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神が創ったにしては杜撰すぎ、偶然にしては精緻すぎ『進化の技法』

生物は、神が創ったにしては杜撰すぎるし、偶然の進化にしては精緻にできすぎている。

進化と発生のメカニズムを解きほぐした本書を読むと、そう感じる。

本書によると、生物の進化は、転用と闘争の歴史らしい。それは、文字通りの食うか食われるかだけでなく、取り込むか取り込まれるかの歴史になる。

ヒトについて言えば、全体を構成するゲノムのうち、私たち自身の遺伝子が占める割合は、たったの2%に過ぎない。では残りの98%は何か? 太古のウイルスや、跳躍する遺伝子が暴走した配列になるという。

この太古のウィルスや跳躍遺伝子は、もとは「私」では無かったものになる。いや違うか、言い方がよろしくない。今は「私」とは不可分の要素だが、生命史を遡ると、「私」の外からやってきたものになる。

生命のM&A

例えばミトコンドリア。

生命は電動であり、そのエネルギーはミトコンドリアで生成されていることは、ニック・レーン『生命、エネルギー、進化』で学んだ。

そして、ミトコンドリアは「私」の細胞核のDNAとは似ておらず、むしろ、細菌の一種であるシアノバクテリアの近縁となる。つまり、「私」の中にいる別の存在なのだ。

生命現象として見た場合、シアノバクテリアを取り込み、エネルギー供給役として融合させることで、「私」は生きている。もとは別個の生物だったものが一つになり、より複雑な新しい生命になったという(細胞内共生説)。複数の企業が合併・併合する、いわば生命のM&Aといえるだろう。

本書では、細胞内共生説を提唱したリン・マーギュリスが紹介されている。残念なことに、マーギュリスの主張は1970年代の生物学会では受け入れられず、嘲笑されるか無視されたという(『土と内臓』を読むと、生物学の泰斗スティーヴン・ジェイ・グールドは、一顧だにしなかったことが分かる)。

やがてテクノロジーが追いつき、DNA配列決定法により、マーギュリスの正しさが立証される。本書では、技術が学術を塗り替える様が、ドラマティックに描かれている。

ウイルスが私たちを作った

あるいは、シンシチン。

哺乳類に共通して存在するタンパク質の一種で、胎盤形成に大きな役割を果たしているという。子宮に胚を付着させ、栄養を供給するためには、シンシチンが不可欠なのだ。

興味深いのは、シンシチンの遺伝子配列がウイルスそっくりであるところ。だが、シンシチンはウイルスのように感染しない。そこから、次の説が導かれている。

すなわち、シンシチンとは、感染能力を奪われたウイルスになる。

つまりこうだ。太古の時代、とあるウイルスが、私たちの祖先の体内に侵入した。ゲノムを乗っ取って、自分のコピーを作らせようとしたのだ。ところが返り討ちに遭い、感染能力を奪われた、こき使われるようになった……その成れ果てが、シンシチンになる。

それだけではない。もっと「使える」ウイルスであれば、積極的に利用しようとするというのだ。本書ではフランスの研究が紹介されているが、東京大学の研究成果によると、同じ機能を別のウイルスにバトンタッチする、「Baton pass仮説」が提唱されている。

DNAというレシピ

この発想は面白い。

わたしの常識では、遺伝子とは「親から子へ」受け継がれていくイメージがある。だが、使えるものなら同世代でもコピーしていこうというのだ。『見えない巨人 微生物』で、同様のアイデアに触れた。遺伝子の水平伝達と呼ばれる事象で、抗生物質に耐性を持つDNA分子が、同世代間で伝播していくことに似ている。

このアイデアは、料理のレシピにも似ている。

親から子へ受け継がれていくのは、あくまでも「作り方」の情報であって、素材はその時にあるものであり合わせる。最初のタンパク質は親からもらうが、後は自前で調達する。

同世代からもっと良いものを教わったら、それを転用したり、手に入りにくいなら別のもので代用する。「もとはウイルスだったけれど、シンシチンとして働いてもらう」もありだ。

何を変えていくか、あるいは変えないかは、資源や栄養など物理的・環境的な制約によって左右される。つまり進化の方向はランダムではなく、特定の目が出やすいサイコロになっているというのだ。

各世代の生物は器官や体づくりにまつわる(遺伝子や細胞、胚に書き込まれた)レシピを受け継いでいる。こうした遺伝情報は未来を物語っていて、ある進化の道筋を別の道筋よりも選ばれやすくしている。すべての生物の体と遺伝子の内部では、過去、現在、未来が渾然一体となっているのだ。

進化とは、転用と闘争の40億年の歴史だ。私たちは、私たち自身の中に過去を見、未来をも見ることができるのだ。

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