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読むべき最高のテキストは東大入試現代文にある

Toudaino

いま読むべき本、考えるべきテーマは、東大入試の現代文に集まっている。

日本最高の学府は、未来の知を背負う人として、どういった人を求めているか?  何をテーマとし、どんな本を俎上に載せ、どこに着目し、どんな問いを投げ、いかなる解答を期待しているか? そこに、「入試問題」という形をとった、東京大学からのメッセージを見ることができる。

これが数学や英語の問題だと、ちょっと手が出ないかもしれない。

だが、これが現代文なら、とっつきやすい。

東大のメンツにかけて「いま考えるべきテーマ/読む価値のある本はコレだ!」として選び抜き、しかも、「良いところはこの部位」と切り出してくれる。つまり、どんな知が求められているか? への東大の応答が、入試現代文そのものなのだ。

『東大のヤバい現代文』は、そうした脂の乗った良問を、関連書籍とともに美味しく料理してくれる。ナニ、東大と臆するなかれ、丁寧な解説で、何が重要かだけでなく、なぜ重要なのかが分かる仕掛けになっている。

「歴史=記録されたもの」を揺さぶる

常識に揺さぶりをかけるのが、宇野邦一『反歴史論』からの入試問題と解説だ。

わたしが当然のように考えていた「歴史とは、人間社会の活動の記録だ」という常識に、ガツンと一撃を喰らわせられる。

『反歴史論』から切り出された入試問題文では、「記録されたもの」だけが歴史ではないという主張が展開される。国家や社会の代表的な価値観によって中心化されがちな、いわばメインストリームとしての歴史に対し、歴史を「記憶」とする考え方が紹介される。

そこでは、記録されたものだけを歴史とする「常識」に抗うかのような、「記憶としての歴史」が対比される。これにより、わたしの常識だった「歴史」とは、国家や社会の価値観によって等質化され、個人の思考や欲望のありかたを方向づける装置であることが暴かれる。

東大現代文には、こうした常識を問い直す、当たり前の前提を取っ払うような問題文が、よく出題されるという。これは、学問の入口にいる受験生へのメッセージだという。すなわち、知性というものは知識で頭を一杯にすることではなく、そうした知識の前提となっているものを問い直す行為になる。

本書は、この問題文の「~を説明せよ」の背後にある意図にまで踏み込んで解説するだけでなく、その意図をさらに掘り下げ・拡張する書籍を紹介してくれる。クライブ・カッスラーの冒険小説からエマニュエル・カントの哲学書まで幅広く、ブックガイドとして扱うのもいいかも。

「芸術=オリジナリティ」を疑う

あるいは、わたしの芸術観が、浅沼圭司『読書について』からの入試問題と解説で揺さぶられる。

優れた創作とは天才の証であり、芸術作品は唯一無二の存在だと信じていた。だが、それは近代に確立された通念に過ぎないということが暴かれる。

芸術は、唯一無二のオリジナリティが求められるものである一方で、「芸術」というジャンル・枠組みに組み込まれている……これが近代における芸術の常識だという。唯一無二なのに、同じジャンルというのは矛盾している。真に独創的であるならば、そうした「枠組み」自体を破っているから。

つまり、独創的な作品Aと、オリジナリティあふれる作品Bが、同じ枠組みにあるということは、原理上ありえない。にもかかわらず、その矛盾を解消するために、芸術に「ジャンル」が求められるのだ、という考え方である。

例えば、個々の作品を「水彩画」、「油絵」、あるいは「グラフィック・デザイン」といったジャンルで括れる一方、さらに広げて「平面作品」というネーミングも可能だ。

そして、「平面作品」があるということは、「立体作品」が出てくる。さらに、「視覚芸術=美術」として括れる。視覚があるということは、聴覚芸術=音楽が出てくる……芸術のオリジナリティを疑うところから、芸術の体系システムを導き出すことができるのが面白い。

解説では、今村仁司『近代の労働観』や青山昌文『美学・芸術学研究』を引きながら、古代ギリシャの手仕事の序列(ポイエーシスとテクネ―)や、ルネッサンス期の工房の職人の位置づけを説明する。

そこでは、画家や彫刻家という表現はあっても、作品のオリジナリティや個性を目指すところではないという説が紹介されている。ゴンブリッチ『美術の物語』とぶつけると面白い反応が得られるかも。

問うことで読めること

東大現代文は、知的意外性に満ちた文章を突きつけて、「説明しなさい」というスタイルで突き放す。読み手(受験生)は否が応でもその意外性も含め、理解することを余儀なくされる。

おそらく、意外性のない、誰でも思いつきそうな文章では、ロクに読まれることなく解答できてしまうからこそ、こうした知的に歯ごたえのある食材が求められるのかもしれぬ。

漫然と読むだけでは「なるほどー」で終わってしまうが、問いを念頭に置くことで、同じ文を別の目で読むようになる。書き手が疑っている常識に向き合い、さらに―――ここからは入試の外に出るが―――「書き手が疑っていること」そのものを、批判的に見るのだ。

知的な姿勢というものは、自分自身も含めた反証可能性を頭のどこかに置きつつ、問いを抱えて向き合う態度なのかもしれぬ。

良い問いで、良い読みを。

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コメント

可能であれば良いのですが
大学受験生に勧めたい本リストなど、既にエントリーにありましたらご紹介頂けないでしょうか?
これは私の後悔でもありますが、受験勉強時に参考書以外の本を読んでれば……と、このブログを読むたびに思います。
今回の本も、それです。

投稿: 関西人 | 2020.04.29 09:53

>> 関西人さん

このブログの右側のリンク集の「100冊シリーズ」の中に、いくつかお薦めがあります。

たとえば、大学受験生ではなく、大学新入生向けになりますが、「東大教師が新入生にすすめる100冊」がお薦めです。過去ン十年分をランキング化しています。

あるいは、最近だったら「ノンフィクション100」をお薦めします。「このノンフィクションが凄い」と紹介するブックガイドから選んだ100作品を一気に紹介しています。

投稿: Dain | 2020.04.29 17:51

>> 関西人さん

書いてて思ったのですが、100冊とかではなく、一冊だけ選ぶとするなら、『知的複眼思考法』(苅谷剛彦、講談社+α文庫)です。「東大教師が新入生にすすめる100冊」のリンク先で紹介しています。

これ、私淑する読書猿さんもお薦めしており、ほぼ間違いないと自信をもって言えます(逆に、これを超える"一冊"があればぜひ教えて欲しいです)。

投稿: Dain | 2020.04.29 17:56

紹介ありがとうございます。
100冊リストは読めてない本が多いので、読破…したいものです。積読すら難しいですが、、
ご紹介いただきました本、購入して一度読みました。私も学生時代に読みたかったです。私事ですが、大学生のお子さんがいる家の本棚にありました。今の大学生はよく買ってるのでしょうね。

投稿: 関西人 | 2020.04.30 17:31

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