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ピンチョン『ブリーディング・エッジ』を読むという異様な体験をした

ピンチョンの没入型小説。

相変わらず異様だ。めり込むように読む。どれだけ異様かというと、主な登場人物を見ると分かる。主役はマキシーン・ターノウ。

マキシーン・ターノウ ティレム・アンド・ネレイム調査会社の詐欺調査のエージェント。ホルスト・レフラーの「準元妻」。子どもはジギーとオーティス。アッパーウェストサイド在住。ベレッタを愛用。ユダヤ人。
ヴァーヴァ ジャスティンの妻。足元は基本の黒のスパイクヒールでキメている。ポモナ大卒、マイナードットコムで成功。娘はフィオーナで、クーゲルリッツに在籍。
ルーカス ジャスティンのビジネスパートナー。ディープウェブを探索する3Dバーチャルアニメ「ディープアーチャー(Departure/出発)」をジャスティンと一緒に開発。AKIRAのネオ東京、攻殻機動隊、メタルギアソリッドの影響が強く出ている。お気に入りのTシャツはDEFCONの「FBIみっけた(I spotted the fed!)」
デイトーナ・ロラン マキシーンの会社の受付。
ショーン 禅クリニックを経営。マキシーンのセラピスト。臨済宗の公案問答をする。サーファー。
アーニーとエレイン マキシーンの両親。オペラ大好き。
ブルックとアヴラム・「アヴィ」・デシュラー ブルックはマキシーンの妹。仲は微妙。アヴィはブルックの夫。イスラエルから到着。一年間キブツで暮らしてた。ハッシュスリンガーズはアヴィにオファーを出す。ウィンダストはアヴィに興味がある。Tシャツのロゴは「ALL YOUR BASE ARE BELONG TO US」
エマ・レヴィン ジギーのクラヴマガ(近接格闘術)の先生。恋人はナフタリ(元モサド)。
レッジ・デスパード ドキュメンタリー映画の制作者。ビデオ撮影を通じて交友関係が広い。コンピュータセキュリティ会社のハッシュスリンガーズに雇われている。マキシーンに助けを求める。エリックと一緒に、ハッシュスリンガーズのとんでもない不正を見つけてしまう
エリック・アウトフィールド コンピュータオタク。ハッキングが得意。足フェチ。レッグに雇われている。ロウワー・イースト・アベニューのワンルームに住む。Tシャツのロゴ「真のギーグはコマンドプロンプトを使う」。使っているマグカップには「CSS IS AWSOME」がプリントされている。
ハイディ・コズマック 高校時代からのマキシーンの親友。ポップカルチャーの教授。香水はプワゾン。
エヴァン・スチューベル ハイディの元婚約者。
ドリスコル・パジェット hwgaahwgh.comのWebグラフィックデザイナー。ウォッカスクリプトというバーで時々ボーカルをしている。
ホルスト・レフラー マキシーンとフレンドリーに分かれた元旦那。最近、世界貿易センタービルの百何階かを転貸しはじめた。
ゲイブリエル・アイス ドットコム億万長者で、ハッシュスリンガーズの最高経営責任者(CEO)。マキシーンはその金融取引に疑いを抱く。妻はタリス、子どもはケネディ。ディープ・アーチャーの買収をもくろむ。
タリス アイスの妻。ハッシュスリンガーズの代表。
