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物語に感動するとき、その力はどこから来たのか?『物語の力』

物語に魅了されるということは、どういうことか。「感動した」「心が震えた」と手垢にまみれた言葉があるが、その心を震わせる力はどこから来たのか? これが本書のテーマになる。

「心を震わせる力=物語の訴求力」として、どのようなときに訴求力が発生するかについて、物語論の研究成果を解説する。本書では詳細に分けているが、ざっくり以下の場合になる。

  • 回復と獲得の物語:自分が直面する問題に対する解決や、到達したいと願うゴールへの筋道が描かれているとき
  • 疎遠と帰属の物語:自分とは異なる価値観が提示され、自分の価値観が揺さぶられるとき

物語の役割

小説や映画における物語は、現代では消費されるものという意味合いが強いが、昔からの神話や民話の役割を担う側面もある。それは、物語を通じた、価値観や規範の伝達だ。

物語では、何か問題を解決したり、何かのゴールへ向かって進む。その背景にあるものは、「これは良くない状況であり、問題である」「これが良い状況であり、望ましいゴールだ」「解決にあたっては、このルール・設定を守るべきだ」といった、良い・悪い・望ましいといった価値基準だ。

そして、物語を聞く人は、物語の背景にある価値や規範を自らのものにし、物語で示されるモデルを模倣しようとする。

たとえば、「自己犠牲は望ましい」という価値基準があり、それが「皆のために戦いに行く物語」になる。この物語に感動した人は、共同体のために自分を犠牲にする行為を価値あるものだと考えるようになる。いざ他部族が攻めてきたとき、立ち向かってゆくだろうし、そのような気にさせる物語が、「良い」物語になる。

「回復と獲得の物語」で訴求力を上げる

では、どうすれば「そのような気」にさせるだろうか?

「回復と獲得の物語」では、「自己効力感」と「ホメオスタシス」で説明する。自己効力感とは「自分にはできると感じる自信」のことで、ホメオスタシスとは、元に戻ろうとする力になる。

つまり、何かのストレスがかかり、マイナスの状況になったとき、「自分にはできる」と信じて手を尽くし、マイナスから回復すると、大きな快を得るというのだ。このときの「自分にはできる」という動機と、マイナスから回復する方法は、強く学習される。

より大きな快を得るためには、マイナスの度合いを大きくすればいい。主人公は、自己効力感を持たせる前に、絶望的な状況に落とせばいいし、ライバルや障壁を設けることで、得られる快もさらに一層強いものになる。

本書で挙げられた作品だと、例えば『インデペンデンス・デイ』なら失われた力や権威を回復する王の帰還の物語になるし、『のだめカンタービレ』だと絆によるトラウマ克服の物語になる。回復と獲得の物語は、ストーリーの原型とも言えるので、他にもいくらでも思いつけるだろう。

未充足マーケティング

興味深い応用として、「未充足マーケティング」が紹介されていた(別名は、物語マーケティング、ダークサイド・マーケティング)。

つまりこうだ、消費者に対して、「あなたに欠けているもの」「あなたが喪失したもの」を提示することで、購買意欲を掻き立てる方法だ。テレビのCFでは、若さ、パワー、絆、魅力、お得感など、様々な「欠けているもの」が取りざたされている。

そして、これを買えば、失ったものが取り戻せる(だから買え)とダメ押しする。失ったものとの落差が大きいほど、そして、失ったことによるストレスが強いほど、買うことで得られる快も一層強いものになる。

脱線になるが、ネットでも未充足マーケティングが実践されていることに思い当たる。「あなたが失ったもの」として、機会や権利を声高に主張し、「あなたは騙されたんだ」と煽ることで衆目を集めるやり方だ。人は、失ったものに敏感なため、未充足マーケティングは悪い意味で有用だ。

「疎遠と帰属の物語」で訴求力を上げる

異なる価値観を提示し、読者や視聴者の価値観を揺さぶる物語は、もっと巧妙に訴求力を上げようとする。単に受け手とは違う価値観をぶつけようとしても、読者がどんな価値観を持っているか分からない。

そこで、登場人物どうしで、異なる価値観をぶつけ合う。つまり、相反する価値観を持つキャラを登場させ、それぞれの内面から物語を描き出すのだ。

本書では、『デスノート』のライトとエルが挙げられている。この作品は「信頼と疑惑」の対立構造を持っており、「この社会を疑って生きていく」ライトと、「この社会を信じて生きていく」エルとの対決構図だというのだ。

物語がライトに焦点化して(ライトの視点、思考、感覚から)描かれるとき、読者はライトの思考や感情に近づけて読むことになる。一方、エルに焦点化されるとき、読者はエルに寄り添って物語を理解することになる(これを内的焦点化と呼ぶ)。

このとき、読者が各人の思想に賛同するか否かは別問題だ。物語がライト(or エル)視点で描かれているのであれば、そこから理解する他は無い。

重要なのは、物語がライト、エル、ライト……と入れ替わる度に、読み手はそれぞれの思考や感情を行き来することになり、その結果、読者自身の思考や感情から、遠くに引き離されることだ。すなわち、物語世界の中に、どっぷりと浸っていることになる

