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イギリスの歴史の教科書に嘘は書いていないが本当の事も省かれている

世界史を学ぶほど、イギリスが嫌いになる。

奴隷貿易、インド支配、アヘン漬け、三枚舌外交など、悪い印象しかない。アフガニスタン紛争やパレスチナ問題など、今なお続く厄介な問題を手繰っていくと、きっとイギリスの悪行が見つかる。にもかかわらず、イギリスが代償を支払ったことは見たことがない。

仮に、歴史の審判なるものがあるのなら、その目はイギリスを素通りしている。でなけりゃ、審判自体が存在しないか。

そんなイギリスが、自国の教科書に何と書いているか?

植民地支配を「なかったこと」にしているのか。あるいは、不都合な事実を歪曲してほっかむりをするのか。さもなくば、嘘八百を並べ立てているのか。

イギリスの中学の教科書『The Impact of Empire/帝国の衝撃を読んでみた。

イギリスには、日本のような教科書検定制度は無い。

だが、学習指導要領に相当する、ナショナル・カリキュラムに準じる必要がある。カリキュラムの「指示」に従い、「イギリス帝国の存在が、イギリスと、海外の異なる地域や人々に与えた影響力を学ぶ」方針に沿って執筆されたのが、これだ。

イギリスの教科書に書いてあること

結論から言うと、嘘は書いていないけれど、本当のことも省かれていた。

まず、植民地支配の歴史は書かれている。

日の沈まぬ国としての大英帝国の栄光の記録が、教科書の大半を成している。どんな試行錯誤を経てインドを支配するに至ったか、帝国の建設者となったのは誰かといった経緯が、物語られている。

奴隷貿易も書かれているし、虐殺は虐殺として書かれている。

例えば、セポイの反乱への鎮圧は、「正義」を超えた報復だとも認めている。

反乱者だと思われる人を片っ端から捕え、裁判抜きで処刑する。さらに、普通に殺すのではなく、大砲の口に縛り付けて粉々に吹き飛ばしたことも書いてある。ヒンドゥー教とやイスラム教徒が確実に地獄に行けるよう、強制的に牛や豚の肉を食べさせた後に処刑したことも書いてある。

あるいは、偽の外交文書で騙したことも書いてある。

アフリカのベナン王国と貿易条約を結ぶ際、英語を読める人が少ないのを良いことに、「ベナンの支配権を譲渡する」という文言を滑り込ませたという。当然、関係は険悪化するが、近代兵器で武装したイギリス人の敵ではなく、都は焼き払われ、財宝はエクセターの博物館に運び去られたことも書いてある。

イギリスの教科書に書いていないこと

一方で、清国をアヘン漬けにしたことは書いていない。

中国産の茶の需要が高騰したが、中国に売るものが無いため、インドからアヘンを持ち込んだことは書いてない。銀の流出を危険視した清国とアヘン戦争が行われ、南京条約や香港の割譲、不平等条約の流れは、一切ない。

これらは、帝国の圧力に曝されるアジア側にとっては危機感を煽られるものとして重視される一方、大英帝国にとっては相対的に「小事」なのだろう。

そもそもこの教科書、時系列に沿って歴史を記述する方法になっていない。

奴隷制や囚人植民地など12のテーマに絞り、その範囲で限定的に説明されており、網羅性は見るべくもない。アヘン戦争が書いてないのと同様に、小事として書かれていない暴力は、まだありそうだ。

しかも、特定の人物を主人公にして、その目を通して描写するという、いわば「歴史物語」の体裁を取っているため、「なぜそれが起きたのか?」「その後どうなったのか?」といった背景や影響は抜け落ちることになる。

三枚舌外交はどう書かれているか

象徴的なのは、イギリスの三枚舌外交だ。

アラブ側の軍事行動の見返りのため、ユダヤ人からの財政援助を求めるため、フランス・ロシアとの協定のため、イギリスは、相矛盾する3つの約束をした。フサイン・マクマホン協定、バルフォア宣言、サイクス・ピコ協定と呼ばれている。

そして、この三枚舌外交により民族対立が先鋭化し、現在まで続くパレスチナ問題が生じることになった―――と、日本の教科書(山川出版、帝国書院)やWikipedia[Balfour Declaration]にある。

もちろん、イギリスの教科書にも、この3つの矛盾した約束が書いてある。

だが、とあるイギリス人の物語という形で描かれている。

名前はガートルード・ベル、熱烈なアラブ主義者で、イギリス政府から高く評価された行政官である。彼女は、矛盾した協定を知ると、大いに心配し、アラブとユダヤの確執を恐れるようになる。

