を配備しなくてすむようになる。

こういう発想で世界を見ていくのが地政学。

たとえば、ロシアと中国は国境を接しているけれど、あんまり戦争してきたイメージはない。それは、ロシアと中国のあいだにゴビ砂漠があるから。砂漠地帯を挟んだ国同士は、戦争が起きにくいんです。

砂漠があるとどうなるかというと、軍隊が来るのが見える。移動が大変だし、砂漠の真ん中で戦争するわけにもいかないし……というわけで、距離が近いけど戦争を仕掛けにくい関係になっている。

ドイツとフランスの仲が悪いのも同じ発想です。間に遮るものが無いから。境界線が川だけで、すぐに攻め入ることができる。イタリアはアルプス山脈があるから攻めにくい。

目から鱗だったのが、ペリーです。あの黒船の。日本に来た時、出発地点がどこか分かります?

Dain:(捕鯨基地の)ハワイとか? 

タケハル:違うんです。その頃アメリカ西海岸は発展していませんでした。実は、スタート地点は東海岸なんです。黒船はいったんヨーロッパを経由して喜望峰をまわって日本に来たんです。

なぜなら、パナマ運河が無かったから。だからわざわざぐるりと地球を回って、日本へやってきた。

国同士の関係性や、歴史上の出来事には、物理的な理由=地理に因ることを教えてくれるのが、『恐怖の地政学』なんです。

地理は歴史の定数

スケザネ:歴史において地理は重要ですね。フランスの歴史学者フェルナン・ブローデルの三層構造という考え方があります。ブローデルは、歴史を三つの構造に分けました。

一つは、政治的な事件や出来事です。いわゆる政治史と呼ばれる階層で、世界史の中心とも言うべき内容ですが、早いテンポで変わっていきます。

二つ目は、社会の動き。人口動態や国家の枠組みです。歴史による変化はありますが、一つ目よりは緩やかで、変わりにくいです。

三つ目は、地理です。自然環境や気象、山岳や河川、砂漠といった地質的条件です。これは上の二つと異なり、そう容易く変わることがありません。

戦争や社会の動きといった、動きのあるところだけを見ていると、見逃してしまう、歴史の根っこにあたるのが地理ですね。地理は、世界史の定数と言っていいでしょう。

イギリスとフランスの間にあるドーバー海峡、これは百万の陸軍に相当する、という言葉があります。もし両国の間に海がなかったなら、イギリスとフランスの関係はまるで違ったものになっていたことでしょう。ナポレオンも、ヒトラーも、海はそう簡単に渡れないですから。

地政学がここ数年元気になってきたのは、日本特有の事情があると思います。

地政学は、アルフレッド・マハンやマッキンダーという、軍人や政治家が基本的な理論を打ち立てた学問です。彼らが生きた19世紀末から20世紀初頭頃は、帝国主義全盛の時代で、世界地図をゲームの盤上に見立てていました。つまり、地政学とは、極めて政治的な学問だったということです。

そのために、第二次大戦後、日本がアメリカのGHQに占拠されたとき、地政学はあまりにも危険すぎるということで、地理学から政治的要素を抜いて、人文地理学だけにしました。

時が流れ、今では政治がかった文脈の中で地理が語られるようになりました。こうしたキナ臭い背景も含め、地政学の取り上げられ方の動向も、気になりますね。

タケハル:「地政学の歴史」があるというわけなのですね。

Dain:いま気づいたのですが、山川の『詳説 世界史B』と『詳説 世界史研究』、そして帝国書院の『新詳 世界史B』の3つに共通するものがあります。それは教科書の表紙を開いた見返しのところ、世界地図なんですよね。それも、国境のないやつ

主な河川や山脈、海、砂漠、高原が描いてあります。帝国書院の教科書だと、海流や偏西風、季節風まで記されている。戦争のしやすさだとか、交易のしやすさ、文化の伝わりやすさというものは、こうした地理環境によって左右されているんじゃないかと。

スケザネ:そこでお薦めしたいのが、『高校 世界史を ひとつひとつわかりやすく』(鈴木悠介、学研プラス)です。面白いのは、最初にひたすら地理の話をしているところ。世界史の参考書なのに、ここは何半島だとか、山脈だとか、地図の話で始まっている。

