意味が分かると『しびれる短歌』
この短歌、あなたは、どう感じるだろうか?
ほんとうはあなたは無呼吸症候群おしえないまま隣でねむる
鈴木美紀子
同室で枕を並べる夫婦なのに、少なくとも妻は冷めきっているのが分かる。
「ほんとうはあなたは」で、夫の寝息がおかしいことに気づいてから、結構な日数が経っている。おそらく、就寝中の夫の寝息がおかしいことに気づいて、ネットか何かで調べ、「無呼吸症候群」に辿り着いたのだろう。
放っておいたら、そのまま息をしなくなるかもしれない。それも織り込み済みで、「おしえない」。ずっと息をしないようなら、「おしえない」まま目を閉じて、朝まで待つのではないかと、ぞっとする(「教えない」と漢字にしないところに、淡々とした意志を感じる)。
夫婦はホラーだ。これなんかもそう。
湯上りに倒れた夫見つけてもドライヤーかけて救急車待つだろう
横山ひろこ
風呂上りのヒートショックで、夫が脳卒中を起こしたのか。
この場合、「おしえない」のは犯罪なので一応、救急車は呼ぶ。だけど、待っている間は髪を乾かす。寝かせるぐらいしか応急処置はないからだ。冷静なのか非情なのか。性別逆転すると石を投げられそう。
東直子さんと穂村弘さん、二人の歌人が紹介する『しびれる短歌』では、ヒヤりとするような歌がいくつも出てくる。現代の短歌では、夫は粗大ゴミであり、ぬれ落ち葉として扱われるらしい。「断捨離で最も捨てたいのは夫!」なんて涙を禁じ得ぬ。
これなんて、ぞっとするだけでなく、物語を感じる。
家族の誰かが「自首 減刑」で検索をしていたパソコンがまだ温かい
小坂井大輔
この家では、パソコンを共用していることが分かる。さらに、「検索」という言葉から GoogleやYahoo検索のことで、いわゆる昭和の時代ではないことが分かる。
それだけではない。検索キーワードを知っているということは、履歴を開いたことになるし、「自首 減刑」という言葉から、「自首したらどれくらい減刑されるのか」という意図が、そして家族の誰かがそれを知りたいと思っていることが分かる。
何をしてしまったのか?
もちろん、興味本位で調べたのかもしれぬ。だが、「まだ温かい」という言葉は、犯行現場に残された証拠品から「犯人はそう遠くに行っていない」「犯行からまだ時間が経っていない」ことを示す慣用句だ。
この一行からざわつきが伝わり、それを言えない詠み人のもどかしさも感じられる。詠み人にやましいことがあるならば、自分の犯行が家族にバレた? と不穏な物語を広げることだってできる。
これなんて、自分の身体をモノのように扱っている。
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ
岡崎裕美子
「したあと」とは、要するに彼氏の部屋にお泊りしたことなんだろうし、自転車は昨夜乗ってきたやつだろう。事後の朝チュンの後、帰るところなのだろう。
しかし、「だるい」というのはいかがなものか(分かるけどw)。もっとこう、ドリカムの「うれしはずかし朝帰り」みたいなものを求めていると、ぜんぜん別の感情にぶつかる。
これ、自転車の撤去予告に自分を重ねているんやね。
赤紙が貼られて一定時間が経過すると、放置自転車として撤去され、処分される。いわば、その場所に居られることに、タイムリミットがついていることをが宣言されている。
そのまま、彼氏にとっての彼女という居場所もタイムリミットがついているやるせなさ。「したあと」の疲労に、心地よさより「だるい」と感じるどうしようもなさ。
そういったものを、哀しむでもなく、憐れむでもなく身体ごと突き放し、「だるい」の3文字で片づける。
こんな風に、さまざまな短歌が、テーマごとに解説されている。甘さより苦み多めの「恋」の歌や、意味が分かると怖い「家族」の短歌、「時間」や「固有名詞」といった珍しいもの、五七の形式さえ守れば短歌になるのか、トリッキーなやつもある。
えーえんとくちからえーえんとくちから永遠解く力を下さい
笹井宏之
これは、[今の中を生きるために歌がある]でも紹介したが、目から情報のように「読む」というよりも、むしろ空気や水を呑み込むように、身体の中に言葉を入れるような感覚に陥る。
短歌の破壊力が凄い。一行が目に飛び込んでくるから、構える間もなく理解に達し、感性を撃つ。一行の物語に震えて痺れる。短歌のコスパはかなり良い。
しびれる短歌を、おためしあれ。
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コメント
「自首 減刑」の短歌はこれからの犯行(心中)のためで近くでまだ潜んでいると考えるとホラーになりますね
投稿: 通りすがり | 2020.07.12 16:32
夢野久作の「猟奇歌」を、思い出しました。
「一番怖いのは、人間だよ」なんて、帯の惹句になりそうですね。
投稿: oyajidon | 2020.07.12 17:00
>>通りすがりさん
なるほど! てっきり私は、過去の行いを改めるために検索したと受け取ったのですが、ご指摘の通り、「これから起こす犯行」と考えると、不穏さが増しますね。ホラーの序盤を見ているかのよう……!
>>oyajidonさん
ありがとうございます、これですね。人の怖さや業(ごう)を思い知らされる歌集です。
https://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2010/05/post-7400.html
投稿: Dain | 2020.07.13 13:10
湯上がりなのは妻の方で、風呂から出たら夫が倒れていたので、救急車を呼んだあとに髪を乾かしておこうとしているのではないでしょうか?
投稿: モリ3 | 2021.01.11 15:06
>>モリ3さん
ありがとうございます。確かにドライヤーをかけるのは妻だから、お風呂上りなのは妻ですね。
投稿: Dain | 2021.01.11 17:03