それだけだ。

3つの協定について、丁寧に書かれてはいる。どのような立場の人物が、どんな思惑で、誰と話し、どういう協定を結んだか……は書いてある。民族問題になることを懸念し、ガートルードが孤軍奮闘することも書いてある。

だが、彼女の努力は実を結ばず、睡眠薬で自殺するところでこの物語は終わる。

これは、とても奇妙に見える。

なぜなら、矛盾した協定を問題視しているのが、あたかも彼女一人であるかのような書き方をしているからだ。そして彼女の死が、問題視を帳消しにしているように見える。さらに後日譚のように、石油利権の話や、イスラエル支持のアメリカに対するアラブの反発が添えられている。

ナラティブの必要性

まるでヒトゴトのような書きっぷり。

この教科書で鍛えられたイギリス人は、矛盾した協定がなぜ結ばれたのか、それぞれの立場や思惑を説明できるだろう。そして、問題の複雑さ、解決の困難さについて、一家言を持つに違いない。

そして、決して、「自国のせい」とは思わないだろう。そのため、パレスチナ問題がどのように(how)生じたのかは分かっても、なぜ(why)起きたのかという疑問に向き合うことはないだろう。

しかし、この態度は「正しい」のかもしれない。

もし、問題の原因を過去に探し、その過ちの償いを求めようとするならば、どれだけ支払っても払いきれないぐらいの責務を背負うことになる。金銭的な補償だけでなく、精神的にも耐えられないだろう。良心の呵責に苛まれず、イギリス人が歴史を直視するためには、こうした物語の形で示す必要があるのかもしれぬ。

問題はもはやイギリス一国に閉じず、多数の国家、民族、宗教をまたがり、解決不可能とまで言われている。関わる人々の立場や意志があまりにかけ離れているため、問題そのものを客観的に記述することすら難しい。

そんなとき、歴史を、登場人物の出来事として語らせるナラティブが役に立つのかもしれぬ。「その人の目からは、こう見える」とすることで、少なくとも記述を最後まで続けることができるから。

 

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コメント

別記事で「最後の授業」について触れられてましたが、題名だけで興味を引く本がありました。すでにご存じかとは思いますが一応
「消えた「最後の授業」―言葉・国家・教育 」

本記事のイギリスについてなんですが、過去にアイルランドのことを調べた時、あまりのイギリスの酷さにビックリしましたが、同じ白人に対してアレなんですから、異人種に対しては……読ませていただきます。アイルランド問題も自国だけのせいとは思わないでしょうね。ありがとうございました。

投稿: 関西人 | 2021.11.17 14:55

>> 関西人さん

ありがとうございます。ご教示いただいた本は未読ですが、内容としては別記事と重なるものがあると伺っております。

ジャガイモ飢饉一つとっても、イギリスの冷酷さは歴史に残ると思うのですが、現代のイギリス人が自覚的になることはないだろうな、と思います。アイルランドの反英感情を「問題」だと見なすことはあっても、その原因を自国に求めることは、ないでしょう。

この態度は、ある意味「合理的」と言えます。もし認めたならば、償えない罪を背負うことになるので。

投稿: Dain | 2021.11.17 19:00

Dainさん、いつも魅力的なブログをありがとうございます。拝読しています。

(以前もそうでしたが)本文に全く関係ないことを相談させてください。
『素直に人の話を聴く・受け入れるには、どうすればいいか』です。

先日、職場で失敗をおかして、主任から「君の今回のミスは、以前も注意したことであって、それが全然成長できていない」と叱責を受けました。

それが何かと言うと、『相手の話を聴くことができていない』ということです。

お客様からの依頼を受け取ったつもりではいたものの、「あれがいいかな、これがいいかな」と色々と提供しているうちに、相手から「望んでいたものと違う」と言われ、結局信頼性を失ってしまう。今回および、これまでのミスは、ざっくりと言えばこのような形です。

自分では「相手のために色々とやってみよう」と思っていても、それがどうやら相手からすれば空回りのようになっている。そんなことが多々ありました。

そして共通して周りから指摘されるのが、「相手の話を聴いたの?」という点です。

ここで怖いのは、自分では聴いたつもりになっている、ということ。

上司からのフィードバック、お客様からの要望、友達や恋人からの指摘……全部、言葉では理解しているんです。言われたことは100%正しいと思っている。

だけど、わからない。なぜか、達成できない。

色々と考えた結果、自分に素直さが足りないせいではないか、という答えに行き着きました。

文面では理解していても、感情的には相手を否定しているから、話を聴くことができていないのではないか。そう思ったんです。

「あー、なるほどね〜、はいはい、わかりました〜……」
今までこんな感じで、相手の話を聞き流してしまっていたのか……いま書いていて、寒気がしてきました!

