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ノンフィクション100

Opa

すごいノンフィクションは、一冊で常識を一変させる。目から鱗を叩き落とし、世界の解像度を上げる。積み重ねた事実の上に立たせ、偏見という壁の向こうを見せてくれる―――ノンフィクションには、そんな力がある。

ここでは、常識をアップデートし、偏見をとっぱらい、世界をクッキリと見せてくれる、「これはスゴい!」というノンフィクションを100選んだ。

選んだベースは以下からだが、選んだのがわたしだから偏りと不足がある。だから、「それがスゴいなら、これなんてどう?」とお薦めいただけると嬉しい。消費物ではなく、何度も読み継ぎ、語り継げるようなノンフィクションに出会いたいんだ。

     
     

ノンフィクションは、「フィクションじゃない」という字義のため、射程はめちゃくちゃ広い。完全なる実録から、限りなくフィクションに近いノンフィクション・ノベルまで、さまざまだ。ここでは便宜上、次の4つのカテゴリーに分けた。無理やり分けているので、それぞれのカテゴリーは重なり合っている。

  I. ルポルタージュ(実録や体験記)
  II. サイエンス(SFのノンフィクション版)
  III. ジャーナリズム(政治や人物を描く)
  IV. アカデミック(専門知の応用や啓蒙書)

I. ルポルタージュ・ノンフィクション

現場を歩き、現場を見て、現場で聞くノンフィクション。そこにいないと分からない、現場の「臭い」を書いたもの。普通なら行けないところを旅し、珍しいものを見聞し、めったに食べられないものを口にする。旅行記、冒険記、体験記、潜入録など。

『オーパ!』開高健

ノンフィクションの一番。

一冊だけならこれ。ベスト・オブ・ベスト・ノンフィクションがこれ。釣り竿とペンを手に、南米の大河アマゾンを縦横する。肉食魚ピラーニャ、幻の巨大魚ピラルクー、黄金の跳魚ドラドを追い、釣り、食べ、呑み、そして書く。熱気と興奮と怠惰とユーモアが混じり合った裸の知覚がある。これは、文学であり詩であり箴言であり哲学であり告白なんだ。何事であれ、ブラジルでは驚いたり感嘆すると、「オーパ!」という。大判・文庫と何度も買い、数えきれないほど読み返しているけれど、今でも「オーパ!」とつぶやいている。未読の方は幸せもの、全員が全員にお薦めしたい、極上のノンフィクション。

『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ

ルポルタージュの最高傑作。

「見たこと」を中心に据える著者は、その場所に飛び込んで、目撃者としての観察と経験でアフリカを点描してゆく。伝聞や噂よりは信憑性が高いだろうが、「点」にすぎないのでは? どっこい、個々のトピックは点にすぎないが、時間や場所の異なるいくつもの点を並べて、全体像が浮かび上がらせる手腕は見事という他ない。個人的な体験と庶民の視線を使い分けながら、より大きな問題、より全体的な問題が見えてくる。本人曰く「文学的コラージュ」と呼ぶ手法により、本質は細部に宿ることをルポルタージュで証明する。

『羆嵐』吉村昭

モデルは、1915年の北海道三毛別羆事件と言えば充分だろう。

人間の味を覚えたヒグマが民家を襲い、7名死亡、3名が重傷を負った日本史上最大規模の獣害事件だ。当時の現場は開拓村で、通信手段や交通手段が限られており、応援を呼んでもすぐに到着できない状況だった。この村を餌場として人を狩り、喰い切れぬ肉は持って帰ろうとする。さらに、犠牲者の通夜に押し入り取り返そうとする(羆にとっては獲物を取られたことになるから)。ここで、一生忘れられない一言が出てくる。母だったものを指して叫んだこれだ―――「おっかあが、少しになってる」。

