書けない悩み4人前『ライティングの哲学』
書けない。
最初の一行に呻吟し、次の段落で懊悩し、そこから先が続かない。あるいは、言葉が詰まって出てこない。「これじゃない」言葉ばかり並んでいる。支離滅裂の構成で、書いても書いても終わらない。
そんな悩みを抱えた4人が集まって、お互いの「書けない」病をさらけ出す。学者、文筆家、編集者と、書くことが仕事みたいな人なのに、書けない悩みを打ち明ける。
「書けない」ことへの生々しい告白の中で、まるで私のために誂えたような手法や、まさに今、自分が実践しているやり方が紹介されている。
書かずに書く
千葉雅也さんが喝破してたこれ、まさに私が今やっている
「ファイル」→「新規作成」で、新しい白いページを表示させ、そこに一行目から書き出す……なんて執筆は、しない。そんなことすると、白いワニが来る(by 江口寿史)。
書かずに書く、って禅問答みたいだけど、言い換えるなら、「書く」というプロセスが始まった時点で、既に書けている状態にするということ。
書きたいメモ―――読んだ本からの抜き書きだったり、その文をコアにして考えたこと、調べたことを、どんどん積んでいく。本書では様々なソフトが紹介されていたけれど、私はGoogleDocに箇条書きする。写真や音声ならGoogleKeepに放り込み、手書きの場合は「ほぼ日手帳」に決めている。
メモは定期的に見返して、くっつけたり変形したりする(削除・整理しないこと)。これは、ジェームズ・ヤングが『アイデアのつくり方』で喝破した通り、「アイディアとは、既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」のだから。
これにより、「ファイル」→「新規作成」をした後は、メモのアイデアの羅列をコピペすることからスタートする。素材が半煮えだったり、詳細化されすぎたりしててバランスは取れていないが、完全にゼロから書き始めることはしない。
極端な話、「書く」ことすらしないという手もある。瀬下翔太さんの実践例で、ツイキャスやDiscordで「しゃべる」のだ。ひとり語りで、自分の発言を読み上げ、気づいたことをあれこれしゃべってゆく。文字起こしはソフトウェアに任せればいい。ライブ配信、これは試してみよう。
制約を創造する
集めたアイデアを何で書くか?
ワードプロセッサ談義も面白い。文書を編集するソフトは沢山あるし、機能も豊富だ。フォントやマージンも好きに選べるし、注釈や段組みも自動でやってくれる。
しかし、山内朋樹さんによると、自由度が「低い」ほうが能率的になるという。
なんでも自由にできてしまうと、その自由の中で溺れることになる。文書とフォントの相性を考えるとキリがないし、ページレイアウトを弄っている間に、どんどん時間が経過してゆく。文書の中身ではなく形式を操作するのは沼だという。
そんな泥沼から抜け出すために、あえて制約を設ける。
中でも高評価だったのが、WorkFlowyなどアウトライナーだ。思いついたことをどんどん箇条書きして、掘り下げたり広げることで、文が伸びてゆく。枝が邪魔なら折りたたむことで骨子が見えてくる。
なるほど。私の場合、GoogleDoc のインデントで字下げすることでアウトラインを作っているが、せいぜい3段階くらいまで。しかも階層を上下させるのは簡単にはできないので、WorkFlowyは便利かも。
文を書くことをあきらめる
これは読書猿さんの言。これは刺さった。
まとまった何かが整然と出てくるはずがない。意味ある言葉が順番につむぎだされるほど、自分の頭は良くない。いったんそこまで、文を書くことをあきらめる。そしてそこから攻略していく。
たとえば、アウトライナーに文を書いていくと詰まる。そんなとき、アウトライナーに「詰まりを突破するタスク」を書いていくのだ。たとえば、アイデアが足りないなら『アイデア大全』から適当な技法を使うとか、知識が足りないなら調べるというタスクを書くことで、アウトライナーをタスクリスト化するのだ。
あるいは、まとまりやつながりを無視して、立ち止まらずにひたすら書く。分かりやすさとか、重複しているとか、言葉足らずとか、そういう内なる自分の声をガン無視して、ただただ書き続ける。レヴィ=ストロース「書きつけて物質化した思考のみが、扱うことができる」の極めて実用的な実践例になる(※1)。
これはアナログで実践している。ほとんどメモ帳と化しているほぼ日手帳には、時折、ぐちゃぐちゃの思考を吐き出したページが続くことがある。ほとんど単語と矢印と絵(みたいなもの)で構成されている。
書けない悩みは書くことでしか解決できない
「書けない悩み」座談会を追いかけていると、思い当たることがありすぎる。
どういう試行錯誤をしてきたか、今の壁は何か、どう乗り越えようとしているかは、まさにそれは私がぶつかっている壁であり、私が乗り越えようとしてきたものになる。
いわゆる、ブイブイ言わせている著述家からの「ご高説」を賜るものではない。もっと泥臭く、血生臭い傷を見せ合う座談会なのだ。だから、カッコいいけど使えないテクニックじゃなくて、徹頭徹尾実用的なものになる。
同じ悩みを抱える一人として、私が付け加えるとするならば、村上春樹の「十枚書く」になる。
村上春樹は、執筆期間中、一日十枚書くという。
何があっても、とにかく十枚書く。もちろん推敲や編集はするけれど、それは「書く」を遂行してから。小説の神様みたいな「何か」が降りて来てくれそうにない日もある。でも、必ず十枚書く。
これ、レイモンド・チャンドラーもやっていたと聞いたことがある。
- 毎日、決まった時間に、タイプライターの前に座る
- 座っているあいだ、書いても書かなくてもよい
- ただし、他のこと(本を読んだりとか)はしてはいけない
やる気が出るまで待っていたら、仕事は終わらない。「書けない書けない書けない」と羅列してもいい。「書き続けるために何が良いか考えてみる」と書いてみせたっていい。
まず手を動かしているうちに、だんだん調子が出てくる、というのはある。
「書けない悩み」にとことん付き合う一冊。お試しあれ。
※1
『アイデア大全』読書猿、フォレスト出版、p.47 レヴィ=ストロースのコラージュ
ブログ記事だと、「書きなぐれ、そのあとレヴィ=ストロースのように推敲しよう/書き物をしていて煮詰まっている人へ」を参照
https://readingmonkey.blog.fc2.com/blog-entry-461.html

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