こんな自分を変えたいです!!

と言うことで……。

①相手の話を素直に聴くためには、何を心がけると良いか。

②相手の話を素直に聴く「力」を上げるために良い本はあるか。

以上2点について、お時間がある時で構いませんので、ご相談に乗っていただけたら幸いです。

読書と全く関係ないことで、本当に申し訳ありませんが、どうかよろしくおねがいします!

投稿: 熊の鼓動 | 2021.11.18 21:26

>>熊の鼓動さん

コメントありがとうございます。

ポイントがいくつかあるので、整理してみますね。

①職場で失敗して、主任から「相手の話を聴けていない」と再度注意を受けた
②お客から「望んでいたものと違う」と言われた
③上司のフィードバック、お客要望、友達・恋人からの指摘は、理解できるが達成できない
④「自分に素直さが足りない」ことが理由だと考えた

①~④は重なるところもありますが、それぞれ微妙に異なるように見えるので、ここでは①に絞ります。

■最初のテーマ

「相手の話を聴けていない」と上司から注意を受けた
→これを解決したい

■状況・背景

・お客様からの依頼を受け取ったつもりではいた
・「あれがいいかな、これがいいかな」と色々と提供
・相手から「望んでいたものと違う」と言われた
・相手の話を聞き流してしまっていた

■分析

実際に起きていることは、「お客要望と熊の鼓動さんが提供したものがマッチングしていなかった」ように見えます。後は全て、上司、客、周囲から「言われたこと」です。

ひょっとすると、お客の説明が拙なく、伝わらなかった可能性もあります。あるいは、熊の鼓動さんのヒアリングが不十分で、要望を充分に引き出せなかったかもしれません。なので、「要望と提供されたものがマッチングしない」という事実ベースで考えます。

また、「相手の話を聴けていない」いう上司も気になりました。上司なら、熊の鼓動さんに対し、具体的に何をすれば良いか指示しなよ! と思いました。

例えば、ヒアリング時間が十分だったか確認するとか、「熊の鼓動さんはどんな風に聞いたの?」「お客からフィードバックはもらっていた?」と尋ねるとか、客に出す前にレビューをするとか。そうしたことはせず、「相手の話を聴けていない」で終わっているように見えます。

上記を元に、「『要望と提供されたものがマッチングしない』を解決する」を真のテーマとします。


■真のテーマ

「要望と提供されたものがマッチングしない」を解決する

■真のテーマの対策

上述した、あるべき上司が確認することを案とします。

・ヒアリング時間が十分だったか? → 前例や類似作業と照らし合わせて確認する。足りないようなら、次回のスケジュールに反映させる

・ヒアリングの方法は有効だったか? → ヒアリングシートを確認する。インタビューシートとか呼ばれているかもしれませんが、職場で使っているものを見直してみるとか。もし、そのようなものが職場に無いのなら、検索すると、沢山の様式があります(以下例)。
https://tayori.com/blog/survey-form/

・お客からフィードバックはもらっていたか? → 熊の鼓動さんは、いきなり完成形を渡したわけではないと思います。たたき台、モック、試案……呼び名はさまざまなですが、途中経過を見せていたと思います。その回数が妥当だったか、それを見せたときのコメントはどうだったかを、振り返ってみるとよいかもです。

・内部レビューしたか? → 上司や同僚を巻き込んで、見てもらうことで、気づきを得ることがあると思います。それも、要望を解釈して「できたもの」だけを見せるのではなく、「お客が要望しているもの」とセットで見せることが必要です。

■おまけ

上で検討したテーマを、もう少し小規模に考えると、日々のタスクに組み込めそうですね。たとえば、

・指示や依頼を受けたら、「それはこういうことですよね」と口頭やメールでフィードバックする
・「相手の依頼の言葉をオウム返し+自分はそれをこう解釈した」というセットで確認する
・依頼の実現に時間がかかる場合は、定期的に状況報告+要望の確認をする(相手の中で、依頼が変わっていく可能性があるため)。それをメール等で「残す」