思い返して欲しい。物語の中で、極端な思考を持ち出してくるキャラがいたはずだ。そして、そのキャラは、他のキャラと反発したりたしなめられたりしなかっただろうか。それは、読み手を「読み手自身の価値観」から引き離し、物語の中に引き込むための仕掛けなのだ。

『君の名は。』のラスト90秒が凄い理由

作者は、あの手この手で物語世界の内部へ引き込もうとする。

たとえば、描写するカメラ位置。

キャラクターや描写対象に対し、カメラ(描写主体)がどこにいるかという「距離」の問題だ。シーンがスタートした時点では、引いて写すのが多く、遠景→近景→内面描写に近寄っていくのが一般だ(これを自己移入という)。なぜなら、受け手はまだ、物語世界の「外」にいるから。

もちろんこれを逆手に取ったやり方もある。特定のキャラの内面からの描写で、その人物の耳目という限定された視座で物語に取り込むやり方だ(ただしもろ刃の剣で、語り口や描写に魅力がないと離脱されやすい)。

これらをハイブリッドにすると、「物語の中のカメラ」のピントをコントロールしつつ、「キャラの内面」とを交互に出しながら、登場人物が見ている情景を、読者が見ているかのように重ねる。

本書では、『君の名は。』が持つ強い訴求力を、その「写し方」の分析から解き明かす。

瀧と三葉のそれぞれの視点を焦点化して、交互に繰り返していくことで、観客を物語世界へ誘導していく(「疎遠と帰属の物語」の内的焦点化)。

そして、1時間37分~40分をショットごとに丁寧に分析していく。次々とシーンが移り変わり、四葉っぽい女の子が映った直後の暗転(1:38:38)までが自己移入の誘導路になる。この時点まで映画を観てきた人は、瀧への内的焦点化がなされた結果、誘導路で瀧が見る映像(写真集や風景)を、「自分自身が見ている」と感じ取ることができる。

そして暗転後、映画の冒頭の、行き交う電車や通勤のシーンが、もう一度繰り返される(微妙に変えてはいるけど)。

映画の最初の時点でこれを見た観客は、当然のことながら自己移入をしていない。物語の「外」から見る、誰でもないカメラから撮った映像として眺めるだろう。

しかし、キャラの内的焦点化が培われ、暗転までの誘導路を経てきた観客は、同じシーンであっても、「自分自身が見ている」映像として感じられるはずだ。

<ここからネタバレ反転表示>

そして、ここで視線の一致という技術が使われる。登場人物が見ている対象と、まさに見られている対象を重ねるのだ。三葉が瀧を見、瀧が三葉を見ることで、瀧の目を通して「自分自身が見ている」と感じる視聴者と、瀧自信の視線を一致させているというのだ。

『君の名は。』は、もともとは「入れ替わり」の物語だったが、この時点で、2人の双方からこの物語を見直すことになる。そして二人が見つめ合うとき、それぞれの内部で焦点化されていた視座が融合する。「君の、名前は」と重なり合う声とともに―――

<ネタバレ反転表示ここまで>

―――という分析だ。本書の第6章を読んだ後、もう一度『君の名は。』を見ると、キャラへの距離と内的焦点化を緻密に計算して撮っていることが分かる。

物語の訴求力を高める一冊

『君の名は。』だけでない。

西尾維新『刀語』における描写対象との距離の絶妙なつめ方や、レヴィ=ストロースが行ったシーケンス分析を『進撃の巨人』に当てはめた解説、さらにはスマホゲーム「モンスト」がシミュレートしているものなど、小説に限らず、映画やマンガやゲームも含めた、物語が持つ訴求力を知ることができる。

物語の訴求力は、読者・観客・プレイヤーを、現実から物語世界へ没入させ、登場人物に自身を移入させる力を持っている。本書は、その力が、具体的にどのような仕掛けで働いているかを見せるのだ。

そして、そうした仕掛けを分かったうえで、もう一度感動することができる。わたしの場合、本書を読んだ後、『君の名は。』のラスト90秒を繰り返し見て、視線誘導と感情移入の仕掛けを全部分かった上で、あらためて涙した。それは、種も仕掛けも分かっているのに、一流のマジシャンの手品を、繰り返し魅入るようなものだ。分かってても、すごい。

そして、「自分の心がどのように震えたか」が分かれば、「誰かの心をどのように震わせるか」も分かる。読む人・書く人・描く人……物語を紡ぐあらゆる人にお薦め。巻末の文献ガイドが充実しているため、本書を入口に、さらに専門性の深いところまで潜りたい人にも。



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コメント

 自然数は、[絵本]「もろはのつるぎ」で・・・

投稿: 絵本まち有田川 | 2020.01.16 05:40

参考までに。

背景色と同じ文字色の設定は、悪質サイトがやる手法と同じなので、グーグルの評価が結構下がります。
(最悪、検索リストから外されます。)
SEO対策的に悪手なので、他の方法を考えた方が良いかと思います。
ご参考下さい。

投稿: | 2020.01.17 15:18

>>名無しさん@2020.01.17 15:18

教えていただき、ありがとうございます! 知りませんでした。ちょっとやり方を考えます……とはいっても、この技はあちこちで使っているから、修正大変……

投稿: Dain | 2020.01.18 09:57

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