変えられないものをスルーして、変えられるものだけに集中する
人生で一番大事なことは、イチローから学んだ。
コントロールできることと、コントロールできないことに分ける。そして、コントロールできないことには関心を持たない。
首位打者争いをしているとき、ライバル打者について話題が及ぶと、「相手の打率は、僕にはコントロールできません、意識することはありません」と打ち切ったという。
同じことを、ヤンキース時代の松井秀喜も語っていた。成績が振るわず、マスコミに批判されたことについて質問されると、「記事はコントロールできません。気にしても仕方ないことは気にしません」と返したという[松井、イチローの言葉を就活に生かす]。
初めてこの言葉を聞いた時、自分を苦しめているものがはっきりと見え、すっと楽になった。以後、手帳の見返しに書きつけ、毎日見返している。
わたしを苦しめているものは、「コントロールできないもの」を生み出しては抱えている、わたし自身なのだ。
もっと踏み込んだ言い方では、[二ーバーの祈り]がある。
神よ、
変えることのできないものを、
静穏に受け入れる力を与えてください。
そして、
変えるべきものを変える勇気と、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを、
与えて下さい。
神学者ラインホルト・二ーバーが作者とされる祈りの言葉で、アルコールや薬物依存症に苦しむ人を支援する会でも引用されている。
この、「変えることのできないもの」をあれやこれやと生み出し、それに思い悩むのは、ヒトの思考の癖のように思える。
放っておくと、そうした不安にばかり埋め尽くされ、悪い方へ悪い方へとしか考えられなくなる。眠れぬ夜、「不安なことを考えると安心する」といった倒錯した頭を抱えることもある。
だが、不安とは、未来に起こるかもしれない不都合を、「いま」思い悩むことだ。「いま」を「未来」に変えられないのであれば、起きたときに悩めばいい。起きてもいない(起きるかどうかすら分からない)不都合について心配するのはナンセンスかもしれぬ。
この考え方は、ずっと受け継がれてきたもので、古代ギリシャまで遡ることを知ったのが、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね』だ。エピクテトスはローマ帝政時代の哲学者で、彼の言葉は、マルクス・アウレリウスからパスカル、夏目漱石にまで影響を及ぼし、今に至っている。
本書は、彼に私淑する山本貴光さんと吉川浩満さんの対談形式で描かれており、現代風にアップデートされた悩みについて、具体的に語られる。
エピクテトスの原則は、シンプルだ。
自分の権内と権外を適切に見極めよ
ちょっと見慣れぬ言葉があるけれど、
権内=自分がコントロールできるもの
権外=自分がコントロールできないもの
だね。そして、権内か、権外か、両者が適切に区別できている状態こそ、人にとってもっとも幸福であり、われわれが目指すべき最善な状態だという。
そして、権内か、権外か、あらゆる心像についてこの基準をあてがってみろとアドバイスるする。権外であれば、捨て去れと断言する。なぜなら、人々を不安にするものは事柄ではなく、事柄に関する考え方なのだからだというのだ。
こうして言葉にするとあたりまえに見えるが、不安にさいなまれている時には、そこまで思いが及ばない。
だから、具体的な例を挙げ、権内/権外をあてはめるトレーニングをする。本書では、以下の人々を俎上に、コントロールできること、できないこと、見極め方を指南する。
- 新任の上司が女性なのでモヤモヤしているエンジニア
- 電車遅延について駅員に怒鳴り込むおっさん
- やりたいことも、得意なこともないが、進路を決めなきゃいけない高校生
読者は、ひょっとすると、ここに出てくるエンジニアや高校生の立場ではないかもしれぬ。そのため、ここの事例がそのまま当てはまるとは限らないかもしれぬ。
だが、「増殖する不安を抱えている」という点では一致するし、その悩みは人類史上初というわけでもないだろう。
だから、本書を通じて「エピクテトスならどうする?」と自問すると良いかも。おそらく、権内のあまりの小ささと、権外のあまりの巨大さに、驚くだろう(わたしがそうだった)。
悩み事は、放っておくと雪だるま式に増殖する。アルコールで一時的に忘却したり、課金やスパチャで気を紛らわすのもありだが、財布や肝臓が死ぬ。悩むのは人の仕様。だが、死ぬほど思い悩むことはない。
その人生、正気を保っていくために。
| 固定リンク
« ナチスが焼いた本のリスト、国際宇宙ステーションにある本、ハリポタの次に読む本……本のリストが面白い | トップページ | サクサクした食べ物が好きなのは、祖先が昆虫食だったから『美食のサピエンス史』 »
コメント
スヌーピーも言ってますね。「配られたカードで勝負するしかないんだよ」と。
スキル不足のチームメンバ、SIerのPM、製品の不具合、ユーザーの理解度…
忘れがちなので頻繁にスヌーピーの言葉を思い出すようにしてます。
投稿: ts | 2020.10.12 09:49
>>tsさん
ありがとうございます。「配られたカードで勝負するしかない」……良い言葉ですね。できることを、できる範囲で、粛々とやっていきましょう。
投稿: Dain | 2020.10.12 20:49
最初の例で出てきた「自分自身を売る値段を決めるのは自分自身」という言葉にかなり刺さりました。
それは本書でも最終的に述べている、現代をより良く生きる方法にも繋がる話になっているのではないかと思った次第です。
投稿: カブト | 2020.11.15 17:43
>>カブトさん
コメントありがとうございます! 最初の例というと、年下の女性の上司についてモヤモヤしている人の相談でしょうか……「自分自身を売る値段を決めるのは自分自身」って、いかにもエピクテトスが言いそうですね。
投稿: Dain | 2020.11.15 23:08