これは感激しましたね。というのも、高校で世界史を始めたとき、国や地域の位置関係がいまいち掴めず、苦労してたから。

タケハル:地理が分かると、世界史の理解が一気にあがりますもんね

Dain:チャットの方のコメントで「地政学といえば奥山真司 」「原書房の『マッキンダーの地政学』が良かった」といただいています。ありがとうございます、めちゃくちゃ気になります。

スケザネ:『赤毛のエイリークのサガ』のお薦めコメントありがとうございます。コロンブスに500年先駆けてアメリカ大陸へ足を踏み入れた人たちの歴史みたいですね。これも気になります!

史実と主張を分ける『論点・西洋史学』『論点・東洋史学』

スケザネ:では2周目に行きましょう。『論点・西洋史学』『論点・東洋史学』をお薦めします。歴史学の中から、論点だけを120個ぐらい集めたもの。どんな論点かというと、注目を集めている事実関係やキーワード、現代につながるものなど。

たとえば、最初の論点として「ホメロスの社会」があります。ホメロスによって作られたとされる英雄叙事詩『イリアス』『オデュッセイア』が、ギリシャ社会の中でどのように受容されていったかが議論され、シュリーマンに至る時系列の中で紹介されています。

他にも、ポリスがどのように形成されていったかとか、キリスト教がどうやって拡大していったかなど、通史的なところを押さえつつ、ポイントになるものを見開き1ページにギュッと解説してくれている。

特に良いのは、最初のパラグラフで、史実が記されているところ。どんな主張を支持していていようとも、確からしいところ=ファクトが十数行ぐらいに並んでいる。その次に、考察ポイント=論点とその背景が並んでいる。横に注釈が並んでいて、分かりにくいところはサポートしてくれるのも嬉しい。

『詳説 世界史研究』の次に、通史からもう一歩進みたい人にお薦め。

タケハル:読みたい! これは手元に置いて、都度つど「使う」本ですね。

Dain:これは欲しい! 『論点・西洋史学』と『論点・東洋史学』はペアになっているように見えます。なので、同じ「史実」でも、侵略する側/される側によって、描かれ方が違っていると思います。そういった論点を両側から比較するようなことはできるでしょうか?

スケザネ:両方を見比べると、できます。たとえば『論点・東洋史学』には、「アヘン戦争」や「インド大反乱」「フランスのアフリカ支配」といったトピックが並んでおり、アジア・アフリカの抑圧された側からの視点も含めて論じられています。一方『論点・西洋史学』には「大西洋奴隷貿易」「植民地と近代」という論点で、帝国主義的な立場が議論されています。なので2冊セットで読むと、より立体的に理解できると思います。

Dain:ギャラリーの方で「買いました」というコメントが! 私もポチってしまいそう。

スケザネ:コメント欄からのお薦めいただきました、ありがとうございます。『歴史に残る外交三賢人 ビスマルク、タレーラン、ドゴール』(伊藤貫、中公新書ラクレ)ですね。この三人が並んでるだけでめちゃ面白そう。新書だしお財布に優しい。

タケハル:それ読みました! すごく良かったです。ドイツのビスマルク、フランス革命のタレーラン、そしてこれまたフランスのドゴールのそれぞれの外交&戦略論です。ドゴールが一番面白かった。これ読むまで、第二次大戦のドゴールに強い印象がなかったんですが、見方が変わりました。

第二次大戦後の歴史って、米国 v.s. ソ連の構造だと思っていたんですが、フランスが独自路線を敷くことで、東西の対立だけじゃなくなった、その立役者としてのドゴールを描いています。

先入観からの解放感がスゴい『反穀物の人類史』

Dain:僕からは、2021年に読んだ中で一番の『反穀物の人類史』(J.C.スコット、みすず書房)をお薦めします。読書体験の中で最高のものである、「読んだら世界がひっくり返る」を生々しく味わった一冊です。

これを読むまで僕の中で、「農耕社会が豊かな文明をつくる一方、狩猟採集は野蛮で遅れていた」というイメージがありました。ですが、これは私の思い込みであり、全く逆であったことが示されています。