『深夜特急』沢木耕太郎

旅の本の鉄板は、『深夜特急』。

デリーからロンドンまで、ひたすら陸路の独り旅。「バスを乗り継いでたどり着けるか」という友人との冗談から始まった賭けに本気になって、職も生活も放りだす旅は、無数の追随者を招き、一種の伝説となっている。出だしのウキウキ感は松尾芭蕉の「おくのほそ道」と一緒だし、ノリノリ感は米米クラブの「浪漫飛行」と一緒(と言ったら歳が分かるなぁ)。特に最初の1~2巻は感染力が強く、二十歳ぐらいのときにケルアック『オン・ザ・ロード』と併せて読むと、極めて危険。読めば一人旅したくなること請け合う。

『エンデュアランス号漂流』ランシング

絶望的な状況から抜け出す一冊。

1914年、南極踏破に向けて出発した「エンデュアランス号」は、氷に閉じ込められ→圧砕→沈没。28名は氷板の上で生き延びるも、破砕→漂流。食料不足、極寒の嵐、凍傷、病気… 次から次へとくる危機的状況に、真正面から立ち向かう。写真を見る限り、狂気の沙汰としか思えん。誰が死んでもおかしくない状況が続くが、リーダーであるシャクルトンはどうやって難局を乗り切るか? 彼の言動のエッセンスは、「自信とプライド」「リスクに気を配る」「何がともあれユーモア」であり、そのまま危機管理の金言集にもなる。

  1. 『オーパ!』開高健(集英社文庫)
  2. 『黒檀』リシャルト・カプシチンスキ(河出書房新社)
  3. 『羆嵐』吉村昭(新潮文庫)
  4. 『深夜特急』沢木耕太郎(新潮文庫)
  5. 『エンデュアランス号漂流』アルフレッド・ランシング(新潮文庫)
  6. 『ちょっとピンボケ』ロバート・キャパ(文春文庫)
  7. 『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル(みすず書房)
  8. 『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』米原万里(角川文庫)
  9. 『沈黙の春』レイチェル・カーソン(新潮文庫)
  10. 『チベット旅行記』川口慧海(白水uブックス)
  11. 『パレスチナ』ジョー・サッコ(いそっぷ社)
  12. 『世界屠畜紀行』内澤 旬子(角川文庫)
  13. 『コンゴ・ジャーニー』レドモンド・オハンロン(新潮社)
  14. 『何でも見てやろう』小田実(講談社文庫)
  15. 『アポロ13』ジム・ラベル(新潮文庫)
  16. 『アフリカの日々』ディネーセン(河出書房新社)
  17. 『アメリカの奴隷制を生きる フレデリック・ダグラス自伝』フレデリック・ダグラス(彩流社)
  18. 『旅をする木』星野道夫(文春文庫)
  19. 『人間の土地』アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(新潮文庫)
  20. 『イワン・デニーソヴィチの一日』ソルジェニーツィン(新潮文庫)
  21. 『「子供を殺してください」という親たち』押川剛(新潮文庫)
  22. 『なぜエラーが医療事故を減らすのか』ローラン・ドゴース(NTT出版)
  23. 『物乞う仏陀 』石井光太(文春文庫)
  24. 『地球の食卓―世界24か国の家族のごは』ピーター・メンツェル (TOTO出版)
  25. 『ロボット兵士の戦争』P・W・シンガー (NHK出版)
  26. 『垂直の記憶』山野井泰史 (ヤマケイ文庫)
  27. 『料理の四面体』玉村豊男(中公文庫)
  28. 『怒らないこと』アルボムッレ・スマナサーラ(サンガ)
  29. 『なぜ私だけが苦しむのか』H.S.クシュナー(岩波書店)
  30. 『現代の死に方』シェイマス・オウマハニー(国書刊行会)
  31. 『河童が覗いたインド』妹尾河童(新潮文庫)
  32. 『人間臨終図巻』山田風太郎(徳間文庫)
  33. 『言志四録』佐藤一斎(講談社学術文庫)
  34. 『戦艦大和ノ最期』吉田満(講談社文芸文庫)

