「コンピュータは創造性を持てるか?」という問いを目にするたびに、この「俳句」を思い出す。
かかかかかかかかかかかかかかかかか
俳句は五・七・五の定型詩だから、十七音になる。濁音などもあるが、日本語を五十音とすると、俳句の全ては50^17(50の17乗)首になる。
その解は、7.62939453×10^28という途方もない数字である。字余り・足らず・自由律も考えるとさらに膨大になるが、組み合わせはコンピュータの得意技だろう。一つ一つ見てゆくと、膨大なデタラメの中に、「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」だってある。冒頭の「俳句」は膨大な中の一首だ。
問題は、「かかかかか」から「法隆寺」を選び取ることにある。そしてそれは、人にしかできない。
もちろん、優れたコードであれば、季語を判断したり、言葉として成立している組み合わせに絞れるかもしれない(実際ある※1)。
だが、そこから、創造的な、良い句を選び取ることは、最終的に人になる。AIが詩を書いたとか、絵を描いたというニュースを目にするたびに、傍らに控えている人に目が行く。
コード自ら創発的なアウトプットを出せるのではなく、人が介在して初めて、創造的に振舞っているように見えるのだ。
人工知能がレンブラントの「新作」を創る
マーカス・デュ・ソートイの『レンブラントの身震い』は、このテーマに真っ向から斬り込む。
もし、AIがレンブラントの作品を学習したならば、レンブラントが描いたであろう次の作品(Next Rembrandt※2)を創ることができるか? その「新作」は見るものを感動させることができるのか?
まず、レンブラントの肖像画346作品をスキャニングし、モデルの性別、年齢、顔の向き、顔のポイントとなる幾何学的分析する。
次に、レンブラントが次に描いたであろう典型的な人物のモデルを設定し、特徴的な光の使い方や目鼻、口を描く際のアプローチを踏襲していく。油絵のため、立体的な絵具の重ね方や凹凸もデータとして取り込み、学習していく。
死後347年の時を経て、AIが描いたレンブラントの「新作」はこれになる。
美術評論家は「味気なく、無神経で、魂のない茶番」と酷評で、レンブラントの作品に向き合ったときに人が感じる、「レンブラントの身震い」は引き出せなかったという。
貧困や老齢といった、レンブラントをレンブラントたらしめ、その芸術をかくあらしめた人間的な出来事を経験すべきだと断じている。だが、そうした経験が彼の作風にどのような影響を及ぼしているか、パラメータやタグとして定義できない限り、コードにすることは不可能だろう。
AIは「創造」ができるか
絵画、音楽、数学、文学、そして囲碁など、さまざまな角度から、この問題に迫ってゆく。
単なる模倣と組み合わせではなく、人が驚き、素晴らしいと感じられるような作品を創りだせるか?数多くの事例から面白そうなものをピックアップしてみた。
分野 |
名称 |
創造的なポイント |
評価・感想など |
絵画 |
アーロン AARON
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模倣や分解ではないアルゴリズムで抽象画を描く。色や線を選び取る意思決定プロセスに乱数を入れることで、自立的な振る舞いに見せる。 |
なぜこの配置のほうが別の配置よりも面白いのか、という選択は行われない。出力されたものを取捨選択するのは人。 |
絵画 |
ペインティング・フール |
ギャラリーを訪れた人の肖像画を描くプログラム。当日の新聞記事の単語から「気分」を決め、それに沿ったスタイルで描く。 |
「創造的」というものは存在せず、創造的なふるまいをするという方針。悲観的な記事が描かれた場合、意気消沈して絵を描かずに来訪者を追い払うことも。 |
絵画 |
ネクスト・レンブラント
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レンブラントの絵画をスキャンし、タッチや色使い、レイアウトの特徴などをAIに学習させ、レンブラントの「新作」を再現する。 |
美術評論家の評「味気なく、無神経で、魂のない茶番」。レンブラントの作品に向き合ったときに人が感じる、「レンブラントの身震い」は引き出せなかった。 |
音楽
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ディープバッハ |
バッハが作曲した352曲の讃美歌のハーモニーを学習し、バッハのスタイルで讃美歌を生成する。テストとして、実際にバッハの曲か、ディープバッハが作ったものか、判別してもらう。 |
被験者の半数が、ディープバッハの作品を、バッハの真作だと判断した。ただし著者は、「これじゃない」と異を唱える。 |
音楽 |
コンティニュエイター
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ジャズ演奏者のリフを学習させ、ある音を加えたときの次の音の確率をマルコフ連鎖を用いて計算し、演奏を続けていく(コンティニューしていく:continuator) |
ジャズ・ミュージシャン「私が自分で演奏したはずのアイデア、といってもそれを思いつくのに何年もかかったはずのアイデアを見せてくれる。私の何年も先を行っていて、それでいて、これが演奏するすべてが紛れもなく私のものなんだ」 |
音楽 |
Jukedeck(現在はサービス終了) |
キーワードや選択肢からAIが音楽を自動生成 |
「まぁまぁ」「ひどくはない、まぁ聞ける」「安価・大量にあるのがよい」など。著者は、「モーツァルトのサイコロ遊びのようなもの」。
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数学 |
ミザール数学図書館 |