残されている農民の骨格を、同時期に近隣で暮らしていた狩猟採集民と比べると、狩猟採集民の身長が、平均5cm以上も高いことが判明しています。また、農民は、栄養不足による発育不足や、感染症に罹りやすかったことが骨から分かっています。

一方、狩猟採集では、海や河川、湿地、森林、草原と、季節に応じて移動することで、十分な栄養を安定して得ていました。

じゃぁ、なぜ農耕民族は栄えたのか。著者は「定住」だと答えます。

狩猟採集民は野営地を「移動」します。家財道具一式を持って移動する際、最も負担になるのが子どもです。だから子どもを育てるのは4年ごと、つまり自分で歩けるまで、間隔をあけるんです。結果、狩猟採集民が育てる子どもの数は、限られてくることになる。

この問題は「定住」が解決します。移動することがないから、いつでも子どもをつくることができる。しかも農耕民族にとって子どもは大事な労働力です。だから、どんどん産んで、たくさん育てようとする。もちろん子どもの死亡率も高いのですが、生涯出生率を5,000年で複利計算すると、農耕民族は狩猟採集民を圧倒するとしています。

他にも、「国家は穀物で発展した」という主張が目を引きます。古代国家は麦や米、ヒエなどの穀物が主要な食物であり、税の単位であり、暦の基盤でした。なぜか?

それは、徴税が楽だからです。穀物は地上で育ち、ほぼ同時期に熟すため、一回の遠征で収奪可能です。しかも土地の広さ=収穫量なので、おおよその税も見積もれます。こうした税収を見積もったり記録するために、数字や文字が発達したのではないか、と考えられます。

私たちが知る「歴史」とは、文字として残された史料からです。そして、それらを書いてきたのは、穀物で発展した国家です。当然、自分たちの支配を正当化し、それに馴染まない狩猟採集民を低く評価する記録となるでしょう。私の先入観は、「文字による史料」という段階から刷り込まれているのかもしれません

スケザネ:面白そう! 穀物からの恩恵を受けた人たちによって書かれたのが歴史だという発想は、考えたこともなかったです。

書かれた言葉が世界を変える『物語創生』

タケハル:「文字によって書かれた世界」という観点からだと、『物語創生』(M.ブフナー、早川書房)がお薦めです。サブタイトルが「聖書からハリー・ポッターまで、文学の偉大なる力」というんですが、微妙に翻訳のピントがずれている。

これは、文字や言葉がどのように人々の心を動かし、歴史を形作り、文明を発展させていったかを解説した本です。

もちろん聖書やハリポタも出てくるし、ホメロスのオデュッセイアやギルガメッシュ叙事詩も俎上に上るのですが、「文学」というジャンルからだけではなく、そもそも「書かれるとは何か」からスタートしています。なぜそれが語られるだけではなく書かれたのか。そしてなぜそれが残ったのかまで掘り下げています。

例えば、アッシュルバニパル王と楔形文字の関係について。楔形文字の保護をしましたが、それによって王の支配力が高まったとされています。

なぜか? それは、戦争にヒントがあります。召集や行軍、戦術を指示するとき、それまでは口頭で行っていました。しかも将から直接全員に言うわけではないので、伝言ゲームになります。

すると、微妙にずれてくる。味方の勢力や徴発した物資の数が変わったり、指示内容が変わってくる。これを回避するために、「記された言葉」すなわち文字が役立ちます。文字により正確に情報を伝えられるようになったのです。文字は戦争を有利にしたのです

あと、「記された言葉から見た歴史」だと、アメリカの画期的なところも紹介されています。活版印刷術が普及していくと、「印刷する設備や技術者を持っている人」こそが情報を握っており、権力者となりました。作家と印刷者からすると、印刷者のほうが強い。これがヨーロッパでした。

一方アメリカでは事情が違ってきます。ベンジャミン・フランクリン。科学者でもあり政治家でもあるフランクリンは、文章が書ける人でした。そして印刷する設備も持っていました。書く人+印刷する人の両方が揃っている新聞社が力を持っているのは、こうした理由になります。