II. サイエンス・ノンフィクション

SFのノンフィクション版。科学技術の進展に伴い、暮らしや社会は便利になる一方、科学の現場や成果はなじみの薄いものになってしまっている。その架け橋となるべく、研究の最先端で何が行われているかを分かりやすく解いたノンフィクション。

『パワーズ・オブ・テン』P・モリソン

センス・オブ・ワンダーを見える化した、稀有な一冊。

公園で昼寝をしている人の姿を真上から撮った写真。これがスタートで、10倍、100倍、1000倍と、どんどんカメラを引いてゆく。宇宙空間に出て、太陽系を越え、銀河を抜けて、最後は10億光年離れたところからの映像を見せる。いっぽう、逆に1/10、1/100、1/1000と、どんどん拡大していく。細胞を分け入って、分子の世界、そして素粒子レベルの世界を見せてくれる。スケールによって見える世界が変わってゆくのに、極大と極小が近似するという不思議さに撃たれる。世界の大きさと小ささを知る。

『火の賜物』リチャード・ランガム

結論を一言で述べるなら、「ヒトは料理で進化した」になる。

ヒトは料理した食物に適応したと主張する。体のサイズに比べて小さい歯や顎、コンパクトな消化器官、生理機能、結婚という慣習は、料理によって条件づけられてきたという。切って火を通すことで、澱粉がゲル化し、タンパク質が変性して軟らかくなり、消化・吸収しやすくなる。消化プロセスを外部化することで、美味しくなるだけでなく、代謝コストあたりの摂取エネルギー量を、実質的に増やしてくれる。さらに「火を囲む」「一緒に作り・食べる」料理という形態が、家族や社会といったヒトのあり方にまで影響したと指摘する。

『サイエンス・インポッシブル』ミチオ・カク

不可能とは、可能性だ。

記憶操作、物体の透明化、惑星破壊ビーム砲、世代間宇宙航行などを俎上に、SFの世界を現実にするなら、どんな課題が待ち構えており、どうすればクリアできるかを、徹底的に現実的に検証したのがこれ。本書を面白くしている視点は、「それを不可能とみなしているのはどの技術上の問題なのか?」という課題に置き換えているところ。「技術上の課題」にバラしてしまえば、あとはリソースやパトロンの話だったり、量産化に向けたボトルネックの話になる。SF世界の実現は、夢じゃなくて予算が足りないのかもしれぬ。

『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・ブレイザー

人体のマイクロバイオームの多様性を描いたのが本書だ。

マイクロバイオームとは、人体に常在し、ヒトと共進化してきた100兆もの細菌群のことだ。長い時間をかけてヒトと菌は共進化し、代謝、免疫、認識を含む体内システムを発達させてきた。しかし、抗生物質が大量に使われるようになり、常在菌の多様性が失われつつあるという。特に、20世紀後半に劇的に増加した諸疾患は、この多様性の喪失が主要因ではないかと指摘する。化学物質による環境破壊に警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソンの『沈黙の春』の抗生物質版が、本書になる。

『不健康は悪なのか』ジョナサン・M・メツル

「健康」に潜ませたレトリックを暴く。

医療や倫理、法、フェミニズムの分野で、健康という言葉の背後にあるモラル的な風潮を「健康ファシズム」としてあぶりだしたのが本書だ。誰だって健康であるに越したことはないから、「健康」は、誰も反発できない中立的な善のように見える。しかし、誰も反対しないからこそ、「健康的な生活」「健康的な食事」という言葉に潜ませた価値観を押し付けることができる。「健康的な体形」は、それにそぐわない体形に烙印を押し、ダイエットやフィットネスといった健康マーケティングに容易に接続される。