ニコラス・ウィンダスト 五十歳ぐらい。ポリエステルの割合の高そうなトレンチコート。レイバンのパチもんのサングラス。あるいは、パープル・ドランク色のTシャツと鮫革のスポーツジャケット。政府と民間の回転ドアを出たり入ったりするネオリベ。十一番街のアパートに住む。
シオマラ ウインダストの最初の妻。グアテマラ国籍。
ドッティ ウインダストの2番目の妻。
マーチ・ケレハー タリスの母。マキシーンの友人でありご近所さん。ブロガー。コロンバス・アベニューとアムステルダム・アベニューの間に住む。かかとにサウンドチップが埋め込まれ、歩くたびに『ジョーズ』(1975)のオープニング曲が流れてくるスリッパを愛用。ブログ執筆は、キーライム色のiBookを使う。
シド・ケレハー 運び屋。優しそうなおじさん風情で、短めに刈り込んだ軍人カットにプレジデンテのロングネック。
フィリップス「ヴィップ」エパデュー ザッパー詐欺の一味。シェイとブルーノは友達。
フェリークス・ボインゴー 10代のカナダ人。アンチ・ザッパーのプログラマ。モントリオールとニューヨークを行ったり来たり。レスターのパートナー。派手なオレンジ系のダブルニットのスーツ。
ロックウェル「ロッキー」スレージャット ベンチャーキャピタリスト。アイスの新興企業に投資している。
コーネリア ロッキーの「WASP」妻。買い物依存症。
レスター・トレイプス hwgaahwgh.comの元従業員。アイスのマネーロンダリングから横領している。
イゴール・ダシュコフ 表向きはソビエト式のアイスクリームや違法飽和脂肪バターを扱う。スペツナズの顔役。ミーシャとグリーシャは手下。ロシアの高級リムジンZiL-41047に乗る。80歳。ブレジネフみたいな顔。『霧につつまれたハリネズミ』(1975)が好き。
チャンドラー・プラット 金融業界の大物フィクサー。ミッドタウンの六番街に法律事務所を構える。
コンクリング・スピードウェル 犬レベルの嗅覚を持つ「フリーランスの鼻のプロ」。ネイザー・ガンの発明者。ヒトラーの匂いを追い求めている。ハイディと付き合っている。
チャーズ・ラーディ 光ファイバーのセールスマン。タリスのボーイフレンド。アイスが雇ったタリスのお目付け役。ペニスが本体で、それに東テキサス人が付いている。
カーマイン・ノッツォーリ 第20管区の刑事。連邦犯罪者データベースのアクセス権限を持つイタリア男。アロハシャツが短すぎて腰の拳銃が微妙に見え隠れしている。マキシーンのことを助けてくれる。ハイディと付き合っている。
マーヴィン ピストバイク便のメッセンジャー。ドレッドヘア。オレンジのジャケットにブルーのカーゴパンツ。メッセンジャーバックもオレンジ。kozmo.comのロゴ。USBフラッシュメモリ、VHSテープ、彼が届けるブツは意外なヒントをマキシーンにもたらす。
ランディ 小柄でずんぐり、でも武器を持っているタイプ。赤い野球帽の後ろの穴からポニーテールが飛び出している。アイスの屋敷でマキシーンと一緒にワインを盗む。
ジャスティン シリコンバレー出身のプログラマー。ルーカスとはスタンフォード大学で出会った。
ロイド・スラッブウェル CIAの監査局。ワシントンDC勤務。コーネリアのいとこ。
イアン・ロングスプーン ベンチャーキャピタルの投資家。ジンジャーエールをチェイサーにして、フェルネット・ブランカを飲む。
エブラー・コーエン イカサマ臭い確定給付型退職金プランのやつ。
ユーリ 陽気なスポーツマンタイプ。1万5000千ワット出力の発電機を牽引するハマーを運転。

