諸星大二郎『美少女を食べる』を読むと、自分が食べているものが信じられなくなる
法外な会費をとり、秘密裏に開かれる「悪趣味クラブ」。不定期に開催される秘密の会合なのだが、そこで「美少女を食べる」という特別ディナーの席がもうけられる。
もちろん、リブロース(肩)やランプ(お尻)の肉を提供するのだから、少女の命はない。当然、料理人も、そのレストランも、罪に問われるだろう。そして、それを承知で食べるほうも犯罪に加担しているも同然だ。
しかし、そんなことがありうるのだろうか? いくら悪趣味だとしても、人を殺して食べるような外道が許されるのだろうか?
少女の写真やドレスが展示され、彼女が行方不明になったことを報じる新聞記事が回覧されるが、招待客は半信半疑だ。
これは、そういう雰囲気をつくり、思い込ませることで、「少女の人肉料理を食べる」という背徳感やスリルを楽しむ、一種の演出、悪趣味なショーなのではないか? と疑い始めるのだが……
……この話を聞いて、どう思われましたかな? と続く。
これが非常によくできているのは、枠物語の構成であるところ。枠物語とは、一つの物語の中に別の物語を含む形式だ。物語を虚構とさせないために、その物語の中の人が「こんな話があってね……」と語らせる。
美少女を食べる物語を、「そのまま」描こうとすると、完全なフィクションとして成立させる他ない。
例えば、そのまま描いたのなら、森山塔の『デマコーヴァ』を思い出す。キッコーマン1本分を浣腸され、痒みと苦痛に身悶えする様はグロテスクで淫靡なり。だが、描くほうも読むほうも「物語=虚構」というお約束を成り立たせている。
だが、諸星大二郎が描く『美少女を食べる』は、物語と現実を、どこまですれすれにできるかという試みる。そして、この物語は、読み手によって、いくらでも残酷にも滑稽にもなりうる。
おそらく、美少女を食べるお話は、いま描こうとすると猛烈な反発を食らうだろう。だから、いったん「こういう話があってね」とフレームに入れる。そして、その外側で真偽の吟味を図る―――という物語で見せるのだ。
同様に、両腕のない女の話や、女の〇を切り落とす話など、一見、受け入れがたい素材を、一味違った形で料理する。その諸星大二郎アレンジが大変面白い。どこかで見たことのある話のような―――と感じたら、それは正しい。巻末に元ネタがあるので、一通り読んだら答え合わせをするといいかも。
淫靡で禍々しい料理をご賞味あれ。

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コメント
いつも素晴らしい書評、拝読しております。今年も、スゴ本に出会えるように引き続き参考にさせていただきます。よろしくおねがいします。
記事とは関係ないので恐縮ですが、再びご相談があります。
①『読んだ本の内容を頭に落とし込む方法』と②『ブログ等での書評・感想の書き方』です。以下にそれぞれまとめます。
①
・以前は、『すべての知識を「20字」でまとめる 紙1枚!独学法』を参考に(dainさんはお好きじゃないですよね、このジャンル……)本全体を一言でまとめる方法でやっていましたが、あっさりしすぎているなと思い、変更。
・最近は、『独学大全』(by読書猿様)の「刻読」を参考に写し書きをやっていますが、「この本、全部大事!」と考え付箋をたくさん貼り、結果としてそれらを全て書くことに何日もかかって、自分で疲れてしまい、「コレ読んだ本の全てにやれるかな……」とぐったりしてしまいました。
・紙に書き出す方法が大事であるとは理解していますが、「継続しやすい方法を考えることも大事?」「刻読を頑張って続けるべき?」と悶々としています……。
②
・恥ずかしながらnoteを始めてみて、自分なりの書評を書いてみようと思っていますが、なかなかまとまらないです。
・書いている途中で「コレ長い!」と気になり最初に戻って、イチから見直してる途中で何を書きたいかわからなくなる……の繰り返し。
・友達に本を勧めるときも「マジでスゴイよ!」ぐらいの超・抽象的な言い方しかできず、どうスゴイのか上手く言えません。
・それに、もっと深いところまで読み込んでいる友達やブロガーさんの書評を見ると、「自分の理解力がまだまだだな……」「こんな良い文章書けないよ……」と凹みます。
・dainさんの文章は読みやすくて興味をそそられるし、最後まで惹きつける内容だし、それに、その本の本質を理解した上で書いていると感じています。
①②いずれもリンクした内容ですが、如何に内容を咀嚼し如何に書くか……自分がずっと悩んでいることです。
甘ったれた相談だと思うし、dainさんもお忙しいとは思いますが、ぜひ教えて下さい!
よろしくお願いします。
投稿: 熊の鼓動 | 2021.01.10 07:31
>>熊の鼓動さん
このブログが参考になっているようで、嬉しいです。
お手元に 『独学大全』があるなら話は早いです。
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①読んだ本の内容を頭に落とし込む方法
そもそも「読んだ本の内容を頭に落とし込む」は、何のためでしょうか?
