« BRUTUS「大人の勉強案内」が良かった | トップページ | ピンチョン『ブリーディング・エッジ』読書会が楽しすぎて時が溶けた »

中学のとき国語でやった『最後の授業』は、中年になって世界史を学んだら解釈が変わった

中学のとき、国語の授業で、アルフォンス・ドーデ『最後の授業』をやった。

フランス領アルザス地方に住む少年の目を通して、ドイツに占領される悲哀を描いた短編だ。明日からフランス語は禁止され、ドイツ語で教わることになる。だから今日は、フランス語の最後の授業なのだ、という話だ。

先生はフランス語の素晴らしさを伝えながら、国語を守ることの大切さを説く。ずっと勉強をさぼっていた少年は恥じ入るが、やがて授業の終わりを告げる鐘が鳴る。先生は蒼白になりながらも、黒板に大きく、「フランスばんざい」と書く……

少年と同じくらいの年頃だったわたしは、いたく感動したことを覚えている。特に、先生の語る「ある民族が奴隷となっても、国語を守っている限り、牢獄のカギを握っているようなものだ」という一節は、長く記憶に残っている。

ところが、『詳説世界史研究』を読んだら、印象が変わった。

物語の舞台となったアルザス地方は、もともと神聖ローマ帝国の領土であり、言語的にはドイツ語圏に属していた。石炭資源が豊富なこともあり、フランスの侵略先となり、編入と割譲の歴史をたどっている。

アルザス地方における歴史的展開をまとめると、こうなる

  1. 中世以降、ハプスブルク領(神聖ローマ帝国領)によるゲルマン語派の言語が浸透(ドイツ化)
  2. フランス領となる(1648年ウェストファリア条約)。フランス革命を経て生活様式がフランス化
  3. ドイツ帝国領となる(1871年普仏戦争)。アルザス住民に国籍選択条項が適用され、フランス国籍選択者は退去(★)
  4. ドーデ『最後の授業』を発表(1873)

アルザス地方は、ドイツ圏とフランス圏の中間にあり、一種の緩衝地帯として成り立っていた。そのため、状況によってドイツ領となったり、フランス領となったりしていたのだ。

問題は3.★だ。

普仏戦争の結果、アルザス地方はドイツ領となる。住民は国籍の選択を迫られ、フランス国籍を選択した場合、退去することとなる。『最後の授業』をするアメル先生がまさにそうだ。だが、実際にフランス国籍を選択した人は、住民の9%だったという。

つまり、ほとんどの住民は、ドイツ国籍を選んだことになる。考えてみると、この少年、フランス語はダメで、まともに読んだり話したりできないといった一節があった。じゃぁ何語を話していたんだ? ということになる。作中では言及されていないが、少年の名前―――フランツ―――が全てを物語っているように思える。

ドーデが『最後の授業』を書いたのは理解できる。彼はフランスのブルジョア階級であり、愛国心を持っていたのだろう。普仏戦争の結果によるアルザス地方の割譲に危機感を抱き、書いたのだろう。

確かに、国語を守ることの大切さはその通りだ。同じフランス人である、エミール・シオランは、「祖国とは、国語だ」と言った。私たちは、ある「国」に住むのではなく、ある「国語」に住むのだというのだ。

だが、この物語はむしろ、その「国語」がイデオロギーによって歪められる好例として読んだ方がよいかもしれぬ。ドーデは彼なりの愛国心に従ってこの物語を書いた。だが、この物語が海を渡り、時を超え、「国語」の教科書に採択されることによって、美談は、欺瞞に変わったのだ。

『最後の授業』は、1985年を最後に、教科書から姿を消している。

N/A

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« BRUTUS「大人の勉強案内」が良かった | トップページ | ピンチョン『ブリーディング・エッジ』読書会が楽しすぎて時が溶けた »

コメント

未だにこの本のことをワザと歪曲に捉える手口で「国語の大切さ」を学べる良書だと喧伝する人がいるのだな。あなたがみっともない感想文を披露するのは自由だが、それでこの本がスゴい本だと騙されてしまう人がいないことを祈る。

投稿: 通りすがりん | 2021.07.12 02:52

>通りすがりん

国語力大丈夫?

投稿: | 2021.07.12 09:34

> 通りすがりん
本文読んでないのに勝手に内容想像して批判的なコメントする人が増えないよう祈っておきますね。

投稿: | 2021.07.12 09:49

フランス国籍を選択して退去になったのが9%だとしても
「91%がドイツ万歳、ドイツ文学万歳!」では
ないのでは

投稿: | 2021.07.13 10:00

とても良い投稿です。この投稿を共有してもいいですか

投稿: Brams | 2021.07.14 13:55

「最後の授業」には、描写の美しさと
普遍的な教訓があるので、教科書から外されたのは残念です
教訓がわかる人には、この1年数か月で気づくこともあるでしょう

投稿: 東郷ビール | 2021.07.15 08:32

論点が多過ぎる気がしますが、全部自由だと思います

A「わしゃこう思ったんじゃ!」
B「そりゃ違うと思うんじゃ!」
A「やるんかゴルァ?」
B「やったろうやないかワレェ!」
ここまではネットのテンプレ

その経験を自分や周りの人にどう生かすか?
私はそれが一番大事だと思います

投稿: ( ・∀・)つ | 2021.07.17 08:59

( ・∀・)つ【科学を語るとはどういうことか 科学者、哲学者にモノ申す 増補版】
まだ読んでいる途中ですが滅茶苦茶面白いです。
宇宙物理学者の須藤靖さんと哲学者の伊勢田哲治さんとの対談なんですが、
須藤さんがストレートに「哲学ってなんか変じゃね?」と疑問をぶつけ、伊勢田さんが「変って言われると変かも知れないけど哲学も面白いんよ」と返す
どちらも真剣なのに妙に滑稽で楽しいです

投稿: ( ・∀・)つ | 2021.07.18 11:51

1986年に中1だったはずだけど国語か道徳で習った記憶がある。掃除の時にビブラフランス!とか書いてた

投稿: 団塊2世 | 2021.11.21 11:59

鉄定規しか覚えて無い…

投稿: (´;ω;`)ウッ… | 2022.02.14 09:43

植民地にフランス語を散々押しつけてきたフランス人が何をぬかすか!

投稿: | 2023.09.22 13:06

「国語」の教科書に採択されることによって、美談は、欺瞞に変わったのだというのは賛同できない。この話を我が国音教科書から消した当時の左翼連中は、国語の大切さであれなんであれ、とにかく日本人が愛国心を抱くような切っ掛けを消し去りたかっただけだ。
我が国は、戦前から、国語の大切さを伝えるのに良い教材の美談だから採択したのだ。実際はもともとドイツ領だったことは一定レベル以上の生徒は高校生になれば知り、その際にこの美談がフランス寄りであることを知るのであって、教科書に採択されたことを問題視はしたりしない。

投稿: とおりすがり | 2024.09.17 17:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« BRUTUS「大人の勉強案内」が良かった | トップページ | ピンチョン『ブリーディング・エッジ』読書会が楽しすぎて時が溶けた »