  1. 『パワーズ・オブ・テン』フィリップ・モリソン(日経サイエンス)
  2. 『火の賜物―ヒトは料理で進化した』リチャード・ランガム(NTT出版)
  3. 『サイエンス・インポッシブル』ミチオ・カク(NHK出版)
  4. 『失われてゆく、我々の内なる細菌』マーティン・J・ブレイザー(みすず書房)
  5. 『不健康は悪なのか』ジョナサン・M・メツル(みすず書房)
  6. 『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス、紀伊国屋書店)
  7. 『ゾウの時間 ネズミの時間』本川達雄(中公新書)
  8. 『土と内臓』デイビッド・モントゴメリー(築地書館)
  9. 『土木と文明』合田良実(鹿島出版会)
  10. 『人体 600万年史』ダニエル・E・リーバーマン(早川書房)
  11. 『ヒトは病気とともに進化した』太田博樹、長谷川眞理子(勁草書房)
  12. 『ファスト&スロー』ダニエル・カーネマン(早川書房)
  13. 『音楽の科学』フィリップ・ボール (日経サイエンス社)
  14. 『生命の跳躍』ニック・レーン(みすず書房)
  15. 『系外惑星と太陽系』井田茂(岩波新書)
  16. 『がん‐4000年の歴史‐』シッダールタ・ムカジー(早川書房)
  17. 『フォークの歯はなぜ四本になったか』ヘンリー・ペトロスキー(平凡社)

II. ジャーナリズム・ノンフィクション

テレビや新聞、雑誌記者などのジャーナリズムの手法を採ったノンフィクション。より書き手が前面に出ており、インタビューとエビデンスを積み重ねることで、政治や社会に問いを突き付ける。あるいは、ある人物像に迫ることで、人間とは何かという問いに応答する。

『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』ギャラファー

「役立たずを安楽死させよう」という世の中になるなら、それはどんなプロセスを経るか?

これが嫌というほど書いてある。うつ病、知的障害、小人症、てんかん、性的錯誤、アル中……ユダヤ人だけでなく、こうした人びとが何万人も、ガス室に送られ、効率的に殺されていった。問題は、ナチスに限らないところ。優生学をナチスに押し付け断罪することで、「消滅した」という図式にならない。社会システム化された「安楽死」(というより集団殺人)は、びっくりするほどありふれて見え、そこだけ切って読むならば、陳腐なディストピア小説のようだ。健康が正義で、不健康は悪の世界は、隣り合わせであることが分かる。

『戦争広告代理店』高木徹

正義は買える。

ボスニア紛争の報道を追ったノンフィクションだが、「正義とは演出されるもの」であることが、怖いくらい分かる。セルビア人を悪者に仕立てるために、ボスニアと契約したPR会社の広報戦略がえげつない。「民族浄化」のキャンペーンににより、セルビア人が戦争犯罪者となり、世論の後押しによる空爆が実行される。人は「ストーリー」を信じたがる。原因が示されると、それを信じる性質がある。だからニュースは「正義のストーリー」に沿うよう「証拠」が集まり、編集される。「正義」は、演出したものが勝つ。正義は有料なのだ。

『冷血』カポーティ

極めて異常な事件を、淡々と丹念に描いた傑作。

11月の深夜、一家4人が殺された。父親と母親と息子と娘はロープで縛られ、至近距離から散弾銃で撃たれており、顔や頭を破壊されていた。感情や評価するような表現は排され、徹底的に事実を積み重ねている。犯行状況を時系列の外に置き、調書を取る対話で生々しく表現したり、「なぜ若者が犯行に及んだか」はズバリ書かず、手記や調書から浮かび上がるようにしている。「書き手である自分」を、地の文から取り除き、評価や判断は読者がせよ、というメッセージが読み取れる。