さらに、マルクス・エンゲルスの『共産党宣言』、世界を大きく変えた一冊として有名ですが、これが凄い勢いで広まった理由は、ちゃんとあるのです。

それは、同時翻訳・同時印刷したからです。

普通なら、作者の言語で書かれた後、評判によって他国語に翻訳され、だんだん広まっていくものです。ですが、共産党宣言は最初から複数の言語に翻訳され、印刷され、出版されたのです。そのためヨーロッパ全土でバズったのです

こんな感じで、文学や物語というより、文字が人類に与えたインパクトがテーマなのです。原題が一目瞭然で、”The Written World” (書かれた世界)まんまですね。サブタイトルは、”The Power of Stories to Shape People, History, Civilization” (人、歴史、文明を形作った文字の力)です。カッコつけて、キャッチーなタイトルにしようとして焦点がずれてしまって勿体ない。

物語の力もあるけれど、もっと政治的・歴史的な話なんです。

スケザネ&Dain:知らなかったーー! 気になるーーー!


※1 『詳説 世界史B』(山川出版、2020)p.417 課題:世界の食糧危機問題を考える
※2 『詳説 世界史研究』(山川出版社、2020)p.536 地域紛争の激化
※3 BBC:ロシアはウクライナを侵攻するのか 現状について数々の疑問

(後編へ続く)

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伊坂幸太郎が薦める極上の短編小説19選『小説の惑星』

面白い小説が読みたい人に、「はいこれ」と渡せる。

いまの時代、面白いアニメやゲーム、映画が沢山ある。しかも、Amazonやネトフリで、居ながらにして楽しめる。じゃぁ、どうして小説を読むの?

その答えが、この2冊だ。小説の面白さを語るより、まずはこれを読んで欲しい。これを読んでダメなら仕方がない……という最強ばかりを集めたという。

名前は知っている作家だけど、未読が多かったので、たいへん楽しめた。

嫌悪感を抱きつつ、こいつ酷い目に遭えばいいのに……と思ってたらナナメ上の展開で吹き出してしまったり、まんま『はたらく細胞BLACK』やんけと思ったら、こっちが本家なことに気づいたり、ダブルプロットにしては変な構成だなぁと不思議だったのが、全てがカチっと噛み合う怖ろしいほど美しいラストに化けたりと、読む悦びに浸りまくった。

本書が良いのは、理由が書いてあるところ。数ある中から、なぜその作品なのか、どんな思い入れがあるのかが、あとがきにまとめられており、参考になる。

たとえば、「悟浄歎異」。

中島敦なら、「山月記」「名人伝」がいいんじゃね? と思うのだが、西遊記の沙悟浄の手記という、いっぷう変わった作品を出してくる。しかもこれ、前・後編の後編になる(前編は「悟浄出世」)。普通こうした場合、前編が採用されるのだが、なぜ後編なのか?

謎があとがきで明かされると、その箇所を、もう一度読みたくなる。その理由が、とても繊細で、ちょっと「かわいい」と思ってしまう。でも分かるわーという気持ちになる。

あるいは、大江健三郎「人間の羊」。

主人公が酷い目に遭うのだけれど、なんとかして彼を助けてあげたい、そして加害者を懲らしめてやりたい、と憤りながら読み進める。すると、読み手である私の感情にシンクロする展開になるんだけれど、その展開が私を追い越してしまい、「私の憤り」を背後から眺めることになる。

私の中から「怒り」という感情を取り出して、「ほら、これだよ」と見せてみせる。その手さばきが鮮やかすぎて、私は直視できない。でも、その気まずさ、居心地の悪さこそが、この作品が選ばれた理由になる。

小説を読む悦びを、言葉で語るのは難しい。

プロットや構成の妙だとか、文字という媒体でしか伝えられない重みとか、時間差で腑に落ちる可笑しさは、話すほど暑苦しく、ウザがられるかもしれぬ。

だから、「はいこれ」と渡して、味わってもらう方が早いかもしれぬ。ラインナップは以下の通り。珠玉の短編集なり。

オーシャンラズベリー篇

永井龍男「電報」

絲山秋子「恋愛雑用論」

阿部和重「Geronimo-E, KIA」

中島敦「悟浄歎異」

島村洋子「KISS」

横光利一「蠅」

筒井康隆「最後の伝令」

島田荘司「大根奇聞」

大江健三郎「人間の羊」

ノーザンブルーベリー篇

眉村卓「賭けの天才」

井伏鱒二「休憩時間」

谷川俊太郎「コカコーラ・レッスン」

町田康「工夫の減さん」

泡坂妻夫「煙の殺意」

佐藤哲也『Plan B』より「神々」「侵略」「美女」「仙女」

芥川龍之介「杜子春」

一條次郎「ヘルメット・オブ・アイアン」

古井由吉「先導獣の話」

宮部みゆき「サボテンの花」

 