断っておくが、実際に出てくるのは100人を超える。ページをめくるたび新キャラが増殖し、好き勝手にしゃべりまくり、動き回る。ディープ・ウェブを徘徊する3Dインタフェース、戦闘少女サブカルチャーのスパイクヒール、バスケットボールの先祖となるマヤ文明の儀式、ヒトラーが愛用したアフターシェーブローション、誘拐した子どもをスパイに育てる施設、LSAが起動する創造性、「私を見ろ」と話しかけるペニス……ギャグ、挿話、エピソードトーク、戯れ歌、いいまつがい、百科全書的なネタの1割しか分からなくても、5分おきに笑わせられる。次から次へと奔流のように翻弄されながら、訳注や GoogleMap を頼りにストーリーをつかみとる。

主人公はマキシーン、おせっかい母ちゃんだ。小学児童2人を育て、円満離婚の<元>夫と付き合い、ベレッタをバッグに、詐欺調査のエキスパートとして働く。主役も脇役もキャラが入り混じる『逆光』『ヴァインランド』とは異なり、マキシーンだけ見てればいい。彼女が、次から次へと首をツッコみ、マンハッタンを駆け回り、事件と事故の目撃者となる様を見てればいい。

舞台は2001年のニューヨーク。春分の日から始まるから、同時多発テロの半年前。00年のドットコム・バブルが弾けた直後で、Google は IPO前、マイクロソフトが「悪の帝国」と呼ばれていた時代だ(懐かし―!)。会計検査士の資格を剥奪されたものの、不正を見る目は超一流のマキシーン。ひょっこり見つけた変なお金の流れから、アメリカの闇にうっかり踏み込んでゆく。

対する敵役は大金持ちのゲイブリエル・アイス。バブル崩壊に乗じて、膨大な量の光ファイバーケーブルとサーバを買占め、検索エンジン(Yahoo! だ!!)のクロールから隠れた深淵「ディープ・ウェブ」に進出して、巨万の利益を吸い上げる。秘匿していた情報を嗅ぎまわるマキシーンは邪魔っちゃ邪魔なんだけど、家族や会社も含めて入り組んだ妙な関係になってしまっているのが笑える。

プロットの奔流も様々で、後期資本主義の構造的な悪を糾弾する流れもあるし、インターネット監視社会を幻視するハードボイルドな光景も見られる。バーチャル・リアリティが、ミート・リアリティを浸食する怪談チックな演出も入っているし、洗脳装置としてのテレビジョンが定期的に浮上してきたり、やってることはドロドロなのに、妙にスタイリッシュな不倫とか、ワケが分からないよ(でも楽し―)。

デフォルメされ戯画化されたキャラ造形や、マキシーン完全ご都合主義的なストーリー展開、陰謀&パラノイア小説だと思っていたら、完璧な家族小説だったとか、臨界突破した伏線のせいで2回以上読む必要が出てくる物語構造など、規格外の異様な小説となっているが、ピンチョンならば平常運転やね。

これがピンチョンの最新作『ブリーディング・エッジ』の紹介だ。

ん? わけ分からんって?

それで合ってる。ピンチョンの小説を読むということは、説明できない体験をすることだから。

ピンチョンの小説体験に代わる何かを説明するのは難しい。ちょっと見てみな、ピンチョンの感想を語る人は、ピンチョンの他の作品を引き合いにあれこれ述べている。他の何かと比べられない、唯一無二の存在なのだ。ドストエフスキーのおしゃべりの響き合いと、千夜一夜のてんこ盛りエピソードと、白鯨の脱線と引用が交じり合い、足して割らない濃密な物語に揉みしだかれ、惑い、迷い、ビクつき、笑い、憤る。

そういう、異様な体験をした。

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『バイオハザード ヴィレッジ』の怖さを、ホラー作品で喩えてみる

何かに追いかけられている。

暗く、不慣れな場所で、どこへ行けばいいか分からない。闇雲に逃げ惑い、扉の鍵をガチャガチャやっているうちに捕まる。そして、死ぬよりもおぞましい目に遭うことになる。はやくGAME OVERにしてくれ、と死を願う。そんな悪夢を体感できる。

あるいは振り返り、その「何か」と対峙する。

試す価値はある。手持ちの火器をとっかえひっかえ叩き込む。「何か」を直視したくないが、攻撃が効いているかは観察しないと。さっき手に入れた武器が効いてるようだ。このまま倒せるかもしれない。期待と不安と高揚感が押し寄せてくる。

『バイオハザード ヴィレッジ』は、そういう恐怖と快楽の両方をいいとこどりしたゲームだ。


その「何か」は、さまざまな作品を彷彿とさせる。

たとえば、トビー・フーパ―監督『悪魔のいけにえ』。チェーンソーを掲げ、耳障りな大音響とともに、まっしぐらに駆け寄ってくるレザーフェイス。追いつかれたらひとたまりもなく切り刻まれ、絶命するまで絶叫しつづけるだろう(今ならアマプラで観れるゾ)。