数学の証明を検証するプログラム。数学の証明の図書館を作成することを目的とする。人間が一切関わらなくて済んだ証明が全体の56%を占めている。ディープマインドは図書館のデータを用いて機械学習に訓練させ、新たな定理証明アルゴリズムを作成 |
人間が関わらなくて済む証明の割合を、56%から59%に拡張した(コンピュータだけで辿り着ける証明が3%増えた)。著者曰く、「だから何なのか。その3%に、息をのむような証明が含まれているのか。数学をするうえでのポイントを外している」 |
文学 |
イライザELIZA |
人と会話するセラピストプログラム。相手のキーワードを判断し、それに応じた反応を示すオウム返し |
広がりに欠けていて柔軟性が乏しく、それまでの会話を覚えていない可能性もある。 |
文学 |
サイバネティックポエット
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シェリーやT・S・エリオットの完成された詩人の作品から、言葉の一部を入れ替え、換骨奪胎することで新しい詩を生成する。 |
チューリングテストで、人間の判定者たちをほぼだましおおせた。著者曰く、出力結果の解釈をヒトに任せたから、多少謎めいていても、人が書いた作品として通用した。 |
文学 |
ボットニック
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ハリポタ全巻学習させて、使われている単語や言い回し、筋書きを入れ替えることで、新しいハリーポッターを創造する。 |
著者曰く、プロットに欠け、3ページ以上ドラマを展開できるとは思えない。
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文学 |
シェヘラザードIF
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ジョージア工科大学によって開発された、既存の物語から学習して、読み手とインタラクティブに対応しながら新たな物語を作成するプログラム。 |
初期プロットから選択肢が示され、選ばれた選択肢からさらに別のストーリーが生成される。いわゆるアドベンチャーブックの自動生成版。優れた物語を見つけるのは至難の業。
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囲碁 |
AlphaGo
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Google DeepMindによって開発されたコンピュータ囲碁プログラム。プロ棋士を打ち破ったことは世界に衝撃をもたらした。 |
囲碁韓国チャンピオンのイ・セドルとの第2局目の黒37手は、それまでの囲碁の慣例を覆した「創造的」な一手とする。AlphaGoにより、全く新しい戦略が研究されるようになった。
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面白いことに、「AIは創造性を持てるか?」という切り口で眺めると、「創造性とは何か?」と問われているように感じられる。
創造性とは何であるかが定義できるのであれば、そいつを引数にコードにしたり、タグづけして学習させるデータセットを用意できる。だが、事実、そうでないからこそ、この問いに立ち返ってくるのだ。
「創造性がある」と言わしめるためには、人をあっと驚かせ、既存とは違う印象を与えるだけでなく、それを「良い」「素晴らしい」と感じさせる必要がある。そこには、必ず人のフィードバックを必要とする。なぜなら、「良い」は予め定義できないから。
フィードバックが早いほど創造的になれる
音楽のAI「コンティニュエイター」が良い証拠だ。
ピアノやギターであるリフを弾くと、そのその演奏を学び、次のフレーズを返すAIだ。ただ返すだけでなく、新たな領域を探りながら即興で創りあげ、演奏を続けていく(continuator)。
例えば、子どもがデタラメに鍵盤を叩けば、AIもデタラメに(でもちょっと違った風に)返してくる。プロのギタリストが即興で速弾きすると、負けじと素早いフレーズで追いかけてくる。
AIのインタラクトにはマルコフ連鎖が用いられていると解説されるが、聞いているほうにとってみれば、「もう一人のプレイヤーが応えて弾いている」ように見える。
コンテンポラリー・ジャズを専門とするベルナール・リュパは、コンティニュエイターを試した後、大いに感銘を受け、作曲スタイルを変えたという。
私が自分で演奏したはずのアイデア、といってもそれを思いつくのに何年もかかったはずのアイデアを見せてくれる。私の何年も先を行っていて、それでいて、これが演奏するすべてが紛れもなく私のものなんだ。
AIは「自分が弾いたかもしれないリフ」を提案し、それに沿って行くか、それとも異なる方向に変えていくかを、人がフィードバックする。文字通りの「セッション」を重ねていくことで、プレイヤーにとっての「良い」を学習していくことができる。
本書を通して読む限り、AIが創造的に見えるとしても、「選ぶ」という行為は人に残り続ける。なぜなら、何をもって「良い」とするかは、時代や文化により違ってくるから。
※1 「AI一茶くん」というプロジェクトで、既存の俳句と適切な風景画像の組み合わせを学習させ、任意の風景画に対して新たな俳句を出力させる。
https://www.s-ail.org/works/aihaiku/
※2 「ネクスト・レンブラント」というプロジェクトで、ディープラーニングでレンブラントの作品の特徴を分析し、3Dプリンターを使って“レンブラントらしさ”を再現する。
https://www.nextrembrandt.com/
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