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嘘を嘘と見抜けない人に小説は難しい『詐欺師の楽園』

プロチェゴヴィーナ公国のレンブラントと称せられる画家アヤクス・マズルカ―――美術史上最大の意義をになう人物のひとりとされているこの巨匠は、実はかつて実際にこの世に存在したことはない。彼の作品は後世の偽作であり、彼の評伝は虚構である。

ヴォルフガング・ヒルデスハイマー『詐欺師の楽園』は、こう始まっているが、一行目どころか、一言目からして嘘である。

欧州の地図を広げるまでもなく、「プロチェゴヴィーナ」なんて国は存在しない。もちろん、美術史のどこを探しても、アヤクス・マズルカという画家なんていない。

しかし、彼が描いた作品は確かに存在し、レンブラントに匹敵する傑作だという。あまりの素晴らしさに、贋作までが登場するくらいだという。

唯一の語り手「私」による手記の体裁をしたこの小説、さて、どこまで信用できるのか?

徹頭徹尾フィクションで塗り固めているのではなく、ところどころに史実や真実を折り込ませているので、自分がどこまで騙されてて、何を信用していいかが分からなくなる。

ここで、本書のあらすじをかいつまむような野暮なことはしない。

ただ、この小説には、様々な詐欺師、ペテン師、いかさま師が化かし合う。恩を仇で返す奴、芸術レベルのゆすり&たかり、まっとうな人間はほぼ出てこない(出てきたとしてもカモにされる)。

どれくらい眉を湿らせるべきかのご判断は、読者に任せる。まぁ、語り手自身が「読者が信頼してくれようとは思わない」などと最初に断っている。「信頼できない語り手」を自任しているかごとき人を食った態度はページの端々ににじみ出ており、風刺が小気味よい。

偽物を本物にする条件

この詐欺の手法は、たいへんタメになる。

存在しない画家が描いた、いわば「本物の偽物」が、どのように真作として成り立つかを考えると、芸術の虚構性が見えてくる。本書のあらすじを紹介しない代わりに、この詐欺の手法について考えてみよう。

たとえばレンブラント。

光と影の魔術師という異名を持ち、油彩だけでなく、エッチングや銅版画、デッサンも含めると数千点に及ぶ膨大な作品を遺している。その分、贋作や偽作も数多いとされている。

いかにもレンブラントがモチーフにしそうな人物を、当時の絵具や画材を忠実に再現して、構成・構図、光の当て方、色使い、細部のこだわりも含めて完璧なレンブラント・タッチで描いたとしたら、それは「レンブラントの作品」になるのだろうか?

これに挑戦したのが、「ネクスト・レンブラント」だ。AIにレンブラントの肖像画を学習させ、もしレンブラントが347年の時を経て蘇ったら描いたであろう「新作」を制作したのがこれだ。

専門家のコメントは酷評で、発表会場では「味気なく、無神経で、魂のない茶番」とこき下ろされ、レンブラントの作品に向き合ったときに人が感じる、「レンブラントの身震い」は無かったという。

真贋を決めるのは人

この経緯は、コンピュータは創造性を持てるか?『レンブラントの身震い』に詳しいが、ポイントは、レンブラントを真作たらしめているのは、専門家であるということ。

たとえば映画の『THE GAME』や小説『白昼の死角』よろしく、レンブラントの発表会場そのものがフェイクで、ギャラリー全員がグルだったら? いわゆるカゴ脱け詐欺をすれば「レンブラントの身震い」も自ずと出てくるだろう。雰囲気でどうとでもなる人の気持ちなんて、いくらでも変えられる。

真贋を決めるのは、結局のところ「人」だ。

そして、プロフェッショナルはそこを巧妙に衝く。

顕微鏡やX線、化学分析で贋作を見破れる、という人がいる。そんな人には、本書で紹介される手法や、天才贋作家ハン・ファン・メーヘレンがヒントになるだろう(当時の画材を用いて、年数経過を偽装する)。贋作の作り手は、それがどのように見破られるかも含めて研究している。そして、「人」さえクリアすれば、数値は誤差として扱われるのだ。

フィクションの中の嘘が嘘だとしたら?