または、スタンリー・キューブリック監督『シャイニング』。逃げるためには見通しの良いロビーを横切る必要がある。だが、見通しが良いということは、こちらの姿も目に留まりやすいということだ。すぐに見つかって、罵りながら向かってくる「何か」。かろうじてドアで締め切るが、進入してくるまで、時間の問題だろう。

あるいは、スティーヴン・スピルバーグ監督『ジョーズ』。水中を自在に動き回る「何か」の姿は捉えられない。水に落ちたらアウトなら、落ちなければいい……そう考えていると裏をかかれる。「何か」はずる賢いのだ。そして、ひとたび水に落ちると、ようやく「何か」を見ることができる。巨大な口に飲み込まれるまでのわずかな間だが。

もっとも怖いと感じたのは、自分が求めていたものが「何か」になって、逆に追いかけられるシーンだ。

自分が探索し、謎を解き、敵を倒す「理由」になっていた存在が、見知らぬ、おぞましい「何か」になって襲ってくる(『声』が同じであることが、怖さを何倍にもする)。ようやく出会えたはずなのに、悲鳴しかでてこない。変わり果てた姿に、それでもなお、面影を探してしまう。

この、怖さと悲しさが混ざり合うこの気持ちは、スティーヴン・キング著『ペット・セマタリー』で味わった。家族への愛と、よみがえりを描いた傑作だ。

 

著者のスティーヴン・キングが、「あまりにも恐ろしくて忌まわしいので、出版を見送ってきた」と述懐せしめるほどの作品である。半信半疑で手にした後、本当にそうだと納得した。愛するものを失う悲しみは、計り知れないものがある。

そして、失ったものを取り戻そうと足掻く姿は、どこまでが愛で、どこからが狂気か、判別できない。その意味で、『バイオハザード ヴィレッジ』は、『ペット・セマタリー』と深いところでつながっている。

もちろんゲームだから、やられっぱなしでは済まない。機を見て、謎を解いて、反撃しないと。自分が味わってきた、さまざまな怖さを反すうし、なおかつ、それぞれの怖さを斃す、そんなゲームなり。

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数学的に美しいと、科学的に正しいのか?『数学に魅せられて、科学を見失う』

科学実験から得られたデータというのは、ノイズだらけで、混沌としており、それらをきれいに説明する数式やモデルを作るのは簡単ではない。

そのため、データを説明する数式の候補をいくつか検討することになる。このとき、よりシンプルに実験を説明する、美しい数式の方が、正しいような気がする(オッカムの剃刀、という言葉があるくらい)。

しかし、数学的に美しいことは、科学的に正しいことを保証しない。ひょっとすると、数学的に美しくない数式やモデルの方が、科学的には正しいのかもしれないのだ。

にもかかわらず、数学的に美しい方が科学的に正しいとする誘惑に駆られ、それに合わせて実験データの取捨選択まで手を染める科学者がいる―――現役の物理学者である著者は、そう告発する。

『数学に魅せられて、科学を見失う』は、ザビーネ・ホッセンフェルダーの初の著書となる。フランクフルト高等研究所の理論物理学者だ。ちょっと変わったタイトルだが、サブタイトルは過激だ。”How Beauty Leads Physics Astray” すなわち、「美はいかにして物理学を迷走させるか」になる。

実証的でない物理学者

著者に言わせると、「美」という主観的な価値が、理論物理学者たちを迷走させていることになる。

にわかには信じがたい。

実験や観測によるエビデンスの裏打ちと、数学を用いた厳密で一貫性のあるロジックを何よりも重視するのが、物理学者ではないか? 都合の良い数字をつまみ食いして、それっぽい数式をひねり出し、仲間ウケする論文をでっちあげる夜郎自大とは対極の存在だと思っていた。

だが、それは私の思い込みらしい。

たとえば、CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)での実験について。高エネルギーでの物理現象から生じる粒子を観測する実験では、莫大なデータが捨てられているという。

実験では、毎秒10億回もの陽子-陽子衝突が起こる。これは、CERNの大型コンピュータをもってしても、全ての衝突データは保存できない。衝突が起きている間、リアルタイムで選別され、アルゴリズムが「興味深い」と判断したものが保存される。10億のうち、保存されるのは100~200だけだという(※1)。

