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辞書を丸ごと読んだら楽しかった『MD現代文・小論文』

きっかけは『独学大全』だ。

語彙力を底上げするならこれだぞーとお薦めされたのと、どうせなら丸ごと読んでやれと思い、93日かけて踏破した。継続は力というのは本当で、読むことそのものより、続けることに注力した。

この記事の前半は、その続け方のコツを紹介し、後半では、『MD現代文・小論文』の魅力と問題点について語ろう。

まず、700ページを超える辞書をどうやって読んだか?

もちろん、一日に数ページずつ読んでいくことを積み重ねていけばできる。700ページをノルマで割れば、何日かかるか、計算上は予測できる。

だが、それってかなり大変だ。単調だし、飽きるかも。「ノルマ」なんて決めて、それを守れるのか? 三日坊主にならないか? 「そもそも何でやってるんだろう?」 と我に返る可能性だってある。

習慣を作る

だから、毎日読む習慣を作った。

具体的には、読むタイミングを決めた。PCを立ち上げる前、昼食後、寝る前と決めて、その時に手に取るようにした。

大事なのは、手に取ったとしても読まなくてもいい、というルールにしたこと。面倒ならページを開くだけで、読まなくてもいい……とハードルを極限まで下げたこと。三日坊主なら四日目に再スタートを切ればいいのだ。

そして、読んだページを記録するようにした。

具体的には、スプレッドシートに全ページをナンバリングして、読んだ日と共に塗りつぶしていくという単純な方法だ。全体は膨大だけど、毎日少しずつでも進んでいるのが目に見えるようにした。

環境を作る

次に、続けやすくする環境を作った。

一人で黙々と読んで記録してても飽きる。だから、記録したものを公開するようにしたのだ。

具体的には、記録したスプレッドシートを、誰でも参照可能な状態にして、毎日「これを学びました」と、twitterでつぶやくのだ。

 

ポイントは、誰かが見ている状態にすること。

ひょっとすると、誰も気にも留めないかもしれない。他人の勉強ログなんて見に来ないかもしれない。でもいいの、「見ているかもしれない」がポイントなの。一種の逆パノプティコンを作り上げるんだ(※)。

twitter だけでなく、独学大全を実践するdiscord「独学広場」がある。「これを学びました」と公開するのにうってつけだ。

確かに「辞書を読む」のは目的だが、最終目的だ。目の前の小さな目的は、「これを学びました」をtwitterやdiscordに投稿する。そしてこれを続けることなのだ。

これらのやり方は、『独学大全』の実践だ。持ってる方は、p.144「習慣レバレッジ」、p.160「ラーニングログ」、p.172「コミットメントレター」を参照してほしい。

語彙力を底上げする辞典

次は、『MD現代文・小論文』の魅力について。

本書は、入試問題に頻出するテーマや重要語句を4000語選び抜き、入試問題の用例と共に詳説したものだ。

受験に特化した辞書だが、同時に、現代社会の焦点となるトピックを、コンパクトにまとめた辞書でもある。いうなれば、「現代用語の基礎知識」と「国語・現代文の巻末の重要語」のハイブリット版なのだ。

たとえば、「援助交際」「縁語」が同じページで詳述している。古今集の在原業平の和歌で掛詞の修辞法を学んだ後、パパ活やJKお散歩の語源をめぐる解説を読む。この取り合わせのアンバランスが面白い。

絶対に読んで欲しいのが「近代」だ。

時代区分としての位置づけだけでなく、産業革命や資本主義、ヒューマニズム、階級社会、大衆と民主主義とファシズムといった切り口で、12,000字に渡り説明する。この項目自身がちょっとした小論文になっており、ひたすら面白いだけでなく、さらに広げて語りたくなる。

辞書を読んで楽しいのは、知らない言葉に出会うことだけではない。知っている言葉に知らない意味を見出すとき、知的興奮はMAXとなる。

たとえば、「蓋然性」という言葉には確率で計算できない意味もあることを知ったとき、驚きと納得が同時に押し寄せてきた。確かにヒューリスティックなものは、数学で計算できない「可能性」として扱われる。

あるいは、日本語としての「間(ま)」は、時間と空間の両方を指していることを知ったとき、思わず膝を打った。わざわざ「時間」や「空間」という言葉を用いる時、私たちはニュートンやユークリッドから輸入した見方で世界を捉えているのだという。

『MD現代文・小論文』の問題点

一方で、「古い」という問題もある。

編まれたのが1998年のため、出てくる言葉や説明に、どうしても古臭さを感じてしまう。

たとえば、「クリントンのセクハラ疑惑」って、今の高校生だと「?」だろう。「湾岸戦争」の詳しい解説に時代を感じる。「ポストモダン」の説明でリオタールの「大きな物語の終焉」を引くのはいいけれど、ソーカル事件が入っていないのはちぐはぐな感じを受ける。

爆笑したのが「マルチメディア」、すごく丁寧に解説されている。最近の若者なら、たとえ知ってたとしても社会や情報の教科書で歴史として学ぶ言葉じゃないかしらん。いまの流行りの「DX」との間に累々と横たわる、ユビキタス、ニューメディア、OAなど、時代の徒花を思い出して遠い目になる。

また、辞書を通しで読むことで、あることに気づいた。

それは、「現代文」は日本製だということだ。

村上春樹や大西巨人、柄谷行人や梅棹忠夫といった定番ばかりで、オーウェルやソンタグ、カフカやボルヘスといった海外の評論・小説が皆無なのだ。

『MD現代文・小論文』の不具合かとも考えたが、そもそも本書は、入試現代文から精選された辞書だ。だから、入試現代文からして、翻訳モノがないからなのかもしれぬ。

ちなみに、手元にある教科書を確かめてみると、翻訳モノは皆無だった。第一学習社「新訂 国語総合 現代文編」(2016検定済)と、東京書籍「精選現代文B」(2013検定済)をめくったが、小説、評論、詩歌、随想、全てが Made in Japan である。

書店に行けばそれなりのスペースを海外文学が占めており、外国語で書かれ、翻訳されたノンフィクションも数多くある。ネットで目にする日本語も、元をたどれば外国語だったものも少なくない。にもかかわらず、「現代文」から除外されている。次の課題として調べてみよう。

『MD現代文・小論文』は、問題点もあるが、それを補って余りあるハイブリットな辞書だ。全部読まずとも、「やたら綿密に書いてある語句」だけを拾い読みしても、十二分に面白い。語彙力を爆上げすることを保証する。


※ 中心に監視塔を立て、周りに囚人を配置することで、効率よく監視できる悪名高いパノプティコンだが、これを逆に利用する。「見られているかもしれない」環境を自ら作ることで、サボりにくくなるのだ。

Panopticon.png

Wikipedia「パノプティコン」より

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