ちょっとした実験を提案する。

虚構と現実のあわい目を巧妙に衝いたこの傑作、信頼できない語り手をいったん信頼してみよう。そして、読み終えた後、「この本で語られている虚構そのものが嘘だったら?」と、想像してみるのだ。

つまり、このフィクションそのものが偽物=ホンモノだったとしたら?

開始2頁目で「私」は、アメリカやヨーロッパの名だたる美術館には、少なからずの贋作が紛れ込んでいることを暴露する。なるほど、それはありうるだろう。だとするなら、冒頭で虚構だと指摘された人物「アヤクス・マズルカ(Ayax Mazyrka)」が、本当にいないのかどうかは、じゅうぶん疑ったほうがよいのではないだろうか。

「私」に限らず、本書に出てくる詐欺師たちは、様々な偽名を使いこなす。そして、偽名がいつのまにか本当になったりもする。

ひょっとすると、アヤクス・マズルカは、小説の中だけの偽名で、現実の世界では別の名前で呼ばれているのではないか。そして、その別名を、私たちは後生大事に信じている可能性だって、じゅうぶんありうる。

ちなみに、「アヤクス・マズルカ(Ayax Mazyrka)」をアナグラムで入れ替えると、ポーランド語で「karyzma xaya (カリシズム・サーヤ)」になる。

意味は、「最初の非難」である。

『詐欺師の楽園』を現代にアレンジする

もし、現代に応用するなら、こんな風になるだろう。

  1. AIに学習させて名画を描かせる(例:レンブラントを真似させる)
  2. その絵画を、オークションにかけて落札させる

……という詐欺ビジネスを持ちかけて、金持ちに出資してもらう。

オークションは秘密裏に行われ、集まってくるギャラリー、司会者、スタッフは全員フェイクだ。そこで落札される額は数千万をくだらない。だから、十分にお釣りが来る。

しかも、やってきたカモを信じさせるため、出資者自身に参加してもらい、入札してもらう。顔出しが不安なら、ネットで参加すれば良い。カモと競り合い、頃合いを見て降りてもらえれば、稼ぎは数億にのぼるだろう……

さて、ここまで読んできたら、本当のカモが誰か、お分かりだろう。

この詐欺ビジネスに出資する人が、本当のカモになる。オークション会場がフェイクなのはもちろん、そこにやってくるカモも、「カモの演技」をする。出資者は顔出しを嫌がるだろうから、ネットで参加してもらうだろう(その場合、オークション会場は、スタジオになる)。

出資者から巻き上げたお金と、オークションでの値を釣り上げるための見せ金と、ダブルで騙し取れる。

既に誰かがやってそうだけど、まんま『スティング』なので、騙される方も途中で気づくかもしれない。

信頼できない語り手の「嘘」は本当か嘘か

『詐欺師の楽園』を読んでいると、どこまでが本当で、どこからが嘘か、分からなくなる。

ぜんぶ嘘だとしたら、作中に出てくるレンブラントやモナ・リザまでも嘘なのか。信頼できない語り手が、「これは嘘なんだけどね……」と切り出したら、それを嘘だと思うのが正しいのか、それとも、クレタ人の嘘として信じるのが正しいのか。

信じようと、信じまいと、騙されている気になる。

眉を十分に湿らせて、確かめてほしい。

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世界の人々をつなげる歴史として『岩波講座 世界歴史01』

歴史のイメージを壊し、再構築してくれる。

歴史とは、過去を扱うものだから、確定したものを選ぶ作業だと思っていた。起きたことは動かないし、その証拠は残っている。特定の観点や主義に合うよう選び、編集しすることが、歴史の実践だと考えていた。