著者はこれを、「悪夢のシナリオ」と呼ぶ。科学者の仕事を全て厳密にチェックするわけにいかないから、結果を信じるしかない。だが、この10年もの間、基礎物理学の鍵となるデータを葬り去ってきたのであれば、悪夢というほかはない。

あるいは、「微調整(fine-tuning)」という手法について。言葉とは裏腹に、「微」どころではなく、ガッツリ調整する。外れ値を除外するとかいうレベルではなく、何十乗も桁が違うものが、巧妙に打ち消し合えるようにチューニングする。

物理学者は、極端に大きな数字や小さな数字を嫌う。そのため、観測結果と理論の数字がかけ離れているとき、両者を適合させるために、モデルのパラメータを精密に調整する。この調整を非常に精密に行っているので、fine-tuning と呼んでいる(※2)。

でもそれって、不自然じゃないか?

その通り。物理学では、「自然」という特別な概念が登場してくる。私たちが考える、そのままの、という意味ではなく、「微調整(fine-tuning)していない」ものを「自然」と呼ぶ。

この「自然さ」という考えが厄介だ。

もし、パラメータを微調整をしないと、宇宙は、いま私たちが生きているような自然な状態にはならなかったという。だが、パラメータを微調整をしたものを物理学では「自然ではない」と呼ぶのである。

「美」が物理学を迷わせる

同様に、「美」も厄介だ。

物理学者が理論の素晴らしさを伝える際、必ずと言っていいほど「美」を強調する。この法則は美しいと。

ノーベル物理学賞を受賞したポール・ディラックは、「物理法則は数学的に美しくあるべきだ」という行動指針を打ち立てた。量子力学に絶大な貢献をしたヴェルナー・ハイゼンベルクはこう述べる。

もし自然が、素晴らしく単純で美しい数学的形式へと私たちを導くなら、そのような形式は「真」であり、自然の本質の一つを明らかにしていると考えざるを得ない

フェルミ国立研究所のダン・フーパーは、こう書く。

それでも、自然が超対称的に作られているという期待にストップをかける効果は無い。物理学者の多くにとって、超対称性はあまりにも美しく、あまりにもエレガントなので、私たちの宇宙の一部でないはずがないのだ。

「自然法則は美しい」と信じたいのは分かる。だが、美しいからといって、それが科学的に正しいかどうかは別だ。

新しい理論がどれくらい見込みがあるかを検証するとき、通常であれば、実験や観測で実証する可能性を考える。だが、理論物理学では、設備や予算の関係上、おいそれと簡単に実験できない。

時間の問題もある。ニュートリノの予測から検出まで25年、ヒッグス粒子の確認には50年、重力波の直接検出には100年かかった。いまや、新しい自然法則を検証するには、ひとりの科学者の人生には収まりきれないほど長い年月を要することだってありうる。

そのため、物理学者は、美しさ、自然さ、エレガントさを手がかりにして、新しい理論の見込みを検討する。この検討は、数学的にも「テクニカルな自然さ(technical naturalness)」として定式化されているくらいだという。

美しさ、自然さ、エレガントさ……それって主観的な基準ではないの? と著者はツッコミを入れる。客観的であるべし、という科学者の義務を恐ろしく逸脱しているのではないか、と危惧する。

そしてついには、「理論物理学者がみな、自分たちの非科学的な手法を認めたくなくて、集団的幻想に陥っているのではないか」とまで言い出す。

科学と技術は軌を一にして進む

どうなんだろう?

