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山田尚子×吉田玲子×高野文子のアニメ「平家物語」の原作・古川日出男訳『平家物語』のここが面白い

2022.1よりアニメ「平家物語」が放送される。

監督は山田尚子、脚本は吉田玲子、キャラクターは高野文子という最強の布陣で、サイエンスSARUが制作するので、期待MAXにして待つ。

主人公であり、物語の語り部である琵琶法師としてアニメオリジナルキャラクターの「びわ」(CV. 悠木碧)を据えました。平清盛(CV. 玄田哲章)の長男・重盛(CV.櫻井孝宏)や、その妹・徳子(CV.早見沙織)をはじめとする平家の人々とびわの交流を軸に、叙事的な史実にとどまらず、時代に翻弄されながらも懸命に生きたひとびとの群像劇としての「平家物語」を展開します。

面白いのは、アニメの底本として、古川日出男訳『平家物語』を採用しているところ。

原作:古川日出男訳『平家物語』

池澤夏樹(編)日本文学全集に収められており、全一巻ものだ。千ページを超えるボリュームだが、古川日出男は、原典に忠実に、自分なりの解釈を入れず、省きも漏れもないように訳したという。

読み始めると目を引くのが、その文体、「語り」になる。

もとは琵琶法師の語りを記したとされている。大勢の話者がいて、続々と挿話が足され、組み込まれ、さらに多くの編者によって文も書き換えられ、継ぎはぎされ、縒り合わされ、物語を豊饒なものにしている。

『平家』は日本の古典の中で最も異本が多いという。さまざまな読まれ方をされてゆくうち、物語が命を得てゆく。ホメロスのように、聖書のように、今でいうなら同人誌のように自己をクローン化し膨らませてゆく。

原典にあたると、はっきりと分かるという。

訳しているうちに、「今、違う人間が加筆した」と書き手が交替したことが皮膚感覚で伝わるらしい。文章の呼吸が変わり、語りの構造も変化する。

複数の語り手が響き合う

こうした、無節操ともいいたくなる膨張っぷりに、ただ一人の書き手として、どう捌くか。古川日出男『平家物語』は、さまざまな「語り手」を用意することで解決する。

すなわち、じつに多くの「語り手」が背後に潜んでいることが、はっきりと分かるように記している。話者の主語を「私」「俺」「僕」「手前」「あたし」と多彩にし、同じ「私」でも複数いる。色やかたちに焦点をあわせ、「でございます」調でしっとりと語る女の声。起きたことを述べるだけで、ぶっきらぼうに「だった」「である」で語る男の声。性別不明で幼子のような声。

ときに間投詞ときに感嘆句を絡めながら、直接こちらに話しかけてくる。文章は一次元なのに、大勢の語り手と向き合っているような気になる。合戦シーンになると、これに琵琶の撥が加わって、一層ざわめきが増してゆく。

「そうか。では今日の軍神への捧げものに、なあ。してやるぞ」と言い、馬を押し並べる。むんずと組みつく。地面に引き落とす。首を捩じ切る。斬る! それから郎等である本田次郎の鞍の取付にこの首をつけ、まさに血祭り、軍神を祝う斬血の祭り!

南無!

南無や、南無や、南無や!

よ!

た! は!

なぁむ!

これらが緒戦、宇治川の、寿永三年一月の合戦の。

さらに、語調と語感を意識した、ラップのような書きっぷり。

調子をつけて音読すると伝わってくる。これ、ぜったい謡いながら訳しているだろ!と言いたくなるような箇所もある。「守護、地頭。守護、地頭。もう時代は変わってしまっておりますよ」と平氏の儚さと源氏の惨さをポリフォニックに嘆くところなんて、音読すると嗚咽に変化する。

細部から引いて、メインストーリーに目を向けると、これまたくっきりと見えてくる。平氏の絶頂から、これを快く思わぬ人々が企んだ鹿ヶ谷の陰謀、さらに後白河法皇と以仁王の蜂起の失敗と、「一線を超えてしまった」驕りカウンターの凄まじさ。

そして、清盛の死をきっかけとする平氏没落の過程と、それを加速させる源氏一族の台頭がある。木曾義仲や源義経の活躍もきちんと描かれるが、主旋律は死んでゆく平氏の人々である。

読むことが体験になる物語

死んでゆく、死んでゆく、前半であれほど楽しみ唄っていた人々が、泣き、嘆き、斬られ、引き裂かれてゆく。裏切りや内通、騙し討ちで命を落とすもの。まっしぐらに敵陣の中で果てるもの。逃げて逃げて逃げた先で捕縛され、恥を晒して斬られるもの。全ての望みを絶たれ入水するもの。

合戦シーンは凄まじい。鎧甲冑に身を固めているため、攻撃の基本は顔である。弓も刀も、顔を狙うため、討たれた方はおぞましい顔貌になる。目を背けたくなる非情さと、親が子を子が親を想う刹那が混在し、その両方に胸を打たれる。

多くの語り手の声は、実は鎮魂のための声なのかもしれぬ。

こうした声・声を、アニメ版では「びわ」役である悠木碧が引き受けるのか……後半は総毛だつような「語り」になるだろう。

読み手(=聴き手)は、その語りを通じて、体験を経験に変えてゆく。古川日出男はナラティブな『平家物語』を目指したのかもしれぬ。

読むことが体験になる、そんな稀有な経験が、古川日出男『平家物語』にある。底本としてはこれ以上ないほど最高のものだ。

アニメ「平家物語」を正座して期待する。

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