だから、編集者が国家の場合、国民のアイデンティティを創出するストーリー(≠ history)は、神話のように国ごとにあり、学校教育制度によってくり返し上書き保存されていく記憶になる。歴史を学ぶほど、国家単位の記憶の分断が強化される。

あるいは、特定の主義主張を持つ人の場合、自説に都合の良い断片を寄せ集めて膨らませたものが歴史となり、自分のセクトを拡張し、反対する者を根絶やしにすることが歴史実践となる。歴史を学ぶほど、反対者を殴りやすくなる。

そういう、権力者や主義者に道具を差し出すことが、歴史家の仕事になると思っていた。やってる本人の自覚はともかく、歴史は、結果としてそのように扱われてしまうしかない、と諦めていた。

ところが、わたしの視野が狭いことが分かった。

もちろん歴史には、国民を育成する機能や、主義者にとっての便利な棒になることもある。だが、歴史には、「つなぐ」役割もあるのだという。

『岩波講座 世界歴史 01』のサブタイトルにこうある―――世界の人々を「つなげる」歴史を―――そこに込められた意志は、序文の小川幸司氏にはじまり、本書の隅々にまで行き渡っている。

加害者と被害者の共通教科書

たとえば、国民のアイデンティティを育成する教科書について。

「殺す/殺される」の両側が、同じ土俵に立てるなんて、想像もつかなかった。侵略、植民、虐殺と、言い回しはさておき、「したほう」は自己正当化に勤しみ、「されたほう」はその不当を刻む、それが教科書だと思っていた。

ところがドイツでは、事情が違ってくる。ヨーロッパで統合された歴史教科書を作る営みが進められており、ドイツ・フランスでは共通のものが実際に出ている。より溝が深いポーランドとの間でも、教科書改善の国際協力が進められているという。

重要なのは、共通教科書の一方的な押し付けではないところ。国民による見解の相違は当然であり、歴史認識の対立を是とする考え方だ。歴史認識の統一に向けて、対立は「克服されるべきもの」ではなく、複数の世界史像を認め合うことが大切だとある。

同じ動きは、日本・中国・韓国でも進められている。

歴史教科書における「侵略」「進出」に始まる外交問題や、「慰安婦」や「竹島」に対する抗議デモは記憶に新しい。こうした認識の相違について、歴史家は無力だと思っていた。

日中韓の歴史認識をアップデートする

しかし、これは単に、わたしが無知だった。

2001年には日韓、2006年には日中の共同研究プロジェクトが政府主導で始められ、2010年に『日中歴史共同研究報告書』が公開されていることを知った。その序文で、「戦争の責任について基本的共通認識があることを前提として学術的に討論」した結果「相互の理解を深め認識の隔たりを縮めることができる」成果が得られたとある。

面白いのはマスコミの対応だ。

この成果を評価する報道をした中国とは対照的に、日本では、歴史認識の「溝」を強調する報道が目立ったという。わたしは、この「溝」の方だけで判断していたのかもしれぬ。

どの要素を強調するかによって、解釈や記述は変わってくる。たとえ相手の意見に賛同できなくても、「なぜ相手がそう考えるのかは理解できる」という点で、研究者どうしが理解し合えたことが、重要なのだ。

研究者レベルではなく、教科書レベルでもある。

日本・中国・韓国の研究者や教師が集まって、『未来をひらく歴史』が作られた経緯が紹介されている。日本の植民地支配と抵抗の歴史は、中国・韓国の執筆者がそれぞれ担当し、出来上がった原稿を三者で相互に批判しながら修正されたとある。

実際に、『未来をひらく歴史』を手にしてみたところ、歴史イベントと解説を並べたコラム集のような構成だった。背景となったロシアの南下圧力や英仏の画策があまりなく、日中韓だけで歴史が動いているような印象を抱いた。

つなぐ=共感するための世界史

被害者・加害者の認識をめぐって、対立する叙述に引き裂かれてきたのが、世界史の歴史になる。両者をつなぐためには、「出来事レベルでの認識を共有し、解釈レベルでの対立が一定の範囲内に収まる努力をする」指針が提言されている。