本書で解説される超対称性やヒッグス粒子の説明はかなり高度だが、それでも、今までのやり方で説明に行き詰まっていることは分かる。一方、多元宇宙論やループ量子重力理論など、様々な説明が生み出されている。

これは、物理学が豊かな証拠だと考える。

100年未来から振り返ると、いまは過渡期の一種であり、様々な理論が生まれては消えていく状態なのだ。自分の研究キャリアの間で、ブレイクスルーが起きていないからといって、物理学に携わる人々を科学でないと断定するのは尚早ではないか、と思う。他の学問領域を参考に、いまの物理学の営みを見直すということだってできる。

たとえば、何十桁も桁が違うパラメータの微調整は、そもそも当てはめるスケールが違う別モノを、同じように比較しようとしているからではないか? という問題には、経済学が参考になるかもしれない。

経済学では、同じ人の営みを、わざわざ「ミクロ」と「マクロ」に分けている。その理由は、それぞれで説明しようとしているものが、互いにうまく当てはまらないからだ。そのため、前提を変えて棲み分けを行っている。

また、テクノロジーの進展という観点から眺めると、もう少し長い目で見ても良いのではないか。いまある実験装置で観測できる範囲には限界がある。10億回の陽子衝突の100個しか保存できないのは、別に科学者の怠慢だからではなく、今の技術ではそれが限界だからだ。

たとえば「冥王星の写真の変遷」を眺めると、1996年のドット絵みたいな冥王星が、2015年には地表の浸食までがハッキリと見えるようになっている。これは観測技術が進んだからだ。同様に、量子の観測技術が進展し、LHCが時代遅れになる頃には、有効なデータが大量に得られるだろう。

科学は技術と軌を一にして進むものだから。


※1 Steinar Stapnes 2007 "Detector challenges at the LHC"  Nature 448:290–296
https://www.nature.com/articles/nature06078

※2 Wikipedia:fine-tuning
https://en.wikipedia.org/wiki/Fine-tuning

wikipedia:階層性問題
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%8E%E5%B1%A4%E6%80%A7%E5%95%8F%E9%A1%8C

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受験英語【だけ】頑張った私に足りないのは語彙力『英語の読み方』

単語の意味、分かるだろうか? (私はほぼ全滅)。

 1. US China Trade Deal - BBC News より
  ceasefire
  reciprocal
  subsidize
  thorny
  truce

 2. China warned to show Taiwan respect - BBC News より
  decent
  reckless
  predecessor
  infurate

 3. Coronavirus whistleblower doctor is online hero in China - CNN より
  epidemiologist
  death toll
  detain
  quarantine
  whistleblower

受験英語よりは少しレベルが高いけれど、BBCやCNNのニュースによく出てくる単語ばかりだという。

ceasefire は映画かゲームで「撃ち方止め!」と知っていた。 whistleblower は笛を吹いて警告する人(内部告発者)かなと覚えていた。decent は「ちゃんとした」のはず……あとはさっぱりだ。

大学受験に求められる語彙力は、5,000~7,000語だという。『英語の読み方』(北村一真著) によると、ニュースで使われる語彙は7,500~15,000語レベルなので、圧倒的に足りない。

多読多聴で浴びるようにやればいいのだが、そんなに英語を頑張る気はない。SNSやgoodreadsがサクっと読めればいいだけなので、なるべく楽に、より楽しく学びたい。

本書を読むと、次に私がどうすれば良いかが分かる。

語彙力を底上げする

そこでお薦めされたのがこれ。

Merriam-Webster's Vocabulary Builder

単語をパーツに分けて、それぞれの意味を解説していく。語源や形を知ることで、芋づる式に単語が出てくるようになるという。

たとえば、bell という語。元は Bellona というローマ神話の戦争の女神から来ており、bell が付いていると争いに関連していると推察できる(ちなみに彼女の夫は Mars で、これまた古代ローマの軍神)。

antebellum : ante(前の)bellum (戦争)で、戦前という意味になる(英語だと第一次・第二次世界大戦前で、米語だと南北戦争前)

bellicose : ケンカ好き、好戦的。20世紀だと、ドイツのヴィルヘルム2世、イタリアのムッソリーニ、日本の東條によく使われる

こんな感じで増やしていく。ちょっとニヤっとしたのが、これ。

rebellion : 反逆、反乱。集団になった反逆者たちは、政府をも転覆することもある。アメリカ独立戦争は、イギリスの立場から見ると rebellion になる

これ、『リベリオン』やんけ!!