たとえば、何かの資格試験のためなら、技法3「学習ルートマップ」を先に作り、そのルートをたどるための読書として、刻読に限定せず、技法44「注釈」、技法45「鈴木式ノート」が良いかもです。
あるいは、②に関連して、興味を広げて書評を感想を書くことが目的なら、私は、刻読のほかに、技法36「問読」、技法43「筆写」を実践しています。ただし、紙(というか手帳)に書き出すのは「これは名言だ!」と思える部分に限定し、大部分はGoogledocにメモしています。
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②ブログ等での書評・感想の書き方
まず、「感想」を書くのではなく、「変化」に注意を払うことが重要です。
読む前と、読んだ後で、「何か」が変わったはずです。そこに着目します。その本を読んで、「どう思ったか?」は考えなくても良いです。代わりに、読前と読後で、「(自分が)どう変わったか?」を、徹底的に考え抜くのです。
たとえば、「視点が変わった」のなら、なぜ変わったといえるのか? それは新しい視点か? 読む前の視点の「位置」が変わったのか? 別の、自分が知らなかった価値観を見つけたのか? と考えます。
あるいは、もっと身体的なものに注意を払ってもよいと思います。発汗、鼓動、口の中の味、心地よさ(悪さ)など、自分が反応したものはあるか……に身体を澄ませます。大事なのは、変化です。
次に、その変化をもたらしたのは、その本のどこか? を探します。
刻読しているのなら、変化をもたらした箇所は付箋が貼られているか、抜き書きされていると思います。自分の視点を変えた事実や価値観が見つかるでしょう。あるいは、自分を動揺させたセリフや出来事が見出せると思います。
最後に、なぜそれが変化をもたらしたのか? を文章化します。読む前と読んだ後で、単に「時間が経過しただけ」であれば、それは書くに値しない本です。熊の鼓動さんの「反応」こそが、書く必要があるものです。
おそらく、最初は言語化が難しいと思います。その場合、似たような本、映画、ゲーム、寓話、セリフ、シーンを思い出して当てはめるのもいいでしょう。あるいは無理やり、「強いて言うなら……」で言葉をひねり出すのもよい訓練になると思います。
この辺は、著書『スゴ本』でも述べていますので、参考にしていただければと思います。
投稿: Dain | 2021.01.10 10:14
早速のお返事、ありがとうございます!
さらに新記事まで更新されて……本当に書くのが早いんですね……!
ダインさんのことは10年近く前からファンで、著書は発売がわかったと同時に予約してました!
今、自分が理想とする読み方や書き方はダインさんをお手本としており、いつか自分でもそんなブログを開設するのが夢です。はっきり言えば、ダインさんみたいな読書家になりたいと思っています。
なるほど……書き出す言葉は厳選して、後はGoogle docに書き出すんですか……これなら続けられそうです。
そして『変化』に意識すればいい記事が書ける気がしてきました!
「何が変わった?」→「どこで変わった?」→「何故変わった?」の流れですね。とてもわかりやすかったです。
①②共々、もう一度『独学大全』と『スゴ本』を読み返して、自分の理想に近づけるように頑張ります! と言うか、読書をもっと楽しめるようにします!
ありがとうございました!
投稿: 熊の鼓動 | 2021.01.10 12:38
>>熊の鼓動さん
お役に立てて光栄です。
そして、10年も前からこのブログにお越しいただき、ありがとうございます。
昔から読んでいただいているのであればお気づきでしょうが、10年前と比べると、今の記事は、はるかによくなっています。その理由は、「公開すること」「続けること」です。
・もっと沢山読んでから
・もっと文章が上手くなってから
・理想の書評が書けるようになってから
「もっと●●してから」ブログを開設しようとすると、一生かかってもできません。「あとで読む」は後で読まないように、「あとでする」はあとでしません。
やるなら今です。
そして、現時点で満足のいくものでなくても、とにかく公開してしまうことです。「こんなことを書いてバカにされるかも」と心配されているかもしれません。
でも大丈夫です。フィードバックから、有用なものを、こちらで「選んで」やればいいのです。私のこのブログが証拠です。昔の「酷い記事」に、けっこう辛辣なコメントがあったりしますが、全て残しています。
「公開すること」「続けること」の重要性は、徒然草150段のここが雄弁かもしれません。
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これから芸を身につけようとする人が、「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い」などと、よく勘違いしがちだ。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。
まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、平常心で頑張っていれば才能や素質などいらない。芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、訓練をナメている者を超えて達人になるだろう。人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるまでに至るわけだ。
人間国宝も、最初は下手クソだとなじられ、ボロクソなまでに屈辱を味わった。しかし、その人が芸の教えを正しく学び、尊重し、自分勝手にならなかったからこそ、重要無形文化財として称えられ、万人の師匠となった。どんな世界も同じである。
徒然草 第百五十段
https://tsurezuregusa.com/150dan/
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やるなら今です。
投稿: Dain | 2021.01.10 16:06
憧れのブロガー様から激励のお言葉を頂けるなんて……思わず涙が出ました……。
そう、ダインさんのご推察通り、「人知れず上手くなってから発表しよう」という、ズルい気持ちがありました。「失敗してるところを見せたくない」「最初から上手だったと演じたい」……そんなプライドがあったことを白状します。
小説を書く考えもあるのですが、いつも「出だしは良いイメージあるけどオチが分からんから止めよ〜。文章まとまらないし」と、投げ出してしまいます。怠け癖と内なる完璧主義者がいつも邪魔をしていました。
でも、そうですね……やはり書いてみないと始まらないですよね!!
最初から上手な人なんていませんしね!
目が覚めた気がします。
些細な日記でもいいから、何かを毎日書いてみます!
思い切って相談して、思った以上のお答えが得られて、今日は幸せで一杯です。安眠できます!
本当にありがとうございました!
投稿: 熊の鼓動 | 2021.01.10 19:03
よみたーい
投稿: ふぅ | 2023.02.01 09:08
>>ふぅさん
ぜひ!
投稿: Dain | 2023.02.02 08:26