『消された一家』豊田正義

最高に胸糞悪い読書を約束する。

家族同士で殺し合い、解体し、少しずつ運び出しては処分する―――北九州・連続監禁殺人事件を丹念に追いかけるが、おぞましいのは、吐き気をこらえて最後まで読んでも、「なぜそんな事件が起きたのか」はぜんぜん分からないから。無抵抗の子どもの首にどういう風にコードを巻いて、どんな姿勢で絞めたか、といった行動は逐一知らされるが、「なぜ・どうして」は想像すらできない。人ではなく、悪魔の所業だというのはたやすい。だが、人と悪魔の境界が分からない。どこでどう間違えているのか分からない、つまり地続きなのだ。

『中国臓器市場』城山英巳

中国の臓器移植は、「早い・安い・うまい」である。

中国は、臓器移植の先進国だ。毎年1万人執行される死刑囚のドナーが「臓器市場」を支える。交通事故などの不慮の死とは違って、いつ・どこで臓器が手に入るか、分かっている。しかも事前検査をしっかり行っているため、新鮮で安全な臓器が安定供給されている。その結果、早くて1週間(遅くとも1ヵ月)、安くて半額(肝臓、腎臓の場合)の臓器移植が実現できる。さらに、腎臓の場合、年間5000例以上こなしているから、移植医療の技術は世界一レベルである。中国の移植ビジネスの現場は、極めて合理的に動いている。

  1. 『ナチスドイツと障害者「安楽死」計画』ヒュー・グレゴリー・ギャラファー(現代書館)
  2. 『戦争広告代理店』高木徹(講談社文庫)
  3. 『冷血』トルーマン・カポーティ(新潮文庫)
  4. 『消された一家』豊田正義(新潮文庫)
  5. 『中国臓器市場』城山英巳(新潮社)
  6. 『カラシニコフ』松本仁一(朝日文庫)
  7. 『インディアスの破壊についての簡潔な報告』ラス・カサス(岩波文庫)
  8. 『百年の愚行』池澤夏樹、フリーマン・ダイソン他(Think the Earth)
  9. 『食品偽装の歴史』ビー・ウィルソン(白水社)
  10. 『「ニセ医学」に騙されないために』NATROM(メタモル出版)
  11. 『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』ハル・ビュエル (ナショナル・ジオグラフィック)
  12. 『凶悪―ある死刑囚の告発』「新潮45」編集部(新潮文庫)
  13. 『補給戦―何が勝敗を決定するのか』マーチン・ファン クレフェルト(中公文庫BIBLIO)

IV. アカデミック・ノンフィクション

学術機関における専門知から、時事問題に対してより深い分析を行ったり、最新の研究から新たな光を当てるノンフィクション。マイナーになりがちな研究成果そのものを、一般の人向けに分かりやすく啓蒙したり、学術史から現代を問い直す。

『ゲーデル、エッシャー、バッハ』ホフスタッター

読む前と読んだ後で、世界が一変する。

これは、天才が知を徹底的に遊んだスゴ本だ。不完全性定理のゲーデル、騙し絵のエッシャー、音楽の父バッハの業績を「自己言及」のキーワードとメタファーで縫い合わせ、数学、アート、音楽、禅、人工知能、認知科学、言語学、分子生物学を横断しつつ、科学と哲学と芸術のエンターテイメントに昇華させている。数学における意味と形を引き剥がす思考実験を通じて、「自分がいま考えているシステムの外側に出て考える」ことを実践し、システムに内在する矛盾を炙り出し、修復する。読んだら世界の「見え方」が変わるだろう。

『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド

現代の富や権力の偏りが、なぜこのようになっているか?