ガンアクションとマーシャルアーツが合体した映画で、めちゃめちゃカッコいい一方、ストーリーはキレイに忘れていた。ラストで民衆が蜂起してたので、なるほどだから「反逆」なのかと腑に落ちる。

語源や成り立ちから解き明かしているので、うんちくが溜まっていく。勉強というより雑学ネタを拾い上げる楽しみがある。

ネットの英語は癖がある

Yahoo ニュースの見出しは15文字までだから、より短い言葉に置き換えたり、助詞を削ったりしている。それと同様に、英語も短い言葉にしている。本書で解説されている中から、いくつか紹介する。

見出しの頻出 意味 一般的な単語
air 放送する broadcast
ban 禁止する prohibit
bar 妨害する prevent
eye 検討する consider
halt 中断する suspend
ire 怒らせる provoke
pry 調査する investigate
rule 支配する dominate

「ON AIR」から air の動詞は想像がつくし、SNSで「banされる」と見たことがある。だが、eye 「検討する」や bar 「妨害する」という意味は知らなかった。p.67の「見出しでよく使われる動詞」大量あるので、これだけ押さえておけば、もっと素早くニュースを掴めるだろう。

あるいは、語数制限があるtwitterでも、省略的な表現が出てくる。

So disappointed that #MarkZuckerberg values profit more than truthfulness that I’ve decided to delete my @Facebook account. I know this is a big “Who Cares?” for the world at large, but I’ll sleep better at night.

Mark Hamill 2020.1.13

https://twitter.com/HamillHimself/status/1216482695061966848

マーク・ザッカーバーグが真実よりも利益のほうを重んじるということにひどく失望したので、フェイスブックのアカウントを消しました。世間一般の人にとっては「それがどうした?」という話題であるのは承知ですが、おかげで夜は気分よく眠れます。

最初の文の頭に I was を補う必要がある。でないと主語と動詞がない形になってしまうから。いきなり So that で始まる文章は見覚えがあるので大丈夫だが、2つ目の that の使い方がポイントだという。

最初の that はdisappointed の理由を示す副詞節だが、2つ目の that は so に呼応して、がっかりした結果を示している。

他にも、ネットの英語は独特なので、SNSがスラスラ読めるようになりたい私は押さえておきたい。たとえばこんなの。

  • Are you dissing him? (彼をディスってんの?)
  • How many likes do you want to get? (いくつ「いいね!」が欲しい?)
  • friend/unfriend(facebookで友だちになる、友だちからはずす)
  • tweetable (ツイートする価値がある)
  • instagenic,instagrammable(インスタ映え)
  • go viral(バズる。もとはvirusウィルスという語から派生)

動画は宝の山

物理や料理の番組を youtube で観るけれど、ほぼ日本語に限られている。海外の番組も紹介されるけれど、言葉の壁を乗り越えるのは難しい。

ここからは、「あわよくば」私が観れるようになるといいなと期待するリンクを紹介する。

● Michael Sandel:What's the right thing to do? [URL]
「マイケル・サンデル:正しい行いとは何か?」『これからの正義の話をしよう』の動画版といったところか。50分

● The Tyranny of Merit: What's Become of the Common Good? [URL]
「マイケル・サンデル:能力主義の横暴」同名の書籍のダイジェストなのかも。9分

● Yuval Noah Harari: What explains the rise of humans? [URL]
「ユヴァル・ノア・ハラリ:人類の台頭はいかにして起こったか」サピエンス全史と一部重なる。17分

● Steven Pinker: Is the world getting better or worse? [URL]
「スティーブン・ピンカー:データで見ると、世界は良くなっているのか、悪くなっているのか」『暴力の人類史』が18分で紹介してもらえるとするなら、破格の効率だ。

こうした動画をきちんと理解して、紹介できるようにまでなりたい。

他にも、Google検索を使った英文チェックや、情報の流れや構造から読解する技法など、「使える英語が身につく」とはどういうことか、身をもって分かるようになっている。同著者の書籍は、『英文解体新書』を読んだが、『英語の読み方』の方が間口が広く入りやすい印象だ。

受験英語は頑張ったけど、いまいち英語が読めないという方にお薦め。というより私がもう一度読むべき一冊。

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