「30秒で描いた絵に100万ドルは高すぎる」と非難されたピカソは何と答えたか?
「ピカソの30秒」という小話がある。
ピカソが市場を歩いていると、ある婦人が呼び止めた。彼女はピカソの大ファンで、絵を描いて欲しいという。
快諾したピカソは、さらさらと絵を描き上げた。婦人は喜び、いくらなら絵を譲ってもらえるか尋ねた。ピカソはこう言った。
「このスケッチは100万ドルです」
婦人は驚き、高すぎると言った。たった30秒で描いた絵が、どうして100万ドルもするのか尋ねた。するとピカソはこう答えた。
「いいえ、30秒ではありません。私は、これまでに30年もの研鑽を積んできました。だから、この絵を描くのにかかった時間は、30年と30秒なのです」
「30年」が「40年」だったり、「100万ドル」が「5,000フラン」だったり、様々なバージョンがあるが、出所が見当たらない。都市伝説みたいなものだと思っていたが、出典を見つけた。
ただしピカソではない。
ピカソの30秒の元ネタ
該当の絵はこれだ。ホイッスラーの「ノクターン」(1877年)になる。
Wikipedia:James McNeill Whistler より
ホイッスラーはこの絵に200ギニー(およそ1,000万円)という値段をつけた。
ところが、批評家のジョン・ラスキンは「この絵に200ギニーを要求するとは、実にあきれた話だ」と盛大にこき下ろした。ホイッスラーは名誉毀損で訴え、裁判となった。
法廷の反対尋問にて、「たった2日間だけの仕事」に対して、どうしてあんな途方もない額を要求しているのか、と追求された。ホイッスラーはこう答えた。
「とんでもない。生涯をかけた研究成果に対して200ギニーを要求しているのです」
このエピソードの出所は、E.H.ゴンブリッチ『美術の物語』(PHAIDON出版、ポケット版) p.406 になる。
ドラゴンクエスト「序曲」の作曲にかかった時間
同様のことを、すぎやまこういち氏が述べている。ドラゴンクエストの「序曲」のメロディを作ったときのことを、こう語る(※1)。
「序曲」のメロディに関しては出来上がるまでに5分かからなかったかな。
30年前の曲で、今再び人気の「亜麻色の髪の乙女」のメロディは車で運転中に急に浮かんだメロディなのです。それでよく著作権に関して「たった5分で出来た曲にしては、ずいぶん稼げていいね。」と言われるのですが、これは5分ではないのです。
ドラゴンクエストの「序曲」を作ったとき、僕は54歳の時です。ですから、「序曲」が出来上がるまでには「5分+54年」と考えてください。つまり、僕の54年間の人生が無ければ、あの「序曲」は出来なかったわけです。
クリエイター界隈で、「降りてくる」と表現される現象がある。作品のコアになるアイデアを思いつき、形を成す瞬間のことを指す。「序曲」が降りてくるのは、5分だったのかもしれない。
だが、そのメロディが降りてくる状態になるためにかかった時間は、54年になるのだ。
5万ドルのチョーク代
これらは、絵や音楽に限らず、何かを創造する人には必ずついて回る話だろう。
プロフェッショナルが楽々とこなす仕事は、そこに至るまでの勉強と経験の積み重ねの上に成り立っているのであり、目に見えているその場限りのものではない。この、「退職したエンジニア」のエピソードが象徴的だ。
ある優秀なエンジニアがいた。給料で折り合いがつかず、会社を辞めてフリーランスになった。
数年後、もといた会社から依頼がきた。数億ドルする機械が動かなくなったという。いろいろと手を尽くしたものの修復できず、彼に頼ってきたのだ。
彼は丸1日かけて機械を調べあげた後、ある部品にチョークで✕印を付け、そこを交換せよと指示した。その部品を交換すると、機械は正常に動作するようになった。
後日、彼は5万ドルを請求した。
会社は高すぎるとクレームをつけ、たかがチョークに5万ドルはおかしいと、料金明細を要求した。
彼が提示した明細は、次の通り。
チョーク代 | 1ドル |
どこに✕印するか知っていること | 49,999ドル |
料金は全額支払われたという(※2)。

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コメント
面白い!為になりました
投稿: hiyo | 2021.05.19 10:55
>>hiyoさん
コメントありがとうございます。どういたしまして! いろいろな本に手を出していると、ふいに記憶とエピソードがつながるときがあります。この記事がそれですね。
投稿: Dain | 2021.05.23 10:08
アートを仕事にするうえで価格設定は重要課題なんですが、今まさに知りたいことがこの記事にありました。ありがとうございます。
投稿: tom | 2022.03.13 09:06
>>tom さん
お役に立てて嬉しいです。アートの値段は、出来栄えそのものだけでなく、作品を取り巻く市場での位置づけや、アートにまつわる「物語」も影響することが分かりますね。
投稿: Dain | 2022.03.13 10:11