その究極の答えがこれ。種としての民族・人種に優劣があるのではなく、おかれた環境・住んでいた場所が決定的な要因を果たしているという。遺伝学、分子生物学、進化生物学、地質学、行動生態学、疫学、言語学、文化人類学、技術史、文字史、政治史、生物地理学と、膨大なアプローチからこの謎に迫る。乱暴に一言でまとめると、「ユーラシア大陸が横長、アフリカ・アメリカ大陸が縦長だったから」になるが、これらを「病原菌」「鉄」「銃」から読み解いてゆくプロセスは、スリリングかつ徹夜レベルに面白い。

『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッチ

美術の見方について、新しい目を得る一冊。

原始の洞窟壁画からモダンアートまで、西洋だけでなく東洋も視野に入れ、美術の全体を紹介する。最も長く、最も広く読まれている美術書はこれだ。よくある固有名詞と年代と様式の用語の羅列は、著者自身により封印されている。その代わりに、「その時代や社会において、作品がどのような位置を占めていたか」という歴史の文脈に焦点が合わせられている。たとえば、儀式を執り行うための呪術具であったり、文字の読めない人々に教義を説く舞台装置だったり、視覚効果の実験場といった時代性の文脈の中で美術が紹介されている。

『数量化革命』アルフレッド・クロスビー

西欧が覇者となった理由として、「現実の見える化」から応えた一冊。

定性的に事物をとらえる旧来モデルに代わり、現実世界を定量的に把握する「数量化」が一般的な思考様式となった(数量化革命)。その結果、現実とは数量的に理解するだけでなく、コントロールできる存在に変容させた(近代科学の誕生)……というパラダイムシフトを綿密に描いたのがこれ。複式簿記、地図製作・遠近法、暦法・機械時計・楽譜といった事例をふんだんに用いて、計量できない「量」や「時」そして「空間」を計測できるようにしてきた経緯を紹介する。数量化革命とはすなわち、現実の見える化の達成なのだ。

『戦争の世界史 大図鑑』R・G・グラント

歴史とは戦史であり、戦史とは最先端テクノロジーの歴史でもある。

記録に残っている各戦争の年月日に始まり、原因・経過・結果・影響を概説してある。さらに、決戦が行われた場所の地図や戦術構成、兵力、戦闘技術、死傷者数といった基礎史料を網羅している。特筆すべきは、徹底的なビジュアルにこだわっている点だ。オールカラーで構成されており、の多彩な写真、絵画、地図、図解などを駆使して、多角的かつ斬新な視点から、戦争を捉えようとしている。古代から現代までの戦争の歴史を俯瞰していくと、戦争は当時の最先端テクノロジーのしのぎを削る場所であることが分かる。

  1. 『ゲーデル、エッシャー、バッハ』ダグラス・R・ホフスタッター(白揚社)
  2. 『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイアモンド(草思社文庫)
  3. 『美術の物語』エルンスト・H・ゴンブリッチ(ファイドン)
  4. 『数量化革命』アルフレッド・クロスビー(紀伊国屋書店)
  5. 『戦争の世界史 大図鑑』R・G・グラント(河出書房新社)
  6. 『金枝篇』フレイザー(ちくま文庫)
  7. 『オリエンタリズム』(エドワード・W・サイード、平凡社)
  8. 『金沢城のヒキガエル』奥野良之助(平凡社ライブラリー)
  9. 『思想のドラマトゥルギー』林 達夫、久野 収(平凡社)
  10. 『想像の共同体 : ナショナリズムの起源と流行』ベネディクト・アンダーソン(書籍工房早山)
  11. 『戦争の世界史』ウィリアム・H・マクニール(中公文庫)
  12. 『イメージ 視覚とメディア』ジョン・バージャー(ちくま文庫)
  13. 『性食考』赤坂憲雄(岩波書店)
  14. 『忘れられた日本人』宮本常一(岩波文庫)
  15. 『虚数の情緒』吉田武(東海大学出版会)
  16. 『数学の認知科学』G.レイコフ、R.E.ヌーニェス(丸善出版)
  17. 『マネーの進化史』ニーアル・ファーガソン(早川書房)
  18. 『世界システム論講義』川北稔(筑摩書房)
  19. 『誰のためのデザイン?』ドナルド・ノーマン(新曜社)
  20. 『隠喩としての病』スーザン・ソンタグ(みすず書房)
  21. 『数学の想像力』加藤文元(筑摩選書)
  22. 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー(岩波文庫)
  23. 『科学革命の構造』トマス・クーン(みすず書房)
  24. 『デカルトからベイトソンへ』モリス・バーマン(文芸春秋)
  25. 『レトリック感覚』佐藤信夫(講談社学術文庫)
  26. 『100のモノが語る世界の歴史』ニール・マクレガー (筑摩選書)
  27. 『八月の砲声』バーバラ・タックマン (ちくま文庫)
  28. 『世俗の思想家たち』ロバート・ハイルブローナー (ちくま学芸文庫)
  29. 『千の顔をもつ英雄』ジョセフ・キャンベル(人文書院)
  30. 『転校生とブラックジャック』永井均(岩波書店)
  31. 『ヴァギナ』キャサリン・ブラックリッジ(河出書房新社)
  32. 『服従の心理』スタンレー・ミルグラム(河出文庫)
  33. 『暴力と不平等の人類史』ウォルター・シャイデル(東洋経済新報社)
  34. 『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』河邑厚徳(NHK出版)
  35. 『雇用・利子および貨幣の一般理論』ジョン・メイナード・ケインズ(岩波文庫)
  36. 『興亡の世界史 アレクサンドロスの征服と神話』森谷公俊(講談社学術文庫)

