サクサクした食べ物が好きなのは、祖先が昆虫食だったから『美食のサピエンス史』
サクサク(crispy)した食べものは、みんな大好きだ。たとえば、唐揚げやフライドチキン、ポテトチップスは、世界各国で好まれる。
この、サクサクした食感を好む傾向は人類共通らしい。
なぜ、私たちはサクサクを好むのか?
本書によると、かつて我々の先祖が、昆虫を好んで食べていたからだという。
つまり、外はサクサク、中はトロ~りした食べものが好まれるのは、外骨格に身を包み、タンパク質や脂肪を豊富に含んだ昆虫を食べてきた名残りなのだというのだ。
昆虫食は異常?
アジア、オーストラリア、アフリカ、南アメリカ、中東では、昆虫は優れたタンパク質源であり、薬剤としても利用されている(※1)。そういえば、わたしが子どもの頃、祖母が作った「イナゴの佃煮」や「ハチノコ」が食卓に並んでいた。
いっぽう、欧米人は、昆虫食をありえないと決め付けるのだが、その理由が興味深い。
昆虫を「きたならしく、吐き気をもよおす」から食べないのではない。文化人類学者マーヴィン・ハリスによると、真相は逆で、昆虫を食べる習慣がないからこそ、「きたならしく、吐き気をもよおす」ものと見えているというのだ。
そして、昆虫食の価値が認められていないのは、欧米文化の環境条件に過ぎないという。獣や魚の肉が手に入りやすい一方で、手ごろなサイズの昆虫がいなかった―――この条件は北半球の一部の地域のみで、そこから発祥した食文化に組み込まれたためだというのだ。
『美食のサピエンス史』は、こうしたわたしの偏見を、鮮やかに解いてくれる。本書は、進化生物学、文化史、脳科学から、「ヒトと食」についてアプローチする。
「食べる」と「性交する」は同じ?
たとえば、食と性の研究が面白い。
まず、「食べる」と「性交する」が、同一の言葉で語られる例を紹介する。南アメリカやブラジルの一部では、両者は同じ言葉を用いられる(※2)。
確かに、いかにも「食べてる/食べられている」ように見えるのは事実だし、「あの子、食べちゃった」「美味しそうなカラダ」「女に飢える」「おとこ日照り」という表現もある。性と食は、近いところにあるのかも。
しかし、だからといって完全に言葉を同じにしたら、いろいろと混乱を招きそうだ。ところがどっこい、これらの地域では、区別する必要がある場合は、対象を言い添えるという。つまり、「果物を」「ペニスを」と目的語を付け加えて使い分けるのだ。
文化人類学の観点から、食と性が分かちがたく結びついていることを主張した後、今度は、脳科学の観点から補強する。
おいしいものを食べたときの快感を、英語圏では、フードガズム(foodorgasm:food+orgasm)という。ハッシュタグ #foodorgasm でインスタを覗くと、いわゆる「飯テロ」画像が並んでいる。
そして、fMRIで撮影した眼窩前頭皮質の活動から、美食でフードガズムを感じているときと、性交でオーガズムを感じているときの類似点を指摘する。ただし、美食と性交のそれぞれでオーガズムに至るのではなく、むしろ、フードガズムがオーガズムを誘起しているのではないかという。
おいしい料理と、たのしいセックス、どっちが気持ちよいか?
とある美食料理家が紹介する、”Better than Sex Cake” を見る限り、食の方に軍配が上がりそうだ。キャラメルソースたっぷりのチョコレートケーキは、確かに「美味しそう」である。
絶対味感
苦味についての研究も面白い。
ブロッコリーやキャベツには、PTCという苦味物質が含まれている。この物質をどう感じるかは、遺伝によるというのだ。シワのある豆と丸い豆がメンデルの法則に従うように、PTCを苦いと感じる/感じないも、潜性遺伝するというのだ。
この研究はさらに進められており、PTCを感じる人は、アルコールを飲まず、ニコチン依存になりにくい傾向があることが分かっている。PTCの味覚能力は、嗜好の形成に何らかの役割を果たしているようだ。
本書がユニークなのは、この研究は遺伝子研究だけでなく、文化的環境とも照らし合わせて掘り下げているところ。PTCの検知/非検知は、言語を伴って活動していた可能性を指摘する。PCT特有の味を指す言葉だってあるかもしれないのだ。
さらに本書では、スーパーテイスターの存在を仮説づける。同じものを食べても、敏感に感じる人から、鈍い人まで、様々だろう。この口腔感覚の個人差は、色や音のように幅があることが考えられる。
この研究が進むと、絶対音感のような「絶対味感」も明らかになるのではないだろうか。つまり、音の高さを絶対的に認識する能力と同様、特定の味を同定できる人が出てくることが予想される。味という、主観100%の世界が、どこまで普遍化できるか……これは楽しみ。
原題は、”The Omnivorous Mind” (雑食性の心)だ。ヒトという、超雑食な存在を、進化と文化の両面から、多面的に捉えた一冊。
※1
s.K. Srivastava and Naresh Babu
Traditional insect bioprospecting-As human food and medicine
November 2009Indian journal of traditional knowledge 8(4):485-494
※2
『神話理論 生のものを火を通したもの』クロード・レヴィ=ストロース(みすず書房)

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