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物語のタネ本:ジョーゼフ・キャンベル『神話と女神』

『スター・ウォーズ』の物語構造は、ジョーゼフ・キャンベルの英雄伝説を元にしていることは有名だが、本書は、その女神版だ。つまり、『千の顔をもつ英雄』が古今東西の英雄譚から人の普遍的欲求を炙り出したことを、女神でやったのが『女神と神話』である。

『千の顔をもつ英雄』は、神話・伝承に共通する基本構造として、このダイアグラムが紹介される。いわゆる「行きて帰りし物語」やね。この構造は、時代や地域を超えた恒常性を持ち、それはすなわち、人の最深層に秘められた記録だという。

『千の顔をもつ英雄』第一部 第四章「鍵」より

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いっぽう、『神話と女神』では、「女神・男神」の対比構造で紹介する。遺物やシンボルから導かれる「農耕民の女神:遊牧民の男神」という歴史から、「産む女神:殺す男神」という視点をつくり、これに沿った形で神話・伝承を紹介していく。

この比較構造から、物語のシナリオについてのヒントや、本能に近い欲求を揺さぶるエピソードを、大量に摂取できる。いわばクリエイターの種本やね。

  • マリア・ギンブタスの新石器時代の古ヨーロッパ研究における女神
  • シュメールやエジプトの神話に登場する女神
  • ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』のエレウシスの秘義
  • 中世のアーサー王伝説
  • ルネサンス期の新プラトン主義に登場する女神

紹介される主な女神は上の通りだが、そこから派生して様々な神話が飛び出てくる(この”脱線”が面白すぎる)。シヴァやアマテラスといった有名どころや、非女神としての聖母マリア、ハイヌウェレ伝説など、それだけで物語を広げていくことだってできそうだ。

お尻から宝物をひり出す女神

たとえば、ハイヌウェレという少女の伝説。

彼女が大便をすると、出てくるのはウンコではなく、宝物が排出される。村人たちは気味悪がって、迷宮に誘いこんで踏み殺し、埋めてしまう。ところが、彼女の死体から様々な種類の芋や穀物が育ち、人々の主食になったという話だ。

これは、赤坂憲雄『性食考』[ハイヌウェレ型神話]で目にした物語の原型なのだが、キャンベルはそこからさらに探求を進め、キリスト教に結び付ける。

死は生の終わりではなく、死体は神格だという。そこから育った植物を食べる事で、わたしたちは神を食べていることになる。これがやがて、イエスの聖体の秘跡「これがわたしの体であり、これがわたしの血である」に引き継がれてゆくというのだ。

セックスの快楽は、男と女と、どちらが大きいか

あるいは、性の快楽は、男と女でどっちが大きいかについて。

痴話げんかの大御所であるゼウスとヘラで議論になり、互いに譲らなかったので、テイレシアスが呼ばれたという。なぜテイレシアスかというと、彼は昔、8年間だけ女だったからだ(この女体化のエピソードも滑稽なり)。呼ばれたテイレシアスは即答する。

「もちろん女です。9倍気持ちいい」

ここまでは、開高健のエッセイで知ってたが、続きがある。ヘラはこれを悪く取り、テイレシアスの目を見えなくさせてしまう。いっぽうゼウスは責任を感じてか、彼に予言の力を与える。

問題は、なぜヘラが気を悪くしたかである。

本書では、こう種明かしをしている―――女の方が気持ち良いことが分かってしまったからには、ゼウスに対して「あなたのために応じているのよ」と言えなくなってしまうから。

農耕民の女神・遊牧民の男神

本書は、こうしたエピソードを大量に紹介しつつ、女神をめぐる基本的な構造を明らかにしてゆく。それは、農耕民の神話では、女神と根源的に結びついているという。一方で、遊牧民の神話では、男神と結びついている。

女性の顕現として最も分かりやすいのは母なる大地になる。大地は命を産み、命を育む。ゆえに女性の力に通じるというのだ。

初期の狩猟採集の伝統では、食用の植物を採集するのは女であり、大型動物の狩猟は男が担う。そのため、男は殺すことに結びつき、女は命を生み出すことに結びつくというのである。

農耕民族、遊牧民族とキレイに分かれているわけではないが、どちらを主としているかによって、崇める神の性別が変わってくるという指摘は、たいへん興味深い。

神話学の第一人者による、女神の変容の歴史を探求する一冊。

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