おわりに

「ノンフィクション」といっても、ルポルタージュやサイエンス、ジャーナリズムからアカデミックまで、その世界は広大で豊穣だ。ガチの手記から写真レポート、小説仕立てのノンフィクション・ノベルまで、汲めども尽きない叡智の泉だ。

ここでは、そのほんのわずかを紹介してきたが、全くと言っていいほど足りないことは承知している。だから、「これは!」というものを、ぜひ教えて欲しい。なぜなら、わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいるのだから。

 

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コメント

自分メモ。リストに入れるのを忘れてた。

『気違い部落周游紀行』きだみのる(冨山房百科文庫)
『ルワンダ中央銀行総裁日記』服部正也(中公新書)

投稿: Dain | 2019.10.31 18:15

「ホーキング、宇宙を語る」はどうでしょうか。高校時代に国語の教師から紹介されました。
宇宙論を素人が読めるようにした初めの本ということで。この本がヒットしてから素人でも読める宇宙論や物理学本が出てきた記憶があります。

投稿: | 2019.11.01 13:00

>>名無しさん@2019.11.01 13:00

ありがとうございます! 『ホーキング、宇宙を語る』は、大昔に読みました(親の本棚にあるハードカバーをこっそり読んだ記憶があります)。

当時は、ホーキング博士のことは全く知らず、カール・セーガン目当てでした。特殊相対性理論が分かった気になれたことを覚えています(一般の方は難しすぎて、分かった気にすらなれませんでしたw)。

数式を使わず、最新の宇宙論を語るというテーマであれば、カルロ・ロヴェッリ『すごい物理学講義』が最近のヒットなので、次回の100選にどちらを入れるか、考えてみます。

投稿: Dain | 2019.11.02 11:28

自分メモ:お薦めいただいたもの。

■filinionさん(via:twitter)
『狂信―ブラジル日本移民の騒乱』高木俊朗(角川文庫)
『モグラびと―ニューヨーク地下生活者たち』ジェニファー・トス(集英社)
『プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く』アンソニー・プラトカニス(誠信書房)

# 『プロパガンダ』既読だけど100冊に入れるの忘れてました。

■名無しさん@2019.11.01 13:00
『ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・ホーキング(ハヤカワ文庫)