高校教師でもある小川幸司氏は、こう説く―――たとえ相手がヘイト思想を振りかざしたとしても、何が相手の中で憎悪を生み出したのか、その思想自体に何か学べるのかという姿勢を持つべきだと。

それ、本当にできるの? と疑問を抱くかもしれない(わたしは疑問を感じた)。

だが、小川氏の授業で起きたことを読むと、可能かもしれない、と思うようになった。

たとえば、笠原十九司が南京事件を起こした日本兵たちの追いつめられた心理状態を考察したとき、あるいはラウル・ヒルバーグがユダヤ人大虐殺を遂行した巨大なメカニズムに膨大な人が積極的または消極的に加担していった様子を明らかにしたとき、そのテキストを教室で読んだ高校生と私の中に湧きおこったのは、加害者の非人間性を告発する憤りではなく、弱い自分が同じ状況に置かれたらどのような行動をとっただろうかという、強い痛みの自覚であった。

この痛みの自覚こそが、過去と現在をつなぎ、同時に、いま認識の違う人同士のつながりになるのだろう。

「歴史とは過去と現在の対話である」と言ったのはE.H.カーだが、『世界歴史』では、「歴史とは世界の人々との対話をつなぐものである」になる。

『岩波講座 世界歴史』の特徴

これから読もうという方へ。第1巻を読んだ時点で気づいた点をまとめておく。誰かの参考になれば。

  1. 各巻が対象地域と時代をマトリクスによって示せる(例:3巻がローマ帝国と西アジア、5巻が古代中華など、全体構成図参照)
  2. 各巻は単なる地域史ではなく、その地域から見た「世界史」になっている(★)
  3. 近世・現代史など特定の巻は、同時代を地域横断的に見る構成(20・21巻「2つの大戦と帝国主義」)
  4. 全巻に共通し、各巻「展望」「問題群」「焦点」の3部構成
  5. 「展望」で通史・枠組みを示し、「問題群」でテーマを取り上げて解説し、「焦点」でトピックを補完する
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特に目を引いたのが★だ。

ふつう「世界史」は、ヨーロッパを中心とした(あるいはヨーロッパが最終的に中心となるように)一体化する動向を描いたものに慣れていた。だが、このシリーズでは、ヨーロッパは、一定の影響を与えたものの、一つの「地域」として描かれている。

つまり、帝国支配や科学技術としてのヨーロッパと、ユーラシア大陸の端っこという欧「州」としてのヨーロッパが、分けられた構成となっている。ヨーロッパはいち地方なのである。

非常に気になっているのが、索引が無いこと。

第1巻には索引頁が無かった。各論文の末尾に、引用・参照書籍の一覧があるだけで、トピックや用語を串刺しで調べたいとき、強力な助っ人となる索引が存在しない。これ、致命的かも。

ただし、今までのシリーズを振り返ると、「索引巻」というものがあるため、今期も問題ないかも。まだ発表されていないだけで、全24巻+別巻1、2といった構成になると期待する。

『岩波講座 世界歴史』について語る

本書について、読書猿さんと熱くお話したのがこれ。

「本好きの度肝を抜く! 年末年始に必読の「世界史スゴ本」ラスボス的一冊」

「本好きもうなる!「歴史の学び直し」に最強のスゴ本ベスト4」

読書猿さんは、もっと端的に、本書の本質を語る。

歴史は人に何かあった時に、自動的に立ち上がる何かなんです。そうやって歴史を参照しながら考え、行動し、世界にほんの少し影響を与えて、現在を作り出す。それによって、次の歴史ができるのだと。歴史実践というのは、そういう循環的なものなんです。そして、歴史研究者の仕事も、そうした歴史実践と無縁のものではなくて、むしろ大切な歴史実践の一部なんだというんです。

また、本書を、スケザネさん、タケハルさんに熱くお薦めしたのがこれ。

【生放送】Dainさん・タケハルさんとともにオススメの歴史本を紹介しまくります!

なんであれ、深く・広く学ぼうとすると、必然的に世界史に分け入ることになる。いろいろと歴史本を読んできたが、本書は、ラスボス的なシリーズとして追いかけていきたい。

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