平和を欲すれば戦争に備えよ『戦争学入門 戦争と技術』
誰だって戦争は反対だ、平和がいいに決まってる。
しかし、
平和のことだけ考えていれば、争いごとは起きないのか? 世界中の武器を廃棄し、二度とそんなものを作れないようにすれば、戦争のない世の中になるのだろうか?
そんな疑問を抱えながら「戦争学」を紐解くと、戦争とは社会と緊密に結びついた事象であることが分かる。各時代の技術の発展と軌を一にし、戦争「だけ」を分離・根絶するのは難しい。今のところ、戦争を囲い込み、飼い慣らすしかないように見える。
では、どうすれば、戦争を囲い込むことができるか?
戦争を研究するしかない。
しかも、これまでの「軍事学」や「防衛学」、あるいは「安全保障学」のような軍事・地政学的なアプローチではなく、もっと領域を広げる必要がある。戦争とは、人類が営む社会的な事象なのだから。
『戦争と技術』は、技術の領域から戦争を考察する。どんな技術が戦争に利用され、それにより戦争がどう変化し、さらに戦争が技術をどう進化させてきたかを振り返る。
鐙が騎士を最強にする
たとえば、「鐙(あぶみ)」の戦争への応用が面白かった。
鐙は足を乗せて身体を安定させる馬具で、遊牧民族がルーツと言われている。ヒストリエの第6巻で知ったのだが、古代ギリシャや地中海沿岸では、まだ普及していなかったようだ。
これが、中世の騎士にとっての技術革新となる。
鐙は、7~8世紀にヨーロッパに導入されたのだが、そのおかげで踏ん張りがきいて、槍に体重をかけて敵を撃破できるようになったという。鐙の導入だけでなく、重量のある鞍、蹄鉄の発達により、人馬そのものが衝撃武器と化した。馬のスピード&機動力と、重装甲・重装備の組み合わせは他を圧倒し、騎士は、戦場で無敵の存在となった。
騎士は戦争の主力となり、領主は騎士を抱えようとする。ところが騎士の装備は高価であり、馬の世話や従者など、サポート要員が必要だ。
そこで領主は家臣に土地を分け与え、家臣は土地からの収入で騎士を雇い、武具や装備を購入できるようにした。騎士は見返りに忠誠を誓い、軍役に就くことを約束する―――封建制の始まりである。
鐙の登場が、封建制度をもたらす触媒として働いたと考えると面白いが、本書ではもっと慎重に、「封建制度の説明に役立つ技術であったが、この制度をもたらしたものではない」と釘を刺している。
火薬が騎士を追い落とす
東洋で発明された火薬を、殺戮のイノベーションにまで高めたのは西洋だ。そして、火薬がもたらした変化は、城壁から社会制度まで多岐に渡る。
それまで、城塞の壁は、高さこそあれ、それほど頑丈なものではなかった。そのため攻城砲が登場すると、城壁は簡単に穴をあけられ、そこから歩兵が突入できるようになった。
攻城兵器のバリエーションとして、投石器で打ち込む、梯子をかける、破城槌など、さまざまなものがあった。だが、火薬革命が、遠距離攻撃の一つにイノベーションを生み出したのだといえる。
戦力の中心が、貴族が提供する騎士から、平民が運用する大砲になると、税収のリソース配分も変化してゆく。
領主は騎士よりも大砲を抱えるようになり、自前の歩兵隊を育成し、軍事力を独占する方針になる。家臣に分け与えていた土地を独占し、その課税による収入を、高価な大砲へ集中させるようになる。この過程を通じて、封建制→王政→絶対王政へと至るようになったというのだ。
同時に火薬は、銃手の地位を高め、騎士を追い落とすことになる。
それほど訓練を受けていない平民であっても、引き金を引くだけで遠距離から殺傷できるようになった。弓矢やクロスボウを防ぐために、甲冑はどんどん厚くなっていったが、銃の登場が無効化させることになる。結果、平民の地位を向上させ、貴族を危機にさらしたという。
「槍の穂先」のメタファー
さらに火薬は、兵站の重要性をさらに増すことになる。
これまでは、遠征の馬のための飼料が兵站の中心にあった。だが、大砲や銃器がメインとなると、弾薬や燃料、補修部品が格段に増えることになる。荷馬車のためのオーツ麦は行軍先にあるかもしれないが、大砲や銃の修理道具や交換部品は、遠征先で見つからないかもしれないからだ。
当然、遠征軍の補給線はこれまで以上に伸びることになり、敵勢力による格好の的になる。そして、そうさせないための警護や支援兵が増強されることになる。
つまり、火薬革命は、大砲や銃といった前線の火力だけでなく、その兵站も変えることになる。実際にダメージを与える兵器よりも、それを支える補給や非軍事技術のほうが重要になってくるというのだ。
本書ではこれを、「槍の穂先」で喩える。
最古の戦闘は、単純な武器である石や棍棒、槍、ナイフで始まり、支援はほとんど必要としなかった。しかし、時を経るとともに、防具、兵站、情報、通信、輸送、医療の支援こそが、勝利を左右するようになる。
すなわち、目標を攻撃する「穂先」よりも、それを支え・目標へ届ける「柄」の方がリソースを必要とするようになったのだ(21世紀では、「柄」に相当する要員や物資が、軍全体の90%を超えた)。
戦争を囲い込む:軍事用ドローン対策
わたしは、「軍事技術」という言葉から、銃器や核兵器といった「攻撃する技術」を思い浮かべる。だが、本書がくり返し強調するのは、そうした攻撃する技術を届ける「柄」の重要性だ。
たとえば、トレンドなら軍事用ドローンだろう。
本書の主張を適用するなら、施設や人を攻撃する「穂先」としてのドローンではなく、「柄」となる部分―――すなわち、それを生産し、現場まで届け、展開する輸送システムや、適切なタイミングで交代・充電させ、作戦を続行するプログラム、さらにこれらを統括するマネジメント要員―――これこそが、重要となる。
そして、軍事用ドローンに対抗する術としては、同じようにドローンを展開させるのではなく、相手のドローンの補給システムや電波リソースにダメージを与える方が、より効果的と言えるだろう。
したがって、ドローンの行動を阻害したり、誤判断させるジャミングや、目標そのものに電波的迷彩を施すといった技術を開発することで、「穂先」同士の戦争を抑止することにつながるかもしれない。
以上はわたしの妄想だが、戦争を支える技術は、社会を支える技術でもあるのだ。

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