# 大昔に読んだ記憶が……特殊相対性理論が分かった気になれた
# 最新の研究成果を反映した宇宙論講義なら、『すごい物理学講義』カルロ・ロヴェッリ(河出書房新社)

投稿: Dain | 2019.11.02 11:29

吉村昭さんがランクインしていますので、
『高熱隧道』はいかがでしょうか。
もし既読でしたらごめんなさい。

投稿: | 2019.11.02 23:42

不謹慎な話ですが三毛別羆事件はWikipedia読んでるだけでも面白いですね。 ところで世界の見方が変わる本でしたら、今ホットなMMTについて書かれた本なんていかがでしょうか?私はランダル・レイが書いた「MMT現代貨幣理論入門」を読んでマスコミが流布している日本の財政破綻論が真っ赤な嘘だという事がわかり深い憤りを感じるようになりました。 嘘を信じ込まされていたわけですからね。

投稿: d | 2019.11.11 00:29

>>名無しさん@2019.11.02 23:42

お薦めありがとうございます! 未読です。

以前、「情報考学 Passion For The Future」で熱く紹介されてて「読もう!」と決心して幾年月……まずは手に取ってみます。

http://www.ringolab.com/note/daiya/2007/12/post-678.html

>>dさん

ありがとうございます、三毛別羆事件のWikipediaについては同意見です。これをまとめた人に感謝と敬意を贈りたいです。そして、こういうことがあったと残すことで、再発防止のための動機づけとアイデアを語り継ぎたいです。

MMTや財政破綻論に限らず、政治と結託したエコノミストに不信の念を抱いています。「過去の」現象をうまく説明しているだけで、為政者の思惑に合うだけで採択される「経済理論」とその神輿担ぎについては、別の場所で書きたいと思っています。

閻魔大王ではありませんが、政治に取り入ろうとするエコノミストは、自分の「舌」を賭けるぐらいの重みを自覚してほしいです(とはいえ、経済学は歴史学でもある/でしかないので、それだけの重責を求めるのは可哀そうっちゃ可哀そうなのですが……)

投稿: Dain | 2019.11.12 22:30

2〜3年前にノーベル文学賞を受賞したスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの処女作にして主著『戦争は女の顔をしていない』。

ナチドイツのソ連侵攻によって始まった独ソ戦において、ソ連赤軍は膨大な犠牲を払いつつも最終的に勝利しました。しかしその隊伍の中に100万人にのぼる女性が徴兵や強制によらない志願兵として加わり、男性同様のあらゆる前線任務をこなしていたことはあまり知られていません。

同書は、その元兵士をはじめ従軍看護師や軍医、後方でパルチザンや地下活動家、工場労働者として独ソ戦の時代を生きた多くの女性たちに、70年代末から冷戦後にかけてコツコツと聞き取りを重ねたものをまとめた証言集です。
「絶滅戦争」とも形容される特異な戦争のもと、女性たちがどのような体験をし、ソ連という国やスターリンをどのように見ていたのかを知ることができます。

当局の検閲に抗いながら旧ソ連時代に初めて出版されて以降、新しい証言を加えるなどして版を重ね、日本でも2008年に群像社から翻訳・発行されました(現在は岩波現代文庫より発行)。
もし未読であれば、ぜひ。

投稿: ブラウ | 2019.11.14 17:22

>>ブラウさん

お薦めありがとうございます! 『戦争は女の顔をしていない』は、『セカンドハンドの時代』『チェルノブイリの祈り』と併せて、気にはなるけど未読の作品です。これを機会に、まずは『戦争は~』を手にしてみます。

投稿: Dain | 2019.11.15 07:53

オリヴァー・サックス「妻を帽子と間違えた男」などいかがでしょう?
作者が医師として見てきた実際の症例の数々をみると、世界を認知する機能って案外脆く、そして人間の順応力って案外凄いことにおどろかされます。
サックス医師の著作はいくつか読みましたが、これが一番キャッチー(というのも変ですかね)で読みやすかったです。

投稿: みの | 2019.11.27 16:48

>>みのさん

お薦めありがとうございます。積読リストに刺さっていますが、未読(のはず)です。ちょっと掘り出してきます。

投稿: Dain | 2019.11.28 18:35

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