投稿: Dain | 2021.11.19 12:14

Dainさん
いつも迅速で丁寧なお返事、誠にありがとうございます。

煩雑になると思い説明を省略していましたが、私の仕事は理学療法士です。

身体機能が低下した患者様と話し合い、相手が望む目標に対して、ご本人様に合ったリハビリテーションを提供することが仕事となります。

今回のトラブルは、私なりに考えていたリハビリの方針が、担当した患者様の望むやり方ではなかった、というクレームがあり、担当を変わることになった、という経緯があります。

その際に上司に言われたのが件のフレーズですが……確かに、言われた瞬間は具体的に何をすればいいのかわからず、頭の中が真っ白の状態でした。

よく「自分で考えろ」と言われて、具体的に何から始めればいいかわからず途方に暮れることがありましたが、今回もそうなりかけていました。

Dainさんのように明確なアドバイスを頂ける環境で働きたいと真摯に思っています。

脱線しましたが……人の話を素直に聞く、ということに関して、私はアドバイス頂いたような方針があることを知りませんでした。こういうトラブルに対しては、メンタル面からの教育が優先して「とにかく丁寧に確認しろ」とか「相手に誠実に対応しろ」などのアドバイスを貰うことが多いです。

しかし、こういったアドバイスを聞いたところで、「なるほど」とその場で思わせつつも、帰ってから「ん? 結局、何すればいいんだ?」と歩みが止まってしまうことも多々ありました。

もちろん自分で仮説をたてることも大切ですが、その答えが出ないまま仕事に臨むことは、私にとっては恐怖でしかありません。

「一挙手一投足すべてが見られているんだぞ」とまで上司に言われました。そのとおりだと思います。納得はしています。
ただ、私が聞きたいのは「それで? どうすれば? 私はどう悪くて、どうすれば良かったの?」ということです。

今回ご相談させていただいて、医療職にもこういったロジカルでビジネスライクな考え方でトラブルに臨むことへの重要性を学ぶことができました。

なかなかモチベーションが上がらないままでしたが、頑張ってみよう、という気が芽生えてきました。

本当にありがとうございました!


追伸
最近読んだスゴ本
『往復書簡 初恋と不倫』作・坂元裕二
(Amazonレビュー→ https://onl.tw/5zMZ7cb)
ある男と女性が手紙とメールでやり取りするだけなのに、ロマンチックに会話が弾んだり、背筋が凍るような緊迫感に直面したり、そして最後は得も言われぬカタルシスが訪れます。
寝る前に少し読もうと思ったら、気づいたら読み終わっていて、翌日の仕事は寝不足でした。
私の中では今年の暫定No.1か2で『ゲームの王国』と競っています。
よろしければ、ご賞味ください。

投稿: 熊の鼓動 | 2021.11.21 17:22

>>熊の鼓動さん

状況を説明いただき、ありがとうございます。そして、頓珍漢な回答をしてしまい、すみません。大変な職場みたいですね……

ただし、それでも気になるのは、「とにかく丁寧に確認しろ」「相手に誠実に対応しろ」というアドバイスです。

「丁寧な確認とは、相手の言い分をオウム返しすればよいのか?」とか「誠実な対応とは、言われたことを言われた通りにするだけで良いのか?」といった疑問が湧きあがります。そして、この質問を上司にぶつけると、おそらく「それは違う」と返されると思います。

重要なのは、その後、上司が何を言うかだと思いました。「つまりだな、丁寧な確認というのは~」とか、「●●をすることが、誠実な対応なんだ」と解説されることを期待します。

そうしないまま、「丁寧」だとか「誠実」といったあいまいな言葉を押し付けられて、「自分で考えろ」というのは、丁寧でも誠実でもないと思います。

もし、すべきことを言語化しない上司であるならば、「私は●●することが丁寧な対応だと考えますが、いかがでしょうか?」と水を向けて、フィードバックをもらうという作戦もありますね。

追伸のお薦め、ありがとうございます。手に取ってみますね。

投稿: Dain | 2021.11.21 22:30

日本なんかは近代史ほぼほぼ全省きだもんなあ
困ったもんだよ

投稿: | 2021.11.22 08:29

>>名無し@2021.11.22 08:29さん

マジですか!? 驚きました。
何をもって近代とするかは色々ありそうですが、産業革命あたりから第二次大戦の終結とするなら、全16章のうち、5章を費やしています(山川出版社の場合)。

山川出版社『新詳世界史B』
https://www.yamakawa.co.jp/product/70034

投稿: Dain | 2021.11.22 09:31

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